残高9円だった40代限界会社員がフリーランスになって何が変わったか、全部計算してみた
「あ、あ、あと9円……」
2023年8月2日。毎月15日の給料日まであと2週間弱というところで、わたしの口座残高はついに一桁になりました。
当時のわたしは、中小学習塾の正社員講師。毎朝30分かけて身支度を整え、3つあるいは4つの電車を乗り継ぎながら片道1時間半以上かけて複数ある校舎に出勤し、休憩時間のない9時間勤務を経て帰りの電車で気絶するという生活をしていました。
そんなに頑張っているのに、それなのに、給料日二週間前に、残高が一桁。
誰が悪い。社会か。会社か。
いや、自分が一番悪いんです。
2026年現在、わたしは複業ライターとして執筆業と非常勤講師の仕事をしています。残高が一桁になる場面なんて、独立してからは一度も目にしていません。
―― そろそろ当時の「限界会社員」っぷりを話してもいいかもしれない。
やっとそう思えるようになってきたところです。
このドキュメンタリーは、限界会社員のギリギリすぎる綱渡り生活から副業を始め、やがて独立していくまでのストーリーを「お金と時間」という側面から赤裸々に語るものです。
よかったらあの頃のバカなわたしを一緒に笑い飛ばし、供養してやってください。
■ まずは正社員時代の条件を整理してみる
先に断っておきますが、わたしはこの会社に対して不満を言いたいわけではありません。40歳を過ぎてからの転職でも快く受け入れてくれた会社ですし、上司や同僚にも本当に恵まれていました。
▶ 当時の勤務条件はこんな感じ。
月給は30万スタート→のちに業績悪化で27万まで低下
ボーナスはなし
祝日は出勤。ただしGW/SWおよび盆正月には休みがある
年間出勤日数はたぶん250日くらい=年間休日115日くらい
複数校舎あったがいずれも自宅からは1時間半前後かかる場所
世の中的にはお世辞にも「好条件」とは言えないと思いますが、小規模な塾のヒラ社員としては標準の範囲内なのではないかと思います。わたし自身も実際に何社か経験しましたが、どこもこんな感じでしたし。
場所が遠いのは仕方ないのです。40を過ぎてマネジメント経験のないわたしが、「フィーリングの合いそうな塾」を求めてあちこち探しに行った結果なので。
わたしは埼玉県民ですが、このとき同時に選考を受けていたのも、千葉県内にしかない学習塾でした。
▶ なんで金欠に陥りがちだったのか
当時のわたしが極貧モードに陥っていたのは、単純に自分のお金の使い方がめちゃくちゃ荒かったせいです。このころのわたしは相当なソシャゲ依存症で、ガチャゲーを複数掛け持ちしている状態でした。
※ガチャゲー:キャラクターや装備、カードなどがランダムに排出される有料の「オンラインガチャガチャ」がプレイ上必須となるゲームのこと。運が悪いと1キャラを引き当てるために最大6万円ほどかかるのが相場である。
で、当時のわたしはそんなガチャの世界ですら「手を出してはならない」と言われていたリボ払いにも手を出し、さらにクレジットカードの「あとから分割機能」まで使っていたんです。
その結果、「給与が入ったらまず真っ先に前回の支払い分が引かれていく」悪循環に陥っていました。
完全にバカです。ここについては、本当に純度100%でわたしが悪い。
■ 給料日までの日数で割り算する日々
ここで、当時の口座がどんな状態だったかを具体的にお見せしておきます。

