吃音者がガチでnoteを始めて1ヶ月で238人の出版希望者が来たので17万フォロワーのインスタやSNSを辞めた出版社の話
「たったの1ヶ月間、noteをガチでやり続けたら人生が変わった」
って書いたらどれくらいの人が信じてくれるだろうか。
5年前にアカウントを作ってから放置してただけの幽霊アカウント。
noteを本格的に始めた2026年時点でのフォロワーは、たったの6人。
その間はずっとInstagramに浮気しまくってフォロワー17万人まで増やした後に、虚無感を感じて、ふいにnoteのことを思い出したと思ったらなぜか突然、noteを始めてしまった。
そんな半ば適当にnoteを始めた僕が、1ヶ月経った今はどうなったか。
noteを本格的に始めて1ヶ月目の僕のアカウントはこうなった。

「吃音」という検索ワードで人気ランキング上位4記事を独占中。

僕の個人アカウントと同時に、後で解説する「経営者インタビューメディア」も立ち上げた。

「経営者インタビュー」という検索ワードでは、人気ランキングでまさかの上位6記事独占してしまった。

日付を見てもらえば分かると思うが、全てこの1ヶ月以内に投稿した記事である。しかもスキ数の平均値がかなり高い水準で獲得できている。
noteを始めたこの2026年2月。
この1ヶ月の期間で、何が起きたのか。
今回は僕が2026年2月にnoteを本格的に始めてちょうど1ヶ月が経ったので、ガチで1ヶ月間noteだけに全集中したら僕の身にどんなことが起こったのか、ありのままを書いていこうと思う。
ありのままを書きすぎているので、まずは下の目次を見てほしい。
数年間放置してたアカウントでフォロワー6人からのスタート
noteのアカウントを最初に作ったのは、実は2021年頃だった。
「noteって最近伸びてるらしいから、とりあえずアカウントだけ取っておくか」というノリで登録した。起業したら「とりあえずドメインだけ取っておくか」っていうのと同じ感覚で、戦略も意図もまるで何もない。
アカウントを作り終えた翌日、僕はもう完全にnoteの存在を忘れていた。
たまにnoteの存在を思い出しては、記事書くのめんどくさいなぁって思って筆が進まず、2026年の2月までに結局2記事しか投稿していなかった。
その間、僕はTwitterとインスタグラムの運用を中心にSNS運用を続けていた。企画を考えてリールを撮り、投稿してストーリーを更新しまくった。
フォロワーの数字が増えるたびに達成感を覚えて、また次のコンテンツを企画する。その繰り返しの日々。フォロワーが1万人を超えた頃には達成感が、10万人を超えた頃には高単価のPR案件が舞い込み、そして18万人を超えた今では、誰もが名前を知っているような大手企業や団体からのPR案件が毎月のように飛び込んでくるようになった。
15歳から起業して経営者歴としてはすでに15年、さまざまな事業に手を出しては色々な事業を拡大させてきたが、Instagramに関しても、もうインスタの収益だけで十分に生活できるくらいの規模にまで大きくなってしまった。
そんな状況で、SNSを中心とした生活を送っている中で、僕が数年前にnoteのアカウントを作って持っていることなんて、頭の片隅にすら存在していなかった。
こうしてnoteのアカウントを作ってから数年が過ぎた。
2026年の1月、ふとしたきっかけで「出版社を運営しているから文章メディアとしてnoteは更新していかないと!」と突然noteのことを思い出して久々にログインした。
フォロワー数を確認した瞬間、思わず声を出して笑った。
「6人」だ。
どう考えても、アカウント作成時に「おすすめのクリエイター」として表示されて、なんとなくフォローしてくれた人たちだろう。僕の意思とは完全に無関係に生まれた6人だ。プロフィールは適当で、記事はたったの2本。ただアカウントだけが存在している幽霊アカウントだった。
これを見た瞬間、「ここからどこまで伸びるか楽しみだな」と思った。
なぜそう思ったのかは、この後の章で詳しく書く。ただ、そのタイミングで「出版社として文章でものを伝えることを本業にしている自分が、文章主体のプラットフォームをちゃんとやらない理由はない」という確信が、じわりと生まれていた。
フォロワー6人。投稿2本。このほとんどゼロからのスタートを前にして、妙に高揚感があったのは、15歳で起業した日の感覚と似ていたからかもしれない。あの時も、人脈もコネも金も、何も僕は持っていなかった。ただあったのは根拠のない自信と僕だったら伸ばせるなという確信だけだった。
2026年2月1日、僕のnoteアカウントが本格的に動き始めた。
そしてこの決断の背景には、インスタのフォロワーが18万人になった頃に積み重なり始めた、ある感情があった。「虚無感」と呼ぶのが一番近い感覚だ。
インスタを18万人まで増やしてお金は増えたけど、比例して増え続ける自分の虚無感
インスタのフォロワーが増えていく過程は、最初は本当に楽しかった。
1000人、5000人、1万人。数字が増えるたびに「自分の言葉が届いている」という手応えがあった。DMで「参考になりました」「背中を押してもらいました」というメッセージが来るたびに、「これが自分のやりたいことだ」と確信していた。フォロワー数という明確な数値で「自分の影響力」が可視化される感覚は、承認欲求の強い自分にとって非常に分かりやすい報酬だった。
ただ、あるラインを超えた頃から、何かがズレ始めた。
確か4万人あたりだったと思う。フォロワーが増えているのに、なぜか「ただ作業を無難にこなしているだけという感覚」が強くなってきた。
リールを作って投稿。リーチが伸びてフォロワーが増える。インサイトを確認してエンゲージメント率を確認。次のコンテンツを企画してまた撮影して投稿……。
この単調なサイクルを回していると、だんだん自分が「無価値なコンテンツ製造機」になっていないか、という感覚が襲ってくる。作っているのは誰の心にも刺さらない無価値なコンテンツであって、自分の想いをしっかり伝えられているのかどうかが、だんだん曖昧になってくる。
