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「ドウセイドウメイ」第1話 Girl's perspective

あらすじ

中学3年生の夏、田中湊(女)は同性で親友の瀬奈に密かに恋をしていることに気が付いて、普通ではない自分に激しい嫌悪感を抱く日々を過ごしていた。
ふとした切っ掛けで、同級生で同姓同名の田中湊(男)も同性の吾郎に密かな恋心を抱いていることを知った。
誰にも話せない正しくない恋心に苦しむ二人の田中湊。
そんな二人が辛さや苦しさを少しでも紛らわせるために結んだ儚すぎる同盟関係。
それぞれが好きな人に嘘をつき続けて苦しむ毎日の中で出した「自分に嘘をつかない方法」と、二人だけの同盟が向かう先に何が待っているのか。
純粋が邪魔して異端を受け入れられない綺麗事だけで済まない不器用な中学生の痛すぎるひと夏の物語。


誰も知らない

自画像だけが描けなくなった。
女の私が親友の横顔を目で追うようになってから。

朝ランを終えたパパが、上半身裸でリビングをウロウロしている。
「服着てよ。」
「みなちゃん、パパ、パンツは履いてますよ。」
「そういう問題じゃない。キモいの。」
走ったり、ジムに行ったりしているから、おっさんの割に身体は引き締まっている。
ただ、剥げかけた頭で朝から裸が視界に入るのは、娘にとっては悲劇でしかない。

朝一番で娘にキモいと言われ、ショボンとしているパパにママが言った。
「湊も年頃ですから、家の中でもちゃんとしてください。」
「ママまでそんなこと…そんなにキモいのかなぁ。」
「私はそうは思ってないですよ。鍛えることはいいことですからね。」

朝から両親がイチャイチャしていると余計にムカついてくる。

無言でヘアアイロンをかけて、ヘアスプレーを振りかける。
鏡を見て最終チェック、準備完了。
荷物を持って玄関に向かった。

シャツを着たパパが廊下でうろついていた。
「じゃま、どいて。」
そっけなく言って押しのけた。
「そんな、言い方しなくても…」
「行ってきます。」
振り返らずに家を出た。
背後から「いってらっしゃい。」というママの明るい声とパパの暗い声が同時に聞こえた。

二人とも、私の秘密を知らない。
私が瀬奈のことを好きなことなんて。
一人娘が女子が好きだなんて知ったら、どう思うんだろう。
こんなこと。
誰にも言えない秘密のはずだった。

悩みのタネ、元気のタネ

梅雨が終わって一気に暑くなった。
教室に入って机に座り、ハンカチで額の汗を押さえていた。
「いいですなぁ。美術部の部長殿は朝練がなくて。」

背後から聞き慣れた声がした。
「おはよう、まずは挨拶が先でしょ。」
私は振り向きながら応えた。
やっぱり、瀬奈。

「まあまあ、私と湊の仲ではないですか。」
「陸上部は、朝練があるから大変ね。」
「まあ、朝はジョグだけ、長距離は私しかいないし。」
「いやいや、朝から走るって、大変よ。偉い、偉い。」
「好きなだけ、速くないけどね。」
「そして、授業で爆睡と。」
「それは言わない約束で、また、テスト前にノートお願いします。」
瀬奈は大袈裟に両手を合わせた。

あぁ、ヤバい。
やっぱり、ドキンとする。

瀬奈とは中学生に入って知り合った。
中学3年間、ずっと一緒のクラス。
幽霊部員を含めて5人しかいない弱小陸上部に所属している。
ショートヘアに少し日に焼けた肌の小柄な女の子。
初めて会った時のことを今でも鮮明に覚えている。
背の低い向日葵みたいに眩しかった。

そして、一目惚れした。

これが恋だと気がついたのは、中学3年生になってから。

それに気がつくまで、本当に苦しかった。
まさか、自分が女子を好きになるなんて考えてもいなかったから。

最初は気の合う友達の一人だと思っていた。
しかし、全然違う。

瀬奈のことを考えると、胸のドキドキが止まらない。
いつの間にか、瀬奈の姿をずっと目で追うようになっていた。

グラウンドを走る瀬奈。
授業中に疲れて寝ている瀬奈。
たわいもない話をしてケラケラと笑っている瀬奈。

私が家の机の引き出しの奥に隠しているスケッチブックに瀬奈が溢れるようになっていた。

最近、やっと同性が好きな自分を少しだけ認められるようにはなってきた。
でも、未だに受け入れることなんてできていない。

表面上は普通に振る舞っている。
私の視界は、いつもぼやっとした灰色の霧に覆われてちょっとだけ暗い。

異端者

「湊、俺にもノートを写させてよ。」
ぬっと侵入してきた男子、吾郎だった。
「私が先だからね。」と瀬奈が吾郎に言った。

「二人とも授業をまともに受ける気がないの。」と呆れて言った。
「いや、私は朝練で走ってて眠くて。」
「俺も俺も。」
「待て、吾郎は朝練サボるし、出てもマットでいびきかいて寝てるじゃない。」
「瀬奈は長距離だからちゃんと走らないとな、俺は投擲競技だからしっかりと休むことも練習のうちなんだぜ。」
瀬奈と吾郎が小競り合いをしている。
男子と仲良さそうにしているのを見ると胸がチクリとする。

