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『「40歳を超えてから、大学院に通う」ということ』④オープンキャンパス

 いつも、このnoteを読んでくださっている方は、ありがとうございます。おかげで、こうして記事を、書き続けることができています。

 初めて読んでくださっている方は、見つけていただき、ありがとうございます。
 私は、臨床心理士/公認心理師越智誠(おちまこと)と申します。

(この『「40歳を超えてから、大学院に通う」ということ』シリーズを、いつも読んでくださっている方は、「問い合わせ」から読んでいただければ、重複を避けられるかと思います)。

大学院で学ぼうと思った理由

 元々、私は家族介護者でした。
 1999年に介護を始めてから、介護離職をせざるを得なくなり、介護に専念する年月の中で、家族介護者にこそ、特に心理的なサポートが必要だと思うようになりました。

 そうしたことに関して、効果的な支援をしている専門家が、自分の無知のせいもあり、いるかどうか分からなかったので、自分で少しでも支援をしようと思うようになりました。

 そして、臨床心理士の資格を取得するために、指定大学院の修了が必須条件だったので、入学しようと考えました。

 私自身は、今、振り返っても、40歳を超えてから大学院に入学し、そして学んで修了したことは、とても意味があることでしたし、辛さや大変さもあったのですが、学ぶこと自体が初めて楽しく感じ、充実した時間でした。

「40歳を超えて、大学院に通うということ」を書こうと思った理由

 それはとても恵まれていたことだとは思うのですが、その経験について、伝えることで、もしも、30代や40代や50代(もしくはそれ以上)になってから、大学院に進学する気持ちがある方に、少しでも肯定的な思いになってもらえるかもしれない、と不遜かもしれませんが、思いました。(もちろん、資格試験のために大学院へ入学するのは、やや一般的ではないかもしれませんが)。

 同時に、家族介護者へ個別な心理的支援を仕事として続けてきたのですが、少なくとも臨床心理士で、この分野を専門としようと思っている方が、かなり少ないことは、この10年間感じてきました。

 もしも、このnoteを読んでいらっしゃる方の中で、心理職に興味があり、臨床心理士公認心理師を目指したい。さらには、家族介護者の心理的支援をしたいと思ってくださる方がいらっしゃるとしたら、できたら、さらに学ぶ機会を作っていただきたい、という思いもあり、改めて、こうして伝えることにしました。

 この私のnoteの記事の中では、もしかしたら、かなり毛色が違うのかもしれませんし、不定期ですが、何回かに分けて、お伝えしようと思います。

 よろしくお願いいたします。


問い合わせ

 介護を続けながら、そのすき間時間に受験勉強を始めました。
 最初に本屋に行き、参考書などを購入し、試行錯誤をしながら、1年ほど経った頃、模擬試験を始めて受けました。

 そのあと、次は大学院の説明会やオープンキャンパスに行こうと考えました。

 2008年7月下旬。
 その日は、午後に大学院の事で電話をすることに決めていました。4つの大学院へ電話をすることにしました。

 だいたいは感じのいい若い女性の声で受付が始まり、その中で一校は、社会人枠として受験するには心理学関係の単位をかなりとっており、さらには心理関係の仕事に3年以上ついていないといけない、という条件がついていて、自分が入試を受けること自体が、無理なのは分かりました。

 そうなると、一般として大学で優秀な成績をとった人間達と学力で、それも若い人たちと争わなくてはいけない入試しかないのが分かり、なんだか気持ちが沈むのは、ここまでほとんど社会と接していない生活をしていて、屈折していたせいもあったようです。

 なんだか、ひがみっぽくなっていたと思います。

 自分のように何も専門的なものがない社会人は行ってはいけないところなのか、と思い、「もしかして、行くと邪魔になるようでしたらやめます」みたいな話をしたら、「そんな事はありません。失礼ですが、今はお仕事は?」「今は無職で、介護をしています」と答えたら、「臨床心理のコースは昼間に実習があるため働きながらでは無理です」「私は午前中の授業がなければ何とかなるので」という事を伝えました。

 そうしたら、電話の向こうの人が、「今も社会人で受験して通っている人はいるし、それは若い学生にも刺激になっていますから」みたいな話になり、「まずは楽な気持ちで説明会に来てみては?」と言われました。

 他の3校も、まずは大学院の入試の説明会みたいなものに出てください、ということが条件でした。電話を1時間くらいして、何かをした気になったのですが、考えたら、さらにもう1校も、大学院の試験を受ける資格すらなさそうでしたし、受験できる学校そのものが物凄く少ないのかもしれないと思っていました。

