見出し画像

短編ミステリ「前世記憶の殺人者」(5)(創作大賞2024・ミステリー小説部門応募作品)


  (5)

 稲本志保が喫茶店に到着するまでの間、映画『逢いたい』を観たことがないという美加のために、真希那がスマホで動画を見せてくれた。

 主演を張る葛木亮の若い姿は画像で何度も見ているので何も思わなかったが、ヒロイン役の稲本志保が出てきたときは、今と違う小柄な姿に衝撃を受けた。最近のバラエティ番組ではご意見番的なイメージが強かったから、本作の可愛らしくもはかなげなヒロインを演じる彼女は、観ていてとても新鮮だった。

「このときは我ながら可愛かったわよね。ちやほやされて、まさにお姫様気分だった」

 ハッとなって声がした方を見ると、スマホの中の姿とは似ても似つかぬ、テレビでおなじみの体型をした稲本志保が立っていた。
 そのすぐ後ろで、成田が志保に声をかける。
「じゃあ、稲本さん。僕はここで。おい天堂、粗相のないようにしろよ」
 成田は、自分の役目はここまでとばかりに席を離れていった。

 美加は真希那とともに急いで椅子から立ち上がる。
「この間の特番では大変お世話になりました。また、今日はお時間をいただきありがとうございます」
 真希那が如才なく受け答えをした。
「なに言ってるの。天堂さんに会いたかったのは私の方なんだから、気にしないでちょうだい」
 志保は店員にミルクティーを頼みながら椅子に座ると、年配者特有の馴れ馴れしさで、すぐに打ち解けたように話し出した。

「この間の特番でさ、知り合いの子どもが水を怖がっているって話をしたじゃない? あれ、本当は私の孫娘のことなのよ。天堂さんから前世記憶のことを聞いたら、なんだか怖くなっちゃって」
 自分に起きたことだとは切り出せず、友達や知り合いが経験したことのように話すのは、誰しも覚えがあるだろう。芸能人といえど、その辺りの感覚は同じなようだ。

 志保は、生まれ変わりや前世記憶が本当にあるのかどうか、自分の可愛い孫娘も誰かの生まれ変わりなのではないか、その辺りのことを真希那に相談したかったらしい。半分冗談のような口調だったが、目は至って真剣だった。
「生まれ変わりや前世記憶は存在します」
 当然のように真希那が断定すると、志保は「あなたなら、そう言うわよね」と豪快に笑った。そして、初めて美加の方を向いた。
「あなた、佐倉さんっていうのよね。あなたのお子さんも孫娘と同じような状況なんですって? なりちゃんから聞いたわよ。あの菊地琢馬の生まれ変わりだって聞いて、びっくりしちゃった」

 志保にせがまれ、漣に起きたこれまでの出来事を話した。志保は漣の状況を自分の孫娘に置き換えているのか、親身になって話を聞いてくれた。
 しばらく考え込んでいた志保は、真希那に話を振った。
「ねえ天堂さん。あなたはどう思うの? 佐倉さんの息子さんは、本当に菊地琢馬の生まれ変わりだって思ってる?」
「それを知るために、調査をしています」
 真希那が臆せず答えると、志保は面白かったのか身体を縦に揺すった。
「ごめんなさい、そうだったわね。じゃあ、私がその調査に協力してあげる」
 ありがとうございます、と真希那が頭を下げる。美加も慌ててそれにならった。

「もし、息子さんの前世が菊地琢馬に違いないって思えたら、私も生まれ変わりを信じることにするわ。そうなったら、天堂さん、私のことも相談に乗ってもらっていいかしら?」
 突然の申し出に、真希那は「もちろんです」と力強く答えた。

  ※

「もう三十五年も前になるのね。菊地琢馬のことはよく覚えているわ。良い思い出ではなく、悪い思い出ね」
 ミルクティーに口をつけながら、稲本志保が話し始める。

「亡くなった人のことをあまり悪く言いたくはないけど、菊地琢馬は葛木さんの親友でもなんでもなくって、高校の同級生だったという関係を利用して、一方的に葛木さんにつきまとっていた、ただの柄の悪い男だったのよ。映画での役どころも、葛木さんに取り入って手に入れたって聞いているわ。なんか葛木さんも菊地琢馬には頭が上がらないみたいだった。

 当時の私はまだ二十一歳で、映画のヒロイン役を掴むくらいだから、自分で言うのも何だけどまあとても可愛かったのね。あの男はそんな私に何度も言い寄ってきたの。それがもうしつこくって。役者ともいえないような無名の男と付き合ってるなんて噂が広まったら、私の女優人生終わりじゃない? 身分をわきまえろって事務所から厳重注意をしてもらったわ」

