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「性格のない世界」で生きるとは|村田沙耶香『世界99』ディストピア小説

著者プロフィール: 村田 沙耶香
1979(昭和54)年千葉県生れ。玉川大学文学部芸術文化学科卒。2003(平成15)年「授乳」で群像新人文学賞(小説部門・優秀作)受賞。2009年『ギンイロノウタ』で野間文芸新人賞、2013年『しろいろの街の、その骨の体温の』で三島賞、2016年「コンビニ人間」で芥川賞受賞。著書に『マウス』『星が吸う水』『ハコブネ』『タダイマトビラ』『殺人出産』『消滅世界』『生命式』『丸の内魔法少女ミラクリーナ』『信仰』などがある。

村田 沙耶香

今回の本は、村田沙耶香さんの最新作です。性格がなく、コミュニティごとにアイデンティティを使い分ける主人公の住む世界では、汚いものをクリーンな言葉で包み、人工的に作られた可愛い生物に押し付けることで進歩していくように見えました。しかし、最後に社会が待つものは本当にクリーンなものなのか、汚さを外部化していく先に何があるのか考えさせられる作品です。

登場人物

  • 如月空子

    • キサちゃん

    • 月城空子(明人と結婚)

    • 周囲に合わせて“キャラ”を使い分ける(本来の自分が無いと感じている)

    • 幼少期から「そらちゃん」「キサちゃん」「空子お姉ちゃん」など人格を切り替えてきた

    • 恋愛感情がなく、20歳で彼氏が20人

    • 彼氏の人格を変え、最終的にみんな同じ人格に

  • 白藤遥(しらふじ はるか)

    • 空子の幼なじみ(小学校から)

    • 誠実でまっすぐな性格

    • 最後もまともな感じがする

  • ラロロリン人

    • 肉眼では見分けがつかず、血液検査/DNA鑑定でその存在が判明するという設定

    • 「優秀」「異質」とされ、差別と優遇が共存する

  • ピョコルン

    • 人工的に作られた「可愛い生命体」

    • 実は中身はラロロリン人が改造されたもの(上巻)。後に人間が改造手術でなれるもの

    • ラロロリン人は差別されるけど、優遇されて生きるので、死んだ後、ピョコルンになって人間に貢献する

  • 音(おと)ちゃん

    • 空子が働いていた職場の同僚

    • 空子の“同調”を逆手に取るような高度なコミュニケーション能力

  • 波ちゃん

    • 白藤遥の娘

    • 物語後半(下巻)で空子と一緒に暮らすようになる

  • 琴花(ことか)ちゃん

    • アミちゃんの娘

    • 波ちゃんと仲が良い

    • 「勉強が優先」という親の価値観の中で生きる

  • 明人

    • 空子の旦那。ラロロリン人

    • ピョコルンになる手術を受けようとする。

    • 最終的に行方不明

  • レナ

    • レナは空子の同級生で、「ラロロリンDNA」を持つ

    • 上巻で自殺する。正確には「レナは自殺したのではなくて、心が殺されたので、身体をそれに合わせただけなのだ」

概念・単語等

  • クリーンタウン

  • ガイコク

    • ウエガイコク、シタガイコク

  • 女性の賞味期限

  • 汚い感情

  • サラー

  • 子宮を取る

    • ピョコルンが妊娠するから

  • 友情婚

    • 同性で結婚できるようになっている

    • 性欲ではなく、友愛で結ばれる

    • 子供はピョコルンが妊娠する

  • プラトニック恋活

  • 見守り人

  • 世界3はクリーンな社会

  • 記憶の統一

    • 記憶が全て善になるように調合されて、脳に配置される

  • 世界から可哀想な人がいなくなる

    • しかし、娯楽のために世界から可哀想は無くなって欲しくない

  • 波ちゃんと琴花ちゃんがピョール(ピョコルン)を妊娠させる(ピョコルン)

感想

  • 今回も気持ち悪い作品だなぁと。過去にコンビニ人間を読んだ時の事を思い出した。

  • 全体的に社会の表面的なクリーンさ(概念・常識)を作り上げて、社会の汚い部分を色々なものに押し付けてる。

    • でも、そういう汚さだったり、歪みというのをなかったことにしようとする(=クリーンで正しい社会)と、結局最後はBig Brotherのような監視社会に行き着くしかないんだろうなと思った。

    • LGBTQとかDEI、Black lives matterとか、そういうのを感じさせる。

  • 序盤には共感できる考え方が結構ある。

    • 人をトレースしたり、本音がなかったり、親や周りが求めている通りに振る舞おうとする感覚、普通であろうとする感覚はとてもわかる。

    • そして、普通が何なのかわからないという感覚もわかる。

    • ただ、全体を通してキャラクターの中に、キャラクターシンキングができる人、生き方・考え方に共感できる人は存在しなかった。

  • 社会において、絶対的な正悪もない中で、それぞれの善悪・正義をまとめ、どのように舵取りしていかなければならないのかを考えさせられた。

  • ただ、1人1人の人間がこう思想を統制されて、無限月読の世界で生きるというのも、悪くない可能性もある。というのも、我々がそれを悪いと考えるのは基本的人権が思想のベースにあって、その上で1人1人の生き方を尊重しているから。それは本当に正しいのか?我々の文化圏においては、それが正しい認識されていないからなのだなと。

輪読会で話したこと

  • ピョコルンの寿命設定(「10年」)と、空子が死亡後「30年(89歳)」経過してもピョコルンとして存在している描写の整合性は?

    • 手術年齢(50歳前後)との関係/冷凍保存・待機期間の有無/連載都合の帳尻合わせ疑惑があるのではないか。

    • 「89」という数字の意味は?タイトル「世界99」との関係は?空子の年齢?ピョコルンの世代カウント?

