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小児がんの娘が教えてくれた、父にできるたった一つのこと

娘の部屋の学習机に、ランドセルが置かれたまま一年が過ぎた。

小学六年生の秋。娘のカレンダーから、大切な予定が一つ、また一つと消えていった。

楽しみにしていた運動会。
仲間と笑い合うはずだった修学旅行。
そして、六年間を締めくくる卒業式。

そのすべてに、娘は参加できなかった。


診断名は「ユーイング肉腫」。肺への転移も見つかり、医師の言葉は重く、家族の日常を静かに、しかし根こそぎ奪っていった。

未来とは、当たり前にやってくる時間ではなかった。

娘の未来は、無菌室の分厚いガラスの向こう側で、点滴の音だけを響かせていた。

入院当初

抗がん剤は、娘の体を容赦なく蝕んだ。

髪は抜け、食事もままならない。

父親としてできることは、ただ祈ることだけ。

日に日に痩せていく娘の隣で、己の無力さを噛み締める夜が続いた。

なぜ、我が子が。なぜ、未来ある子どもたちが、これほどの苦しみを背負わねばならないのか。


だが、絶望の闇の中に、いくつもの光が灯った。クラスメイトからの手紙。大好きなTWICEのトレカ。

何より、治療の苦しみに耐えながら「大丈夫」と弱々しく笑う娘の強さ。

彼女の小さな体には、私たちが想像もつかないほどの生命力が宿っていた。

この命の灯火を、社会から孤立させてはならない。

この闘いは、決して一個人の、一家族の「不運」ではないのだと思う。

闘病中

奇跡的に娘は退院し、今、中学校の制服に袖を通している。

友人と笑いながら「いってきます」と玄関を出ていく後ろ姿に、私は毎日、感動する。

しかし、再発という見えない影は、常に心の片隅に潜んでいる。

一人の父親に何ができるのか。無力感に苛まれることもある。

しかし、私には語るべきことがある。この経験を言葉にし、伝えること。

それが、がんという大きな壁に立ち向かうための、私自身の闘いだ。

小児がんの現実、治療の過酷さ、そして、そこにある生命の輝き。

それを知ってもらうことが、新しい治療法の研究や、患者家族への支援の輪を広げる一歩になると信じている。

奇跡的に退院し、この夏は海へ

娘がくれたこの時間。

それは、過酷な治療を乗り越えて掴み取った、尊い未来そのものだ。

この物語を、同じように苦しむ誰かのための光に変えること。それが、未来のために私にできる、最も確かなことなんだと思う。

すべての子どもたちが、当たり前に卒業式を迎えられる世界。

その未来への架け橋となる言葉を、私は紡ぎ続けたい。


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Kei | MBA| 元銀行員 よろしければサポートお願いします。 いただいたサポートは小児がんの娘の治療費に使わせていただきます。

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