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日本文学とは何か?
日本文学とは、日本語で書かれた文学作品、あるいは日本人が書いた文学、もしくは日本で発表された文学である。中国の古典語である漢文も、日本人によって創作されている場合、日本文学に含まれる。
上記の作品やそれらを創作した小説家・詩人などを研究する学問も日本文学と呼ばれ、国文学と呼ばれることもある。また、日本文学の歴史は極めて永く、文字で書かれた最古の日本文学は8世紀(712年)に成立した『古事記』の時代にまでさかのぼる。
では、
近現代文学浪漫紀行動画とは?
概要
youtubeで窪田等さんの文学朗読の動画を私が視聴し、感想を述べてから皆さんにお勧めするという紹介動画のシリーズになります。
この稿では、日本文学の魅力を確認しつつ、当動画シリーズの利用方法と有用性についての説明をしていきます。
以下の文は概ねこちらの動画からの引用になります。↓↓
窪田等さんのチャンネルはこちらです。↓↓
それでは、近現代文学浪漫紀行動画について概説していきます。
文学の主な形式
文学作品は主に散文と韻文があり、その中に以下のような形式があります。
散文(韻律や句法にとらわれずに書かれた文章)
物語・小説、説話(伝説など)、戯曲(演劇)
随筆(エッセイ)、日記、紀行、伝記、文芸評論
物語と小説の違いについて
物語は、『語られる出来事の連続』に注目されるが、小説では、『作中の人物・事件』などを通して、あるものごとの姿を表現しているものであり、ただ単に出来事が連続するわけではなく、出来事と出来事のつながりや関係性が重要になるという表現の違いがあります。
⇒例:歴史年表と時代背景の関係など
上記の物語と小説の違いの説明はウイキペディアからの引用ですが、これだけではわかりにくいので、AIによる次の説明に私が補足を加えてみます。
小説
・作者によって書かれたフィクション作品を指します。
・話の展開に内容から導かれる必然性があるものを指します。
⇒語られる内容には裏の意図や設定が存在する。
・作者が構成するという前提が含まれています。
⇒事実の説明ではない、指向性を持った表現の内容である。
この説明だと、小説とは『何かしらの主張を伝えるために、出来事を創作する』というメッセージ色が強く、そしてそれが重要であるということになります。
物語
・出来事や事件が連なって構成されたもので、必ずしも文学的な形式に限りません。
・神話や伝説、アニメや映画など、さまざまなメディアで表現されます。
・内容とは関わりなく偶然のつながりによって話を進めてゆくものを指します。
⇒出来事のそのものが重視され、意図的な描写を創作しないことが重視されます。
⇒ただし、神話や伝説などの架空の物語については矛盾するので後述します。
・語り伝えられている、また、人に語りかけるように叙述されたものです。
例えば「源氏物語」は、作者である紫式部の創作であることから「小説」とも言えますし、1000年を超えて語り継がれるものであることから「物語」とも言えます。
⇒小説と物語は厳密な分別の必要なものではなく併存し得るということ。
以上の説明を総合すると、小説と物語の違いについては以下のように考えることができそうです。
小説とは、作者がメッセージを伝えるために出来事を創作し、その中で展開される出来事を通じて読み手にそのメッセージを感じ取ってもらう作品である。
そして物語とは、実際にあった出来事、あるいは架空の出来事が連続的に展開され、読み手に出来事そのもの、あるいはそれによる意味を伝える作品である。
そのように説明すると、小説には作者のメッセージに意義があり、物語には出来事に意義があることになります。
また、『源氏物語』を小説と物語のミックスであるというような説明をしていることから、小説と物語を厳密に使い分けることに必然性はなく、さらに、事実と創作の物語を分別させることにも必然性はないことになりそうです。
ノンフィクション作品について
ただし、この創作性と真実性については、読み手に『フィクションです』あるいは、『ノンフィクションです』と伝えるのが適切ではあるものと思います。
物語の創作性の表示については以下の記事を参考にしていただければと思います。↓↓
上記の記事を簡単に言うと、作品中の表現が、たとえ創作であったとしても、誤認などの社会的トラブルに発展することもあるために、不測のトラブルを回避する必要があるということになります。
