おつかれさま。 #続きは読めない #きのころチャレンジ
今朝、郵便受けに入っていた一通の手紙。
差出人の名前はない。
胸騒ぎに、震える手で封を開ける。
中に入っていたのは、
途中まで書かれた私の遺書。
覚えはない。
だが、間違いなく私の筆跡だ。
日付は明日になっていた。
「あぁ、またか……」
今度は遺書だなんて、悪趣味にもほどがある。いったい誰が何のために、こんなことを。本当にタチが悪い。
実は最近、「自分の筆跡で書かれた、書いた記憶のないナニカ」に悩まされている。
最初に気付いたのは一ヶ月ほど前。あれは買い物メモだった。
私は通勤途中に大きなターミナル駅で乗り換えるので、仕事帰りに買い物をして帰ることが多い。そこで買い損ねることがないよう小さなメモ帳に「次に買うべきもの」を書き留めているのだが、ある日そこに妙な書き込みがあることに気が付いた。
クラリセージのアロマオイル
いつものショップのもこもこ靴下
おつかれさま
ロールバン用の修正テープ
可愛くていっぱい書ける付箋
アロマオイルも靴下も修正テープも、確かに買おうとしていたものだ。だが三つ目。「おつかれさま」。前後の脈絡もなく、買い物リストの真ん中に、ぽつんと。 私の字だ。丸っこい「お」の書き方も、「さ」の最後が少し跳ねる癖も。間違いなく私の手で書かれている。だけど、書いた記憶がない。
気味は悪い。でも、まあ、疲れていたのだろう。寝ぼけて書いたのかもしれない。そう自分に言い聞かせた。
でも次の週。
蜂蜜のハンドクリーム
もういいんだよ
ジェットストリームの替え芯セット
この間インスタで見たヘアオイル
その次の週も。
がんばらなくていい
グラマシーニューヨークのチーズケーキ
火曜の夜、トイレで泣いたこと、知ってるよ
息が止まった。
火曜の夜。締め切りに追われて、夫が寝たあと、声を殺してトイレで泣いた。誰にも言っていない。誰にも見せていない。自分だけの、あの夜のこと。
リストがだんだん短くなっていく。
買うべきものより、「言葉」の比率が増えていく。
全部、私の字。全部、覚えがない。
そして全部——妙に、優しかった。
本当に怖くなったのは、日記を開いたときだ。
三日前のページ。私は確かにその日、仕事のことだけを書いたはずだった。だが文末にボールペンで一行、付け足されている。
今日も遅かったね。ごはん、ちゃんと食べた?
翌日のページにも。
無理しないで。あなたのことは、私がちゃんと見ているから。
——見ている。
誰が。誰を。何のために。
そこまで考えようとしたけれど、答えはもう出ていた。
買い物メモも、日記も。「誰か」が私になりすましているのではない。私の中の何かが、私に向かって語りかけているのだ。
遺書を読み返す。
口座のこと、保険のこと、整理しておくね。
あなたが困らないように。
あなたはもう、十分がんばったから。
最後くらい、誰かのためじゃなく、自分のために眠ってね。
だってあなたは――
この遺書は「私」が「私」に宛てて書いたものだった。もう頑張らなくていい。もう楽になっていい。そう囁きながら、静かに、丁寧に、私を殺す準備を進めている。
怖い。
怖い、はずだ。
なのに——便箋を握りしめたまま、気づいてしまう。
頬が濡れている。 目から止めどなく涙がこぼれている。
それは恐怖の涙では、なかった。
時計が鳴る。午前零時。
遺書の日付は、今日になった。
きのころさんの「きのころチャレンジ」に挑戦させていただきました!
これとつながっているかもしれないし、つながっていないかもしれない。
