短編ミステリ「前世記憶の殺人者」(4)(創作大賞2024・ミステリー小説部門応募作品)
(4)
真希那から連絡が来たのはそれから一週間後の夜のことだった。
思ったとおり、超常現象の特番を担当していた東都テレビの知り合いが漣の前世を調べてくれたそうで、これからその調査結果を知らせてくれるのだという。
美加は帰宅した夫に漣の面倒を任せ、急いで待ち合わせ場所である東都テレビ近くの喫茶店へ向かった。
店に到着すると、奥の席にはすでに真希那の姿があった。
「急にお呼び立てしてすみません」
美加を見つけた彼女は、椅子から立ち上がって挨拶をしてきた。無地のワンピースにカーディガンを羽織っているだけなのに、スタイルが良いからか妙に色っぽく見える。
挨拶を返してから、真希那の向かいの席に男性が座っていることに気がついた。
「紹介します。こちらは成田さんといって、東都テレビでディレクターをしている方です」
成田と呼ばれた男性は、座ったまま軽く会釈をしてきた。見たところ歳は三十半ばくらいだろうか。茶色がかった長めの髪とあご髭が、いかにも業界人っぽい。
「佐倉さんですね。話は天堂から聞いています」
真希那の隣に座りながら、美加は「初めまして」と会釈を返す。真希那を呼び捨てにしているのが気になった。察したように真希那が補足してくれる。
「成田さんは私の大学の先輩で、その頃からの知り合いなんです。だから番組出演を頼まれたときは断り切れなくて。ホントひどい目にあいました」
真希那の恨みがましい視線を、成田が軽く受け流す。
「番組で天堂が空回りしているところ、結構評判良かったんだよね。君を紹介してほしいって言ってくる人もいるくらいさ。どうだい、また出てくれないかな。昔のよしみでさ」
「絶対嫌です。あんな恥ずかしいこと二度とできませんから」
真希那がぴしゃりと断ると、成田は大げさに肩をすくめる。
「なんだよ。カウンセリングルームの宣伝にはなっただろ。ほら、こうしてお客さんも来てくれたわけだし」
成田が「ねえ」と美加の方を見てくる。すると真希那が慌てて、「お客さんじゃなくて依頼者です。それに、あの番組がなくたってカウンセリングの予約は埋まってますから、余計な心配はしないでもらえますか」とまくし立てた。以前に彼女自身の口から予約はガラガラだと聞いた身としては、どうにもいたたまれない気持ちになる。
「それよりお願いしていた件ですけど――」
強引に話を変える真希那に成田が「はいはい」と応じる。
「天堂の頼みだからな。ちゃんと調べたよ」
成田は自分のバッグからクリアファイルを取りだし、テーブルに置いた。
中身は昔の雑誌記事をカラーコピーしたもののようだ。見ると、若い頃の葛木亮がインタビューに答えている記事だった。映画『逢いたい』について語っている。
「葛木さんに近い人に聞いてみたんだよ。葛木さんの親友であり、『逢いたい』という映画で葛木さんと共演しているキクチという人物に心当たりがないかってね」
成田はそこまで話すと、テーブルに置いた雑誌記事の一部分を指差した。撮影の合間を撮したスナップ写真のようだ。主演である葛木を他の役者やスタッフが取り囲んでいる。
「顔が見えなくて分かりづらいが、この後ろ姿の人物が菊地琢馬という男で、天堂の出した条件にほぼ当てはまっている」
真希那が資料から顔を上げ、成田に尋ねる。
「じゃあこの菊地琢馬さんという方は――」
成田が少し前屈みになって言った。
「ああ。三十五年前、この映画の撮影期間中に亡くなっている」
美加はすっと息を吸い込んだ。
本当にいたんだ、というのが最初に抱いた感想だった。
「あ、あの、菊地琢馬さんは、どういう人なんですか」
美加が成田に質問をする。彼は美加に顔を向けた。
「もともと葛木さんとは高校の同級生だったらしいですね。大学で演劇にハマって、二十三のとき、端役を掴んだ映画で葛木さんと再会したようです。それ以来、二人で飲み歩いている姿が目撃されています。昔なじみということもあって、葛木さんのことを本名の滝浦と呼んでいたと、当時の映画関係者から聞きました」
