二人のプリンセス 愛と憎しみの魔法 第七話 奇襲(4-4)
ミレーネの思考は、メルシアの声で中断された。
「さっさと採決して、審議の書にサインでもすれば? その前に教えてあげるけれど、私たちが食べたクレープには医術薬がかかっていたのよ。最後の一人がサインしたときに、私が無罪になると願えば、審議の書は無効になるのじゃないかしら?」
「何だと⁉ そんなことさせるものか。ならば、サインする前に願えばいい。お前が有罪になると」
「私は有罪の取り消しは効かないと願ってやろう。お前が願えることは一つだけだから、無罪を願ったところで叶わないだろうな」
「あら、だったら、やっぱり全員の死を願った方がいいかしら」
魔術師たちが、そんなことはさせないと言って、口々に願いだす。
「メルシアが有罪になりますように」
「判決の取り消しができないように願う」
「俺は、医術薬での殺害ができないようにと願うぞ」
ハリアー大魔術師は俯いてメルシアから表情を隠しながら、ミレーネを心配そうにみやった。ミレーネも手を胸の前で組み、祈るフリをしながらその瞬間を待つ。
メルシアの唇が動いた刹那、ミレーネは強く願った。
メルシアが、管理魔法で決められたたった一つの願いを叫ぶ。
「あなたたちの願った反対のことが叶いますように!」
メルシアが勝ち誇った顔で辺りを見回したとき、足下の五星が光を帯びた。
「な、なによ、これ。どうして魔法陣の壁がなくならないの? 私は無実になったはずよ」
星がどんどん光を増し、メルシアを載せてゆっくりと回りだす。
ミレーネは、怯えるメルシアに告げた。
「医術薬を飲んだのは、メルシアと私だけよ。他の人たちの砂糖は、本物だったの」
「何ですって? じゃあ、ミレーネは私の願いを見破っ……」
震えるメルシアの声が、耳をつんざくような叫び声に変った。
星が眩く光を放ちながら、メルシアの目鼻立ちも分からないほど急速なスピードで回転する。ミレーネの目にはメルシアの身体から引き離されるオレンジ色の微粒子が見えた。
「魔法量が吸い取られているわ」
「ミレーネ殿下、見えるのですか? もしかして魔法量が戻ったのでしょうか」
「多分、失った分は戻らないのかもしれません。私の魔術を返してと願う暇もなかったから。昨日シュガーケーキに魔法量が増えますようにと願わなかったせいで、元々溜まるはずの魔法量が少しずつ回復しているのかも」
「それは不幸中の幸いでした。それにしても医術薬を悪の道具として使うとは、なんと恐ろしい。医術薬は白魔術が生んだ薬であり、メルシアの願いも直接人を害する願いではなかったために、黒魔術の感知を逃れてしまった。ミレーネ殿下が気づかなければ、どうなっていたことか」
「先生、実は「幸運のお守り」に添えられていた証明書に触れたとき、私の指に刺激が走ったの。それで私に黒魔術がかけられていたのではないかと疑いを持ったのだけど、医術薬が白魔術の道具なら、どうして私の指は弾かれたのかしら?」
ハリアーは、う~ん、と唸りながら顎髭を撫でた。そして仮設ですがと前置きをして、語り始めた。
「白魔術は人を助けるためのものなのに、ミレーネ殿下が願った途端に、メルシアの反対魔法が効いて、自分を害する悪い術に変ってしまった。だから証明書が感知したのだと思います」
「そういうことなのね。私なら一つの願いしかかけられないと聞いても、多くの人を操れるような反対魔法は思いつかなかったでしょう。そのおかげで、嘘でも言いたくなかった願いをかけなければならなかった」
―――メルシアが無罪になり、母のお腹の中の赤ちゃんは救われませんように!
思い返すだけでも辛い言葉を、メルシアが言わせたのだ。
「私はこれから魔力を蓄えて、もしまたメルシアみたいな強欲で冷酷な人が出てきても、気力でも魔術でも負けないように、魔力を蓄えて立ち向かえるようにするわ」
ミレーネとハリアー大魔術師が話す内容を聞いた魔術師たちは、冷静さを取り戻し、メルシアから魔術が剥奪されるのをじっと見つめていた。
いきなり背後で大きな音がして、扉がグニャリと歪んだ。
黒いローブを着た五人の男たちが、扉の前に突然現れて次々部屋の中に入ってくる。廊下で「嘆きの間」を守っていた衛兵の四人が、慌てて男たちを止めようとしたが、ローブの男たちが唱えた呪文で凍ったように動かなくなった。
動けないのは衛兵だけではなく、ミレーネも魔術師たちも同じだった。
目も見え、息もしているのに、まるで時間が止まったように身体が動かないのだ。
男たちが呪文を唱えながら、魔法陣に粉を振りかけて光を消していく。星の回転が止まり、意識を失っているメルシアの身体が傾いだのを、一人の男が走り寄って抱き止めた。
ローブのフードが外れ、赤い目が顕わになる。
―――メルシアと同じ目!
ヒッと息を飲んだ拍子に、男が赤い目をミレーネに向けた。口が裂けそうなほどにんまりと笑った男が声を発する。
「わが子の憎きライバル、ミレーネ姫。よくもわが子を痛めつけてくれたな。覚えておけ、お前の王国を呪ってやる」
―――メルシアはヘンリー殿下の子供ではない?
「息遣いが乱れているな。メルシアがわが子と聞いて驚いたか。私は黒魔術の魔導士ダートだ。王弟妃カリーナの依頼で、妃に子供を授かる術を施した。そのときに少し細工をして、生まれたのがメルシアだ。わが子が女王となるのを陰ながら応援していたのに、残念だ」
廊下の向こうから、衛兵たちが駆けてくる長靴の音が聞こえた。
ドアを壊す大きな音を聞きつけたのだろう。
ダートは部下たちに行くぞと声をかけて、ローブを翻す。その瞬間、その場にいた魔導士全員が消えてしまった。
途端に術が解け、ミレーネたちは見えない拘束から解放されたが、知ってしまった事実の恐ろしさに、しばらく誰も口を利くことができなかった。
次のお話をお楽しみください(*´▽`*)
二人のプリンセス 愛と憎しみの魔法 第八話 ルキウス王子との出会い(1-5)|風帆美千琉 (note.com)
