短編ミステリ「前世記憶の殺人者」(1)(創作大賞2024・ミステリー小説部門応募作品)
【あらすじ】
ある日突然、五歳の息子がおかしなことを話し始めた。
「前世の僕は、親友のタキウラくんに殺されたんだ」
さらに、テレビに映る大御所俳優を指差し、「この人に殺された!」と言い出す。
母である佐倉美加は、『生まれ変わり』を研究していた心理カウンセラーの天堂真希那を頼り、前世の死の真相を追うことになる。
果たして、大御所俳優は前世記憶の殺人者なのか? そして、前世の死に隠された芸能史に残るスキャンダルとは?
前世記憶が過去の罪を暴き出す、短編本格ミステリー。
※(1)~(7) 約3万3千字
(1)
「僕の名前はね、キクチっていうの」
リビングで朝ご飯を食べていた息子が、何の前触れもなく話し始めた。
「キクチ……、えーと、下の名前は忘れちゃった」
そう言いながら、テーブルの上で悩ましげに頬杖をついている。
幼稚園へ持っていかせるお弁当の準備に追われていた佐倉美加は、そんな息子を横目に見ながら、「何ふざけてるの。あなたの名前は佐倉漣でしょ」と適当に相手をした。変なことを言って母の気を引こうとするのは、最近になって覚えた息子の手口だったからだ。
いつもなら美加が注意するとすぐに笑って誤魔化すのだけれど、今日の漣は違っていた。
「キクチは前の僕の名前だよ」と真面目な口調で返してきたのである。
さらに「前の僕は、水の中に落ちて死んじゃったんだ」と続けてきたところで、美加はミートボールを弁当箱に詰める手を止め、漣と向き合うことにした。
「死んじゃったとか、怖いこと言わないで。それと、前の僕ってなに? 漣くんに前も後ろもないでしょ。親をからかうのはやめなさい」
漣の目に視線を合わせ、軽く睨みつける。しかし五歳になる息子は、悪びれる様子もなく母の顔をまっすぐに見返してきた。
「前の僕は、前の僕だよ。キクチって名前で、水の中に落ちて死んじゃったの」
こいつまだ言うか、と頬を膨らませたところでピンときた。漣に尋ねてみる。
「ねえ漣くん。前の僕って、もしかして前世のことを言ってるの?」
息子の話には聞き覚えがあった。あれは週末に放送していたテレビ番組――超常現象にスポットを当てたバラエティ特番を観ていたときのことだ。美加がテレビをつけたときは、生まれ変わりをテーマに、いい大人たちが激論を繰り広げている最中だった。
「知り合いの子どもが、お風呂やプールを怖がってるらしいのよ」と賑やかに話すおばちゃんタレントに、「お子さんが水を怖がるのは、間違いなく、水が原因で亡くなった前世の影響です!」と興奮気味にまくし立てた女性の心理カウンセラーは、否定派たちから「非科学的だ」と一斉に反論され、泣きそうな顔をしていた。
その掛け合いを見ていた夫が、横に座る息子に冗談めかして、「そういえば漣もお風呂に入るのを嫌がっているよな。なるほど、前世が原因だったわけか」と笑っていたのを思い出す。
「うん、キクチって前世の僕ね。水の中に落ちて死んじゃったんだよ」
息子の答えは予想したとおりのものだった。気づけばなんてことはない。漣は父の冗談を覚えていて、母をからかうのに使ったのだ。
そうと分かれば、いちいち相手をしてはいられない。ただでさえ月曜の朝は忙しいのだ。
美加は「変なこと言ってないで、早く幼稚園に行く準備をしなさいね」と注意しながら、作りかけの弁当箱の前に戻ろうとする。だが漣の話はこれで終わらなかった。
「――前世の僕は、水の中に突き落とされたんだよ」
口調の強さに驚いて美加が振り向くと、漣は無表情で母の顔を見上げていた。まるで別人のような漣の雰囲気に不安を覚える。漣が続けた。
「僕は、親友のタキウラくんに殺されたんだ」
※
その日の夜、帰宅した夫を玄関先で捕まえ、今朝の出来事をすべて話した。
夫は最初、「この間のテレビの影響だろ」と取り合ってくれなかったのだが、リビングで漣が「タキウラくんに殺された」と繰り返すのを直に聞き、さすがに気味が悪くなったらしい。小声で耳打ちしてくる。
「おい、タキウラって誰のことだよ」
