📝『時の輪のネコ勇者レオ』第1話・後編:「霧の先、記憶の図書館へ」
(2025/08/27変更)
霧が、静かにただよっていた。
ひんやりとした空気が、毛並みにしっとりまとわりついてくる。
昨日から続く雨が、森に残したもの。
ぼくはリィナの後ろを歩いていた。
小さな背中だけど、その歩き方は、迷いがなかった。
ここがどこなのかも、なぜ歩いているのかも、まだはっきりとはわからない。
でも、ぼくは今、彼女の後ろを歩いている。たしかな足取りで、前に進むように。

「……大丈夫? 寒くない?」
リィナが立ち止まり、心配そうに振り返る。
「うん。大丈夫」
本当かどうか自分でもわからない。けれど口にした途端、少しだけ安心できた。
リィナが小さくうなずいてくれたから。
「もうすぐ……“記憶の図書館”に着くはずよ」
その言葉に、胸が波立った。
自分がなぜ“勇者”と呼ばれるのか。名前以外を忘れてしまった理由。
その答えがそこに眠っているという。
「なぜ君がそれを知っているの?」
「……それが、私の“役目”だから」
伏せた瞳に、一瞬の影が走った。
彼女は何を背負っているのか――その背中を見つめながら、レオは歩を進めた。
やがて、雨が止み変わりに出てきた霧の奥に石橋が現れた。

苔むしていて、今にも崩れてしまいそうなくらい古びていたけど、森の中ではひときわはっきりとした存在だった。
「ここ……を渡るんだね」
「ええ。でも滑るから、気をつけて」
リィナが先に足を踏み入れる。
その小さな足取りを見て、ぼくもゆっくりと後に続いた。
橋の下は霧でよく見えないけれど、風が吹くたびに、時折その下に深い谷が広がっているのがわかった。
石の感触。湿った空気。遠くで聞こえる鳥の声。
全部が、夢みたいにぼんやりしていて……でも、現実だった。
渡り切った先に、風が変わった。
森の香りに、ほんのわずかに古びた紙とインクの匂いが混じったような、そんな風。
「……見えてきた」
リィナが呟いた。

霧の切れ間。
その向こうに、建物が立っていた。
巨大な、まるで遺跡のような石造りの建物。
何層にも重なる塔とアーチの回廊。
中心には、円環を描くようなドームの屋根。
「これが……“記憶の図書館”?」
「そう。幾千の記憶が、ここに眠っているって言われてるの」
語り部の伝承にだけ残されたその場所が、いま、目の前にある。
信じられなかった。でも、目の前の光景が、ぼくに語りかけてくる。
「ようこそ、レオ」
ぼくの中の“なにか”が、そう呟いた気がした。
図書館の扉の前に立ったとき、ぼくはほんの少し、呼吸を忘れていた。
高く、重々しい扉には、古代文字のような模様がびっしりと彫り込まれていた。
その中央には、時計のような円形の紋章。
——時の輪。
ぼくの胸の奥が、強く脈打った。
何かが、ここに眠っている。自分の“失われた時間”が、ここに。
「入るよ?」
リィナがぼくに問いかける。
「うん」
頷くと、彼女が杖を掲げた。
杖の先端が淡く光り、それが扉の中心に触れると、カチリと音がした。
重たい音を立てて、扉が少しずつ開いていく。
白い光が、こちらに流れ込んできた。

中は、思っていた以上に広かった。
円形の大空間。その壁沿いをぐるりと取り囲むように、本棚がそびえ立っていた。
本棚の高さは何層にもわたり、天井まで届いている。
まるで“時”そのものを積み上げてきたような、そんな場所。
でも、人の気配はなかった。
まるで、ずっと誰にも読まれることなく、ただ静かに眠っていた空間。
ぼくはその中心に立ち尽くしていた。
リィナは一歩、進み出て、周囲を見渡した。
「どこに……あるの?」
「“君の本”は、必ずここにあるはず」
“ぼくの本”?
「この図書館には、すべての記憶が記されているの。過去も、未来も。
人だけじゃなくて、世界そのものの記録も、ここに収められてる。
だから、あなたの記憶も、きっと……」
そう言ってリィナが手を差し出すと、彼女の杖がまた光を放った。
すると、本棚の一角が静かに動き出し、
一冊の古びた本が、ふわりと浮かび上がった。

表紙に文字はなかった。
それでも、レオにはわかった。
――これは、自分の“物語”。
手を伸ばした瞬間、光が溢れ出す。
けれどそれは記憶ではなく、断片の映像だった。

叫び声。
崩れゆく街。
血のように赤い空。
巨大な影。そしてその中で剣を振るう、自分。
「やめろ!」
気がつくと、ぼくは本を投げ出していた。
リィナが駆け寄ってくる。
「見たのね……?」
「……これは、ぼくなの? あんな……」
「それが“真実”とは限らない。でも、あなたの記憶の一部ではある。
この図書館は、“すべてを見せる”場所じゃないの。
自分が知ることを望んだ断片だけが、姿を見せるの」
つまり、これは……まだ“入り口”にすぎない。
ぼくは立ち上がった。
手が震えていたけど、心のどこかが熱くなっていた。
怖い。でも、知りたい。
思い出さなきゃいけない。
ここで止まるわけにはいかない。
なぜなら、ぼくは——
「勇者レオ、だろ?」
自分でも驚くくらい、自然に言葉が出た。
リィナが、微笑んだ。
「ええ。そう、レオ……あなたは、勇者。
まだ目覚めていないだけ」
ぼくは、本を胸に抱え、重たい扉の奥を見つめた。この先にまだ、進むべき道がある。
扉はまだ閉じたまま。でも、確かにその先に“真実”がある。
思い出さなければならない過去と、守らなければならない未来が。
そして、彼女がそばにいてくれるなら——
ぼくはきっと、進んでいける。
幾千の記憶が眠る、図書館の奥。
レオの“失われた時間”と、リィナの“使命”が交差する場所。
だが、この静寂の奥には——すでに、闇が目を覚ましつつあった。

《▶ 続く:第2話『記憶の扉と、偽りの真実』》
• レオの記憶に潜む“壊した者”の影
• 図書館の奥に潜む最初の敵
• リィナの“役目”に隠された秘密
――旅は、いよいよ動き出す。
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勇気づけられます‼️ありがとうございます😭