ポケモンキッズと旅する 第171回 ホルビー|岐阜県高山市
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第百七十一回、ホルビーと高山です。

国分寺とは、聖武天皇が鎮護国家の理念に基づき発した勅令により、全国に創建された官立の寺院です。

詳しくは武蔵国分寺(⇒第33回)のときに説明しましたが、全国およそ60か所に、国分寺と、対となる国分尼寺が建立されました。

今回の主題である飛騨国分寺は、この全国的な構想の一環として飛騨国に建てられた古刹で、高山市街地のほぼ中心に位置しています。

備中国分寺(⇒第36回)など、一度衰退し、後世に再建されたものや、
遠江国分寺(⇒第149回)など、跡地が残るものも多く、さらには跡地もわからないものもあります。
それに対し、飛騨国分寺は創建以来、法灯を今日まで保ち続けているのが特徴です。

戦国時代には金森長近の兵火に遭いましたが、その後、その金森長近が玄海和尚を招き、寺院を立て直しました。

現在の伽藍を構成する建物の中でも、本堂は室町時代中期に再建されたものです。

この本堂は、正面5間、側面4間の単層入母屋造りという構造をしています。

表門は、江戸時代中期に地元の寄進によって建立されたもので、その整然とした建築様式は、この地域の同時代建築の模範として、現代にその姿を伝えています。

鐘楼門は、鐘のある上層には円柱、また石畳が通る下層には角柱が6本という特徴的な構造です。

江戸時代後期に再建された三重塔は、飛騨地域で現存する唯一の塔建築であり、高さは約22メートルに達します。

また、本堂の南側には、推定樹齢1200年を超える大イチョウが雄大に聳えており、この大イチョウは、行基が手植えしたと伝えられています。
原寸大や未公開の写真は写真投稿サイトFlickrにございます。
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