ポケモンキッズと旅する 第89回 キルリア|山形県新庄市
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第八十九回、キルリアと新庄です。

最上公園は、山形県北東部に位置する新庄市の中心市街地にある公園です。

この地は、かつて新庄城があった場所で、江戸時代には新庄藩の中心として機能していました。

新庄城は、江戸時代初期の1625年に完成した比較的新しいお城で、戸沢政盛が初代藩主として城主を務めました。

山形城を拠点とした広大な領地を持つ最上家(⇒第84回)がお家騒動により領地没収となり、その広大な領地が分割され、そのうち新庄には戸沢政盛がやって来ることになったという経緯です。
当初、戸沢政盛は、最上義光の家臣・鮭延秀綱がかつて城主を務めていた鮭延城に入りましたが、山城だったため新たな城の建設を決意します。

新庄城は戦国時代のような戦いのための城ではなく、交通の要衝にあって、権威を示すための城でした。

実際、新庄城が築城されたのは戦国時代が終わった江戸時代初期で、行政の中心として機能していました。

その後、江戸時代前期の火災により三層の天守閣が焼け落ちてしまい、その後天守閣は再建されることなく、天守閣のない城として幕末まで続きました。

戊辰戦争時には、新庄藩は当初、奥羽越列藩同盟側についていました。

しかし、新庄藩の北に位置する久保田藩(秋田藩)が新政府軍へ寝返ったことが契機となり、新庄藩も奥羽越列藩同盟から離脱して新政府軍側に立場を変えました。

この動きを知った庄内藩の攻撃を受け、新庄城は落城、藩主は秋田へ逃れました。

その後、新政府軍が奪還するまでの間、庄内藩の支配下に置かれました。

私が最上公園を訪れたのは、梅雨の真っただ中、紫陽花が静かに咲き誇る季節でした。

公園内を歩くと、石垣の縁に、紫や青、淡いピンクの紫陽花が点在しています。

薄緑の樹木の葉が初夏の光を受けて輝く中、淡い色合いの紫陽花が風に揺れ、幽玄な美しさを放っていました。

キルリアの体の色が背景の紫陽花の色にうまく同化した写真が多く撮れました。
原寸大や未公開の写真は写真投稿サイトFlickrにございます。
ここまでご覧いただきどうもありがとうございました。次回もお楽しみに。
