「産まないと決めた日」第2章
こちらは創作大賞2024に応募した作品であり、フィクションになります。
物語はプロローグ、第1章から始まり、第7章、エピローグまで続きます。noteでは7話にわけてアップしています。ぜひ最後までお楽しみください。
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第2章 女に学はいらない
新しい価値観
祭りの嫌な記憶もいつしか思い出すこともなくなり、あおい達は小学校を卒業し中学生になった。
あおい達は、中学校は10キロ離れたふもとの町まで通うことになる。次兄たちは自転車で通っていたようだが、今は市から補助が出ることもあり、地元のコミュニティーバスが通学バスの代わりを担っている。
中学校は3つの小学校の出身者が通う。あおいの地域の小学校は過疎化が進み、ひと学年は20人ちょっとだったが、一気に200人を超える6クラスになった。
昔ながらの集落が集まる地域はあおいの小学校のみだった。
ふもとの街には県の誘致で工業団地がある。工業団地の発展とともにいわゆる新興住宅地が増え、地元だけではなく県外からも人が集まっていた。同級生の多くは、その様々な新興住宅地から通っていた。
もともとはあおいの住んでいた地域にも中学校はあったが、子どもの人数が減り、ふもとの中学校と合併することになった。
当時中学校統合には、かなりの反対運動もあったらしいが、結局、市町村合併の時に統合されることが決まった。過疎化と高齢化が進むあおいの地域は、最終的には中学校廃校に従うしかなかったようだ。
20人ちょっとの同級生が一気に200人越え。最初は戸惑ったあおいだが、持ち前の外交的な性格もあって、4月が終わるころにはすっかりと周りの友達に打ちどけていた。
新しい友達との会話はあおいにとっては刺激的だった。
その中でもあおいが驚いたのは、父親が料理はもちろん、洗濯も掃除もするということだ。母親が長期出張で家にいないなんていう家庭があった。
あおいの家では考えられない話だったが…21世紀の日本、極々当たり前のことである。
驚くあおいをよそ目に「パパの料理、まずくはないけど豪快過ぎるんだよね…後、揚げ物が多いのもなぁ…今日は何かさっぱりしたいものが食べたいから外食がいいな」と友人は話を続ける。
そんな話を聴きながら、改めてあおいの住む地域の異質さを感じるのであった。
「我が家は男子厨房に入るべからずだから、お父さんやお兄ちゃんが料理しているのなんてみたことないよ。準備から片付けまで全部女の仕事だよ…私だけが手伝えって言われるの納得いかない」と思わずぼやいてしまう。
「そうそう、なんで女ばかり手伝わされるのよ」「弟はテレビ見ていても怒られないのにさ」「男はいいよね おい飯、おいお茶って言っていたらいいんだからさ」
あおいのボヤキを皮切りに、他の女友達が次々と文句を言い出した。
「男性が料理や家事をする家なんてまだまだ少ないんだよね。大人になったらこの町から出ていきたい」あおいはそう小さく呟ぶやいた。
海外への憧れ
中学校では、自分の住む地域と他の地域の価値観の違いに驚くことはあったものの、それなりに楽しい学校生活を送っていた。
インターネットの普及もあって、海外からの情報を入手することは簡単だった。海外でバリバリと働く女性が紹介されているサイトがいくつもあった。
そんなサイトをながめながら、あおいの興味はどんどん海外に向いていった。いつか海外で働きたい、あおいの思いは日に日に大きくなるばかりだった。
海外にいけば、男女関係なく活躍できる場があるはず。そんな考えがあおいの気持ちをより海外に向かせたのだ。それぐらいこの町は、あおいにとっては窮屈な場所でしかなかったのだ。
あおいと同様、多くの同級生が将来はこの町から出ていきたいと考えていた。海外には行けなくても、東京や大阪、名古屋に出れば、この窮屈な価値観から解放されるに違いないと信じて疑わなかった。
