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短編ミステリ「前世記憶の殺人者」(7)(創作大賞2024・ミステリー小説部門応募作品)


  (7)

 カウンセリングルームを後にする美加の後ろ姿を見送りながら、天堂真希那は過去の自分と向き合っていた。

 真希那は幼い頃から、この世界のどこかに会わなければならない人がいると思い込んで生きてきた。中学生になってもその思いが消えることはなく、仲の良い友人に相談したら、いまどき白馬に乗った王子様なんていないよと、からかわれてしまった。

 高校生のとき、母から「真希那が三歳ぐらいの頃、変なことを言っていた」という話を聞いた。母が残していた当時の記録によると、うちはずっと貧乏だったとか、大人になったらお化粧をしてお姫様になったとか、訳の分からないことを言っていたようだ。さらには、誰も聞いたことがないような歌を口ずさんでいたらしいのだけど、そのときのことを真希那は一切覚えていなかった。

 カウンセリングルームで初めて佐倉美加に会ったとき、不可思議な言動をする子どもの例を挙げたが、あれは真希那自身のことだったのだ。何となく自分のことだとは言えず、知っている女の子の例として話をしてしまった。

 自分の過去の言動を不思議に思った真希那は、同じような現象がないかネットで調べたところ、前世記憶を持った子どもの体験談に、似たような話が掲載されているのを見つけることができた。

 今の自分は誰かの生まれ変わりで、幼い頃の不可思議な言動や、会わなければならない人がいるという思い込みは、すべて前世の人物が体験した記憶の影響なのではないか。
 そう考えられることに気づいた真希那は、生まれ変わりや前世記憶というものに俄然興味を抱くようになった。

 自分の前世が誰なのか。そして、会わなければならない人は誰なのか。
 是が非でも知りたいという切実な願いから、真希那は大学で生まれ変わりの研究に没頭した。
 しかし、母の残した記録だけでは前世の特定は難しく、記憶が鮮明なうちに既決例にしないと前世の特定が難しくなってしまうことを身をもって知ることとなった。

 気がつけば十年以上の歳月が流れていた。
 
  ※

 ノックの音で現実に呼び戻された。
「どうぞ」と返事をする。

 カウンセリングルームのドアが開き、その隙間から小さな身体が覗いた。
 佐倉漣が一人で部屋の中に入ってくる。

 真希那は美加に、漣と二人きりで話をしたいとお願いしていたのだ。怪訝な顔をされたけど、断られなかったことに安堵した。
 
 この部屋で初めて漣に出会ったときのことを、真希那は生涯忘れないだろう。彼の「ようやく逢えたね」という台詞を聞いて、真希那は頭を殴られたかのような衝撃を受けた。真希那の頭の中には、この台詞を前世で言われた記憶がはっきりと残っていたからだ。

 漣は漣で、真希那が出演していたテレビ番組がきっかけで前世記憶を思い出したという。その後も真希那の質問によって、漣の前世記憶が引き出されていった。まるで互いの前世記憶が共鳴しているようだ。真希那は、自分の前世と漣の前世に何らかの関わりがあるのではないかと期待するようになった。

 真希那の前世記憶を封じていた扉は、稲本志保の口から新喜の名前を聞いた瞬間、ついに開け放たれた。新喜という人物こそ、真希那が会わなければならない人であることを悟ったのだ。彼との思い出が鮮明に蘇ってきた。

 世間に隠れて、こっそり付き合っていたこと。
 おどおどした声で、結婚したいと言ってくれたこと。
 不慮の事故で亡くなったと聞いて、とても傷ついたこと。
 何も知らず、慰めてくれた男と結婚してしまったこと。

 かけがえのない記憶とともに、自分が誰の生まれ変わりなのかを思い出すことができた。

 漣が真希那の前まで来た。人懐っこい目が真希那を見つめている。
 瞳の奥に前世の彼の面影を感じた。それは、今は結婚できないと伝えたときの悲しい瞳であったり、映画の主人公たちのように生まれ変わって結婚しようか、と言ってくれたときの優しい瞳だったりした。

 真希那は涙を我慢しきれなかった。声を震わせながら小声でささやく。

「――あなたが亡くなったと知ったあの日から、私はあなたのことを忘れたことは一度もなかった」

 それを聞いた漣は目を見開き、驚いたような表情を見せた。

 いつしか漣の頬を大粒の涙が伝っていく。くしゃくしゃになった彼の顔がとても愛おしかった。

 ひとしきり泣いたあと、漣は涙を袖で拭い、真希那に向かってこう言った。

「ようやく逢えたね……真紀子」

〈了〉

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