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姫路城に行ってきた。2026.3 各建物説明など。各建物役割l今と昔の違い


2026年3月に行った姫路城を記録し忘れてたので、
遅いですが記録します。




姫路城は、もちろん世界遺産です。
はじめて今回行きましたが、天守閣だけが残っているのだけでなく、他の建物、門もたくさん残っているため、城として規模ができく、当時の様子も圧倒的に体験できるものとなり、他の城と比較になりません。


行き方は、新大阪駅から姫路城駅まで1時間。そこから徒歩でバス含め10分くらい。

現存する木造天守として最大規模ということで、
1993年に世界文化遺産に登録されました。



城の始まり

赤松さんという武将が最初に築きました。その後、豊臣秀吉が3層の天守を建て、天下統一の拠点にしました。

今の姿になったのは

関ヶ原の戦い(1600年)の後、徳川家康は娘婿の池田輝政を姫路城主にしました。池田輝政が1601〜1609年に大改築を行い、今の5層6階の大天守を完成させました。

千姫と本多家

その後、本多忠政が城主になりました。理由は、息子が徳川家康の孫娘・千姫と結婚したからです。

1616年に息子・本多忠刻が千姫と結婚すると、翌年1617年、本多忠政は桑名から姫路へ大きく昇進しました(石高が10万石から25万石に)。これは千姫を迎えたご褒美だったそうです。

本多忠政は姫路に入ると、すぐに西の丸を拡張し、千姫のために百間廊下や化粧櫓などを建設しました。

桜門橋と大手門

城に入る前に桜門橋を渡ります。この橋は2007年に復元されたもので、江戸時代の木橋をイメージして作られました。


橋を渡ると、立派な「大手門」が見えます。

昔と今の違い:

江戸時代は、3つの門で厳重に守られていました:

  1. 桜門(橋を渡ってすぐ・小さな門)

  2. 桐二門(現在の大手門の位置)

  3. 桐一門(左にUターンした先・大きな櫓門)

現在の大手門:

1938年(昭和13年)に建てられた

  • 桐二門があった場所に新造されたもの(江戸時代の復元ではない)

  • 軍用車両が通れるよう、当時より大きく作られた

  • 桜の木が植えられていたことから、このエリアが「桜門」と呼ばれた

明治時代に桜門・桐二門・桐一門は撤去されました。



桜門橋と現在の桜門

三の丸

大手門をくぐると、三の丸です。

世界遺産姫路城碑

大手門をくぐるとすぐ、世界遺産姫路城碑があります。


三の丸とは

桜門(現在の大手門)から菱の門までのエリアのことです。

江戸時代の三の丸:

  • 中央に幅約21メートルの大手道が天守に向かって伸びていた

  • 道の西側:武蔵野御殿、さらに奥に御本城(政治の中心となる御殿)

  • 道の東側:向屋敷(娯楽や接客用の庭園付き御殿)

  • 総面積約4,000平方メートルの広大な殿舎

明治時代以降、これらの建物は撤去され、陸軍施設になりました。

桐二門・桐一門は明治時代に撤去されました。

三の丸広場

当時は屋敷があり、藩主が公務を離れて休む場所となっていました。

千姫ぼたん園

武蔵野御殿があった場所。本多忠政(城主)が、息子の本多忠刻と千姫のために建てた小さな御殿でした。千姫が姫路城で最も落ち着いて過ごした場所の一つと言われています。

菱の門


この坂を上ると、見えるのが、菱の門が見えます。


重要文化財

特徴:

  • 城内の現存する門で唯一、安土桃山時代の意匠を残しています。

  • ここから先が本格的な城内になります。

入城時の注意:
靴を袋に入れて天守閣や西の丸を見学します。この袋がカッコいいので、私はプライベートでも靴袋として使っています。

二の丸

三の丸と本丸の中間エリアです。

防御の中核として機能:

  • 10以上の門が連続(いろは門、に門、ほ門、水の門など)

  • 三国堀跡

  • 太鼓櫓(城内に時を知らせる太鼓を置いた重要施設)

まるで迷路:
道が狭く、曲がりくねっていて、本当に攻めにくい作りです。菱の門から本丸まで、何度も方向転換しながら進みます。


本丸

菱の門をくぐり、10以上の門をくぐると、ようやく本丸エリアに到着します。

本丸とは:
城の心臓部で、最も防御が固く、格式が高いエリア。

天守群:

  • 大天守:外観5層、内部6階、高さ46メートル(石垣を含めると92メートル)

  • 東小天守

  • 西小天守

  • 乾小天守

それぞれの天守を**渡櫓(わたりやぐら)**でつなぎます。この構造を「連立式天守」といいます。


広場からの大天守



西の丸

さあ次は、最近できた西の丸。

本多忠刻と千姫のための専用居住エリアになります。

百間廊下

  • 南端のワの櫓から北の化粧櫓まで、約300メートル続く

  • 廊下に面して小部屋が並び、千姫に仕えた侍女たちが暮らした

化粧櫓

  • 千姫の休息所・化粧の間

  • 人生で最も幸せだった姫路時代を過ごした場所

  • 現存する建物で、中を見学できる

その他の建物

  • 複数の櫓・渡櫓群

  • 長局(侍女たちが暮らした建物)

千姫のメイン生活空間:
実際には西の丸の中央に忠刻の御殿があり、千姫が日常的に使っていたのは化粧櫓です。

防御面:
天守の西側を守る重要なエリアとしても機能していました。

最後に

姫路城は、400年以上前の姿がそのまま残る奇跡のお城です。

白く美しい天守、複雑な防御の仕組み、千姫が過ごした西の丸。
どれも実際に見ると、写真では伝わらない迫力があります。

特に、二の丸の迷路のような通路を歩いていると、
「ここを敵が攻めてきたら確かに大変だな」と、
当時の緊張感が伝わってきます。

姫路駅から徒歩15分、天守まで往復2〜3時間で楽しめます。

ぜひ一度、訪れてみてください。
きっと、日本の城の素晴らしさを実感できるはずです。

以上

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