また、作品には自伝などのように自身の出来事を真実のみに基づいて描くノンフィクションもあります。
その中で登場する団体や人物には現実の社会的な立場があるため、明確な了承をとるなど、その点を十分に注意して、責任のある描写をしなければならないということになります。
そのための『この作品はフィクションです。実在の団体などとは一切関係ありません。』の表記になります。
小説と物語についてのまとめ
小説は創作の出来事を書く作品であることが基本
・完全な創作作品
・事実と創作がミックスされた作品
・創作でない事実の作品
⇒ノンフィクション小説(=物語、自伝)
物語は実際に起きた出来事を書く作品であることが基本
・創作でない事実の作品(ノンフィクション小説、自伝)
・神話などの架空の出来事を描いた作品
⇒事実起きればこうであるという思想が根底にある
・永く語り伝えられている、また、語りかけるように叙述されたもの
結論
以上のことから、文学を楽しむために理解する、あるいは自身でこれらを書く上では、小説と物語はあまり違わないということになりそうです。
これには、異論もあると思いますが、以下そのように捉えて発言していきたいと思います。
随筆(エッセイ)と日記の違いについて
概要
小説や物語に比べて、随筆(エッセイ)や日記は、誰にでも書けるとっかかりやすさがあると思います。
一般的に、随筆(エッセイ)と日記の主な違いは、日記が日付入りで日々の出来事や感情を個人的に記録するものであるのに対し、随筆は、あるテーマについて筆者の考えや感想を自由に書き、これを公開することを前提として書かれた文章になります。
日記
日記は個人的な記録であり、日付と出来事の記録が中心です。日々の生活の詳細や感情を綴ることに重点を置きます。
また、日記は基本的に個人的なもので、他人に見られることを想定していません。よって、日記は本音を綴ることが多く、後から読み返すことで過去の自分を知り、気持ちを整理するのに役立ちます。
また、日記は個人の体験や心情を記録する文学でもあり、土佐日記、蜻蛉日記などがその代表的な作品として挙げられます。
随筆
随筆は、特定のテーマに関する筆者の思索や感性を自由に表現するもので、テーマに焦点を当て、筆者の深い洞察や独自の視点を提供します。
日記とは違い、随筆は人に見られることを前提に書かれ、文体のイメージを意識して、その視点や考えをより意識的に表現します。
また、随筆はエッセイとも呼ばれ、筆者の経験や知識に基づいた個人的な考えや感想を自由に記述する文芸形式のものでもあります。
日本の三大随筆として、枕草子、方丈記、徒然草があります。
noterとしての随筆(エッセイ)と日記
随筆(エッセイ)と日記の説明から、noterとしてのそれぞれの特性を考えると、重要な点は、『公開性』の違いでしょう。
noteの解説でよくみられるのですが、『独りよがりの日記』になってはいけないというアドバイスがなされます。
これについて私見ですが、確かにその通りではあると思います。これだけたくさんの人が見てほしいと思って投稿しているわけですから、だれにも見られないものを投稿しようとすることには無理があります。
ですが、随筆にしても日記にしても、書き手の思うがままに自分を表現するということには相応の価値があると思いますから、公開したくないような文章をあえてどんどん見せるという手法は、個性的でアリだと思います。
ただ、『上級者向け』ではありそうです。
また、随筆(エッセイ)と日記は考察そのものがメインであり、小説や物語は出来事の連続性がメインになりますから、noteに記事を投稿するためにこれらを書き分けるうえでは、そこを注意する必要があります。
もちろん、考察ばかりが続く小説もあると思いますし、日付と出来事の記録を中心に書いて物語を展開している小説もあると思います。
自由でよいでしょう。
また、加えて重要なのが、枕草子、方丈記、徒然草などの日本の『歴史的過去作品』は世界的に見ても極めて貴重で評価の高いものが多いです。
私自身、方丈記以外は詳細には見ていないのですが、これ等の歴史的な過去作品を参考にして取り組むのも一考ではあると思います。
実は私は参考にしてnoteに取り組んでいます。↓↓
そのための近現代文学浪漫紀行動画シリーズなんですけどね(*‘∀‘)
結論
・日記とエッセイは自分主体の考察そのものである。
・自分だけが読む日記よりも、自分をアピールするエッセイを書こう。
・過去作品に学ぼう。
戯曲(演劇)、紀行、伝記、文芸評論とは?