2023年、口座残高が1,000円を切った日が、35回ありました。
月に3回ペースで三桁を見ていた計算です。100円を切った日も8回あります。冒頭の9円は最低記録ですが、あの年は似たような数字をわりと日常的に見ていました。
2023年後半(7月から12月にかけて)の「月内最低残高」はこんな感じ。
469円→9円→65円→11円→44円→35円
我ながらヤバすぎますね。ちなみに夫とは完全別会計です。だから決まった額を渡したあとにわたしがどうなっているかは、必死で見せないようにしていました。
しかし現実は、給料日から10日も経たないうちに「残っているお金はあと◯円。給料日まではあと◯日。絶対に必要なお金がこれだけあるから、1日に使えるのは…350円か…」みたいな計算が始まる感じでしたね。
そして、足りなくなるとまたクレカに頼ってしまう。翌月また返済で持っていかれるとわかっていても、そうするしかなかったんです。ああ、無限ループって怖い。
■ 副業開始!……焼け石に200円。
このころには流石に徐々に課金も控えるようになっていきましたが、それでもなかなか生活…というか経済的なリズムは取り戻せませんでした。
「クレカでやらかす」ってそういうことなんですよね。反省しても支払いが終わるわけではありませんから。
そこで思い付いたのが「副業」です。クラウドワークスで、自分にもできそうな仕事を探してみることにしました。目を付けたのが「ライティング」のお仕事。ここでなら、国語の指導スキルを多少なりとも活かせるのではないかと目論んだのです。
案の定、初心者向けの案件にはスムーズに採用していただけました。ただし、すぐに稼げるようになったわけではありません。
初めて継続してご依頼いただけるようになったのは「10記事で2,000円」という条件でブログ記事を作成する仕事でした。1記事あたり200円。内容はソーシャルゲームの攻略記事です。わたしはもともとプレイしていたゲームをいくつか担当させていただきました。
1記事あたりの文字数に決まりはなく、他のライターさんは数百字程度の記事をアップしていることもありましたが、わたしはここで「先々のためにスキルを上げよう」と決心。自力でSEOについて勉強しながら毎回3,000~6,000字規模の記事を書いていました。
実際に何度か企業運営の攻略Wiki(ドメインがとても強い)の掲載順位を抜くことができて、あのときは本当に嬉しかったなぁ。
2023年7月にこのお仕事を開始し、同じクライアントさんから+αの仕事を振っていただいたり、単発で他のお仕事にも挑戦したりしながら、月に稼いでいたのは1~3万円前後。

片道1.5時間通勤の正社員が、睡眠時間を4.5時間まで削りながら作業をして、月に1~3万円を稼ぐ世界。
ハタから見ればこんなの、「焼け石に水」としか思えませんよね。
でも、当時のわたしにとってはこの数万円が「命の水」だったんです。そのお金があるからギリギリ、かろうじて生活が回っている状態だった。だからやめられなかったんです。
ちなみにこの時期に、Webライター向けのオンラインサロンに入ろうとしたものの「募集期限までに初回の月額費用1,980円が払えなくて断念した」という個人的伝説エピソードまであったりします。ああ、ひどい。
■ 副業に成功したら変化した「世界の見え方」
「10記事2,000円案件」には半年ほどお世話になりました。最後は「本格的にライターを目指してみたいので」とこちらから辞退したんですが、そのときにも温かく見送ってくださり、本当に感謝しています。
そしてなんと、この半年間の経験は本当に役に立ちました。
勉強しながら現場で実践してきたWebライティングのスキルが認められ、2024年春にはとある企業のオウンドメディアで記事を書かせていただけることになったのです。
ここは記事制作にしっかりコストを割いている企業だったので、採用された初月の報酬がいきなり10万円を突破。しかも継続的に毎月ご依頼いただけたので、まさに「副業によって生活が一変」したといえます。
▶ この時期から「フリーランス」がちらつき始める
その企業に採用される前後で、金欠なりに勇気を振り絞って有料のライター養成講座にも入会し、本格的に勉強を始めました。するとその企業以外にもスルスルっと複数のクライアントとの契約に成功します。
で、そうなってくると、欲が出てくる。
「もしかして、フリーランスになっても大丈夫なんじゃ?」
Webライター界隈には当時うっすらと「ライターだけで食えてる人、かっこいいよね」という空気が漂っていました。フリーランスである=執筆スキルやコミュ力が一定以上の基準である証拠、みたいな。
最初は「月に5万円、最終目標10万円」なんて思っていたのに、人間って単純なもの。このままうまくいけば長距離通勤から逃れられるかもしれない!と、夢を抱くようになり始めたのです。
▶「時給」というものを意識し始める
24年5月には、前回入りそびれたオンラインサロンにも無事に入会できたわたし。その結果、一気に「フリーランスライター」の知り合いが増える形になっていきます。
彼らの文化に触れるようになったところ、自然と「自分の時給は自分で決めよう」みたいなフレーズが目に入ってくるようになりました。特に印象に残ったのが「実際の時給」という考え方です。
たとえば「Webメディア用の記事を1本作る」場合、その中には以下のような作業が含まれています。
記事のテーマやターゲット層を決める
どんなストーリーにするか見出しの順番を決める
実際の本文を執筆する
テキストだった原稿を実際のサイトで表示できる形に整える
※わかりやすいようにかなり大雑把に書いています。
たとえば「1記事の報酬は15,000円だけど、すべての作業を自分で担当してね」という案件で、1本あたり合計10時間かかるのであれば、実際の時給は1,500円。
一方で、世の中には「本文の執筆だけお願い!代わりに1記事3,000円で★」といった案件もあります。もしこれが1時間で終わるのであれば、実は後者の方が時給(≒効率)が高いことになるんですよね。
……そんなフリーランス特有の考え方を、わたしは、知ってしまった。
そして、計算してしまったんです。
正社員の「実際の時給」を。
■ 実時給は◯◯◯円!気付いてしまった遠距離通勤のエグさ
さて、当時の勤務状況を改めておさらいしておきましょう。
給与は額面で27万円/月。年収326万円です。ただしこれは、「額面」であって「手取り」ではありません。所得税や社会保険料などが天引きされて、実際の手取りは月に20万ちょっと。年収にして約260万円。うぅ、厳しい。
通勤には片道約1.5時間。通勤ルートは「2回もしくは3回の乗り換えと、最寄駅から校舎まで徒歩25~30分」というものでした(普段は自腹でシェアサイクル@片道160円やバス@片道200円などを利用していましたが)。
さらに出勤前には約30分の身支度が必要です。そして塾の勤務は夜が遅いため、帰りの時間帯には電車の本数が減っていて2時間かかるのもザラでした。つまり実質の片道はそれぞれ2時間ってことになります。
…で、それらをもろもろ計算してみると…

