【ゴミ人間、俺】 Hitの理由分析レポート 〜 YouTube 今週の1曲 [No.15 - 24/12-4]
こんにちは!
今週はYouTube分析回です。
今回は駆け出し〜中堅のアーティストにとって実用的に勉強になるレポートになったと思います。是非読んで、実際のMV制作へお役立てください!
著:cosmey(株式会社ハイトリンク)
本楽曲を取り上げる理由
今回取り上げる楽曲は「ゴミ人間、俺 / ヤングスキニー」です。
本楽曲も、以前紹介した「シンデレラボーイ / Saucy dog」と同じく、YouTubeのレコメンドアルゴリズムの仕組みによって伸びた楽曲であると考えており、そのバズの仕組みを紐解くべく取り上げることにしました。
記事執筆時点でのMV再生回数は約1,100万回、チャンネル登録者数は約22.5万人となっています。MV再生回数がチャンネル登録者数の約50倍の再生数となっているので、コアファンだけの視聴ではこの再生回数は説明できません。TikTokのUGC数も約9,000程度となっており、本記事を読んでいただいている方々なら、さほど多くない数字であることが分かると思います(例えば「一目惚れ / 舟津真翔」はMV再生数 892万回に対して、UGC数15万です)。
他にも、タイアップドラマからの流入や、Spotify等他のプラットフォームからの流入の可能性もなくはないのですが、我々が分析する限り、本楽曲はYouTubeで再生数を取る仕掛けの完成度が非常に高く、純粋にYouTubeのインプレッションクリックとエンゲージメントの高さで拡散されていった側面が強いのではないかと考えています。
本記事の論点
結論から言ってしまうと、本楽曲がヒットした仕掛けは「シンデレラボーイ / Saucy dog」とかなり似ています。
〜本作とシンデレラボーイの類似点〜
・ヤングスキニーを知らない界隈にも刺さる楽曲のメッセージ性
・新規視聴層が受け入れやすいMV演出
・視聴維持率を高めるMV脚本
・クリック率を高めるサムネイル
では、なぜいまさら「ゴミ人間、俺」を分析するのか?それは、今一度似たようなバズり方をした楽曲を取り上げる事によって、次のような知見が得られると思っているためです。
① 大成功した「シンデレラボーイ / Saucy dog」と同じSNS戦略を取るとしたら、どのような具現化の仕方があり得るか?
以前記事にした通り、シンデレラボーイはYouTubeというプラットフォームで勝利した楽曲で、その背後にはいろいろな仕掛けがありました。当然、同じような戦略を採用して楽曲をバズらせたい、という人もいるでしょう。
そのときに、全く同じものを作るわけにはいかないので、「同じ戦略を採用しつつも、新しいコンテンツを生み出すにはどうしたらよいの?」という疑問が生じますよね。それに対する1つの具体例として本楽曲を分析する価値があると思っています。
「ゴミ人間、俺 / ヤングスキニー」は、「シンデレラボーイ / Saucy dog」とどこが同じなのか、そしてどこが変わっているのか、一緒に分析していきましょう。
②「シンデレラボーイ / Saucy dog」と「ゴミ人間、俺 / ヤングスキニー」とでなぜ結果に差があるのか?
Saucy Dogも、シンデレラボーイリリース当時のYouTubeチャンネル登録者数は20万人強程度でした。いまのヤングスキニーとほぼ同じ規模です。
楽曲がバズった結果として、シンデレラボーイは約1年で5,000万回再生を突破し、バンドを紅白歌合戦に導きました。記事執筆時点の billboard JAPAN Hot 100 チャートには、リリースから3年以上経った今でもシンデレラボーイがランクインしています。
https://www.billboard-japan.com/charts/detail?a=hot100
これは、日本に住んでいる人なら、一度はどこかで聴いたことがある、というレベルのヒットだと思います。
対して、「ゴミ人間、俺 / ヤングスキニー」のMV再生数は 現時点で1,000万回、最終的にも2,000万回以下程度の規模に落ち着きそうで、新規ファンの獲得には寄与したと思いますが、上記シンデレラボーイの結果と比べると少し控えめに思えます。
同じような界隈に対して、同じようなバズり方をして、なぜこれだけの結果の差が生まれるのか、というのも本記事で分析できればと思っています。
今一度本記事の論点をまとめます。
・大成功した「シンデレラボーイ / Saucy dog」と同じSNS戦略を取るとしたら、どのような具現化の仕方があり得るか?
・「シンデレラボーイ / Saucy dog」と「ゴミ人間、俺 / ヤングスキニー」とでなぜ結果に差があるのか?
本記事では、これらの論点について知見を得ることを目標に分析を進めていきます。
視聴者ペルソナと拡大経路
MVについたコメントを抜粋しました。
自分が思わせぶりされた時この曲聞けなかったけど、もう聞けるようになったから吹っ切ることできたってことでいいよね、、!!
どうしようもない俺に多分あなたは惚れてるって図星ついてきやがるところが好き
昨日沼ってたセフレに急にブロックされて落ち込んでたけど、なんかこの曲聴いてたら「だーまされたあなたが悪いだろー!!!」ってはっきり言われた気がしてふっ切れたwwwかやゆーありがと!
女性に過去の恋愛を想起させる形で強い共感を生み出すことが本楽曲の価値と言えそうです。シンデレラボーイとほぼ同じですね。
必然的に、視聴者のマジョリティは「恋愛に対して救いや共感などを求める若年層女性」ではないかと仮説立てられます。
「シンデレラボーイ / Saucy dog」と「ゴミ人間、俺 / ヤングスキニー」。ほぼ同じ視聴者層に対して、どのような経路でヒットしたのでしょうか。
まずはベースとなる視聴層であるコアファン(CHの以前からのファン)から高い評価を得て、結果としてアルゴリズムによってコアファンの周辺にもインプレッションが飛んでいったことが予想されます。
以前の記事でも述べていますが、コアファン以外にもインプレッションを届けるためには、YouTubeの「おすすめ」や「関連する動画」へのレコメンドアルゴリズムに「拡散する価値のある動画」と認識してもらわなければなりません。よって今回も、どのような要素がアルゴリズムからの評価に繋がったのかを考察していくことになります。
本稿では、アルゴリズムが動画の価値を測る指標として、「インプレッション(サムネイル)のクリック率」と「視聴維持率」の2つを考えようと思います。アルゴリズムがなぜこの2観点を重要視するかは、本で例えると分かりやすいです。
インプレッション(サムネイル)のクリック率
インプレッションは本で言うところの「表紙」です。インプレッションのクリック率は、視聴者の目を引く「表紙」を提供できているかどうかのKPIと解釈できます。
視聴維持率
動画自体が、本で言うところの「内容」です。表紙が良くても、中身が伴ってなかったら途中で読むのを止めてしまいますよね。なので、「拡散する価値のある動画」と認識してもらうためには「内容」も重要そうです。視聴維持率は、視聴者が求めている情報に合致する「内容」を提供できているかどうかのKPIと解釈できます。
このふたつを満たしていると「拡散する価値のある動画」と言え、結果的にYouTubeのアルゴリズムに優遇される可能性が高いです。そのため、本記事では、この2つの観点から「ゴミ人間、俺」がいかにして他楽曲との差別化を図っていたのか考察します。
サムネイル分析
まずは、サムネイルが楽曲のヒットに対してどのような役割を持っていたのか考えていきましょう。

