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ケアマネジャー刺殺事件を考える

2026年6月1日、埼玉県川口市の住宅でケアマネジャー(介護支援専門員)の女性が刺されて亡くなりました。63歳女性。利用者の90代の母親を支援するために訪問していた矢先の出来事でした。

この事件の報道を聞いたとき、私はただ「ひどい事件だ」と思うだけでは済みませんでした。これは決して他人事ではないと感じたからです。



事件の概要

報道によると、鈴木さんは担当する利用者の息子(60歳)に玄関で刃物で首を切りつけられ、失血死しました。息子はその後自傷し、2人とも亡くなっています。

息子は110番通報で「お金をだまし取られたので殺そうと思った」と話していましたが、鈴木さんとの間に金銭的なトラブルは確認されていないとのこと。警察は息子の一方的な思い込みとみて捜査を進めています。

「いつもニコニコして、穏やかで優しい人だった」。近隣住民はそう証言しています。専門職として誠実に仕事をしていたであろう人が、理不尽に命を奪われた。


「勘違い」は誰にでも起こりうる

今回の背景として浮かび上がるのは、息子の強固な思い込みです。
「親族の口座から金がなくなっている」と以前から周囲に話していたとされていますが、実際にそういった事実は確認されていません。

これを聞いて私が思うのは、こうした「すれ違い」や「誤解」は、訪問の現場では日常的に起こりうるということです。または、息子さんに病的な被害妄想などの症状があったのでは?

ケアマネジャーの仕事は、利用者と介護サービス事業所、医療機関、家族をつなぐ「調整役」です。複数の関係者の間を行き来しながら情報を整理し、ケアプランを立て、定期的に状況を確認(モニタリング)します。

しかし、情報は常に正確に伝わるとは限りません。

たとえば。ケアマネジャーが「介護保険で対応できる範囲」を丁寧に説明しても、家族には「断られた」と受け取られることがあります。
「口座の管理は私たちの仕事ではありません」と伝えれば、「不正をごまかしている」と誤解される可能性がゼロとは言えません。

特に、利用者の家族が精神的に追い詰められていたり、認知機能に課題があったりする場合、情報の受け取り方は大きく歪むことがあります。今回の息子が置かれていた状況(90代の高齢の母と2人暮らし、無職)を想像すると、介護の重圧や孤立感が積み重なっていた可能性も否定できません。

「誰でも起こりうること」これは加害を正当化する言葉ではありません。
しかし、現場にいる私たちが「自分だけは大丈夫」という根拠のない安心感を持つことの危険性を、改めて考えさせられます。


訪問の現場は、本質的に「密室」である

訪問看護やケアマネジャーの仕事が、施設での介護と決定的に異なる点があります。それは、「利用者の家という、事業者がコントロールできない空間で、多くの場合1人で対応する」ということです。

事業所内であれば、スタッフが複数いて、トラブルが起きたときにすぐに助けを求めることができます。しかし、訪問の現場は違います。玄関の扉が閉まった瞬間、そこは完全に2人(あるいは家族と)きりの空間になります。

2025年末の調査では、ケアマネジャーの約3割が過去1年間に言葉の暴力や精神的な攻撃を受けたと回答しています。しかし、その多くは、「仕方がない」「サービスを続けるために波風を立てたくない」という思いから、声を上げずにいます。

また、埼玉県では今回の事件の4年前(2022年)にも、在宅医療の医師が訪問先で散弾銃によって殺害されるという痛ましい事件が起きています。そのときも安全対策が議論されましたが、根本的な解決策は今も確立されていないのが現状です。


過去にあった事件

埼玉・ふじみ野市 在宅医療医師射殺事件(2022 年 1 月)

  • 2022 年 1 月 27 日、埼玉県ふじみ野市の住宅で、在宅医療に従事する医師(44)が散弾銃で射殺される

  • 医師ら医療関係者 3 人が死傷する立てこもり事件

  • 動機:母親の治療が不適切だったという一方的な思い込み


東京都中野区 介護施設入居者殺人事件(2017 年)

  • 2017 年 8 月 22 日、東京都中野区の介護付き有料老人ホームで、入所(83 歳)が浴槽で溺死

  • 介護職員が加害者となった事例(介護殺人の代表的な判例)


