2026年8月13日 千葉豪雨|千葉北IC付近 ドライブレコーダー
成田からの帰り道だった。
私は成田で酒を飲んでいたので、運転していたのは妻だった。
高速道路に乗って東京へ向かっていた。
雨はひどかったが、まだ高速道路の上にいるうちはよかった。
そのうち電光掲示板に、通行止めになるから高速を降りろ、という表示が出た。
仕方がない。
高速道路が危険だというのだから、一般道に降りる。
少なくとも、その時はそれが正しい判断だと思っていた。
降りてみると、そこには別の世界があった。
道路のあちこちが冠水している。
走行不能になった車が放置されている。
事故車両がある。
そのせいで渋滞が起きている。
ようやく先へ進んだと思えば、また通行止め。
Googleマップが示す道を進んでも、行けない。
別の道を探しても、また行けない。
高速道路を降ろされたはずなのに、一般道のほうが明らかに危ない。
どういう判断なんだ、これは。
そう思った。
こういう時、スマホは意外と役に立たない。
地図は道を知っている。
けれど、その道に今どれくらい水が溜まっているのか。
その先で車が何台止まっているのか。
五分前まで通れた道が、今も通れるのか。
そこまでは教えてくれない。
結局、一番頼りになったのはAMラジオだった。
高速道路の規制情報を聞きながら、とにかくもう一度、高速道路に戻ることを考えた。
一般道に居続けるほうが危険だと思ったからだ。
ようやく、再開された高速道路の入口までたどり着いた。
ところが、そこも水だった。
高速道路の入口へ向かう道路が、川のようになっている。
そして、その中に走行不能になった車がいる。
さらに、民間の人だと思うのだけれど、交通整理のようなことをしていて、こちらを再び一般道へ戻そうとしている。
一般道へ戻れば安全なのか。
さっきまで、その一般道で何台もの走行不能車や事故車を見てきた。
通行止めにも何度もぶつかった。
だからといって、目の前の水の中へ進むのが安全なわけでもない。
正しい道が、なくなっていた。
私たちが乗っていたのは、ラングラー・ルビコンだった。
最低地上高が高く、悪路を走るためにつくられた車だ。
普段の東京では、その能力のほとんどを使わない。
むしろ、なぜそんな車に乗っているのかと問われれば、好きだから、としか答えようがない。
その夜は違った。
この車なら行ける。
そう判断した。
もちろん、勢いよく水に突っ込んだわけではない。
妻が水の流れと前方を確認しながら、ゆっくりと車を進める。
私は助手席から周囲と進路を見る。
止まっている車をかわしながら、少しずつ進んだ。
そして高速道路に戻った。
そこから先は、驚くほど世界が変わった。
どうにか家まで帰ることができた。
翌日、Googleマップのタイムラインとドラレコを見返した。
あの時、自分たちは何を判断していたのだろう。
考えてみると、少し怖くなった。
結果だけを見れば、判断は正しかった。
高速道路に戻れた。
ルビコンは何事もなく水を抜けた。
そして家に帰った。
しかし、意思決定として考えると、あれはかなり危険側に振った成功だったのだと思う。
ルビコンの能力が、判断の余白を広げてくれた。
普通の車なら走行不能になっていたかもしれない場所を走れた。
それは事実だ。
でも、
「ルビコンだったから行けた」
と
「ルビコンだったから行ってよかった」
は、同じではない。
目の前にはすでに走行不能車があった。
その先の水深は分からなかった。
さらに一台止まれば、退路まで塞がれていたかもしれない。
結果的に成功したからといって、同じ状況でもう一度、同じ判断をするべきかと聞かれれば、たぶん違う。
一方で、あのまま一般道に居続けることにも明確なリスクがあった。
だから難しい。
安全な選択肢と危険な選択肢があって、安全なほうを選べばよかった、という話ではない。
危険な選択肢しか残っていない中で、
どの危険を引き受けるか。
そういう判断だった。
仕事でも人生でも、結果が良かった判断は、あとから簡単に正当化される。
あの時こう判断したから成功した。
自分の判断は正しかった。
次も同じようにやればいい。
けれど、結果と判断の質は、本当は別のものなのだと思う。
良い判断をして失敗することもある。
悪い判断をして成功することもある。
そして後者のほうが、案外怖い。
成功してしまうからだ。
あの夜、私たちは家に帰った。
ルビコンも無事だった。
だからこれは、結果だけならハッピーエンドである。
それでもドラレコに残った、川のようになった高速道路の入口を見ると考えてしまう。
あれは正解だったのだろうか。
たぶん、正解ではなかった。
間違いだった、と言い切ることもできない。
ただあの夜、
正しい道は、もうなかった。
だから私たちは、
帰れる可能性が一番高いと思った道を選んだ。
そして、たまたま帰ってきた。
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