「どのように亡くなったのかは分かっているのでしょうか」
息子の漣は、葛木に海に突き落とされて殺されたのだと主張している。それが事実なのかどうかを知りたかった。「それがですね」と成田が頭をかく。
「事故だったみたいなんですよ。泥酔したあげく、岸壁から真夜中の海に落ちたとか」
「事故……ですか。そんなはずは――」
「そうですね。この点だけが、条件に当てはまっていません」
「成田さん」
真希那が会話に入ってきた。
「事故とすぐに断定されたんですか。他殺の可能性は?」
「撮影スタッフが寝泊まりしているホテルで菊地琢馬が泥酔している姿は複数の関係者が見ていたようだけど、岸壁から落ちたのは真夜中のことだし、その岸壁もホテルから少し離れているから、目撃者は誰もいなかったそうだ。警察は割と早くに事故と断定したって話だけどね」
警察が事故と断定したということは、他殺の痕跡はなかったと見るしかない。やはり海に突き落とされたという漣の前世記憶は誤りだったということなのだろうか。
真希那が聞いた。「映画に出演している役者さんが亡くなったとしたら大事だと思うんですけど、その後の撮影に影響はなかったんですか」
「菊地琢馬は役者として無名だったし、撮影中の事故死じゃなかったこともあってか、新聞に小さく死亡記事が掲載されたくらいで大きな話題にはならなかった。撮影についても、役名のないその他大勢の一人がいなくなっただけだから、特に支障はなかったようだ」
「葛木亮さんの反応は? 昔なじみなんですよね?」
「菊地琢馬の姿が見えないと最初に気づいたのが葛木さんだったようだね。控え室を覗いても見当たらない。携帯がまだ普及していない時代だから、連絡を取ろうにもその手段がなかった。しばらくして警察から、身元不明の死体が近くの海で上がったが心当たりはないかと連絡が入り、映画スタッフが身元確認をしたところ、菊地琢馬だと判明した。知らされた葛木さんは相当ショックを受けていたそうだよ」
ここまでの話を聞いて、真希那が黙り込んでしまった。たぶん彼女は、『葛木亮は菊地琢馬を海に突き落として殺害しているが、事故死として処理されているため表沙汰になっていない』という可能性を考えているのだろう。
葛木がどうやって警察の目をかいくぐったのかについては、当時の状況が分からないので推測のしようもないし、殺害の動機についても、成田の話だけでは見当もつかなかった。
「二人が考えていることはよく分かるよ」
成田はコーヒーを一口飲むと、注目を集めるように「さて」と声を出した。
「ここからが本題だ。実は菊地琢馬が亡くなった当時、葛木さんによって殺されたのではないかという噂が流れたらしい。これは複数のスタッフから証言を得ている」
面白くなってきただろ? と成田の表情が語っている。
「なぜそんな噂が流れたんですか」
真希那が問うと、成田が「聞いた話だが――」と声を潜めた。
「どうもこの映画の撮影に入る前、葛木さんはかなり追い詰められていたようなんだ」
「追い詰められていたって、何からです?」
「世間からだよ」
隣で聞いている真希那は腑に落ちた顔をしたが、美加にはよく意味が分からなかった。素直に疑問を口にすると、成田が詳しく解説してくれた。
「今の葛木さんからは想像できませんが、当時の葛木さんは映画界のサラブレットとして売り出されていたものの、親の威厳が強すぎるあまり、葛木亮個人の評価はずいぶんと低かったようです。二世俳優なら誰もが抱える悩みなのかもしれませんね。世間からはいつまでたっても昭和の名優坂巻史郎と小室真紀子の子どもとしか見てもらえず、特に父とは比較され、親の七光りと揶揄される時期がずっと続いていました。
そこに映画『逢いたい』の企画が立ち上がった。実はこの映画、葛木さんにとっては最後のチャンスだったそうなんです。これが失敗したら終わり。引退もやむなしといった状況だった」
