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【ボードゲーム制作日記】戦時中のさつまいも事情 - 焼き芋にもバリエーションがあった!?

おはこんばにちは
かたきり(むし)と申す者でございます。

引き続き、イベントカードのネタ探しの旅に出かけます

さつまいも時事情報、カモン!

関東大震災後につぼ焼き

関東大震災後、「つぼ焼き」が現れた。
それまで、焼き芋の主流であった「かまど焼き」のかまどが震災でほとんど壊れてしまったため、そのままブームが終了。

復興期の東京では新しいものが好まれ、人々の関心はビスケットなどの洋菓子に多様化。焼き芋屋も、小さな「つぼ焼き」での小商いへと戻っていった。

つぼ焼き

つぼ焼き用のつぼはコンパクトで場所を取らない。
裏通りの小さな店でもやれたし、雑貨や駄菓子などを売る店では、土間の隅につぼを一つ置き、副業としてやることができた。
多様化により昔ほど焼き芋を食べなくなっている。
つぼ一つで焼けるいもの量は、大きなかまどを二つも三つも並べて焼くかまど式から見ればわずかなものだ。
だが、需要が少なくなってしまった時代には、それがかえってぴったりの規模だった。

現在でも見るつぼ焼きがここで登場!
主流だったかまど焼きが地震によって壊れたしまったこととおやつの多様化によって、焼き芋もコンパクトな姿に変わったようですね

震災時の食料の様子として

「このころの僕たちのおやつは、印(はん)で押したように焼芋であった。」

http://www.udri.net/journal/11-1/j11pp57-63_morisigeaki.pdf

と記録が残っているようで、この焼芋もつぼ焼きのように思えます

焼き芋屋の廃業

昭和16年(1941)に太平洋戦争が起こると、東京の焼き芋屋は廃業するか休業するしかなかった。
サツマイモも国の統制品となり、自由な売買ができなくなったのだ。
終戦は昭和20年だったが、サツマイモの統制解除は遅く昭和25年(1950)からだった。

1945(昭和20)年の終戦から1948(昭和23)年までの約3年間は、極端な食糧難に陥り、国民は大変な飢えに苦しみ餓死者が続出した。

空き地や公園、校庭は言うに及ばず、国会議事堂の前庭までもサツマイモ畑 に変わっていった事実はそれを物語っている。
そのような混乱状態にあった社会・経済状況の中で、サツマイモは食糧確保における最後の砦として、日本の国民7千万人の尊い生命を支え続けたのである。

江戸時代に訪れていた食糧危機が戦後にも行われていました。
この時も国民の命を救ったのが、さつまいも

国で管理していたとしても栄養面、満腹面、コスト面で置いて有力だったのでしょう

サツマイモの増産対策

同じく戦時中、1937(昭和12)年にサツマイモの採種(沖縄県)と選抜育種試験の全国的な組織化が図られた。

この時代に育成された主要品種には、
1934(昭和9)年に沖縄県農事試験場で育成された「沖縄100号」
1938(昭和13)年に三重県、高知県の農事試験場で育成された「護ご国こく藷いも」(「高系4号」)
1942(昭和17) 年に育成された「農林1号」(千葉県農事試験場)および「農林2号」(鹿児島県農事試験場)
1945(昭和20)年に高知県農事試験場で育成された「高系14号」
などがある。

関東99号、九州92号、農林48号、高系14号などの命名登録が出てきました

農林1号は小野田が最初に育成した酒精原料用(後のでん粉原料用)品種でその高収量と高でん粉歩留りから関東2号を付して、関東では「紅赤系統」、近畿、東海地方では「源氏系統」より収量性に優れていたことから、「農林1号」と栄えある命名になったそう

農林1号は食用としても使用されていたようです。
さつまいもを単に原料用として栽培し利用するのはもったいない。収穫時期である秋を待てずに早掘りしたいも、また形良くできたいもを主食や間食として食べたいと思う時代背景にも配慮したものと言われています。

石焼き芋登場

サツマイモの統制解除はされた昭和25年(1950)に現れたのが「石焼き芋」だった。
鉄板製の箱に小石を入れ、それでいもを焼く道具をリヤカーに乗せ、町の中を売り歩く、当時は新鮮だった。1970年頃には、東京だけで1000人以上の石焼き芋売りがいたという。
石焼き芋の時代が「第3次」焼き芋ブームと言われている。

石焼き芋の最盛期は、わが国の経済の高度成長期だった。その頃はいく らでも売れた焼き芋が、昭和45年(1970) の大阪万博あたりから落ち目にな りだした。
万博を機に海外からファーストフードの有力店が続々と上陸しただけではない。その後のコンビニの発展も響いたのが大きい。

石焼き芋
https://www.jrt.gr.jp/wp-content/uploads/4-13.pdf

私たちがよくイメージする石焼き芋
いしうや〜きいも〜 おいも〜の売り声も当時からあったんでしょうか

売り声は欠かせないと思うので、何かしらの声は発していたはず
戦後の庶民の暮らしを活写した長谷川町子の『サザエさん』から来たイメージが強いんですかね

サザエさん 石焼き芋

サザエさん全然みていませんが、今も石焼き芋をこっそり買ったりしているんですかね?

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bye for now

#ボードゲーム #ボードゲーム制作 #さつまいも #コンポーネント #デザイン

参考

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