マレーシアで暮らす今、50代の「手放す」と「選ぶ」
50代になって、お金の使い方が変わりました。
最近、エスプレッソマシーンかコーヒーメーカーを買おうかな、と考えていました。
マレーシアの家には無いのでダイソーのドリッパーで淹れているんです。
De’Longhi やFellow Aiden、またはKINTOやHARIOなど、気になるものはいろいろあります。
でも、ふと思ったのです。
「これ、本当に必要?」
実は今までにも、コーヒー器具はいろいろ試してきました。
ハンドドリップ用のサーバーやドリッパー、コーヒーメーカー。
気に入って使っていたものもあれば、引越しやうっかり割ってしまって手放したものもあります。
以前の私なら、「じゃあ新しいものを買おう」となっていました。
でも今は違います。
「なくても、案外困らないよね。」
そんなふうに思えるようになりました。
海外へ移り住み、身の回りのものを厳選して暮らすようになったことも、この価値観をぐっと加速させた気がします。
20代、30代、40代。
私は仕事も頑張ってきました。
欲しいと思ったものは買い、便利そうなもの、新しいもの、おしゃれなものもたくさん試しました。
もちろん、その経験を後悔しているわけではありません。
あの頃はいろいろ試したからこそ、自分に合うもの、合わないものがハッキリと分かるようになりました。
だから今は、「持ってみないと分からない」という時期を卒業したのかもしれません。
50代になって思うのは、モノを増やしたいわけではないということです。
むしろ、管理するものを減らしたい。
掃除する時間も、収納を考える時間も、「これ、最近使ってないな」とモヤモヤする気持ちも減らしたいのです。
その代わりに、お金や時間を使いたいものがあります。
常夏の青空の下で楽しむピックルボールの時間や、ピラティスで自分の身体と向き合う心地よさ。
娘と過ごすかけがえのない時間。
旅先で出会う、まだ見たことのない景色。
心が動く本との出会いや、自分を整える丁寧な暮らし。
そんな「形には残らなくても、心に深く刻まれるもの」に、お金を使いたいと思うようになりました。

もちろん、良いものは好きです。
でも、「良いものだから買う」のではなく、「毎日の暮らしを本当に豊かにしてくれるものだけを選ぶ」。
そんな基準に変わってきました。
マレーシアのゆったりとした時間の流れの中だからこそ、余計な力が抜けたのかもしれません。
50代は、何かを足していく年代ではなく、自分に必要なものを見極める年代なのかもしれませんね。
モノは少なくなっても、人生は豊かになる。
最近は、そんなことをしみじみと感じています。