吾郎は、元野球部。
先輩と喧嘩して陸上部に転部した。
同級生を虐めていた先輩に食ってかかったのが原因らしい。
陸上部の顧問の専門が投擲競技だったこともあり、天性の肩の強さも相まって県内で負けなしの砲丸投げの選手になっていた。
すでに陸上部のエース格だった。
それで部員が増えることはなかったけど。

正義感が強いみたいだけど、それを勉強をまともにする方向に向ける気はないようだ。

そして、吾郎は片思いをされている。
本人は全く気がついてない。
まあ、気がつく訳がないのだ。
私以外には。

「吾郎も親友の田中くんに見せてもらえばいいじゃない。」と瀬奈が言った。
「あぁ、湊な。そりゃ、湊よりも勉強できて字も読みやすいけど、クラスが違うから微妙に内容が違うんだよな。」と吾郎が返す。
「私の親友の湊をディスるな、てか、二人とも湊って呼ぶとややこしいじゃないの。」

確かにややこしい。
うちの学校には湊が二人いる。
私の名前は田中湊、そして、もう一人、田中湊という男子がいる。
完全な同姓同名なのだ。
そのためかどうか知らないが、同じクラスになったことはない。

ただ、切っ掛けは忘れたけど、なんとなく同姓同名ということで話し始めて仲が良い男子の一人だ。

悪い奴ではないけど、かなり変わっている。
そして、大きな秘密を胸の奥に秘め、周りには気が付かれないように必死に振舞っている。
そう、私を除いては。
たぶん、私以外は誰も気が付くことはないだろう。

痛い、ランチ

「サッカー部の剛志くん、カッコいいよねぇ。」
瀬奈の言葉が小さな針のようになって、私の胸をチクリチクリと刺す。
「まあ、モテるしねぇ。」と私は努めて平静に返す。
中庭で二人だけでランチを食べていた。
幸せな時間なはずなのに、痛い。

「ライバルは多い、でも、私の恋は走り出してしまったのだ。」
「走るのは現実だけにすればいいのに。」
「湊は好きな人いないの。」
「いないよ、今は絵を描く方が大切なの。」
好きな人に嘘をつく、正しくないこと、少し痛い。

「さすが、美術部部長殿。今年もいい賞が取れそうなの?」
「たまたまよ、描きたいものを描いただけ。」
これも嘘。
本当に描きたいのは瀬奈、貴方。

「去年、田中くんがトランペット吹いてるところ描いたんだっけ、あれで賞をとったのよね。」
「無駄に中性的美少年ですから、そのおかげもあるよね。」
「いやいや、やっぱり湊の実力ですよ。」
「褒めても何も出ないよ。」
「田中くんを狙っている女子も多いそうですな。」
「どこがいいんだか。」

サッカー部の剛志と吹奏楽部の田中湊。
我が校の女子人気を二分する美男子だ。
いかにもスポーツができて社交的、明るくてモテます系の剛志。
勉強ができて、吹奏楽部でトランペットを吹いているけど、無口で少し影がある系の田中湊。

まあ、モテますよ。

「そう言えば、田中くん、また、告白されたみたいだよ。」と瀬奈が言った。
「ふーん。」
「リアクション、薄いですな。仲良いのに。」
「興味ない。」
「今回もかなり激しく振ったようですわ。振られた女子は号泣してたそうな。」
「あのバカ…」
私は呟いた。
あれだけ振る時には、言動に気をつけろと忠告してやったのに。
振られた女子の代わりに引っ叩いてやりたかった。

そんな二大巨頭の片方に瀬奈は恋をしている。
最近、瀬奈から聞くのはその話ばかり。
親友としてうんざりするくらいなら良い。

瀬奈が好きなのだ。
だから、瀬奈の恋の話を聞くと胸が痛い。
本当は聞きたくない。

そして、無条件で瀬奈の心を奪う剛志を恨む醜い心が出てしまう。
瀬奈は、剛志のことをこんなに想っているのに、なんで振り向かないのか。
正直、理不尽で我儘な感情。

瀬奈は、悪くない。
剛志も、悪くない。
悪いのは、私だけ。

今日もママが作ってくれたお弁当の味がしなかった。

映ってしまった秘密

放課後、私は一人で美術室にいた。
次のコンクールに向けてスケッチを描いていた。
昔から絵を描くのが好きだった。

パパとママは、そんな私を見て近所の絵画教室に通わせてくれた。
おじいさんとおばあさんがしている教室で、伸び伸びと自由に絵を描かせてくれた。

最初は動物、そのうちに人を描くことが好きになった。
剥げてなかったパパ、今よりも若くてもっときれいだったママ、底抜けに優しいおじいちゃんやおばあちゃん、自画像なんかも描いていた。

