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短編ミステリ「前世記憶の殺人者」(3)(創作大賞2024・ミステリー小説部門応募作品)


  (3)

 翌日の午後、美加は幼稚園から帰ってきた漣を連れて、〈天堂カウンセリングカフェ〉を再訪した。

 カウンセリングルームにはすでに真希那の姿があった。互いに一通りの挨拶を済ませたところで、彼女は漣と向かい合った。
「あなたが漣くんね。初めまして。天堂真希那です」
 息子は快活に声をかけてくれた真希那をじっと見つめたまま黙っている。
「ほら漣、ご挨拶は?」
 多少の不安を抱きながら促すと、漣は大きく息をついた後、子どもらしからぬ落ち着いた口調でこう言った。

「――ようやく逢えたね」

 あちゃー、と天を仰ぐ美加。聞いた真希那の顔は驚きの表情で固まっている。それはそうだ。五歳児が言うような台詞せりふではない。恥ずかしくなった美加は慌てて釈明した。
「すみません。この子、昨日からこの台詞を好んで言うようになってしまって。幼稚園でも女の子や女性の先生に言っているみたいですし、ついさっきは受付の方にも……。あの、これも前世記憶の影響なんでしょうか」

 もとの漣はこんな歯の浮く台詞を言うようなキャラではなかった。前世記憶の一件から、あきらかに性格が変わったように感じる。お迎えが一緒だったママ友にも言い始めたときはさすがにまずいと思い、『ようやく逢えたね』禁止令を出したばかりだった。

 落ち着きを取り戻した真希那が指摘する。
「――美加さん。私、この台詞の元ネタを知っています」
「え? 元ネタがあるんですか」
 真希那は美加に答える代わりに、漣に尋ねた。
「ねえ漣くん。ようやく逢えたねっていう台詞、『逢いたい』という映画で主人公が最後に言う台詞でしょ?」
 すると漣が「そうだよ」と頷いた。「滝浦くんが言っていたのをよくマネしてたんだ」

 映画の題名に引っかかりを覚えた。どこかで聞いたことがあるような気がする。思い出したときは、つい「ああ!」と声が出た。
「『逢いたい』って、三十年以上前に葛木亮が主演した映画のことですよね。テレビ番組で葛木亮の昔の映像として流れていたのが、そのような名前の映画だったはずです」

『逢いたい』は、生まれ変わって結婚しようと誓い合った戦時中の男女が、現代において互いの存在を探すという物語の映画で、この間の番組では、当時二十五歳の葛木が初主演を果たすということで公開前から新聞雑誌を賑わせたと紹介されていた。

「その番組を観ていないんですけど、この台詞の場面も流れたんですか」
「いえ。番組の中では流れていませんでした。流れていたら私もすぐに気づくと思います」
「これもまた、漣くんに前世の記憶があるという根拠になりますね」
 タブレットにいくつかメモを取った真希那は、「前の僕であるキクチさんは何歳ぐらいなのかな」と漣に聞いた。どうやら聞き取り調査はすでに始まっているようだ。
「滝浦くんと同じ歳だったよ。いくつかは分からないけど」
「これを見て。その滝浦さんはこのぐらいの歳だった?」
 真希那はタブレットに最近の葛木の画像を表示して漣に見せた。漣はかぶりを振って否定する。続けて映画『逢いたい』に出演しているときの葛木の画像を表示して漣に見せた。すると漣は「そう」と首を縦に振った。
「葛木さんに会っていたのは、三十年以上前ということですね」
 テレビ番組を観ていた漣が、現在の葛木の姿には反応を示さず、昔の葛木の画像にのみ反応していたことからの発想だろう。前世の人物が殺されたのもそれぐらいの時期なのかもしれない。

「彼とはどこで会っていたの?」真希那が続ける。
「滝浦くんとは映画仲間だったんだ。だから映画を撮影している場所でいつも会ってた」
 心理カウンセラーのなせる技なのか、美加が聞いても「分からない」の一点張りだった漣が、真希那の質問にはするすると答えていく。

「もしかして前の僕も役者さんだったのかな。『逢いたい』の台詞をよくマネしてたということは、この映画に滝浦さんと一緒に出ていたりする?」
「出てたよ。一緒にお芝居をしたこともあるんだ」
 美加と真希那の視線が合った。前世の人物を特定する重要な手がかりだ。

 興奮する美加とは違い、真希那はいたって冷静だった。どうやら想定していたことだったらしい。彼女が説明する。
「漣くんは、前世のキクチさんが葛木亮さんに殺されたと証言してますが、現実には該当する人物がいないじゃないですか。昨日は殺人が表沙汰になっていないだけなんて言っちゃいましたけど、その後にふと、キクチさんが役者である可能性を思いついたんですよ」
「ああ、そうか」
 美加がつい口を挟んだ。
「実際には殺されたのではなく、殺される芝居だった、ということですね」
 真希那は「あくまで推測ですが」と得意げに言った。