英語力をあげること、出来るだけ多くの海外に触れること、それが将来に繋がるだろうと考えたおあいは、学校の部活では英会話部に入部し、地域の公民館で開催される英会話教室や英語劇の活動にも積極的に参加した。
あおいの住む県では、海外からの観光客を誘致したいという思惑もあって、様々な国との交流も盛んであった。父の会社が協賛していたということもあって、夏休みには海外へ短期ホームステイにも参加した。
地元の英語劇サークルはあおいの中学入学と同時に発足した。海外交流が目的のひとつでもあった。人口減少に伴い、地元では海外からの人材の受け入れを積極的に行っていたのだ。
参加者は小学生から大人まで幅広い年代の人がいた。ただ舞台に出るのは小学生と中学生、そして海外から来ている地域おこし協力隊の人が主で、ごく一部、演劇好きの大人が混ざっているような構成だった。
この辺の地域では、英語劇サークルは物珍しさもあったのか、地元以外の地区からも子どもを参加させる人もいた。
とはいえ、子どもばかりで英語劇サークルを運営することは出来ない。会場の準備や片付け、安全面の管理をするのには大人の力が必要になる。
そのため多くの保護者も英語劇サークルに関わっていた。
ただ、お茶の準備や会場の掃除や片付けなど、裏方で細々と動いているのは女性ばかりなのだ。多くの男性は準備や片づけに積極的に加わろうとしなかった。
逆に練習や舞台発表の日程等は全て男性が中心になって決めていた。裏方で動いている女性の都合は一切考慮されなかった。
そしてその傾向は子ども達にも見られた。高学年になればなるほど男子たちは片づけに参加しなくなってきた。お茶の準備や片付けは女子の仕事だといわんばかりの態度である。
普段、私に無関心の父が、この英語劇サークルに喜んで送り出した意味がなんとなくわかった気がした。
この地域に住む女性としての役割を私に身につけさせたかったのだろうと。ついつい周りの女子と愚痴をこぼそうものなら、母から「こういうことは女性がやるものなの。文句を言わずに手を動かしなさい」と言われる始末だった。
とはいえ、それ以上に英語劇サークルで出会う海外の人たちとのふれあいは刺激的だった。
「あおいも大人になったら世界中を見てまわったらいいよ。色んな世界があるからね」
彼らはいつもあおいにそう声をかけていた
「将来はこの町から出て私も世界をめぐる」
あおいの思いはさらに堅固になっていった。
兄たちと同じ高校に行きたい
あおいの優秀さは小学校時代と変わらなかった。成績は常に学年でもトップクラスを維持。ただ、父からも母からも成績でほめられたことは一度もなかった。
なんなら二言目には「女は勉強なんてそこそこでいい。それよりも炊事・洗濯、家のことが出来る方が大事だ」「男より勉強が出来たら嫁の貰い手がなくなる」「女に求められることは子どもを産んで、家の為に働くことだ」と父のボヤキが始まる。
母や祖母はあくまでも、あおいの勉強に無関心を装っていた。ただ一度だけ祖母が、「あおいちゃんは本当に勉強が好きなんやな。でも女の子は勉強頑張っても損するだけや」とひとりごとのように呟いたことがあった。
あおいは祖母の真意がわからず、聞こえないふりをしてその場を立ち去るしかなかった。
唯一、家の中で成績をほめてくれるのは祖父だけだった。
「もう男や女と言っている時代は終わる。自分を助けてくれるのは知識だ。今のうちいっぱい勉強しておくんだよ」と。
戦前生まれで、家長制度が当たり前の時代に生きてきた祖父がまさかの一番の理解者だったのだ。大人たちが変わらないとこの町は無くなる、人生の終わりが近づいてようやく気が付いた一人だったのかもしれない。
そんなあおいも中学3年生になった。
受験生にとって夏休みの過ごし方がその後の受験に大きく影響してくると言っても過言ではないだろう。
基本、どの部も活動は夏休み前半までで、8月からは夏期講習に通いだすのが一般的だ。夏の大会が8月半ばまであっても、ほとんどの同級生が2学期からは受験勉強に本腰を入れる。
あおいも夏休みのスピーチ大会を最後に部活を引退した。