「知らないわよ、そんなの。漣に聞いてみたら?」
実際、タキウラという名前で思い当たる人物はいなかった。友人はもとより、同じマンションにも息子が通う幼稚園にもおらず、漣がどこでタキウラという名前を知ったのか、不思議でならなかった。
ソファーに腰を下ろした夫が、漣を隣に座らせた。
「前世の名前がキクチっていうのは本当かい?」
夫の問いかけに、漣が「本当だよ」と真顔で答える。
「親友のタキウラってやつに、水の中に突き落とされたんだって?」
「溺れて死んじゃったんだ。殺されたんだよ」
夫と話している漣をずっと観察していたのだが、淡々と返答する様子が妙に落ち着いており、とても冗談を言っているようには見えなかった。
その後、夫はキクチとタキウラという二人の人物について詳しく聞こうとしたけれど、漣の答えは「よく分からない。思い出せない」の繰り返しで、美加が朝に質問をしたときの反応と変わらなかった。
夫が視線で『どうする?』と聞いてくる。美加は首を横に振った。本人が分からないと言うのなら、これ以上問い質しても仕方がないだろう。とはいえ、このままではモヤッとした気持ちが収まらず、はてさてどうしたものかと考えていたそのときだった。
漣が「あっ」と声を上げたのだ。
見ると漣がテレビを指差し、びっくりした表情をしている。
何事かと思い、つけっぱなしのテレビに目を移した。
映っていたのはごく普通のバラエティ番組だった。芸人のMCがいて、その隣にメインゲスト、ひな壇に数人のゲストが座っている。ありがちなトーク番組だ。夫がメインゲストに関心を示した。
「葛木亮じゃないか。テレビに出るなんて珍しいな」
細身の身体に精悍な顔つき。サングラス越しでも分かる目力の強さが印象的な葛木亮は、映画を主戦場とするベテランの俳優さんだ。もういい歳のはずだが衰えた様子は微塵もなく、むしろ以前と比べて男の色気が増しているように見えた。どうやら自身が主演を務める映画のプロモーションのようで、番組では葛木の経歴を振り返っている最中だった。
昭和の国民的名優を両親に持つ葛木亮は、その甘いマスクでデビュー後すぐに人気役者の仲間入りを果たし、二十五歳で初主演した映画は大ヒットを記録。その後、抜群の演技力で日本を代表する映画スターとなり、六十歳になった今、新たな代表作が封切られる、といった内容を、その時代時代の映像とともに流している。
「あっ、あっ!」
漣の声が大きくなったのは、葛木が初主演した映画の映像が画面に映ったときだった。そして、若い頃の葛木を指差した漣が叫んだ。
「前世の僕は、この人に殺されたんだ!」
突然のことに夫と顔を見合わせた美加は、戸惑う気持ちを抑えながら話しかけた。
「なに言ってるの。この人は葛木亮という俳優さんで、タキウラっていう名前じゃ――」
「この人は親友のタキウラくんだよ! 僕はこの人に水の中に突き落とされたんだ!」
母の言葉を遮り、漣が大声を出した。
興奮する漣に向かって何度も「この人はタキウラくんじゃないよ」と言い聞かせるけど、漣は頭を横に振るばかりで全然話を聞いてくれない。
だんだん怖くなってきた美加は、助けを求めるように夫の方を見た。夫は何かしら調べ物をしていたのか、手に持ったスマホの画面をじっと見つめている。そして、「嘘だろ」と低い声で唸った。
夫がスマホを差し出してきたので、のぞき込むようにして画面を見た。そこには葛木のプロフィールが表示されており、それを見た美加は悲鳴を上げてしまった。
プロフィールにはこう記載されていた。
葛木亮[かつらぎりょう、本名:滝浦亮二(たきうらりょうじ)]
(2)https://note.com/kazuma_tokikawa/n/nacf57ba8f207
(3)https://note.com/kazuma_tokikawa/n/ne7f00628e24c
(4)https://note.com/kazuma_tokikawa/n/n4f6944bb98ef
(5)https://note.com/kazuma_tokikawa/n/n00e63e52aeb3