正直、インスタでバズるコンテンツには「型」がある。短くてキャッチーで、見た瞬間に動画の内容が分かってスワイプを止められるもの。2秒以内に興味を引けないと終わりで、難しい概念はできる限り単純化する必要がある。これは事実だし、このフォーマット自体を否定するつもりはない。
ただ、その型に合わせていくうちに、「自分が本当に伝えたいことを伝えられているか?」という問いに、自信を持って「はい」と答えられなくなっていった。
僕が本当に伝えたいことを、フォーマットに合わせてズタズタに切り刻んでいる感覚があった。
これは比喩ではなく、本当にそういうことをしていた。5分くらいかけて話すべき内容を、30秒のリールに圧縮する。その過程で、大事なニュアンスが削られ、文脈が削られる。「なぜそう思うのか」という背景が削られて最後に残るのは「キャッチーだけど薄い言葉」だ。そしてその薄い言葉だけが伸びて、さらに次の薄い言葉を作るよう自分を駆り立てる。
フォロワーが18万人になった頃には、この感覚がかなり強くなっていた。

数字だけ見れば「成功」している状態だったし売上も連動して指数関数的に伸びていった。客観的な指標は全部プラスだったが、「今日は良いものを作れた」という充実感よりも「今日も最低限のノルマをこなせた」という安堵感の方が大きい日が増えていた。
これはかなりまずいと思った。理由は二つある。
一つ目。僕はずっとクライアントに「バズはドラッグ、ブランドは資産」と言い続けてきた。短期的な数字の刺激を追いかけるのではなく、長期的な信頼と影響力を積み上げることが本質だと、事あるごとに伝えてきた。なのに自分が、バズを追いかける側にじわじわと転落しつつあった。人に言っていることと自分のやっていることが徐々にズレていく、これが堪らなく気持ち悪い感覚があった。
二つ目。文章を作るのが得意な自分には根本的に向いていない媒体だった。
インスタのリールは、基本的に「映像+テキストor音声」を前提としたフォーマットだ。テキストを音声に変換できるようになったことで自分が画面の前でカメラに向かってしゃべる必要は無くなったが、それでも映像を撮影してテキストと音声を乗せるような動画編集の作業は正直自分に合っていなかった。
フォロワーが増えれば増えるほど、自分がやりたかったこととの乖離が大きくなっていく感覚があって、これがずっと積み重なっていた。
そして2026年の1月に、思い切って自分の会社の方針を変えた。
「やっぱり僕は、文章で食べていこう。」
これは今に始まった話じゃない。小学生の頃から、話せない自分が唯一クラスの人間と対等に渡り合えたのは「文章」だった。読書感想文や作文コンクールでは毎回何かしらの賞を受賞して評価された。吃音で声が出なくても、文章ならスムーズに自分の気持ちを伝えられる。文章という媒体の中では、吃音という概念は存在しない。
出版社をやっている理由も、本質的にはここにある。
本というのは究極的には「文章の集積」だ。
自分が最も得意とする表現手段で、人の人生に影響を与えられる仕事。
だから出版社をやっている。
「僕が改めて文章で勝負する場所は、noteに決めた。」
この確信が固まったのが、2026年の2月だった。
文章で想いを伝える出版社ならnoteは最適では?と思って2026年2月から本格的に始めたnote
出版社として、「文章が人に与える影響」というのをあらためて整理してみた。
書籍というメディアは、数百年前に生まれたにもかかわらず、「社会的信頼性」という意味では今でも最強のコンテンツだ。SNSでいくらフォロワーが多くても、「著者」という肩書きを持っている人間とそうでない人間では、信頼の積み上がり方が根本的に違う。
セミナーへの登壇オファー、メディアの取材依頼、企業からのコラボレーションの相談。こういったものが、「フォロワー数の多い人」よりも「本を出している人」の方に集まりやすいのは、出版社として何百人もの著者を見てきた経験から断言できる。
どうしてなのか。
SNSのフォローは無意識的に1秒でできる。でも本の購入は、数百円から数千円というコストをかけた、れっきとした意思決定だ。その行動コストの違いが、信頼の深さに直結している。
人は自分がコストをかけて選んだものに対して、強い信頼と愛着を持つ。
これは消費者心理の基本だ。
僕が運営する軽部出版は、この「本を出すことで長期的な信頼と影響力を積み上げる」というコンセプトのもとに動いている。2026年から1000冊の本を出版し、1000人の著者を生み出すという目標を掲げている。「それ本当に可能なの?」と毎回突っ込まれるが、出版の仕組み自体そのものを再設計することで実現している。
ともかく、「文章の力を信じている出版社」が、「文章を主軸にしたプラットフォーム」であるnoteをやらない理由が見当たらなかった。
さらに言うと、noteというプラットフォームの特性が、軽部出版の理念と非常に高い親和性を持っていた。
noteは基本的に「長文を書いて投稿でき、それを読む文化」が構築されている。インスタは2秒で判断されるプラットフォームだが、noteは「読もうとして開いた人が、最後まで読む」という文化がすでにある。途中でスクロールして直感で「いいね」だけするプラットフォームではなく、読み切ることそのものが一つの体験として設計されている。
これはまさに「本の読書体験」に近い。
本を読む人は、「その本を選んで、時間をかけて読む」という行為に対して意識的で、その意識の向け方がnoteの読者にも共通している。noteの読者は、「ちゃんと読みたい」という意思を持って開いている。だから、書いた人の考え方や人格が、かなり深いレベルで伝わりやすい。
この「深く伝わる」という体験が、本の出版につながりやすいのは当然だ。「この人の考えをもっと深く知りたい、本にまとまっていれば読みたい」という流れが、インスタのリールよりはるかに生まれやすい。