「あの、話の腰を折ってすみません。この間のテレビ番組では、葛木亮が初主演をするということで映画は公開前から話題になっていたと言っていましたけど――」
成田が「ああ」と反応した。
「それは、この映画が過去に坂巻史郎と小室真紀子が共演した映画のリメイクだったからです。元々、俳優葛木亮を売り出すために所属事務所が大きな話題になることを見越して立てた企画で、思惑どおり、この映画は公開前から話題になりましたが、逆に言えば、同じ役を演じた父と実力を直接比べられてしまう諸刃の剣でした。葛木さんにとっては結果を出すしかなかったんです。もちろん、大成功の結果になったことは、今の活躍を見たら分かると思いますが」
葛木亮という映画スターの原点が映画『逢いたい』だったということか。映画界の裏側の話に、つい聞き入ってしまう。
「実は、菊地琢馬が死ぬ前に最後に会っていたのが葛木さんだったという話があります。なんでも二人は激しい口論をしていたとか。菊地琢馬の一言が、必ず映画を成功させなければならないと考える葛木さんの逆鱗に触れたらしい。そこから、菊地琢馬の死は事故ではなく、葛木さんが海に突き落としたのではないかという噂が出回ったようです」
「突き落とした……」
成田の言葉を聞き、美加の鼓動が早くなった。真偽は不明だが、葛木による他殺の可能性が噂されていたのは確かなようだ。
成田が真希那と美加の顔を交互に見た。
「どうだい。この噂の真相を知りたいと思わないか」
「「はい?」」
驚く二人の様子を楽しむように、成田が続けた。
「葛木亮が菊地琢馬を海に突き落としたという噂の真相だよ。知りたいと思うだろ?」
「知りたいに決まってるじゃないですか」真希那の姿勢が前のめりになる。「成田さんが教えてくれるんですか?」
「俺が知るわけないだろ。だが、知っている人を知っている。さっき、天堂に会いたがっている人がいるって言ったよな。その人が葛木さんと菊地琢馬が口論していた当時の様子を知っているらしいんだ。何度お願いしても教えてくれなかったが、天堂にだったら話すって言ってる。天堂が良ければ会う機会を作るがどうだ?」
「誰です?」と身構える真希那に、「安心しろ。お前も知っている人だ」と成田が話す。
「稲本さんだよ。超常現象の特番で中立側に座っていた、あの稲本志保だ」
ああ、と真希那が安堵したような顔をした。もちろん美加も知っている。
稲本志保はテレビのバラエティでよく見かけるベテランの女性タレントだ。大きな声とおばちゃん的な押し出しの強さに定評がある。真希那が出ていた特番では、「知り合いの子どもが、お風呂やプールを怖がっている」と言っていたのが稲本志保だったはずである。
「確かに稲本さんなら当時のことを知っていますよね。なにせ当事者ですから」
真希那の言う当事者の意味が分からず質問すると、二人から「えっ」という驚きの声が上がった。代表して真希那が教えてくれる。
「映画『逢いたい』で、ヒロインを演じていたのが稲本さんじゃないですか」
今度は美加が「えっ」と声を出す番だ。あの稲本志保が昔に役者をしていたなんて、しかも映画のヒロインを演じていたなんて知らなかった。申し訳ないが、バラエティで見慣れたどっしりとした姿からはとても想像することができない。
真希那が「ぜひ会いたいです」と伝えると、成田は「何で今日の報告を急いだかっていったら、稲本さんに会える時間が直近ではここしかなかったからなんだ。すぐに呼んでくるから、このまま待っていてくれ」と言って、席から立ち上がった。
去り際、「ああ、そうだ」とつぶやくと、成田は美加の前に自分の名刺を一枚置いた。
「半年後にまた超常現象の特番をやるんですよ。近くなったら連絡入れますんで、天堂と一緒に佐倉さんもぜひ――」
真希那に睨まれていることに気づいた成田は、全てを言い終える前に、いそいそと店を出て行った。