    • ピョコルンの転生・リサイクルは何回起きたのか?中間の3回(4世代目で再会)の記憶が作中で欠落している意義は何か?

    • SF的な技術・社会実装の描写が薄く、もっと科学的であれば、説得力(リアリティ)を増せたのではないかと思われる。

  • ピョコルンの正体・機能・主観について

    • ピョコルンに感情はあるのか?「好き嫌い」などの感情・志向は描かれるが、生前の自己と連続しているのか?

    • 記憶・自己同一性:生前の記憶の有無/最後の「声のする方へ向かう」行動は誰をどこまで認識した結果なのか。

    • ピョコルンの認識能力:外見が同質化した世界で、誰かを識別できるのはピョコルン側なのか人間側なのか。人間とピョコルン、どちらがより意思を持っているのか。

    • ピョコルン化の動機:なぜ人は(空子・秋人含む)進んでピョコルンになりたがるのか。

      • 最初はアルパカとパンダとウサギとイルカの掛け合わせと言われていた。

      • しかし、後にラロロリン人・人間の改造手術をされたものだとわかる。

      • 性欲処理・捌け口とされていて、最初は可愛いけど、憧れの対象では無かった。しかし、途中で皆我先にピョコルンになりたいとなっている。

    • ステータス/洗脳・社会規範/「可愛い」「永遠性」の広告効果/家族への貢献幻想など。

    • 社会における位置付けの変遷:

      • 初期=富裕層(ラロリン人?)の高級ペット的存在 → 性欲処理対象 → 子守り等のケア労働 → 公共空間での可視性/「外に出すのは恥」となる時期の変化。この変遷は一貫しているか。

  • テーマ・メタ構造

    • 「社会の汚さ/歪みの外部化」:性欲・犯罪・厄介事をピョコルンへ押し付け、表面だけクリーン化する構造の批評性。

    • 外部化の帰結:クリーン志向が監視・統制社会(ビッグブラザー的)へ収斂していく。社会は汚いもの・歪みを内部化し、継続的な弱者を作らないように仕組みを作らなければならない。為政者にはそのようなことが求められると思う。

    • 「普通」とは何か/トレース文化/同調圧力と個の空洞化(文人的=マルチアイデンティティの扱い)。

    • 被害者/加害者の二面性:「差別する側でない人はいない」、被害者意識が加害性を不可視化する問題が発生する。

    • ダブルスタンダード比喩:テスラ/SDGs/資源採掘の「外部化」比喩は妥当か、作中の性/身体の外部化と同列に語れるか。テスラは最初からみんなの憧れ対象であったからしっくりこないかも。

  • 人物論・キャラクター評価

    • 「最も人間らしい」のは誰か?(白藤さんが「時代に取り残された」人間性の象徴という見立て。最後もピョコルンにならず、記憶も統一されず、他の人間はしない表情をする人物となっている)

      • みんなおかしくて、誰にも共感できない。最初のマルチアイデンティティの空子が一番共感できるところかも。

    • レナ/琴花/なみ/友情婚の相手など、多層な人物像の配置意図。

      • 白藤の兄(若い女性にしか欲望を抱けない)=HLT的な記号化は過度に極端か。

  • 社会設計・倫理

    • 「汚さ」を社会の内部に内包しつつ、恒常的弱者を生まない制度設計は可能なのか。外部化は必ず犠牲を増幅するのか。為政者は何を意識すべきか。

      • 成熟した社会はその汚さや歪みを表面的にクリーンな言葉で包んで外部化せず、内包しながらも折り合いをつけて行く。しかし、それは成熟なのか。

      • 外部化しながらも、社会としてやっていくことは可能か。

      • そもそも、生殖行為はなぜ汚いものなのか?日本文化の中での話か?

    • ピョコルンを「感謝」すべき存在とする語り(使命化)は倫理的にいかに危ういか。

引用

このとき、私は、私の人生で最大の「分裂」を味わった。  今の私だけでなく、過去の私も分裂し、あの小学生の日の、あの幼稚園のときの、あの会社員一年目のときの、あの大学帰りにアルバイトをしているときの、全ての私の後ろに立っていたもう一人の私が、ゆっくりと他の私から切断されていく。過去をさかのぼって、本当はずっとそこにいた世界 の私のもう一つの人生が生まれていく。

世界99 上

その言葉は私を喜びで切り裂いて、私は涎と鼻水を流しながら小早川さんに近づく。私は、自分が完璧に世界 の肉体を手に入れたのを感じている。この、いかにも剝き出しであるかのような、あたかも剝き出しであるかのような姿、肉体の反応、それが、世界 の私の肉体の様子なのだと完璧に理解することができた。

世界99 上

シタガイコクならではの苦労エピソード、みんな『欲しがる』んですよね。適当に話してあげると凄くうれしそう。差別って部外者からはいい娯楽で笑えますよねー。私、この島の中では特権の中でのびのび差別して生きているのに、外に出たら被害者の切り札使えるんですもんね、ラッキーですよねー」

世界99 上

「そうなんです。これから私たちの記憶は統一されていく。記憶は個人的なものではなく、総合的な、善良な私たちになるための材料として、調合されることになる。そういう時代に、生まれたほうがラクですよね。見学席にいる私の友人は、典型的に苦しい人生だったんじゃないかと思うので。だったら、均一に記憶が調合されて、脳に配置されて、その記憶にきちんと操作されて清潔な行動と感情しかない世界で生きていく、これからの未来のほうが、本当はあの人には向いていたんです」

世界99 下

不安な人に信頼を売るのは、一番純粋な商売なんじゃないか、と感じる。

世界99 下

「差別者じゃない人間なんていないのに、あたかもそうであるような気分になれるのが、差別される唯一のいいとこですよねー」

世界99 下

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