もう一つ、noteが出版社との親和性が高い理由がある。
noteに集まっている読者層は、「文章に対するリテラシーが高い人」が多い。言い換えると、「読むことに慣れている人」だ。こういう読者は、「本を読む習慣がある人」とかなりの部分で重なっている。出版社として、「本を出したい著者候補」と「本を読みたい読者候補」の両方にリーチできるプラットフォームは、ほかにあまりない。
そして何より、僕自身の話をすると、
noteは「書くだけでいい」プラットフォームだ。
カメラに向かって話す必要がないし、リールを撮影する必要がない。完璧な滑舌を求められないし、吃音の症状を気にする必要が何もない。
書いた文章が、そのまま自分の「声」になる。
これが、吃音者として最も大事なことだった。インスタでどんなに頑張っても、自分の「本当の声」は届けられなかった。でもnoteなら、書いた文字がそのまま自分の想いになる。声はどもらないし、詰まることもない。数十秒の沈黙もなければ、ただ思っていることを書けばいい。
この「ただ書けばいい」という解放感が、2月のnote開始を決定的に後押しした。
noteが楽しすぎて2月はガチでnoteしかやっていなかった
2026年2月1日、本格的にnoteを始めた僕はどうなったのか。
結果的に僕はこの1ヶ月間、noteガチ勢になっていた。
まずはインスタの更新頻度が落ちて、X(Twitter)の投稿もほぼ止まった。LinkedInも放置状態になり、「SNSを運用しながらnoteも始める」という最初のプランは、気づけば「noteだけをガチでやる」に変わっていた。これは決して計画的な戦略の変更ではなく、単純に「noteが楽しすぎて他のことをやる気にならなかった」ということだ。
最初の記事を投稿したとき、正直それほど大きな期待はしていなかった。
フォロワーが6人しかいない状態で記事を投稿しても、読まれないだろうと思っていた。インスタやXなら、フォロワーがいない段階でコンテンツを出してもほぼリーチは見込めない。アルゴリズムがフォロワー数に依存する部分が大きいからだ。だから「最初は誰にも読まれない期間を覚悟しよう」と思っていた。
だが、意外にもnoteは違った。
最初の記事が、フォロワー6人にもかかわらず、思っていたよりも多くの人に読まれた。
これはnoteの設計思想によるものだと後から理解した。noteは「書いた内容の質」によって、フォロワー数に関係なく記事が広がるように設計されている。ハッシュタグ、おすすめ表示、同じテーマを探している読者への表示。こういった仕組みが、フォロワーがほぼゼロからでも「読まれる」可能性を担保してくれている。
インスタやXでは、フォロワーがいない状態でバズらせるのは難しい。アカウントの「初速」がほぼゼロだからだ。でもnoteは、書いた内容が良ければ、フォロワー6人でも普通に読まれる。これが最初の大きな発見だった。
そして、最初の記事に対してコメントが来たとき、さらに予想外のことが起きた。
コメントの内容が、「いいね!」とか「参考になりました」という短いものではなく、「この部分がすごく刺さりました、なぜなら私も似た経験があって……」という、数百字の長文だったのだ。
インスタのコメント欄に来るのは、基本的に短い言葉だ。「参考になった!」「最高!」「保存しました!」これはこれでありがたいし、嬉しい。でも、読んでくれた人が何を感じたのか、どんな文脈で刺さったのかは短いコメントからは読み取れない。
でもnoteのコメントは違って、読んでくれた人の「その人自身の文章」が来る。どんな文脈でその記事を読んだのか、どの部分がどう刺さったのか、自分の経験とどう重なったのか。そういう情報が、コメントとして僕の元へ届く。
これが、想像していたよりも何十倍も嬉しかった。

こんな風に、僕の記事を読んでいただいてこんなにも長文のコメントを頂けるなんて夢にも思わなかったし、ちゃんと読んでいただけてるっていう実感が何よりも嬉しかった。
「ああ、自分の文章が、想いが、ちゃんと相手に届いた」という感覚が、明確に手に取れる形でやってくる。数字として「1000人に読まれた」よりも、「一人の人間が自分の人生の文脈に照らし合わせて読んでくれた」という事実の方が、自分には何倍も重かった。
この体験をした後、他のSNSを更新する気持ちがかなり薄れたのは正直なところだ。
もちろん、インスタやXを完全に捨てたわけではない。ただ、「今一番やりたいことをやろう」と決めたとき、その答えが「noteを書くこと」になっていた。
2月のこの1ヶ月間、少しでも時間があれば常にnoteを開いていた。記事を書くだけでなく、ほかのクリエイターの記事を読んでコメントをする。気になったら全員フォローする。自分の記事にコメントが来たら、できる限り返信する。noteというすでに完成された生態系の中に、どっぷりと入り込んでいた。
後から計算したら、2月に書いた文字数は10万字を超えていた。「1時間2000文字ペース」は元ライターとして体に染み付いているようで、書き始めると止まらない。自分、吃音、出版、そして人生で学んできたこと。書きたいことは山ほどあったがそれを次々と文章にしていくのが、単純に楽しかった。
そして、この「楽しすぎてnoteしかやらなかった2月」が、結果的に信じられないような成果につながっていった。
noteを1ヶ月間ガチでやり続けたことで実現したこと
この1ヶ月間、noteガチ勢としてnoteを書き続けて何が起きたか。順番に書いていく。
これを読んでいるあなたに誤解してほしくないのは、「こんなにすごいことが起きた!だからあなたもnoteをやればすごいことが起きる!」という自慢話ではない。僕には15年の起業経験と、それに伴う様々なキャリアと人脈という「下地」があった。その下地があった上で、noteというプラットフォームが「触媒」として機能した結果だ。
ただ、下地がない人にとっても、「noteをやり続けることで下地が作られていく」という側面は確実にある。それについては最後の章で書く。
