陽性判定からの一か月 ─ クリニック卒業までの道のり 【不妊治療と仕事 #14】
こんにちは。アラフォーのキャリア女子、不妊治療中のかえる🐸です。
前回は、病院で妊娠判定をもらった日のことを書きました。
保険移植の最終回でやっとひっかかってくれ、もちろん夫婦で喜びましたが、
正常な妊娠ができているのか、妊娠が継続してくれるのか ─ それはまだ分からないことなので、不安な日々は続きました。
次は胎嚢確認。とにかく子宮に胎嚢があって欲しい。以前みたいに、空っぽということは、2度と起きないでほしい。
その次は心拍確認。これまでは一度もお目にかかれていない、心拍。これを2度確認できたら、やっと不妊治療クリニックの卒業です。
これらの確認に要するのが、トータルで約1ヶ月なのですが、診察日までの道のりは毎回とても長く感じました。
胎嚢確認
胎嚢確認は、妊娠判定の10日後(妊娠5週6日)に行われた。
まずは血液検査をしたのだけど、その結果はなんとhCG10000超え(詳細値は用紙に未記載だったので不明)。
ズボンを脱いで診察台に上がり医者を待つ間は、期待と不安で胸がドキドキ、張り裂けそうだった。
ついにその時は来て、先生がエコー器具を挿入した。
その瞬間、そこには黒い楕円の物体が見えた!はっきりと、1つ!
以前に子宮外妊娠を経験している私にとっては、「ちゃんと子宮の中にいてくれること」はとても大きな意味を持つ。画面に映る小さな胎嚢を見ながら、「まずは第一関門クリアだな」とだけ考えて、喜びすぎないように意識したのを覚えている。
形は長めの楕円で、長辺が25mm。エコー写真には写っていなかったものの、先生曰く卵黄嚢も見えたそうで、経過は順調とのこと。
病院を出る頃には、次の心拍確認のことを考えていた。ここで確認できないと、前に進めない。
次の確認は12日後の7週3日目。結構先になる。無駄に精神を削がれないよう、ここからは心拍のことについては考えすぎないように意識した。
在宅勤務の権利をゲット
胎嚢確認の際、母子健康管理指導事項連絡カードで自宅勤務指示が欲しいことを医者に伝えた。
医者になんと言われるか不安だったが、すんなり「いいですよ」と言ってもらえると、実際の書類作業は看護師さんが対応してくれた。
私の働く企業は、理由さえあれば比較的在宅勤務がしやすいところではあるし、業務内容的にもそれは可能だ。ただ、昨今のレイオフ事情もあり、勤務状況に難癖つけられて揚げ足とられないよう「正式に申請してほしい」と上司には言われていた。
正直、この時点の悪阻の状況的には、まだ頑張りさえすれば会社に行けたと思う。
4-5週時点の悪阻の内容的には:
なんか気持ち悪い
歯磨きで毎回えずく
体はだるく、頭痛があって、ぼんやりしている
下腹ピリピリやピンクおりものに不安を感じる
そんなレベルだった。
いや、「そんな」というと語弊があるかもしれない。すでに業務への集中度には影響は出ており、辛いのは辛い。
が、無理やり頑張れば出勤はできるレベルということだ。
それでも在宅に切り替えたかったのは理由のもう1つに、通勤ルートで麻疹の流行が拡大していたこともある。妊婦が麻疹にかかると、肺炎などで重症化しやすいし、それは我慢できたとしても最悪なのは、流産・早産・赤ちゃんの先天異常のリスクが高まることだ。ここまで膨大な時間と労力とお金と精神力を投入して、やっと妊娠できたというのに、それだけは避けたい。
かくいう私は、抗体が十分ない可能性の高い世代で、最近受けた抗体検査で免疫が足りないことがわかっていた。妊娠したいま、ワクチンを打つといった対策はできず、毎日その危険ルートを通ることは避けたかった。
そんなモチベーションで母子健康管理指導事項連絡カードをゲットしたのだけど、結果的にこれには本当に助けられることになる。
1回目の心拍確認
7週3日、ついに心拍確認の時が来た。
ここまでの道のりは辛かった。というのも、6週に入る手前くらいから悪阻の症状が急速に悪化していったためだ。一旦詳しくは書かないが、吐く、えずく、下痢、頭痛、胃腸痛、ガスでパンパン、不眠、と様々な症状が出て、しかも程度がどんどんひどくなっていた。
クリニックの待合室でも気持ち悪かったが、飴を舐めて気を紛らわし、なるべく普通を装った。不妊治療クリニックの待合室で、妊娠したことが明らかにわかるような目立つ行動はとりたくない。難しい心境の人がいるかもしれない中、それだけは絶対避けたかった。
そんなこともあり、診察室へ呼ばれるまでの時間はいつにも増して長く感じられた。
悪阻があるので妊娠自体は継続しているのだろうけど、それが正常で順調なのかはわからない。
そしてこれは何度も書きすぎているが、私には心拍確認できず稽留流産となった経験もあるので、とにかく不安だった。
そして、いつものように診察台に呼ばれ、エコーの画面を凝視した。
心の中で祈った。心拍があってくれと。
結果、エコーには白くピコピコと動くものがあった。
医者は「これが心臓です」とさらりと説明する(私の通うクリニックの医者は割と淡白な喋り方をする)。
そして、すぐに心拍の音をスピーカーに流してくれた。
想像以上に大きいボリュームで、「ドクンドクン」と心音が流れる。
この力強い音を聞いた瞬間、不妊治療をする中で初めて、喜びの涙が出てきた。
私は泣きすぎないよう顔を歪ませた。カーテンの仕切りで、医者や看護師からは表情が見えないようになっているのには助かった。
この先どうなるかまだわからないし、冷静であるべきだと頭では考えていたけど、
それを押しのけて湧いてくるこの強い感情に驚いたと同時に、それを感じて、表現できることに、幸せを感じた。
心拍は153bps。胎芽のサイズは9.2mm。順調とのことだった。
思っていた卒業とは少し違った
迎えた2回目の心拍確認の日。前回の診察から10日後の妊娠8週6日のことだった。
7週の悪阻はさらにひどくなり、会社のミーティングに出ているのも困難になったため、心拍確認の数日前からお休みをとっていた。上司には伝えており、了承を得ている。が、これでダメだったら、どんな顔してなんと言おうか....
