キングダム第852話考察・展開完了
今回もネタバレ注意です。

いよいよ秦の趙攻略戦最終章がスタートします。キングダム本誌でも、布陣が完了しました。
秦軍・総勢44万。対して趙軍・総勢40万。


史実とは少し異なる布陣です。超攻略戦の全体像をお話する前に、この布陣について史実をもとに絵図を作成してみました。

布陣図に表した通り、秦軍は大きく三軍で邯鄲包囲網を形成しました。
まず、紀元前236年に秦が拠点化に成功した鄴周辺に、中央軍・王翦が布陣しました。邯鄲の喉元です。秦の最大勢力をここに布陣させたことでしょう。
また、南方軍として楊端和が河内(現在の河南省新郷市)に布陣しました。ここは位置的に後方支援と思われます。黄河を活用して、秦都・咸陽からの兵站輸送を担っていたのではないでしょうか。中央軍の補佐的に動いたと考えてます。もちろん、邯鄲軍が王翦軍を撃破できたとして、黄河方面に逃げることはまず考えられません。つまり、南方への脱出は絶対に無いのです。
趙都・邯鄲から見れば、東に逃げても斉国があります。黄河が黄海まで流れてますので、渡河することもままなりません。よって、東にも逃げられないのです。天然の要塞が、秦の包囲網によって仇になる形です。
邯鄲の西には太行山脈が走ってます。山を超えるとそこは秦の領土です。西にも当然逃げられません。秦は万全を期したのか、太原に李信軍を配置しました。
残すは北です。趙が一時期支配していた雁門周辺に睨みを利かすため、秦は雲中にも李信軍を配置したようです。これで趙は東西南北、いずれの方向にも脱出できない「詰んだ」状況に陥りました。秦軍はこのまま趙を窒息させることも出来たと思いますが、総大将・王翦は念には念を入れて、謀略を仕込みました。結果、趙は「完全に詰んだ」状態で滅亡を迎えることになります。
これは私見ですが、李信はここで大チョンボをしてます。趙滅亡に際し、邯鄲にいた公子嘉が一族数百人を連れて、北方の代(現在の河北省張家口市蔚県南西部)へ逃れました。そして、趙の亡命政権である代国を建て、代王を名乗りました。趙北方で睨みを効かせていたはずの李信軍が、 公子嘉の「逃亡」を見逃すという大失態なのです。私が嬴政なら、「何のために太原と雲中に布陣していたのか」と激怒していたでしょう。一方、公子嘉を邯鄲から脱出させたのは、ひょっとして李牧の画策だったのでは?とも考えたりしてます。李牧の命を賭した脱出策を、公子嘉が命がけで実行したのを想像すると、「さすが李牧」と唸ってしまうのです。「死せる李牧、生ける嘉を走らす」といったところでしょうか。
趙滅亡までを、少し遡って紀元前236年頃から見ていきましょう。

秦が趙・李牧のせいで相当苦戦したことが分かります。特に桓騎とのバチバチの戦は凄まじかったでしょう。紀元前233年から232年にかけて、秦軍は徹底的に負けました。
あの桓騎が討たれたわけで、王翦が「李牧を消さなければ趙を滅ぼせない」と考えたのは当然でしょう。策略家でもある王翦は、武力ではなく智力で李牧を抹殺するのです。

悼倡后と春平君の逸話は…キングダム本誌では登場するのでしょうか。悼倡后が秦から賄賂と受け取って李牧が死ぬことに繋がるのですが、キングダム本誌で登場するとなれば、この人が暗躍することになるでしょう。
悼倡后(とうしょうこう)
邯鄲の倡女であったが、かつて嫁いだ宗族を混乱させたことがあり、夫の死後は寡婦となった。のちにその美しさが悼襄王の目に留まり、彼女を娶ろうとした。趙の将軍李牧は「国家の安定を損なう恐れがある」と諫めたが、悼襄王は「乱そうが乱すまいが、政を行うのは私である」と言って聞き入れず、彼女を迎え入れた。紀元前229年、秦から賄賂を受け取り、幽繆王に讒言して李牧を誅殺させた。
これが王翦の謀略だとすると、本当に恐ろしいほどの策略家です。最大瞬間風速で、李牧の智力を上回った王翦。金に溺れることなく、金の魔力を使って人を貶めるのは、単なる野心家では成し得なかったでしょう。また、この程度のことで李牧を消した趙国は、想像以上に内部がボロボロだったと思われます。
中国の歴史を見ていると、王を諌めるほどの傑物は、いずれ排除されてしまうのです。王翦もそれを恐れて、楚攻略の前に一度隠居してしまいます。その王翦を再び戦場に呼び戻した嬴政は、やはり只者ではないということになります。
キングダム本誌では、李牧が誅殺されるまでに大規模な戦闘が描かれるでしょう。実際にそこまでの戦闘があったかどうかは定かではありませんが、エンタメとしては非常に楽しみな展開です。
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