まずは、1ヶ月で起きた6つのことを、一つずつ詳細に話していこう。
1. 自分が作った文章が読んでもらえて反応をいただけるという「精神的な満足感」がやばい
これをまず最初に持ってくる理由は、お金の話や事業の話よりも、自分にとってこれが一番「効いた」からだ。
「精神的な満足感」と書くと、なんかふわっとした話に聞こえるかもしれない。でも実際には、これがすべての起点になっていると思っている。
インスタをやっていた頃、常に数字は増え続けていった。フォロワーが増えてリーチが伸び、売上も伸びていたが「精神的な満足感」という意味では、どこか常に不足感があった。
「もっと伸ばさないといけない」「フォロワーを維持しないといけない」「更新を止めたらリーチが落ちる」という、永遠に続く数字との追いかけっこで、数字は増えているのに「達成した」という感覚がまるでない。
これはSNSの構造上の問題だと思っていて、SNSは基本的に「フロー型」のメディアだ。今日の投稿は明日には埋もれてしまう。頑張って作ったコンテンツが、数日後には誰の記憶にも残っていない。だから常に新しいコンテンツを作り続けなければいけないというこの構造が、「永遠に止まれないランニングマシン」を生み出している。
でも、noteは違う。
書いた記事が、ストック型の資産として積み上がっていく。1ヶ月前に書いた記事が、今日新しい読者に発見されて読まれる。半年前に書いたものが、検索から来た人の目に触れる。書けば書くほど、資産が積み上がっていく。
これが「本」と同じ感覚だった。
本は一度出版したら、永遠に本棚に残る。10年後に誰かが本屋で見つけて手に取るかもしれない。20年後に古本屋で出会った人の人生を変えるかもしれない。その「時間を超えて届く力」が、本の最大の魅力の一つだと思っている。
noteには、その感覚がある。
吃音者として長年、「自分の声で誰かに何かを届ける」という体験に苦手意識があった。話すたびに詰まる。電話が怖い。会議で発言するたびに緊張する。それが積み重なって、「自分は誰かに何かを伝えることが下手な人間だ」という認識が、定着していた。
でも、noteに書いた文章を読んで「あなたの言葉に救われました」というコメントが来たとき、その認識が少なからず揺らいだ実感があった。
吃音者でも、文章という「声」を届けられる。声を出さなくても、想いは届けられる。それが文章であり、この感覚を30歳になって改めて全身で実感した。
小学生の頃、授業参観で吃音についての作文を読んで泣きながら発表したとき、クラスの半分が泣いて、割れんばかりの拍手が起きた。あの瞬間に感じた「自分の想いが、ちゃんと届いた」という体験と、noteで初めて熱いコメントをもらったときの感覚が、どこか重なった。
あの頃と変わらず、自分は「書くこと」で人の心を動かせる。
この確信が、2月のnoteを通じて、より鮮明になった。
精神的な満足感がベースにあるから、楽しく続けられる。
楽しく続けられるから自然に量と質が上がる。
量と質が上がるからnoteのアルゴリズムに乗っって読まれる。
読まれるから記事に反応が来る。反応が来るからまた書きたくなる。
このポジティブなループが、他のことを全部忘れてnoteに没頭できた根本の理由だった。
「やっていて楽しいこと」を、ようやく見つけた気がした。
2. 僕が10年間積み上げてきた「吃音とIQの研究」をガチな研究機関と共同研究することが決まった
これは、正直自分でも一番驚いた出来事だった。
少し背景を説明すると、僕は大学時代から「吃音」という障害とIQの相関関係について研究を続けていた。きっかけは自分自身がWAIS-IVという知能検査を専門医のもとで受けたことだ。

結果を端的に言うと、全検査IQ139、言語理解142、知覚推理144、処理速度138という数値が出た。全体的に高めだが、問題はワーキングメモリの数値が101だったことだ。他の項目と最大43の乖離(ディスクレパンシー)があった。
「ワーキングメモリ」というのは簡単に言うと「耳で聞いた情報の短期記憶」だ。例えば、数字を聞いて暗算するとき、その数字を忘れずに頭に保持しておく能力。この能力が著しく低かった。
この結果を受けて、僕の底知れぬ疑問が生まれた。
吃音者には、言語情報の処理に特異性がある。声に出そうとした瞬間に詰まるという現象は、音声の出力プロセスに何らかの問題があるとされているが、その背景にある認知的なメカニズムはまだ完全には解明されていない。吃音者全体のIQと非吃音者のIQの比較では、有意差は見られないというのが現在の研究の主流だ。でも、IQの内訳の「バランス」については、まだ十分な研究がない。
吃音者のワーキングメモリは、統計的に低い傾向があるのではないか。そして 言語理解や知覚推理については、むしろ高い傾向があるのではないか。と考えている。そのアンバランスが、「声として出力する」プロセスに何らかの影響を与えているのではないか。
こういった仮説を、約10年かけてデータとして積み上げてきた。自分で吃音の人に会いに行ったり、コミュニティとの繋がりを通じて、吃音者のWAIS-IV結果のデータを収集してきた。サンプル数はまだ700前後と、吃音においての母数としてはかなり多くのサンプリングを収集できたが、一定のパターンが見えてきていた。
この研究の概要を、先日noteに書いたのでこちらもお時間がある人は見てほしい。
今後、英語論文で海外に投稿する予定のため、noteでは日本で吃音に悩んでいる人のために、僕が要点だけを一部ピックアップして分かりやすいように書いている。
この記事が、僕の想定を超えた広がりと思わぬ繋がりを創出した。
吃音当事者の方々が「自分のWAIS-IVの結果とほぼ一致している」「気になっていたが、軽部さんの研究結果を見て腑に落ちた」という反応を色々な人が示してくれた。言語聴覚士の方からも「臨床現場での感覚と一致している部分があり、軽部さんの研究結果は有意義であると考えられます」というメッセージも届いた。