 脇道に逸れる志保の話を聞いているうちに、何となく抱いていた善人そうな漣の前世のイメージが崩れていくのを感じていた。

「菊地琢馬が死んだ日に二人が口論していたのは間違いないわね。だってその現場に私もいたんだもの。口論の内容? あれね、前日に監督と大喧嘩した菊地琢馬が役を降ろされちゃって、そしたら、監督と葛木さんが裏で共謀して降ろさせたんだって騒ぎ出したのよ。泥酔した菊地琢馬がホテルで葛木さんに掴みかかったものだから、私も怖くなっちゃって」

 菊地琢馬は葛木の胸ぐらを掴みながら、ふざけんな、お前のせいだ、なんて大声で叫んでいたらしいが、そのときに気になることを言っていたという。

「よく聞こえなかったし、うろ覚えだけどね。確か『アラキのおじきのことを忘れたとは言わさない』とかなんとか。あと、『アラキとの繋がりがおおやけになったら、お前もこの映画も終わりだぞ』なんて言ってたわね。
 この歳になったらヤクザの名前を使った脅し文句だって分かるけど、当時は私も若かったから本気にしちゃって。せっかくヒロイン役を得たのに、この馬鹿のおかげで映画が台無しになるって本気で恨んだわ」

 真希那は頬に手を当てると、遠い目をして黙り込んでしまった。見ると、額に汗が浮かんでいる。具合でも悪くなったのかと思い、「天堂先生?」と話に割り込むと、真希那は「大丈夫」と真顔で言った。そして「聞いてもいいですか」と断ってから志保に質問を始めた。

「そのあと、葛木さんと菊地琢馬さんはどうなったんでしょうか」
 聞かれた志保は「どうもこうもないわよ」と鼻を鳴らした。
「怒鳴り声を聞いたスタッフが駆けつけてきてくれて、菊地琢馬を葛木さんから引き離したのよ。私は興奮している葛木さんの手を引いてその場をすぐに離れたわ。菊地琢馬はスタッフの腕を振り払って、ホテルの外に出て行ったみたい。『あいつに岸壁まで来いって言っとけ』って言い残してね。まさかそのあと、岸壁から落ちて死ぬことになるなんて思いもしなかったけど」

「アラキのおじきって誰か分かりますか」
「さあてね。葛木さんに聞いたけど、なんやかんやはぐらかされた感じだったかしら。まあ、菊地琢馬が慕うどこぞのヤクザなんじゃないの?」

「葛木さんは映画『逢いたい』に役者生命を掛けていたらしいですよね。この映画も終わりだぞ、なんて脅されたら、相当怒ってたと思うのですが――」
「直接口には出さなかったけど、まあ怒ってたわね」
「それは、葛木さんには菊地琢馬さんを殺す動機があるってことになりませんか」

 アラキという存在が、葛木亮自身や『逢いたい』という映画を終わらせる要因になるとしたら、そして菊地琢馬がそのアラキと繋がっているとしたら、葛木の中に菊地琢馬を殺すという選択肢が出てきてもおかしくはない。
 しかも、ホテルから出る際、菊地琢馬は葛木亮に「岸壁に来い」と伝言を残しているのだ。後から追いかけたのではないかと勘ぐりたくなる。

「まあね。警察も最初、葛木さんが犯人だと疑っていたくらいだし」
 菊地琢馬は泥酔していた。岸壁から突き落とすくらい容易だろう。やはり葛木亮は菊地琢馬を殺しているのではないか。ただ疑問は残る。
 真希那が聞いた。
「しかし警察はすぐに事故で処理をしました。なぜです?」
 志保が「なぜ?」と聞き返す。
「――まあそうよね。あなたたちにしてみたら、前世の菊地琢馬は葛木さんに海へ突き落とされたことになっているんだもんね。生まれ変わりや前世記憶を信じるなら、菊地琢馬は葛木さんに殺されていなければならない。でもね……」
 ミルクティーを飲み干した志保は、大きく息をつくとカラリとした笑みを見せた。

「葛木さんには菊地琢馬を殺せないの。彼にはアリバイがあったから、容疑はすぐに晴れたのよ」

「どういうアリバイか、稲本さんは知っているのですか」
 志保は辺りを見渡してから、「誰にも言うんじゃないわよ」と小声で確認してきた。
 美加と真希那が同時に頷くのを見て、志保は「実はね――」と続けた。

「その日の夜、葛木さんはホテルの私の部屋にずっといたのよ。分かるでしょ」

 テーブルの上の灰皿を引き寄せた志保は、ハンドバッグからタバコを取り出すと、高級そうなライターで火をつけた。

「葛木さんの興奮が収まらないから、私の部屋に呼んでしばらく話をしていたのよ。もちろん下心はあったわね。だって、葛木さんの両親は前の映画で共演したときにそういう関係になったって聞いてたから、立場が同じ自分もあわよくば、なんてね。実際はその日限りで、結婚どころかお付き合いもしなかったけれど。まあ、若気の至りってやつよね」
 昔のこととはいえ、有名芸能人同士のゴシップにドキッとする。
 結局、内密にという約束で警察にこの話をしたところ、葛木の容疑が晴れたということだった。