実時給802円の女。
それが40代・学習塾正社員講師としてのわたしのリアル。
いやー、流石に衝撃でした。
■ 「そうだ、独立しよう」
802円の現実を知ってからは、早かったです。

2024年7月、正社員から週4出勤×1日6時間の時短勤務に切り替えました。通勤ルートは変わらないので往復3.5時間はそのままです。でも1日の勤務が9時間から6時間に減ったぶん、ライターの仕事に回せる時間がぐっと増え、副業収入が正社員時代の手取りを超え始めました。
2025年2月からは、時短社員も辞めて完全に非常勤講師へ転向。本当はこのときに会社からも離れたかったのですが、熱烈に引き留めていただいたのもあって週に1回はこの「実質・片道2時間通勤」を続けました。
それとは別に、今後のために近所の塾でも非常勤講師の仕事を開始。翌年度以降に備え始めます。
そして2026年。
今は、後者の塾で週に2回だけ授業をしています。片道15分から20分の校舎で、しかも小学生専門塾なので1日の拘束時間は長くても4.5時間くらい。ずいぶん楽になりました。
もちろん残りの時間がヒマになったわけではありません。独立後は在宅でゴリゴリ、起きている時間のほとんどが仕事の時間と化しています。働いた分が収入に直結する世界ですから、リアルに週休ゼロ日で頑張っているところです。
でも、会社員の頃とは働き方も体感も全然違うんですよね。
週の大半をすっぴん&部屋着で過ごしている(楽!)
働くタイミングをある程度コントロールできる
在宅ワーク中は人前用のキャラを演じる必要がない
収入についても、今のところ正社員時代より高い水準で稼ぐことができています。というか流石に実時給800円を割るようなお仕事の受け方はしないので、自然とそうなっているのです。
お陰様で今はめちゃくちゃ負担が少なく&楽しく働いています。
実はわたし、もともと正社員の仕事はあまり得意ではなく、「授業だけして生きていきたいなぁ」と思っていたタイプなんですよ。だからライター業でしっかり稼ぎつつ、大好きな授業をやらせていただける今の働き方は、本当に理想の状態なのです。
副業を始めなければ、そして実時給という概念に出会わなければ、わたしは今でも片道実質2時間の勤務先で頑張っていたのだと思います。
もちろん、それはそれでとても立派なことなんです。わたしは「正社員を辞めた人間」ですが、「そもそも正社員に向いていなかった人間」でもあるので、ちゃんと会社員として働いている人に対するリスペクトはめちゃくちゃ強く持っているのです。
ただ、わたしにとっては今の形が正解だった。そういうことなんです。
■ 大人の自由研究:時給◯◯◯円女のその後
さて、ここからはちょっと趣向を変えます。
ストーリーとしてはここまでで一区切りなのですが、口座のログや源泉徴収票のデータを掘り始めたら面白くなってしまいまして。
大人の自由研究と称して、「正社員(2023)→副業(2024)→独立(2025・2026)」のおよそ3年間で何が変わったのか、さまざまな角度から検証してみたいと思います。
【情報の再整理】
2023年:ずっとフルタイム正社員
2024年:前半フルタイム→後半時短勤務(週4&6時間)
2025年:非常勤講師週3日(遠方1日・近所の塾2日)
2026年:非常勤講師週2日(近所の塾のみ)
▶ 検証① 拘束時間の変化
まずは「拘束時間=仕事のために『確実に』管理されている時間」の総量から。
通勤・身支度・勤務を合算した年間の「拘束時間」を並べてみます。

