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ポケモンキッズと旅する 第206回 ハブネーク|神奈川県鎌倉市

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第二百六回、ハブネークと鎌倉です。

稲村ヶ崎に広がる海岸は、相模湾の波が打ち寄せる七里ヶ浜の東端です。

この地は、鎌倉の中心部からわずかな位置にあり、海と山が迫り合う境界線の風景を見せています。

鎌倉は、三方を山に囲まれ、一方を海に臨む地形から、限られた出入口を坂や切通で塞ぐことで、要塞都市としての性格を強めていました。

鎌倉の出入口となる主要な通路は、いずれも狭隘で監視しやすい要衝でしたが、稲村ヶ崎はその中でも海岸沿いの数少ない南西のルートにあたります。

難攻不落の都としての条件を備えたこの天然の要害に、源頼朝が鎌倉幕府を開きましたが、その後、妻の実家である北条氏が執権として権勢を掌握しました。

北条氏の専横に対し、源氏の血筋を引く新田義貞は、源氏一門による政権復権を名分に掲げ、鎌倉へ進撃しました。

新田義貞の軍勢は、この稲村ヶ崎を突破して鎌倉市街へ突入したとされ、鎌倉幕府を滅亡させました。

しかし、新田氏による復権は短命に終わり、後に武家政権を樹立するのは、同じく源氏の血を汲む足利氏(⇒第107回)による室町幕府となります。

七里ヶ浜から稲村ヶ崎へ向かう散策路は、浜辺に出ると砂浜が広がっており、この道が鎌倉という「山に囲まれた要害」との境界を体感させてくれます。

稲村ヶ崎に立つと、まず東の海上にある江ノ島が、穏やかな台形のシルエットで視界に入ります。

空気が澄んだ日には、江ノ島のさらに向こうに、端正な姿の富士山が淡く浮かび上がり、海と空の境目に逆三角形の影を落とします。

真正面、南に目を転じれば、遮るもののない大海原が横たわり、相模湾の外へ続く水平線が、緩やかな弧を描きながら、遥か太平洋へと視線を誘います。

晴天の日は、海面が無数の光の粒で覆われ、風に煽られたさざ波がキラキラと瞬き、その輝きが柔らかく広がります。


原寸大や未公開の写真は写真投稿サイトFlickrにございます。

Seviper in Kamakura, Kanagawa 1 (cape Inamuragasaki)

ここまでご覧いただきどうもありがとうございました。次回もお楽しみに。