多くの友達たちは夏休みから塾に通いだしたがあおいは塾に通うことはなかった。長兄こそ、冬休みに冬季講習に通っていたが、次兄も塾には通っていない。
受験用の問題集を片手にひとりで勉強を進めた。わからないところは学校で教えて貰える。それで充分だった。
紅葉が色づき始めた頃、1回目の志望校調査があった。
あおいには行きたい高校があった。通称「一高」と呼ばれる、長兄も次兄も通った県トップの高校だ。祖父も父も「一高」出身だ。
戦前は旧制中学校だったこともあって、長兄の頃までは男子学生の方が多かったらしい。ただ次兄の学年では男女ほぼ同数で、最近は積極的に海外留学生の受け入れも行っている。
何よりあおいを引き付けたのは、学校説明会で見学した「一高」のディベートの授業だった。その場には男性も女性も国籍も関係なく、皆が平等に議論に参加していた。
あおいもそのディベート授業に少しだけ参加させてもらった。「女や子供はだまっていなさい」と言われることはなく、自由に自分の考えを言えることの楽しさを知ったのだ。
ただ、親はふもとの街にある私立の女子高校に行く事を強く望んでいた。この女子高校は女子短大が併設されており、「良妻賢母」を校訓として掲げている。まさに父が望む「女性像」そのものなのだ。
何としてでも娘を女子高に入れたい父は、母に命令して勝手に志望校調査の用紙を書き換えたのだ。
それを見た私は、黒マジックでその女子高名を塗りつぶすと同時に、母に向かって「良き妻なんて男性にとってただの都合のよい女性でしかない。私の将来を勝手に決めないで!!」と叫び、目の前にあった食器を母に投げつけていた。
私にとっては「良妻賢母」という言葉は、あの忌々しい祭りの記憶を呼び起こす、憎む敵でしかなかった。
台所からの激しい物音に、大学先から帰省していた次兄と祖父が飛んできた。次兄と祖母は静かに割れた食器を片付けだした。
そんな様子を見ながら、祖父がひと言
「あおいちゃんは一高を受けたらいい こんな狭い世界にあおいを閉じ込めるな」と父を睨み付けた。
父は何も言わずに無言で立ち去っていった。
次兄には「投げるならせめて割れないもの投げろ。掃除が面倒だろ。俺が帰省していたからよかったものの‥‥」とぶつぶつ言われたが、最後に「一高頑張れよ!」と言いながら、大学近くのマンションに帰っていった。
次兄は隣県の国立大理工学部に在籍する3年生だ。父は県内の国立大に進学させたかったようだが、学びたい学部がない、学びたい研究室がない等々‥‥次兄に言いくるめられて県外への進学をしぶしぶ許可した。
2年生の途中までは自宅から通っていたが、いつのまにか学生マンションを見つけてきて、気が付いたら家からいなくなっていたのだ。
「この町に、俺の居場所なんてないんだよ。長男が全てだからだね」
「必要とされていないなら、自分からさっさと出て行ってやる」は次兄の口癖だった。
そして有言実行。次兄はこの町から出て行ったのだ。
そんな次兄があおいは羨ましくて仕方なかった。そして「私もいつかこの町から出ていく」そう、改めて思うのだった。
祖父の助け舟のおかげで、その後両親はあおいの高校受験に口を挟むことはなかった。
あおいは、応援してくれる祖父のためにもなんとか「一高」に受かってみせると、寝る間も惜しんで受験勉強に励んだ。
そんな年末に事件がおきた。祖父が雪の上で転倒し、骨折してしまったのだ。手術は無事に終わったものの、大腿骨を骨折した祖父は以前のように歩くことは出来なくなってしまった。
80歳の祖父。年齢的にもリハビリも難しく、ほとんどがベットの上で過ごす毎日だった。
徐々に体力もなくなり、祖父はみるみるうちに小さくなり介護が必要になっていった。それでもなんとかあおいの受験前には退院し、あおいの合格を誰もより喜んでくれたのだ。
ただこの頃を境に、我が家のバランスは少しずつおかしくなっていった。
第3話はこちらから
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