3,250時間から470時間へ。86%減。
特に通勤時間の変化がとんでもないですね。フルタイム時代のわたしは移動と身支度だけに年間875時間を割いていた。8時間換算で109日分。当時は当たり前だと思っていましたが、今見るとすさまじい数字です。
当時、帰りの電車では気絶するように寝てしまうことも珍しくなく、乗り過ごして戻れなくなりタクシーに乗ることもちょいちょいありました。移動と授業で疲れ果てた身体が強制シャットダウンしていたのだと思います。
そんな状態でどうやって副業をしていたのかというと、単純に睡眠時間を削っていました。もともと朝9時半に起きるようにしていたので、遅くても3時ごろだった就寝を5時にずらし、4.5時間睡眠で活動していたのです。
2024年前半の「フルタイム勤務+副業」時代のタイムスケジュールはこう。

我ながらこれはなかなかハードだったなぁと思います。もちろんこんな生活を長く続けられるとは思っていなかったので、5月には上司に時短勤務の相談をしました。切り替えOKが出たのが7月からということです。
それが、今の勤務形態になってからはこんな感じに変わりました。

同じ人間の、同じ24時間。それがここまで変わりました。
今でも仕事に12時間弱割いていることになるので決して「ゆるゆる稼いでます」という状態ではないものの、以前とは負荷がまったく違うということはおわかりいただけるのではないでしょうか。
▶ 検証② 1回の出勤で何が起きているか
次に、塾講師としての「1回の出勤」を分解してみます。
面白いのは、わたしはずっと、あくまでも「塾で授業をする」という同じ仕事を続けている状態であるということ。変わったのは勤務先との距離と雇用形態だけです。それだけで、こんなに変わります。

正社員の仕事は授業だけではないため、ここで比較するのはやめておきます。注目すべきは、非常勤講師としての変化です。「近所の塾」の方が1回あたりの入金額は少ないのに、拘束時給は高いんです。
前の会社では、1回の出勤あたり12,800円いただいていました。でも片道2時間の通勤で拘束が9.5時間に膨れるから、時給は1,347円。一方、近所の塾は1回8,650円だけど拘束が4.8時間しかないので、時給は1,789円。
遠くに通うって、こういうことなんですよね。
ちなみに2026年の拘束時給がさらに上がっているのは、人事評価で授業手当が上がったためです。正社員としてはポンコツだったので「授業スキル」が直接評価に反映されたのは初めてのことかもしれません。嬉しい。
▶検証③ で、今の収入はどうなっているのか
最後に「それで結局、わたしの口座残高はどうなったのか?」という話です。
2025年からは、口座の確認をすること自体が極端に減りました。そもそも普段使っている口座と塾のお給料が入る口座は銀行自体が違っていて、以前はそれをセルフ振込で合体させていたんですが、いつからかその作業自体をしなくなったんですよね。
一応直近数ヶ月の「各月最低残高」は常に5~6桁をキープできていますし、1,000円を切ることはまずなくなりました。
ありがたや。ありがたや。
口座のデータがイマイチだった代わりに、収入の全体像をグラフにしてみました。

※ただし、あまり生々しい「今の収入」を出すのはアレなので、事業収入については若干ぼかしたデータにしています。
現在のわたしは、おそらく「めちゃくちゃ稼いでいるとは言えない、大多数の『なんとか生計をたてられているフリーランスの人』」くらいのポジションなんじゃないかな…と思っています。
これでも十分すごいことなんですけどね。
だって、3年前とは見えている風景も考えていることも、本当に、ま~~~~ったく違うんですよ。
もうすぐ、「あと9円」に青ざめていたあの日から3年が経ちます。
もしあの会社で月に40万円とかもらっていたら、今でも正社員をしていたのかもしれません。会社員とフリーランス、どちらが正解なのか?という答えはまだ出ないまま。きっと20年後、30年後に見えてくるのでしょう。
人生って、何が起こるかわからない。
でも今は、踏み出してみてよかったと心から思っています。