そんな瑣末な不安を抱えながらも、病院の待合室ではやはり飴で気を紛らわし、いつものように順番を待った。スマホを見ているのも辛かったため、とにかく「無」でいた。
診察の結果、23.1mmと大きく胎芽も育っており(9週2日相当)、心拍も175bpmと強く元気に響いてくれていた。見た目もかろうじて、人間っぽい感じになっていて驚いた。1回目の確認時ほどの感動はないものの、とにかくホッとしたことを覚えている。
そして、医者(この日は院長)は何を思ったか、3Dも見てみますねとエコー器具を切り替えた。が、塊があるだけで、何も見えず...。成長が早いから何か見えるのを期待したのかな...。
診察の最後に見たのが「歪な何かの塊」だったのと、医者からは形式的なおめでとうを言われただけだったのもあり、テンション的には尻すぼみでこの日の診察は終わった。
そうして私は、2度の採卵・5度の移植を行ったこの不妊治療のクリニックを、卒業することになった。
ここ数年の出来事を思い返すと、このクリニックには本当にたくさんお世話になった。最初に通ったクリニックは低刺激専門で、1回目の移植後(稽留流産後)に進め方が自分には合わないことを感じ、そこから探してやってきたのがこのクリニックだった。
色々な検査をして、子宮内細菌で引っかかったり、甲状腺で引っかかったり、
子宮内膜がなかなか厚くならず何度も周期を見送ったり...そしてその後、連続で何度も移植したりと、
本当に色々なことがあった。
だからこそ、卒業の日はもっと感慨深いものになると思っていたんですけどね笑
まぁ、淡々と高いレベルでサービスを提供し続けてくれたので、本当に感謝しているし、
凍結胚を使う時にはまたお世話になりたいと思っています!
赤ちゃんを授かった実感
この日私は、不妊治療クリニックを出たその足で妊婦健診を受ける病院へ向かった。
家からはバスで2駅。頑張れば歩いて15-20分で行ける、こじんまりとした産婦人科だ。
そちらの先生に紹介状を渡して、エコーで診察してもらうと、画面の中では小さな赤ちゃんが手足をパタパタと動かしていた。
先生がぼそっと「かわいいですね。」と声をかけてくれて、なんだか自分が褒められたかのようで、嬉しかったのを覚えている。
それまでの私は、エコーを見るたびに「心拍はあるかな」、「大きさは順調かな」と、確認することばかりに意識が向いていたけど、この「かわいいですね」の一言で、愛でるべき赤ちゃんを授かったのだたなと深く実感することができた。だって一生懸命手足をパタパタ動かしているんだもの。
不妊治療を始めてからずっと、「妊娠すること」だけが当面の目標だったけれど、この時初めて、そこにいる小さな命をしっかりと実感でき、この子をしっかり育てるという新たな目標ができた。
おわりに
こうして、私の不妊治療は一つの区切りを迎えることができました。
子宮外妊娠、休職、空胞、稽留流産、子宮内容物遺残、採卵、ラクトバチルス不在、甲状腺異常、OHSS、6回の移植....
順調とは言えない約2年間でしたが、その時々の気持ちをこうして文章に残してくることができて、本当によかったと思っています。自分でも時々振り返って読むのですが、そのたびに悲しくなりながらも、これまで頑張ってきた自分を誇ることができました。
そして、投稿に「ハート」を押してくれたり、温かいコメントをくださった皆さんには、感謝の気持ちでいっぱいです。また、同じように不妊治療に取り組まれている方のnoteを拝見するのは、仲間がいるようで本当に勇気付けられました。
本当にありがとうございました。
このアカウントでは、あと数回これまでの記事を振り返るようなまとめを書き、以降は一旦更新をお休みしようと思っています。
この先、何があるかはまだ分かりません。妊娠・出産が無事に進む保証はありませんし、もしすべてが順調に進んだとしても、我が家にはまだ凍結胚が残っています。いつかまた家族を迎えたいと思ったとき(今のところその予定)、不妊治療を再開する日が来るかもしれません。
その時は、また、この場所に戻ってきたいと思っています。
一方で、今後については新しいアカウントを開設して、そちらで続きの生活について書いていく予定です。
最初は、悪阻に耐えての仕事との向き合い方や、体調の変化などを、書いていくことになると思います。今後についても興味を持っていただけそうな方は、こちらでもフォローしていただけますと嬉しいです。
アカウント名は、かえるの続き、です。
当面はあと数回だけとなる予定ですが、このアカウントにもお付き合いいただけたら嬉しいです。
これからも、どうぞよろしくお願いします。
2026年8月2日
🐸