 何でもっと早く気づかなかったのだろう。思いついてしまえば、解答はこれしか考えられなくなった。
「ねえ漣くん、前世の漣くんは本当は殺されたのではなくて、映画の中で殺される芝居をしたってことなんでしょ?」
 そう問いかけると、漣は期待に反して「え?」と怪訝な顔を見せた。
「前の僕の記憶だけど、本当かお芝居かくらいは分かるよ。あれはお芝居なんかじゃない。本当に殺されたんだ」
 ちょっと、違うじゃないのよ、と思って真希那を見た。下を向いた彼女の顔はすっかり赤くなっている。どや顔で言った推測が間違っていたのだから、そうもなるだろう。

 何とも気まずい空気が流れる中、それを打ち破るように、漣が「思い出した」と声を上げた。
「映画のお芝居をした日の夜に、船が見えるところで滝浦くんと二人で話をしていたんだ。そうしたら、なんか滝浦くんが急に怒りだして、僕を海の中に突き落としたんだよ」
 突然どうした、というくらい、かなり具体的に思い出してくれた。落ち込みから復活した真希那が、メモを取りながら先を促す。
「どんなことを話していたか、覚えてる?」
 漣が首を横に振る。
「そこまでは思い出せない。だから何で滝浦くんが怒ったのか分からない」

 この後、真希那がいくつか質問を続けたが、これ以上の情報は得られなかった。キクチ氏のフルネームもいまだ不明。それでも、少しずつではあるが前世の状況が判明してきたのは収穫だ。
 キクチ氏が映画『逢いたい』に出演している人物で、亡くなったのは映画の撮影期間中であり、場所が港と思われる場所だということが分かったのは大きいと思った。

「ねえ。この先生は、僕の前世を探してくれるんでしょ?」
 聞き取り調査も終わりの気配を見せたところで、漣が母の袖を引っ張ってきた。
 美加が「ええ、そうよ。天堂先生は前世記憶の専門家だから、すぐに見つけてくれると思うわ」と伝えると、漣は甘えた声で「もう一人、探してもらいたい人がいるんだけど、いい?」と聞いてきた。
「え? 誰のこと?」
 漣は母の疑問には答えず、真希那の方を向いて、真剣な表情で話し出した。

「前の僕には結婚の約束をした女の人がいたんだ。その子に会いたいんだよ」

「結婚の約束って……、婚約者っていうこと?」と目を丸くする真希那であったが、母である美加もきっと同じ顔をしていたと思う。
「ちょっと、初耳なんですけど!」と激しめに突っ込むと、「だって、さっき思い出したんだもん」と返してくる。前世とはいえ息子の婚約者となるとさすがに気になるので、「誰のこと? どこの人なの?」と問い詰めるが、漣はすごく嫌な顔をして「絶対言えない」と返答を拒否してきた。

「私にも教えてくれないの?」
 美加に代って真希那が聞いてくれたけど、漣は「僕からは言えないんだ」と苦しそうに答えている。
「覚えてない、ではなく、言えない、なのね」
 漣が首を大きく縦に振る。それを見た真希那は考える仕草をした後、「分かった。探してあげる」と引き受けた。
「本当に?」
「ええ。任せてちょうだい」
 嬉しそうにする漣を横目に、「そんなに安請け合いして大丈夫ですか」と真希那に聞く。「大丈夫ですよ。本当に婚約者がいるのであれば、キクチさんという前世が誰か分かったときに、一緒に見つかるはずですから」
 そりゃそうかと納得する美加に、「それよりも」と真希那が続ける。
「役者だったというキクチさんの素性を調査するには、門外漢の私よりテレビや映画の関係者が行うのが適任だと思うんです。心当たりがあるので、私から依頼してもいいですか」
「調査のためなら仕方ないですけど……」
 正直なところ、漣の前世記憶のことをあまり広めたくはなかった。マスコミ関係なら特にそうだ。漣の前世記憶を面白おかしく取り上げられるのではないかと怖くなってしまう。

 美加の不安を察知したのか、真希那が笑みを見せた。
「仕事上ではとても頼りになる人ですし、美加さんに断りなく勝手に番組で取り上げるような非常識な人じゃないことは私が保証します。それに……」
「それに、何ですか」

「――彼には茶番の片棒を担がされたという貸しがありますからね。利子付けてしっかり返してもらわないと」

 相手が何者か、すぐに思い浮かんだ。どうやら真希那は根に持つタイプらしかった。

(4)へ続く

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