ポケモンキッズと旅する 第130回 ゾロアーク|フランス・ヴェルサイユ
本記事をご覧いただき、誠にありがとうございます。
第百三十回、ゾロアークとヴェルサイユです。
パルファム宮殿…ではなく、その元ネタのヴェルサイユ宮殿です。
まず、初めに。当企画の写真は5枚しかありません。
なので今回は、普通の観光写真も併せて投稿していきたいと思います。

パリの南西約20kmに位置するヴェルサイユ宮殿(Palais de Versailles)は、かつてフランス王権の中心地でした。

ヴェルサイユ宮殿を建設したのはフランス史上最長となる72年間統治したルイ14世(Louis XIV)で、フランス革命で言及したルイ16世(⇒第120回)の2代前の国王にあたり、家系図上では5代前の人物です。
ヴェルサイユに壮麗な宮殿が建設された背景には、ルイ14世が即位後間もなく経験したフロンドの乱が深く関わっています。

ルイ14世は父であるルイ13世(Louis XIII)の崩御によって、まだ幼いうちに王位継承しました。
そのため、当初は母であるアンヌ・ドートリッシュ(Anne d'Autriche)が摂政として政務を執りましたが、彼女や宰相ジュール・マザラン(Jules Mazarin)の統治に対する反発から始まったフロンドの乱は、幼いルイ14世の心に深い傷を残しました。

マザランの没後、ルイ14世は「私は宰相なしで統治する」と宣言し、親政(ここでの「親」は「おや」ではなく「みずから」の意味で、君主みずから政権を採るという意味)を開始しました。
そして、パリから離れた場所に新たな権力の中心地を築くことを決意、父ルイ13世が建てた狩猟用の小さな離宮があったヴェルサイユの地を選びました。

ヴェルサイユ宮殿の建設には、貴族の勢力削減と国王による統制強化という意図もありました。

ヴェルサイユ宮殿の西に広がる広大なフランス式庭園は、かつて草地や沼地であった場所に大量の土砂を運び込んで平坦な地を築き、そこに花壇、噴水、運河などを人工的に造成したものです。
このようなフランス式庭園は、平面幾何学式庭園とも称される、直線と左右対称を基調とした幾何学的な構成が特徴的です。
ヴェルサイユ宮殿の庭園においては、剪定された樹木、幾何学模様の花壇、厳格な左右対称性、そして水資源が乏しい台地という制約の中で、壮麗な水の景観を創造している点が特筆されます。

(画像左、ヴェルサイユ宮殿;フランス・ヴェルサイユ)このようにフランス式庭園をはじめ西洋式庭園は人工的に整えられた美を追求する点で、東アジアの庭園文化における自然との調和を重視する美意識とは対照的です。
(画像中、兼六園;石川県金沢市)例えば、日本の池泉回遊式庭園は、池の周りを散策することで景色の移ろいを楽しむ形式で、自然を模倣し、非対称性や不完全性の中に美を見出しています。
(画像右、燕趙園;鳥取県湯梨浜町)また、中国庭園においては、「無為自然」や「上善若水」といった自然の摂理に従った調和の理念が、庭園全体に「意境」として表現されています。

ヴェルサイユ宮殿の中央に位置する鏡の回廊(Galerie des Glaces)は、その豪華絢爛さで随一の場所です。

数多の鏡が設置されたこの空間は、当時のフランスが、鏡製造技術で独占的な地位を誇っていたヴェネツィアに対抗しうる技術力を示した象徴でもありました。

また、百合の紋章は、フランス王室の公式な紋章として使用されてきた象徴で、現代では絵文字⚜️としても広く認識されています。
ヴェルサイユ宮殿の黄金の柵には、この百合の紋章が無数にあしらわれています。

王室礼拝堂(Chapelle Royale)は、高さ約44メートルの屋根を持つ形状で、王族の洗礼式や結婚式などが執り行われていました。
その中で特に有名なのは、後にルイ16世となる王太子とマリー・アントワネットの婚礼です。
原寸大や未公開の写真は写真投稿サイトFlickrにございます。
ここまでご覧いただきどうもありがとうございました。次回もお楽しみに。