人を描く時、その人の考え方や性格などの内面を想像しながら描くのが楽しくてハマっていった。

中学生になり、瀬奈に恋をした。
そして、自画像だけが描けなくなった。

女の子に恋する私は正しくない。
そんな自分の顔がとても醜く見えるようになった。
身だしなみを確認するのに鏡を見るのは気にならない。
ただ、自画像を描く度に自分の姿をじっと観察するのが耐えられなくなった。

だって、私は普通じゃない、醜い生き物になってしまったから。

「なに、ボーっとしてんだ。」
声のする方を見ると、トランペットを片手に持った男子がいた。
田中湊だった。
「また、振ったんだって。」
「関係ないだろ。」
「忠告したでしょ、振る時の言い方、気をつけなさいって。」
「仕方ないだろ。」
「なんて言ったの。」
「君のこと知らないから無理。」
「マジか。」
最悪、無関心って一番傷つくやつだ。
これは本気で泣くやつだ。

「いや、もう少し言い方ってものがあるでしょ。」
「知るか。」
「そのうち、女子に刺されるよ。」
「そんなんで殺されたらいい迷惑だ。」と少し俯きながら田中が言った。

田中は、身長が高くて手足が長い、体つきは少し華奢。
顔立ちは中性的で整っており、男子のくせにまつ毛が長い。
抜群に頭が良くて常に成績上位、吹奏楽部でトランペットを吹いている。

文化部の体育会系と言われる吹奏楽部。
練習時間が長いので、練習をサボってよく美術室に来る。
元々話していたし、別に人が来ても気にならないので、私と田中は話をするようになっていた。

そんな縁もあって、昨年のコンクール前、田中にモデルを頼んだ。
断られるかと思ったが、意外にも簡単にOKしてくれた。

それから、田中のスケッチを何枚も描いた。
立っている姿、座っている姿、遠くを見つめる姿。
最終的に田中がトランペットを吹いている姿に決めた。

練習の時や演奏する姿を何枚もスケッチした。
題材としての田中は素晴らしかった。
なにか悩みを抱えて、影がある感じ。
そんな憂いのある表情がとても良かった。

田中は悩みを抱えているとわかった。
ただ、この時はそれが何なのか全く気が付かなかった。

どこを切り取って描くべきか、私は普段から田中のことを観察していた。
あくまでも瀬奈を目で追うついでだったけど。

ある日、私は気が付いてしまった。
銀色に輝くトランペットに映った田中の顔を見て。
直接見ていたのでは気が付かなかっただろう。

普段は絶対に見せない。
トランペットに映った田中は、欲望むき出しの目で隣の人を見つめていた。

視線の先には吾郎がいた。

私と男子の湊が同類であることに気が付いた瞬間。

爆発する理不尽

私は、澄ました様子の田中を見ていてイライラしてきた。

告白してくれた女子に対して無関心過ぎる。
自分に好きな人がいるのは自由だ。
でも、自分のことを好きでいてくれる人に対してもっと誠実でもいいじゃないか。

瀬奈は、サッカー部の剛志のことが好きだ。
場合によっては、瀬奈は告白するかもしれない。
かなり嫌なことだけど。
でも、もっと嫌なこと。
それは瀬奈が剛志に酷い振られ方をして傷つくところを見ることだ。

剛志が田中のように、酷い振り方をしたら絶対に許せない。
冷酷な田中を見ていると、もし瀬奈が剛志に告白し、酷い振られ方をして傷付く姿がオーバーラップしてしまった。

すると、目の前の涼しい顔の田中に対して怒りが込み上げてきた。

田中に告白した女子は、悪くない。
それを断った田中も、そこまで悪くはない。

こんな理不尽な感情を抱く私が一番悪い。

でも、だんだんと感情が抑えられなくなってきていた。
理不尽で、汚く、醜い自分の感情が暴れ出した。

こんなことを言われたら嫌だとわかっているから。
誰にも知られたくない秘密だとわかっているから。

それでも、もう、止めることができなかった。
私の残酷などす黒い感情が膨れ上がって、爆発した。

「吾郎くんのことが好きなんでしょ。」
「えっ…なんで…」
田中が目を見開いて私を見た。

「馬鹿か、お前、何を言っているんだ。」
呆然と田中が言った。

こんな表情、初めて見た。
これは、これで、いい絵が描けそう。
どうでもよくて、我ながら酷いことが頭に浮かんでいた。

「男が、男を好きだなんて、普通じゃないだろ。」
田中は叫んでいた。

無駄だよ。
勢いで押し切れない。
私にはわかり過ぎるほど、わかってるから。
感情むき出しの田中を見て確信した。

「前から私にはわかってたよ。」
「お前に何がわかるんだ、適当なことばかり言うな。」
「無理、わかるよ。」
田中が握りしめたトランペットが細かく震えていた。

「私も、瀬奈が好きだから。」
「なに、言って…」
男子の湊はかすれた声を絞り出し、力なく崩れるように両膝をついた。
カランと、トランペットが音を立てた。

私は男子の湊の正面に立って言った。
「同盟、結ばない?」


二人の同盟の行方。
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