そして、公開してから1週間ほど経ったある日、とある研究機関の方から連絡が来た。ざっくり要約すると、こんなニュアンスのメッセージが届いた。
「軽部さんの吃音とIQについての研究結果を拝見し、我々の研究結果と類似する点が多く見られ大変驚きました。ぜひ一度、共同研究を前提として、研究についての情報交換できますか?」
最初、普通にスパムかと思った。失礼な話だが、「研究機関との共同研究」というワードがあまりにも現実感なさすぎて真っ先にフィッシングメールを疑った。でも連絡先を改めて確認すると、ちゃんとした研究機関の方だった。
そこから何度も直接研究に関しての情報のやり取りを繰り返して、正式に「研究機関とともに共同研究として進める」ことが決まった。
約10年間、個人的な吃音に対しての研究として続けてきたものが、noteというプラットフォームを通じて「吃音という原因不明な言語障害の原因を明らかにする研究」に昇格した瞬間だった。
これがnoteでなければ起きなかったかどうかは分からない。でも「長文で専門的な内容を自分の想いとともに誠実に書ける」というnoteならではの特性がなければ、同じ研究内容をXやインスタで書いても、同じ反応は得られなかったと思う。
長くてちゃんとした文章を読む層が、noteには集まっている。そういう人たちの中に、本物の専門家がいた。
文章が資産になるとはこういうことだと、改めて実感した体験だった。
3. 僕が作った経営者インタビューメディアが一部界隈で話題になり、無限に紹介が来るようになった
今は軽部出版という出版社を経営しているが、僕の本業は「経営者としての実績や価値」を高めるためのブランディングを構築するプロデュースしており、情報発信や実績作り、魅せ方などを徹底的にサポートしている。
大企業のみならず、SNS時代となった今では中小企業のほとんどは「経営者」が経営の要を担っていて、情報発信をする上でも「経営者」に集客力や影響力があるかで企業の売り上げは大きく変わる。
SNSで実績を作り、その実績をSNSやメディアでどのように発信してどうやって集客に繋げていくか。これがSNS時代の基本戦術になる。
そんな形で、経営者の情報発信のプロデュースを15年間で2000人以上担当してきたが、ある法則性に気づいた。
『とにかく"実績"がある人の方が、SNSの初速や集客数、最終的な売り上げに繋がる』という事実。
実績あるなら当然でしょ?って思うかもしれないが、それだと現在実績がない凡人はみんなノーチャンスになる。もちろん、起業したての経営者も実績はほぼ無いに等しい。
その状態で情報発信をするのは、とても効率が悪い。ではどうすればいいか?仕事ではないところでメディアの露出実績を作ればいい。
そして、僕が15歳から起業した時に「他の経営者はどんな人生を歩んできて、どんなことを考えながら経営しているのか」を知ることができずにモヤモヤしたことがある。
世の中の経営者はどんな人生を歩んできて、起業という道を選択して、どのような考えを持ちながら事業を経営しているのか。
こんな想いから、「LEADER'S TALK」(リーダーズトーク)というインタビューメディアをnote上に立ち上げた。
コンセプトは「組織のリーダーたちの人生の過去と本音を集めた場所」だ。
よくあるビジネスインタビュー記事との違いを一言で言うと、「成功した美談を並べるメディアではなく、失敗と葛藤とリアルな本音を掘り下げるメディア」だ。
世の中のビジネスメディアに載るインタビューのほとんどは、自社のPR的な文脈で行われる。企業の宣伝になること、読んだ後に会社や人物のイメージが良くなること、そういうことが前提として設定されている。だから、当然「暗い話」「失敗した話」「弱さをさらけ出す話」はなかなか表に出てきにくい。
でも、経営者やリーダーが本当に参考にしたいのは、自慢話や成功譚よりも「どうやってその壁を乗り越えたか」という話だ。どうして失敗してしまい、その後にどのように立ち直り、今に至るのか。その過程にこそ、本当に役立つ情報がある。
「LEADER'S TALK」は、その「普段は表に出ないような話」をメインに据えたインタビューメディアだ。
インタビュー対象は「経営者」に限定していない。リーダーシップを持って動いている人なら誰でもいい。起業家だけでなく、企業内のプロジェクトリーダー、チームを率いているマネージャー、部活の顧問や地域コミュニティのまとめ役まで含める。「組織を動かすことの難しさと面白さを経験している人全員」がターゲットだ。
この方針が、一部の界隈に刺さった。
「経営者向けのコンテンツだと思ったけど、失敗談やその人の人柄がとても伝わるような構成で、自分はチームリーダーで経営者じゃないけどとても参考になったし最後までスムーズに読めた」という反応が複数来た。経営者だけでなく、ミドルマネジャーや若手リーダーにとっても「自分事」として読めるコンテンツになっていたようだ。
そうして、想定していなかった面白いことが起きた。
インタビューを受けた方が、自分のSNSやnoteで「取材を受けた」という告知をしてくれるのだが、そこからフォロワーが記事を読みに来ていただき、記事を読んでくれた人が「身近にこんな人がいるからインタビューして欲しい!」「こんな人を取材してくれたら絶対に見る!」という連絡がたくさん届いた。そして、そこからまた「この人も紹介します!ぜひ取材してください!」などの紹介が増えていった。
まさに、リファラルが僕の知らないところで連鎖的に起きている状態だ。
これは「メディアとして有益と認識されて信頼された」という段階に入ったサインだと理解していて、「LEADER'S TALK」という一つのnoteメディアとして認知され始めた。
個人の名前ではなくメディアの名前で指名される。これが、出版社として目指している「ブランド」の構築だ。