 そして、今の自分は無職のままで何もない事に改めて気づき、そして、社会と関わっていくにしても、今は介護が最優先の事になっているから、フルな力で関われるのも難しく、だから社会との距離は中途半端なんだ、と思い、ちょっと気が重くなるが、これでやっていくしかない、とも思いました。

 

 夜の2時30分くらい。ついさっき、義母をトイレに行かせ、お風呂に入ってから寝ようと思いましたが、また眠るのは午前4時くらいになってしまうかもしれません。せめて3時くらいには寝たい、と思っているのですが、自分の都合ではないので、難しいようです。

説明会

 電話で問い合わせをしてから3日後、今日は、ある大学院の社会人の入学希望者のための説明会です。

 本当に都会で、どちらかといえば、おしゃれな場所でした。
 自分が若い頃に通っていた大学は、よくいえば堅実、悪くいえば地味だったので、今度、大学院に通えるのであれば、せっかくなので、できたら華やかな学校に通えたら、と思っていました。

 立派なビルの1階には、机があって、たっぷりと封筒が積まれていて、受付にも2人の人がいて、入り口を入った瞬間には、もう、その封筒を渡す準備をしているくらいでした。

 そして、専攻を言ったら、階数を教えてくれます。説明会は一斉に行われているようなので、おそらく、びっくりするくらいの数の教室が使われているのかもしれません。1階から各駅に止まるようにエレベーターが上がっていって、そして、目指す教室は、まだ、その前の説明会をしていました。

 少し待ってから、臨床心理学専攻の大学院の話が始まります。
 ヒョウ柄、それも顔がついている。そんなシャツの上にジャケットを着ている女性が説明をしてくれました。

 いろいろ話して、“臨床心理士の資格は、今は私の団体ですが、国家の資格になるように働きかけている段階です。さらに、卒業して合格しても、常勤は難しい”という話までしています。

 資格をとっても収入に結びつきにくい仕事、というのは、活字では読んでいましたが、やっぱり、そういう事なのか、とちょっと気持ちが沈みましたが、個人の力ではどうしようもできないことでした。

大学院入試

 それから、大学院入試のための条件の話に移ります。

 心理関係の単位を32単位以上取得していないと、受験そのものができません。

 それは、かなりの単位数でした。実質上、心理、とついていない科目でも、という言い方もしていましたが、心理関係の単位をそれだけとっているような人間は、心理関係の学部出身以外にいるのだろうか、と思っていました。私は、大学の時は法学部を卒業しています。
 
 説明を聞きにきている女性が立って質問したのですが、その答えが“心理関係の32単位がなければ、社会人入試だけでなく、一般からも受けられない”ことを明らかにするものでした。つまり、ここの大学院は受験する事すら出来ないのがわかりました。

 その瞬間、その部屋の中に、なんだか、妙な空気が流れたのが分かりました。それは私だけではなく、改めてガッカリした人が一定数いたせいかもしれません。

 結局は、実質上、心理学部出身以外は入れないつもりだと思いました。

 その女性の大学の先生が、“入学してからついていけないのは、それは本人のためになりませんから、そのための制限みたいなものです”と言っていたのですが、なんだか納得が行きませんでした。

 大学院の入学試験はあるわけで、そこで学力は分かり、入学後についていけない人は合格できないのですから、なんだか矛盾した発言にも思えました。

 ただ、それは、私自身が、ひがんでいただけかもしれません。

 それでも、空気の変化を察したのか、“でも、放送大学でも、単位をとって、それで受験する、というやり方もあります”という説明も加えられました。その後で、職員の方にも確かめたら、『単位だけでもとれば放送大学を卒業しなくてもいい』という言い方もしていましたが、それも、なんだか抵抗がありましたし、その単位をとる頃には、大学院を受験できる様々な意味での、自分自身の余力が残っていないような気もしました。

個別相談

 それから、個別相談があったので、教授にも聞いてみました。
 介護者の心理も研究対象になるかどうかを確かめたかったからです。

 その教授は、精神病院にも、非常勤だけど勤めたことがある、というので、介護をしていて、その介護ストレスの扱われ方は、例えば心理学事典を読んでも、ピンと来ません。当事者だから、という特権的な事ではなく、もっときちんと介護ストレスというのを研究するためにも、学びたい、と思いました。そして、将来的には、介護保険で、介護する人間のためのカウンセリングも組み込めれば、という方向へ研究できたら、と思うのですが、どうでしょうか。そうした研究をしようとした場合、それを指導教授として担当してもらえる可能性についての話を聞きました。

 この教授はカール・ロジャースの研究をしているそうですが、ほとんど下を向いていました。あまり聞いてくれている感じはしませんでした。介護者の心理的支援をするのであれば、それは新しい分野、という言い方もしてくれましたが、ほとんど下を向きつつも、それはこちらの心理療法の立場から出来ます、とは言ってくれました。ただ、決められた時間の中であっても、一緒にいたくはないような空気でした。