「どう? 葛木さんには菊地琢馬を海に突き落とすことはできなかったのよ。これって、どうなるの? 前世が菊地琢馬ではないってこと? それとも、元々生まれ変わりや前世記憶ではなかったということになるのかしら?」
 志保が聞いてくる。嫌みや当てこすりではなく、ただ純粋に、生まれ変わりが本当に存在するのか、真希那に問いかけている感じだった。

「天堂先生……」
 美加はうつむき加減の真希那に目をやった。彼女がなんて答えるかは分からないが、美加の中では、ほぼ答えは出ていた。

 葛木亮が菊地琢馬を殺せないのなら、漣の前世記憶と思われる証言は誤っていると言わざるを得ない。となれば、漣の言動はただの空想や妄想の類いと考えるしかなく、超常現象の特番を見た影響で前世記憶と勘違いしてしまったと結論づけるしかなかった。

 自分の気持ちはこの考え方で収まっている。気になるのは真希那の気持ちだ。

 真希那は漣の前世記憶を本物だと信じてくれていた。彼女が出演した超常現象の特番は、生まれ変わりや前世記憶が非科学的で胡散臭いものであるという世間の認識をエンタメにしたもので、真希那には到底受け入れられるものではなかった。もし漣の前世記憶を証明することができたら、世間の認識をあらためることができるのではないか。真希那がその気持ちを強く持っていたことは間違いない。

 このままでは、漣の前世記憶を証明できず、稲本志保の期待にも応えられず、また、世間の認識を変えることも出来ない。真希那の心中を察すると、どうしても申し訳ない気分になってしまう。

 真希那が顔を上げた。
「最後に一つ、質問していいですか」
 志保が「ええ、なんでも」と応じる。

「菊地琢馬さんには、結婚を約束した女性がいましたか」

 美加は「あっ」と声を洩らした。
 以前、漣が結婚の約束をした女性に会いたいと言っていたのをすっかり忘れてしまっていた。そのときは、前世が誰か分かったときに一緒に見つかるはずだと真希那が語っていたが、危なく確認しそびれるところだった。

 志保は当時のことを思い出そうとする素振りもなく、「いないわね」と切り捨てた。
「あいつ、貢いでもらってた女性に捨てられたらしくて、葛木さんや知り合いに借金して生活してたみたいなのよ。そんな男に結婚相手なんているわけないじゃない。まあ、結婚詐欺をしていたっていうなら話は別だけど」

 志保の話を信じるなら、ここでも漣の前世記憶と矛盾が生じていることになる。漣の前世記憶を否定する材料がさらに増えたというわけだ。確認した真希那も同じ考えに至っていると思われた。
 しかし真希那は、「ありがとうございました」と礼を述べると、真剣な顔つきで続けて言った。

「漣くんの前世記憶は本物です。稲本さんの話を聞いて、確信しました」

「え、そうなの?」
 意表を突かれたのか、志保がひっくり返った声を出した。美加も同じ気持ちだ。これまでの話から、どうしてそのような結論が出るのか、かいもく見当もつかない。

「ただ、証明するには少し追加で調べる必要があります。稲本さんへの報告は後日でもよろしいですか」
「ああ、ええ。それは全然かまいませんよ」
 真希那は志保と連絡先を交換すると、うれいを帯びたまなざしを志保に向けた。

「稲本さん。生まれ変わりや前世記憶は、本当にあるんです。死はとても辛く怖いことですが、亡くなっても意識は繋がり、また肉体を持ってこの世界に現れることを理解いただけたら、その怖さはきっと軽減されることでしょう」

 志保は一瞬、目を見開いたが、すぐに穏やかな顔に戻った。
「何を言ってるのかしら? 私はただ、孫娘のことを心配しているだけよ」
 真希那は、かける言葉を探しているようだったが、すぐに首を横に振った。

 志保が言った。「良い報告……、楽しみにしてるわね」
 その震える声を聞いて、美加は何年か前のネットニュースを思い出した。確か、稲本志保が癌治療を開始したというもので、手術成功という記事の後に続報がなかったから気にも止めていなかった。
 志保にとって、生まれ変わりが本当にあるのかを知りたい理由は、孫娘のことなどではなく、実はもっと切実なものなのかもしれない。

 真希那が美加を見やった。
「明日、もう一度漣くんを連れて、〈カウンセリングカフェ〉に来ていただけませんか。そこで、漣くんの前世記憶を証明します」

 先に席を立った真希那の顔は、なぜだか少し緊張しているように見えた。 

(6)へ続く

(1)へ戻る https://note.com/kazuma_tokikawa/n/nd8b26c7aeea0

いいなと思ったら応援しよう!