個人の影響力はその人が活動をやめると消える。でもメディアやブランドは、個人を超えて存在できる。「LEADER'S TALK」が一人歩きを始めたとき、それはもう「軽部出版の、軽部凌が作ったメディア」ではなく、「一つの独立したコンテンツの資産」になる。
noteというプラットフォームの上に、資産が積み上がっていく感覚。これがインスタでは得にくかったものだ。
4. この1ヶ月だけで公式LINEに計1742人の登録者が増えた
まさに、タイトルの通りである。
たった1ヶ月で、noteの流入数だけで公式LINEに計1742人の登録者が増えた。
Xやインスタからの流入数は431人だったので、noteからの流入数はとてつもないことになっていた。
1742人という数字は、1ヶ月という期間を考えると相当高い数字だと思っている。しかも当然、広告費ゼロだ。一切の有料プロモーションなく、純粋に「noteの記事を読んだ人が登録してくれた」というだけで積み上がった数字だ。
さらに重要なのは質であり、公式LINEに登録してくれた1742人は、全員、僕の「長い記事を読み切ってそこからアクションを起こした人」なのでこれは相当な熱量がある人達。インスタの広告から流入したフォロワーと、noteの長文記事から来た読者とでは、僕に対する信頼の深さが根本的に違う。
さらに言うと、公式LINEに登録してくれた人の中から、出版希望者や、吃音に関する質問や講演会の依頼、そしてインタビューへの出演希望者などが来ている。「記事を読んで信頼した→LINEに登録した→具体的なアクションを起こした」という導線が見事に機能した。
広告に頼らず、コンテンツの力だけで信頼を積み上げて、それが具体的なビジネスアクションに繋がる。これが僕が理想としている「ブランディングを通じたマーケティング」の形だと思っている。
5. 「出版をしたい!」という238人の出版希望者と出会えた
これもタイトルそのままの意味だが、
note記事経由で「出版したい!」という238人の出版希望者と出会うことができた。
出版業界が売上不振に喘ぎ、次々と出版社が倒産していて「出版業界に未来はない」とまで言われている中で、こんなにも出版したいという人と出会えるのは衝撃だった。
僕がnoteで書いている内容の一つに「本を出すことの本質的な意義」について語っているが、「なぜSNS時代なのに本を出すのか」「著者になることで何が変わるのか」「本を出版することで得られるものと、それがビジネスにどう連動するのか」というテーマを、具体的な事例と数字を交えて書いてきた。
また、「本を出したいという想いはあるのに、どうしても金額や長文を書くことに対する心理的ハードルを感じて動けていない人」に向けた記事も書いた。
「文章力がなくても本は出せる」「出版は一部の選ばれた人だけのものではない」「あなたの経験と知識は、それだけで一冊の本の素材になる」というような内容だ。これが、出版したいけど一歩を踏み出せなかった人に刺さった。
note上で、今まで「本を出したい」と思っていても動けていなかった人たちが、「あ、自分でも出来るかもしれない」と思ってくれた。
なぜそれだけ多くの人が「本を出したい」と思っていたのに動けていなかったのか。考えられる理由はいくつかあるが、主に3つの理由があると思っている。
一つ目は「自分には文章力がない」という思い込みだ。本を出版するためには、プロレベルの文章力が必要だという誤解がある。でも実際には、自分の経験や知識が価値になるのであって、文章の技術は後からサポートできる。出版社の編集者というのはそのためにいる。
二つ目は「出版社にコネがない」という壁だ。確かに、従来の出版の世界には「一般人が大手出版社に持ち込んでも通らない」という現実がある。ただ、この10年で出版の構造は大きく変わった。自費出版、電子書籍、クラウドファンディングを活用した出版など、選択肢は増えている。その人に合った方法で出版を実現できるようなサポートを徹底している。
三つ目は「本を出したいけど、何を書けばいいのか分からない」という迷いだ。「本にするほどの話が自分にあるのか」という疑問で、実はこれが一番多い。でも実際には、みんな「本のテーマとなる実体験や物語」は持っている。自分の人生経験や仕事で学んできたこと、その中で体験した失敗とそこから再生するまでのストーリー。それを誰かに伝えたいという想いがあれば、一冊の本になる素材は十分に揃っている。
この三つの壁を、僕はnoteの記事で一つひとつ丁寧に解説していった。
note記事を出すたびに、「自分も出版してみたい」「軽部さんの話をぜひ聞いてみたい」「私でも、どうすれば軽部さんのところで出版できるか教えてほしい」という連絡が毎日のように来た。
それが1ヶ月間で238人にまで増えた。
この238人は、単なる「興味だけはあります!」という人たちではない。実際に「公式LINEに登録してから、具体的な相談をしてきた人」だ。「本を出したい」という意思表示をした上で、行動を起こしてくれた238人と出会うことができた。
これは僕の出版社として、とてつもない財産だと思っている。
出版社にとって最大の課題の一つは「著者の発掘」だ。良い本を出したくても、書ける人を見つけるところから始めなければいけない。それが1ヶ月で238人分の「書きたい人」と出会えた。
本を出版するというプロセスは、著者と出版社の間に深い信頼関係が必要だ。なぜなら、本に書く内容は著者の「失敗した恥ずかしい過去も含めた、全部」だからだ。失敗した話、葛藤した話、弱さを見せた話。それを書くためには、「この出版社にぜひお願いしたい」という信頼が不可欠だ。
その信頼が、noteのコンテンツを通じてすでに積み上がっていた。
この出会いがなければ著者として本を出せなかったかもしれない人たちと、これから本を作っていける。
軽部出版の「1000人の著者を生み出す」という目標に向けて、noteが最高の入り口になってくれているのは間違いない。
※私もいつか出版してみたい!って人はこちらへ!⬇️
