本質を見抜く力──ヒップホップが教えてくれた“仕事の割り切り方”【前編】
親は心配していた。
でも割り切っていたのは自分だった
大学まで出してもらって、20代後半になっても実家暮らし。
定職もなく、ヒップホップにのめり込んでいた。
親からすれば、心配しない理由なんてどこにもない。
「売れないミュージシャンみたいになって、この子は大丈夫なのか」
そんな空気はずっと感じていた。
でも当時の自分は、親にこう言っていた。
「自分は“音楽をやってる”わけじゃないから大丈夫だよ」
もちろん、ヒップホップもラップも大好きだった。
今でも毎日聴くし、部屋にウーハーをつけたり、車のスピーカーを変えたり、来日公演にも行く。
2025年のTyler, The Creatorも最高だったし、今年はWu-Tang Clanを観に行くのが楽しみだ。
精神安定剤みたいにラップを聴いている。
本当に、聴かないと精神が少し不安定になるのを自覚している。
それくらい好きだ。
それでも、“ミュージシャンとして食っていく”という発想には一度もならなかった。
理由はひとつ。
ヒップホップという文化の本質を、早くに理解してしまったからだ。
■ 読者が不思議に思っていること
自分はいつも note で、ヒップホップをビジネスに応用した話を書いている。
文化の構造を分解して、現場に落とし込むような話ばかりだ。
読者の中には、きっとこう思っている人もいるはずだ。
「なんでこの人はこんなにヒップホップを割り切って語れるんだろう」
でも、それは冷めているわけじゃない。
むしろ逆で、誰よりも深くハマったからこそ、割り切れるようになった。
ここで言う「割り切り」とは、「諦め」としての割り切りではなく、
飛躍するための割り切りだ。
◼️「自分」と「商品」を切り離すという感覚
カズシックとして音楽活動していた頃、仙台の新聞やテレビに取り上げてもらう機会が何度もあった。
あるとき、新聞社の記者がインタビューを終えたあと、ふとこんなことを言った。
「カズさんって、カズシックのことを“自分のことじゃない”みたいに語りますよね。
そこがすごく面白かったです。」
その言葉を聞いた瞬間、妙に腑に落ちた。
あの記者は、ある意味で私の本質を見抜いていたのだと思う。
優秀な人は、表面ではなく“構造”を見る。
当時から自分は、
「自分」と「カズシックという商品」
を完全に切り離して考えていた。
自分の人生と、カズシックというキャラクター。
自分の価値観と、カズシックとしての表現。
それらを混ぜずに扱うことが、自然にできていた。
物事を構造で捉える癖が若い頃からあったということだ。
そしてこの感覚が導き出していた解の一つが、
■ ラップは「歌」ではない
ラップは、一般的な“歌”とはまったく別物だ。
小田和正さんの歌は、誰が聴いても「うまい」とわかる。
でもラップは違う。
• 韻の踏み方
• フロウ
• リリックの深さ
• 文化的背景
こうした“ジャンル内の文法”を知らないと凄さが伝わらない。
本人たちは至って真面目に理屈を積み上げているのだが、その姿はどこか民族音楽を思わせる。この「部族」の外にいる人間にとっては、未知の鼓動を耳にして「なんだか面白いね」と軽く異文化を楽しむような、そんな距離感の表現なのだ。
だから、ラップを深く理解すればするほど、
「これで一生アーティストとして食っていく」
という発想にはならない。
むしろ逆で、
文化そのものを理解した瞬間に、ラップを“音楽の職業”として捉えることができなくなる。
【後編】に続く
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