これらは特に複雑な解釈などはなさそうなので、簡単に用語解説をするにとどめておきます。
戯曲(演劇)
戯曲(ぎきょく)は、演劇における脚本や台本のこと。また、そのかたちで執筆された文学作品。戯曲を書く者のことを「劇作家」と呼ぶ。
紀行
紀行とは、旅行の行程をたどるように、体験した内容を記した文章のことです。紀行文、旅行記、道中記、トラベルライティングなどとも呼ばれます。
伝記
伝記は、特定の人物の生涯における出来事や業績をまとめた記録であり、その人物がどのように生きて、どのような貢献をしたのかを理解するための資料となります。
文芸評論
文芸評論とは、文学作品を鑑賞し、その価値を評価して読者に伝えることです。文学作品が読者に与える印象や感動を分析し、創作の理想と照らし合わせて文学作品の価値判断を行うことです。
noterにとっては、お互いの作品を読み合って、お互いに広報しつつ高めあっていくことが大事だと思います。
韻文(一定の規則に則って書き表された文章)
詩、和歌、俳句、川柳、漢詩など
これらの韻文といわれる形式の文学も、積極的にnoteで取り組んでいる方も多いようです。
内容については用語の確認にとどめておきます。
詩
詩とは、言語の美しさや喚起力を通して表現される文学形式です。
多くの詩は韻文で、一定の形式とリズムを持ちますが、そうでないものもあります。
また、詩は独立した作品として存在することもあれば、詩劇、聖歌、歌詞などのように他の芸術表現と組み合わされることもあります。
日本では、明治時代になるまで「詩」といえば漢詩を指し、「歌」は日本古来の歌謡を指していました。
和歌
和歌(わか)とは、日本固有の伝統的な詩歌の総称です。元々は漢詩(唐詩)と区別するために、日本で作られた歌を「和歌」と呼ぶようになりました。平安時代に『古今和歌集』が成立したことで、その概念が確立しました。
俳句
俳句とは、五・七・五の十七音を基本とする日本独自の定型詩です。この短い十七音の中に、季節を表す言葉である「季語」を含めるのが原則です。俳句の最大の魅力は、この十七音が生み出すリズム感にあると言われています。
川柳
川柳とは、俳句と同じように五・七・五の17音で構成される定型詩ですが、季語や切れ字といった約束事がありません。口語を主体とし、字余りや句跨りなど、比較的自由な形式で作られることが多いです。
川柳の主な要素として、以下の3つが挙げられます。
・穿ち(うがち) 物事の本質を鋭く見抜くこと
・おかしみ ユーモアや滑稽さ
・軽み 軽妙で洒脱、爽快でキレの良いこと
現代では、サラリーマン川柳のように、社会現象や日常生活をテーマにした川柳が広く親しまれています。
漢詩
漢詩とは、中国の伝統的な詩であり、韻文における文体の一つです。狭義には、後漢時代に確立した体系的な詩を指します。一定の音律に調和させて、人の思想を文字に表現したもので、感情が内に動けば言語に表れるという考えに基づいています。
漢詩は、中国文化の伝来に伴い、奈良時代から日本でも詠まれるようになりました。
漢詩の一句は多くの場合、漢字五字または七字から成り、それぞれ五言詩、七言詩と呼ばれます。漢詩は通常、偶数個の句から成り、偶数句の末尾の字は同じ響きを持つ字に揃えられ、これを押韻といいます。
近現代文学史の範囲
ここまで日本文学の形式について大まかに見てきました。
本稿の都合上ではありますが、近現代文学史の範囲については、明治から昭和戦前期を日本の近代文学史として捉えて考えることにします。
また、諸説ある日本の現代文学史の範囲については、便宜上、昭和後期から機動戦士ガンダム(ファーストガンダム)発表前後までとして捉えることとします。
そうすると、年代としては次のようになります。
1868年~1979
この年代設定について少し解説します。
1868年は明治維新の年です。
それから、1912年が大正元年、1926年が昭和元年になります。
その間に大きな戦争がいくつかありましたが、1945年には大東亜戦争(太平洋戦争)が終わり、戦後が始まります。
明治から終戦までに様々な文豪が作品を残し、戦後からは復興と同時に冷戦がはじまり、イデオロギー的な形成論と共に文学の盛り上がりも見せていきます。
1960年代には、安保闘争などの学生運動を含む熱狂や、アポロ計画などの宇宙開発も盛んに議論されていた頃になります。
そして、1979年にガンダムの放映が始まりますが、その少し前に重要な出来事があります。
それは『あさま山荘事件』です。
これについては、日本文学の隆盛の終焉と共に大きな挫折の象徴であるとして、私なりの考察をしていますので、以下の動画を紹介します。↓↓
あさま山荘事件
あさま山荘事件は、1972年2月19日から2月28日にかけて、長野県軽井沢町で発生した連合赤軍による人質立てこもり事件です。