看護師が患者から暴力を受けた事件(東京地裁 2013 年 2 月 19 日判決)

  • 看護師が入院患者からの暴力により傷害を負い、休職

  • 精神科病棟で、せん妄状態・認知症の患者から暴行を受ける事例
    判決内容(重要な判示)

  • 患者からの暴行は日常的に起こり得るとして、病院側の予見可能性を認定

  • 病院は、暴力が起きる可能性を前提に、看護師が直ちに応援に駆けつける体制を整える注意義務があるとされた

情報源
[1] ふじみ野の医師射殺、争点は殺意の有無 遺族「最大限の厳罰を」 | 毎日新聞 https://mainichi.jp/articles/20231212/k00/00m/040/020000c
[2] 介護殺人・初公判:東京地裁 東京都中野区 介護施設入居者殺人 元 ... https://www.personalassist.co.jp/kaigodatabase/judgment/817/
[4] 医師死亡、心臓破裂で…母を亡くした息子、目の前で発砲 殺意ないと主張、二審も無期懲役に 母の遺体に蘇生措置するよう求め、断った医師に銃撃 裁判長が殺意を認定した理由を説明、息子は出廷しなかった|埼玉新聞|埼玉の最新ニュース・スポーツ・地域の話題 https://www.saitama-np.co.jp/articles/127375/postDetail
[5] 老人ホーム入所者殺害、元職員に懲役16年 東京地裁判決 https://www.nikkei.com/article/DGKKZO50931740S9A011C1CE0000/
[7] 埼玉・ふじみ野の医師射殺事件、殺人罪などの男に無期懲役 東京高裁が1審判決を支持 https://www.sankei.com/article/20250311-726FXWX2XJOXDM2B6VT5UPDJTI/
[9] ナースのための判例解説③医療機関における暴力について https://infini.fan/jobs/jobs-378/
[10] ふじみ野市散弾銃男立てこもり事件 - Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/ふじみ野市散弾銃男立てこもり事件


制度的な「限界」と向き合う

2026年10月からはカスタマーハラスメント(カスハラ)対策が事業主に義務付けられる法改正が施行される予定です。
これにより、ハラスメント対応のマニュアル整備や相談窓口の設置などが義務となります。しかし「義務化」は始まりにすぎません。実際に現場を守る具体的な運用が伴わなければ、形だけの制度で終わってしまいます。


私たちが今日からできること

このような事件を受けて、現場で働く私たちは何ができるでしょうか。「対策」というと大げさに聞こえるかもしれませんが、日々の小さな積み重ねが命を守ることにつながります。

訪問前の「アセスメント」
初回のアセスメント(状態の把握)の段階から、利用者本人だけでなく、同居家族の状況・精神状態・経済的な不安の有無を丁寧に把握することが重要です。「この家族は情報の受け取り方がどうか」「最近、様子が変わっていないか」という視点を常に持ち続けることが、リスクの早期発見につながります。

「伝えた」ではなく「伝わった」かを確認する
金銭に関わる説明(介護保険の自己負担、サービスの費用など)は、特に丁寧に行う必要があります。口頭だけでなく書面でも残し、「ご不明な点はありますか?」と確認する習慣をつけましょう。記録を残すことは、万が一のときに専門職としての自分を守る手段にもなります。

「おかしい」と感じたら、1人で抱え込まない
家族の言動に違和感を感じたとき、「まあ、ストレスがたまっているのだろう」と1人で解決しようとしないことが大切です。事業所内で共有し、場合によっては複数人での訪問に切り替える判断も必要です。気になる情報は、事業所内だけでなく、主治医やほかのサービス事業者とも共有することを検討してください。

自分の「直感」を信じる
現場経験を積んだ専門職には、言葉では説明しにくい「何か違う」という感覚が備わっています。その直感は軽視しないでください。「なんとなく不穏な空気がある」と感じたら、訪問の時間帯を変える、複数で行く、管理者に相談するなど、具体的な行動につなげてほしいのです。


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参考文献

  • 日本介護支援専門員協会(www.jcma.or.jp)

  • 厚生労働省(www.mhlw.go.jp)

  • 政府広報オンライン(www.gov-online.go.jp)

  • 朝日新聞・読売新聞・毎日新聞 各報道(2026年6月1日〜3日)


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