 なるべく話を短めに切り上げ、御礼を言って、席を立ちました。

反省

 家に帰り、夜になる頃、そうは言っても、今日の説明会で、こちらが向こうに正確に伝える努力が足りないかも、とは思いました。相手の方にとって、あまり興味がない話題なわけですし、専門的に魅力があるわけでもないようです。

 今日だって、私のような得体の知れない人間相手だし、と思えば、あのくらいの態度は当然かも、と思いました。逆に自分自身が受け入れられて当然、みたいになってしまっているのかもしれない、と、長く社会から隔絶された状況の中で生きてきた事も含めて、振り返って反省をしました。

 それでも、何しろまだ始まったばかりだ、と思うようにしました。無職で何もないまま、もう46歳ですが、でも、ここから始めなくてはいけない事に、変わりはないのでした。

 伝える努力は、やっぱりまだ足りないようです。聞く気がない人を責められませんし、こちらが、聞いてもらう努力を惜しまないようにしよう。それでも聞いてくれない場合はある。その時は仕方がない。次の人には聞いてもらうようにしよう。

 そんな努力を続けなくてはいけない。しんどいですが、この8年間のために。自分のために。母のために。妻のために。義母のために。知り合った、介護をしている人達のために。大げさかもしれませんが、そう考えて、続けようと思いました。恥ずかしい話ですが、そんなふうに思わないと、すぐにくじけそうでした。

オープンキャンパス

 説明会から、約1ヶ月後の8月下旬。

 雨が降っていて、いまいち出かける気力も薄く、そして、本当なら昨日行こうと思っていたのですが、腰も痛くて1日延ばして、今日が最終日だから今日しかないので、出かけることにしました。

 家からは1時間以内。私鉄の駅の改札を出ると広い道路が通っています。駅にも大学の看板。徒歩1分。歩道を右に行くと、のぼりが見えます。緑のTシャツを着ている人たちが何人もいます。

 このオープンキャンパスのために揃いのものを作ったのかもしれません。駅から近いのはすごく有り難いと思いましたが、ビルがたくさんそびえていて、そして、どこに行けばいいか分からないので、そこにいる緑のTシャツの女性に聞いたら、そばの男性に引き渡されるように言葉がいって、そして、5号館だと教えてくれました。

 大きなビルの端の広い階段を上る。また建物。複雑にいろいろな建物があるようで、でも、そこは別の世界のようでした。屋上庭園みたいな感じで、そして、緑のTシャツを着ている若い男女が多くいて、華やかでした。

 さらに、階段を登ると、ビルの谷間なのに、そこに広場みたいなものもあり、コーヒーショップもあり、そして、途中でまた目的地が分からなくなり、スタッフの女性に聞いたら、とても親切に教えてくれました。

 何度、分からなくなるのだろう、と自分で思いました。

 そして、また階段を登って…ビルが、どうやって組み合わさっているか分かりませんし、ここは高さからいったら、けっこうあるはずなのに、そんな感じはしません。廊下のような、通路のような場所に掲示板があって、そこにはクラブやサークルの紙がたくさん貼られていて、そういうのを見ると、キャンパスなんだ、という気持ちになります。

入試相談

 目指す場所は、わりと人が少なく、だけど、「入試相談」という小さなのぼりがあるのは2カ所で、どちらも人がすでに話をしていました。少し迷って、右側の方のイスに座って、待ち時間に英語の勉強でもしようと本を出したのですが、前の女性の声が大きいので、聞こえてきました。若い人かと思ったら、実は私と同じくらいで、そして、どうやら自分の子供のことで相談しているようでした。内容はハッキリ聞こえませんが、やたらと心配しているのは分かりました。

 自分の順番になり、10分くらいで相談は、終わりました。
 私は法学部出身ですが、大卒の資格で、大学院の臨床心理コースを受験できるのが分かりました。
 受験は来年の2月。英語科目もなし。ただ、倍率が8倍くらいかも、といったことも言われました。

 さらには、研究書が大変だと思いますと言われましたが、1000字でした。テーマは介護に決めていました。この大学を選んだ理由。そして、出来たら、この先生、みたいな事を書くのがポイントなのではないか、とも教えてくれました。

 基本的には親切でした。それは、そうしないと人が来ない、という事なのかもしれませんが、でも、気持ちはよかったし、今の自分でもとにかく受験出来ると知って、別に合格したわけでもないのに気分がよくなりました。単純だと自分でも思います。それは、ずっと社会に拒否され続けたような8年間のせいかもしれません。