この事件は、共産主義革命を標榜する、凶悪な殺人を繰り返していた連合赤軍のメンバーが立てこもったあさま山荘にて、約10日間にわたる警察と犯人グループの攻防を続けるというセンセーショナルなものでした。
この様子は、当時定着し始めていたカラーテレビによって日本中に報道され、一連の事件は全国的に大きく注目されました。
この報道により、共産主義による全共闘などの学生運動や、政治イデオロギーの理想と現実が幻想であるということを思い知った多くの優秀な若者は、市民運動の虚しさに打ちひしがれ、政治的主張を諦めていく流れが出来上がります。
そしてその中には、ガンダムの作画監督でもある安彦良和氏がいました。彼らは自分たちの主張の場として、華やかな経済上昇の機運とともに映像の世界に期待するようになっていったのです。
また、戦後の復興から高度経済成長を経て、人々の生活や文化の思想も大きく変わってきていました。80年代のバブル経済期を迎え、また更に90年代はインターネットの時代を迎えていきます。
こうした流れと共に、文学における時代性も存在意義も大きく変質していきました。
結論
あさま山荘事件以降の社会運動の衰退と時代の変遷
⇒ある種の文学の時代の幕引き
このように捉えました。
よって、説明不足ではあると思いますが、ここでは近現代文学史の範囲を、1868年~1979年のおよそ100年間としています。
名作文学にかける想い
私は、この近現代文学浪漫紀行動画シリーズをやる前は、文学といわれるような作品に触れることはほとんどありませんでした。
理由は、とっかかりにくかったからです。
それまで、特に20代の頃は、小説や論説本などは好んでたくさん読んできましたが、文学というと、なんとなく忌避していたというところです。
そうしてずいぶんと時間は経ち、仕事に忙殺されていったのですが、ちょうど去年の春に、退職をきっかけにしてこのシリーズを始めることにしたのでした。
この稿を書いている2025年8月からすると、シリーズを完結してから1年半近く経っていますので、随分と記憶が流れてしまってはいるものの、非常に深い考察ができたという満足感はしっかり残っています。
ですので、この動画シリーズの有効な活用の方法と、おすすめも兼ねた作品紹介を以下にしていきたいと思います。
近現代文学浪漫紀行動画の内容
面白かった文学の朗読の感想を簡潔に述べる
⇒朗読の感想記録簿の蓄積
⇒朗読者は窪田等さん等プロの読み手
ポイント
・特別影響のないネタバレなど含む
・自分の感情の変遷を伝える
・ハッとしたことなど発見を伝える
・社会心理やその背景を解説する
このようなことをシリーズの一連の動画で話しています。↓↓
読書の効果
参考:「メリットだらけ! 読書による14の効果」
読書のメリットは非常に大きいです。
その一端を以下に列挙しますので参考にしていただければと思います。
(1) 知識や教養が身につく
(2) 語彙力が豊かになる
(3) コミュニケーション力が上がる
(4) 文章力が向上する
(5) 想像力アップにつながる
(6) ストレス発散になる
(7) 悩みや課題を解決するヒントが得られる
(8) コミュニケーションのきっかけになる
(9) 効率的に情報収集できる
(10) いろいろな価値観を知れて、視野が広がる
(11) 仕事力向上につながる
(12) 失敗を減らして、成功の確率が上がる
(13) アウトプットのネタになる
(14) 勉強や仕事のやる気がアップする
参考↓↓
人生とは歴史である
私は今年(2025年)に入って『草むしぬ』という大東亜戦争の戦記を読んで、人生とは何かということを考えて、約半年にわたって真剣に取り組んできました。↓↓
この稿の中で、人生とは何かという私なりの一つの答えを出しています。
それは、これです。↓↓
歴史とは人生の記録である 〔加瀬伊助〕
歴史の中に人は生き、人は一つの歴史を刻んで生きていきます。
それをいかにして価値のあるものにしていくか、そういうことが常に問われ続けていくものだというのが、私なりの人生の答えになります。
そうは言うものの、人生は人それぞれですから、すべての人がそうして答えを出すものではないとも思っています。
私たちは歴史のワンオブゼム(one of them)に過ぎません。私やあなたが生きてきた先には、小さな歴史が一つだけ残ることになる。そういうものであり、その歴史の連続が社会だと思います。
誰も一人で生きていくことはできませんから、そうした一つの人生、小さな歴史の織りなすものの共同体が社会を形成し、その社会の中でこそ、人はその人の人生の価値を生み出すことができるものです。
・誰も一人では生きられない 〔めぐりあい:ガンダムの歌〕
⇒社会との関わりの記録