6. 僕のnoteと絡めた新規事業が4月から6事業も同時始動すること
これは「4月からの話」なので全部書くことができないが、また別記事で紹介しようとおもっているが、なぜ僕のnote記事をきっかけに新規事業が6つも生まれるのか。
簡単に言うと、noteを通じて出会った人たちとのコラボレーションや、noteのコンテンツに反応してくれた企業や個人からのオファーが重なって、「これは事業として形にできる」という案件が複数同時に動き出したからだ。
出版に関する新規事業や、吃音などの発達障害に関するサポート事業、インタビューメディアの事業提携や冠婚葬祭事業のJVなど、構想にはあったけれども1ヶ月前には存在すらしなかった6つの事業のタネが、noteという場所を通じてスタートしようとしている。
これがビジネスにおける「コンテンツが資産になる」という状態だと思っていて、自分自身で体現できたのは今後の実績にもなる。
ただコンテンツを出すだけでは資産にならない。コンテンツによって「信頼」が積み上がり、信頼によって「縁」が生まれ、縁によって「事業」が生まれる。
このサイクルが回り始めたのが、まだnoteを始めて1ヶ月間の出来事とは信じ難いが、自分の中では大きな転機になった。
他のSNSでは得られない満足感がnoteなら実現できる楽しさ
ここまで読んでくれた方は、もしかしたら「noteこそが最強!みんなnoteやろう!他のSNSはやる価値なし!!!」という話だと思っているかもしれない。
もしそう思ってるなら、全然違う。
インスタにはインスタならではの強みがあり、XにはXならではの活用方法がある。それぞれのプラットフォームは、それぞれの目的に最適化されているからこそ、どれが優れていてどれが劣っているという話ではない。
僕が言いたいのは、「自分が取り組んだ時に『結果が出る』プラットフォームを選ぶことの大切さ」を声を大にして伝えたい。
吃音者である僕にとって、声を出して伝えることが前提のプラットフォームは、構造的に自分のベストを出しにくい環境だった。文章で深い思考を届けたい僕にとって、たった2秒の映像と音声で判断されるフォーマットは、自分が伝えたいことと合わなかった。
でも、書くことが好きで自分の体験してきた想いや思考を届けたいという 僕みたいな人間にとって、noteは最適であり、結果が出る媒体だった。
もちろん、これは誰にでも当てはまるわけではない。映像表現が得意な人にはYouTubeが最適かもしれないし、リアルタイムの会話が得意な人にはXやライブ配信ができるSNSが合っているかもしれない。ビジュアルのセンスがある人にはインスタで無双できるかもしれない。
「自分の強みを活かせて、結果が出るか」を考えて、プラットフォームを選ぶ。これが重要だったりする。経営者のブランディングプロデュースでもいつも僕はこの部分を中心に話している。
そして、「とにかく文字を書くことが好き」「文章で誰かの役に立ちたい」「自分の体験長文で伝えたい」という人にとって、noteは特別な場所だと思っている。
最初の方でも書いたが、noteには「長く読まれる文化」があるというのがポイント。
インスタのリールは30秒から90秒。Xのポストは基本140文字(または長文投稿でも数千文字程度)。それに対してnoteは、最大で1記事あたり29万文字で書くことができるし、1万文字くらいの記事なら普通に読んで感想コメントをくれるユーザーが圧倒的に多い。
これは他のプラットフォームではほぼ見られない、noteの特異性だと考えている。
1万字の文章を最後まで読むということは、読者が「その文章を読む価値がある」と判断して、能動的に時間を使っているということだ。スクロールの途中でたまたま目に入ったものではなく、選択して読んでいる。
この「能動的に選ばれて読まれる」という体験が、書き手としての「満足感」に直結している。1000人が流し見したより、100人がしっかり読んでくれた方が、書いた実感がある。
そしてnoteには他SNSと比べて「より深い繋がりが生まれやすい」という特徴がある。
長い文章を読んだ読者は、書き手のことを「より深く知っている」状態にある。表面的なプロフィールではなく、その人の思考プロセス、価値観、失敗の経験、本音の言葉。それを通じて書き手を知ることで、「この人と話したい」「この人と仕事したい」「この人の本を読みたい」という気持ちが生まれやすい。
僕みたいにインスタで18万人のフォロワーがいても、「軽部凌がどんな人間か」を深く知っている人は、フォローしてくれてる同級生とかクライアントくらいで、正直少ないと思っている。リールで見える「軽部凌」は、編集された僕の見せたい部分のハイライトだからだ。でもnoteで長い文章を読んだ人は、僕の「素」に近いものを文章から受け取っている。
これが、1ヶ月で238人の出版希望者と1742人の公式LINE登録者が生まれた本質的な理由だと思っている。
そして最後に、これが一番大事なことだが、noteには「書き続けることが資産になる」という構造がある。
インスタのアルゴリズムは、投稿しないと次投稿のリーチが落ちる。最新の投稿が優先表示されて、古い投稿は埋もれる。だから常に新しいものを作り続けなければいけない。SNS運用で疲弊する原因の1つでもある。
でもnoteは、書いた記事が検索から見つかり続ける。半年前に書いたものが、今日初めて見つけた人に届く。もしかしたら1年前に書いた記事が、また出版希望者の入り口になることもある。
書けば書くほど、資産が増えていく。止まっても、積み上がったものが残っている。
これがまさに、僕がいつも伝えている「ブランド」であり、その人の『実績』にもなる。
バズはすぐに消える。でもその人が積み上げてきたブランドは残る。
これを自分のメディア戦略として言い続けてきた自分が、やっと「それを実践している」状態になれた。
まだnote始めて1ヶ月目だけど、noteやってるみんなと一緒に楽しみながら伸ばしていくコミュニティを作りたい!