 階段を下って、「キャンパスツアー、雨に濡れずに案内できます」という若い女性の声に、よっぽど申し込もうと思ったのですが、なんだか、遠慮してしまいました。過去の問題ももらって、階段を下り、駅に向かいます。

 家からわりと近いというのは有り難い事でした。

 電車の中で、この前はキリスト教。今日は仏教。宗教と無縁の学校の方が少ないのではないか、と改めて気がつきました。元々、教育というものは経済活動からは遠かったのかしれません。

 今日は、何しろ、自分でも、受けられる学校がある、とうだけで、受かりもしないのに気持ちが軽くなりました。本当にバカみたいですが、帰って、キャンパスだった、と思っていました。

 もちろん、帰宅したらいつものように介護生活は続いていきます。


反省点(もし、やり直せるとしたら)

 模擬試験よりも、オープンキャンパスなどで、大学という場所に行くと、気持ちが違いました。予備校が日影、ということではなく、大学は陽が当たっている場所、と感じ、今の自分は、無職で、ただ介護だけをしている中年男性と思うと、それも自意識過剰だと思うのですが、ひたすらひがみっぽくなっていたように思います。

 自分は歓迎されていないのではないか。

 そんな思いを抱いていたのは、やはり、気持ちが萎縮し、どこか社会の中に生きていないような気持ちになっていて、それは、介護に専念する、という意味では適応しているとは思うのですが、今振り返ると、必要以上に「外部」に警戒していたと、自分でも思います。

 もしかしたら、30代、もしくは40代以上になって、大学院で学びたいと思われた方々の場合には、私ほど屈折していないとしても、多かれ少なかれ、実際にオープンキャンパスなどに行くと、若い方々が多いので、そんな気持ちになるかもしれません。

 ただ、私が言っても説得力はないのですが、少子化の現在、大学も新しい「学生」が来てほしいのだと思います。さらには、もしも、可能であれば、社会人入学の枠がある方が、年齢が高めになった方も歓迎しているでしょうし、そのシステムが続いているのであれば、社会人入学の方への対応も慣れていることが推察できます。

 

 もし、やり直せるのであれば、もう少し多くの大学のオープンキャンパスへ行った方がよかったと思っています。忙しい方も多いでしょうし、今はコロナ禍で事情が複雑になっているとは思うのですが、やはり、現地に行かないと分からないことが多いように思います。

 その場所が自分に合っているのかどうか。

 そうした「相性」としか言えない気配を感じ取る力は、どこか恐る恐る、不安を持ちながらの方が、上がるような気もします。

 だから、もう少し選択肢を増やすためにも、おっくうがらず、ひがみすぎず、実際に通わないとしても、普段はキャンパスという場所に行くことも難しいですし、大学によって雰囲気が違うのが、若い時よりも経験を積んだ今の方が、感じ取る能力が上がっていることが多いと思いますので、こうした機会をもっと生かせたのではないか、と改めて思っています。

研究について

 さらに、これは、もし、臨床心理学だけではなく、他の専攻でも同様だと思いますが、大学院は、大学よりも、より研究の比重が重くなりますので、何を研究したいか?というのは、大事になるのは常識のようです。

 自分が、これを研究したい、というテーマがはっきりしていたとしたら、そのテーマを研究している研究者がいらっしゃって、その人に、修士論文の指導をしてもらえるかどうか。そのことを、どこまで可能かどうか分かりませんが、前もって、調べたほうがいいと思います。

 すでにご存知かもしれませんが、研究テーマで、大学院を選ぶのも大事ではないでしょうか。

 さらに、私もそうでしたが、研究したいテーマ自体が、あまりポピュラーでない場合は、論文が読めるのであれば、それが適切だと思うのですが、それが難しければ、専門書、そうでなければ、一般書でも、自分が読んで、興味深かった書籍を執筆している研究者に指導してもらえるよう、その所属先を探して、受験する大学院を選ぶのは、いかがでしょうか。

 もしも、いろいろな条件から、入学したい大学院が限られているとしたら、そこに所属されている大学の先生の論文や著書をなるべく読んで、この人になら論文の指導をしてもらいたい、という人を探す手間はかけた方がいいのではないか、と思います。


 

 今回は以上です。

 次回は、⑤「天才の存在」の予定です。





(他にも、いろいろと介護のことを書いています↓。よろしかったら、読んでもらえたら、うれしいです)。




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越智誠  臨床心理士/公認心理師  『家族介護者支援note』  この記事を読んでくださり、ありがとうございました。もし、お役に立ったり、面白いと感じたりしたとき、よろしかったら、無理のない範囲でサポートをしていただければ、と思っています。この『家族介護者支援note』を書き続けるための力になります。  よろしくお願いいたします。

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