ほとんどの方が生まれてこのかた、家族に育てられながら大人になっていきます。最初は真っ白ですが、だんだんと頭の中に色がついてきて、実はそうしたころから既に『世の中』というものに携わって生きていきます。
『世の中』という新しい社会の中で、常にもがき続けるところから人生が始まります。
うまくいかないことばかりの中で、もがき苦しむ。それは、未熟故に起きることだと思います。
人は幼いほどに未熟であると思います。ゆえに、幼いうちは特に学びを得ることが大事になります。基礎学習の習得です。
基礎学習の基本は国語です。国語の習得は読書によります。読書の実践と作文の実践と会話により、国語の理解が進みます。
国語の理解をして、社会に加わり、社会の中でコミュニケーションをとって、人生を実践していきます。これが、人生を成熟させる最も確実であり近道であると思います。
社会をよく学び、社会によく加わり、社会について成熟することが人生の価値を太くしてくれます。そしてそれがいかに難しいことか。
それが難しいのが私たちの生活環境であり、人々は苦しみながら今の社会状況に埋没しているのが実情であります。
・迷いこそ人生 〔ワンピース:シルバーズ・レイリー〕
⇒迷いや情熱が人々を狂わせる、その記憶と記録
迷いとは、ぐちゃぐちゃに絡まった紐のようなものでもあり、掌にささったとげのようなものでもあります。
ぐちゃぐちゃに絡まった紐はうんざりと目の前に大きく立ちはだかり、掌のとげは煩わしくもずっと痛みを供給し続けて、安らぐことができません。
悩みは人生が続く限りに続くものです。
これとどうやって付き合ってくべきか。
その答えは、学びにこそあります。
人生の学びを得て、人生を習熟させて、人生を理解することが先決です。
そうして学びを得ていかないと、私たちは迷いに押しつぶされてしまいます。
今、そうして迷いに押しつぶされている人が社会に非常に多いと思います。
学びを得て、人生を太くして、社会に加わりながら、自分の人生の意義を見つけていくことが重要だと思います。それでいて初めて迷いに打ち勝つことができると思います。
迷いに打ち勝ってこその人生です。
・歴史年表と人物名は大事 〔加瀬伊助〕
⇒歴史年表と時代背景の関係
先に私が提示した近現代の文学の100年間には、次のような出来事がありました。
1869 版籍奉還
1871 廃藩置県
1894 日清戦争(〜 95)
1902 イギリスと日英同盟を結ぶ(〜 23)
1904 日露戦争(〜 05)
1910 韓国を併合する
1914 第一次世界大戦に参戦
1923 関東大震災
1931 満州事変 関東軍が満州主要部を占領
1932 満州国建国 五・一五事件
1933 日本が国際連盟を脱退する
1936 二・二六事件
1937 日中戦争(〜 45)
1940 日独伊三国軍事同盟を締結
1941 大東亜戦争(太平洋戦争)(〜 45)
1945 原爆投下 ポツダム宣言を受諾、降伏
1946 公職追放 東京裁判(〜 48) 日本国憲法公布
1951 サンフランシスコ講和条約
1965 日韓基本条約
1972 沖縄が本土復帰
1973 石油危機(79 第二次石油危機)
これらは私が中学生の時に一生懸命記憶していた社会の歴史です。
この時に覚えた語があるために、大人になって『初見』を免れることができました。
人間の記憶力には限界があります。
物を覚えるためには何度も繰り返して目にするのが大事なのですが、それをやっている時間は大人になるほどになくなっていきます。
特に単純な情報であるほどに、大人になって覚えるよりも、子供の頃に覚える方が有利に働きます。
私は、中学生の頃は非常にまじめだったので、大人になってこれ等の社会の歴史を学びなおすことに抵抗は少なかったと思います。
それでも、まだまだ知らないことばかりです。
生涯学習といわれるゆえんですね。
この歴史年表が示している歴史は、私たち日本人全体を方向付ける、極めて重要なプロセスばかりです。知らなくても生きていけますが、その背景を調べて知ることには大きな意義が存在します。
そしてそれこそが人生の重要な学びなのです。
人生の迷いを打ち消すために重要な学びなのです。
歴史を学び、社会を学び、人生を切り開いていくのです。
それをやらないから人は迷いの痛みから逃げられないのです。
結論
人生とは歴史である。
その歴史は、人生そのものであり、社会の中にあります。
社会を理解して、社会と共に生きることに人の生きる道があります。
人の生きる道を学ぶことが人生を学ぶことになると思うのです。
だから、文学の中に社会を描いてきた文豪たちのその文学そのものに人生を学ぼう、というのがこの稿の趣旨になります。
作品紹介

























おまけ
以下はおまけになります。
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