僕はまだ本格的にnoteを始めて1ヶ月目の新人であり弱小ユーザー。
noteについてはまだまだ分からないことだらけだが、それでも、断言できることがある。
「一人ではなく、みんなで記事を読み合いながらnoteを続ける方が楽しい」
これはnoteに限らない話だが、特にnoteにおいてはより顕著だと思っている。
フォロワーがゼロから始めても、書き続けることで記事が増えていき検索から見つかる可能性が上がったことで、読まれる機会が増えてフォロワーが増えてそれを原動力に、またコンテンツが広がっていく。
このサイクルは、どんな人でも「記事を書き続ける」という行動があれば自然と記事を読んでくれるファンが増えていく。
でも問題は、その「書き続ける」ことが人によってはかなり難しい。
文章が書けないから、ではなくて「書いたのに誰にも届かなくて、読んでもらえない」という虚無感にある。
最初はなかなか自分の記事が読まれないし、読まれないからスキが少なくてコメントも来ない。当然、フォロワーが増えることなんてない。
せっかくnoteを書いているのに、こういう状況が続くと「自分にはnoteは向いていないのかもしれない…」「需要がないのかもしれない…」という気持ちが湧いてくる。
ここが、noteを継続できるかどうかの最大の壁になる。
一人で書き続けるのは孤独だし、何よりもモチベーションの維持が難しい。でも「一緒にnoteを書いている仲間がいて、しかも読んでくれる」という環境があれば、自然とnoteを続けやすくなる。「あの人が書いているなら、自分も書いてみよう!」という気持ちにもなれる。
だから僕はnoteを通じて、「noteを書く人たちのコミュニティ」を作りたい。
⬇️noteコミュニティの待機所はこちら⬇️
noteを書くことを習慣にして、その書いたものが誰かの役に立って、そこからまた新しい縁が生まれていくという体験を、一人でも多くの人に届けたい。
文章を書くことは、文章力がある特別な才能のある人だけのものじゃない。
最初から上手く書ける人なんてそうそうない。でも文章を書き続けた人は、相手の心に刺さるような文章を書けるようになる。
noteをやっている人とつながりたい!
note記事をみんなと共有したい!
noteをみんなで伸ばしていきたい!
それを、コミュニティとして一緒にやっていきたいと思う。
「みんなと一緒に自分のnoteが伸びていく」「お互いの文章を読み合って、反応し合う」「誰かが書いたことで、誰かが刺激を受けてまた書く」そういう流れを、noteの上に作りたい。
まだ1ヶ月目の自分が何を偉そうに、と思う人もいるかもしれない。それは本当にその通りなのですが、それでも「これから一緒に始める」仲間を集めるなら、「始めたばかりの人間」の方が正直な話ができると思っているので書きました。
1年後、2年後にこの記事を振り返って「あの頃からやっていて良かった」と言えるようなコミュニティを作って続けていきたい。
おわりに
ここまで約2万文字の長い記事を最後まで読んでくれて本当にありがとうございます。(ここまでの文章は6時間くらいで書いてます!)
Instagramフォロワー18万人まで増やしながら虚無感との戦いで疲弊していた僕が出会ったnote。
数年間放置して幽霊アカウントだったフォロワー6人から始めて、1ヶ月で238人の出版希望者と出会えた。「noteを書くことで人生が変わる」は、大袈裟な話ではなく紛れもない事実だった。
文章がうまく書けなくていい。最初から読まれなくてもいい。誰かの役に立つかどうかなんて分からなくていい。
ただ、まずは書いてみてほしい。
書いたものは消えないし、書けば書くほど積み上がっていく。そしてその積み上がったものが、いつか誰かの目に触れて、その人の何かを動かしてくれる。
僕はまだ本格的にnoteを始めて1ヶ月目の新人だけど、noteを楽しみながら続けたいと思っている全ての人と一緒に、noteを楽しみながらこれからも続けたいと思っている。
みんなもnoteを楽しんでいこう!!!