今回も、協力者を募って、サムネイルを一見したときの印象についてヒアリングをしてみました。
ショートドラマかと思った
なんか目に入った
「どういう状況?」って思った
この感想は非常に的を得ていると思っていて、本サムネイルの良かった点は「惹きの強さ」に尽きます。「惹きの強さ」によってまずサムネイルを見てもらえて、見てもらえれば「なんでゴミ捨て場で寝てんの?」という興味関心の方向性で感情を揺さぶる事ができます。
本楽曲がどのような動画と並んでレコメンドされたかは想像するしかないですが、メイン経路のひとつは他アーティスト楽曲の「関連動画」でインプレッションされる経路です。YouTubeのレコメンドアルゴリズムは非常に優秀なので、当然音楽動画は「音楽を聞きたがっていそうな人」にしかレコメンドしないわけです。
つまり、ある程度振れはあるでしょうが、様々な楽曲のMVのレコメンドが無数に並ぶ中で、ひとつの候補として「ゴミ人間、俺」が存在しているような状況が多いはずです。例えば、以下のような雰囲気だと思ってください。

こうしてみると、MVのサムネの中では、「ゴミ人間、俺」は目に付きやすいですよね。「何だこの動画?」といった興味を引き出しやすそうです。これは、ヒアリングコメントにもあるように、ショートドラマっぽい雰囲気のサムネイルになっていることがひとつの要因だと考えています。異なるジャンルの動画に採用されがちなサムネイルをMVのサムネイルにすることで、MV同士を並べて見たときに一際目立つ位置づけにできた好例と言えるでしょう。
逆に、ショートドラマの中に「ゴミ人間、俺」のサムネイルを放り込んでみると、MV一覧で見たときよりも埋もれてしまうと言えます。例えば、ショートドラマの大御所、「ごっこ倶楽部」チャンネルの動画一覧は以下のような雰囲気です。「ゴミ人間、俺」と似たような構成のサムネイルが多いですよね。

サムネイルでは「惹き」の強さは非常に重要ですが、周りにどのような属性の動画が並ぶことになるかを考えたうえで「惹き」の設計をする必要がある、ということがよくわかります。
ここまでで、「ゴミ人間、俺」のサムネイルの「惹きの強さ」についてまとめました。今回は、これに加えて、サムネイルの面白い役割に触れてみようと思います。それは、「興味のない人にはクリックさせない」というフィルタリングの役割です。
「え?できるだけ多くの人にクリックしてもらうのがサムネイルの役割じゃないの?」と思った方も多いかもしれません。しかし、興味のない人にクリックさせないことも重要なのです。それは、このあとに分析する「視聴維持率」の観点から重要になります。
YouTubeレコメンドアルゴリズムにとっての動画の価値とは、
「インプレッション(サムネイル)クリック率 × 視聴維持率」
であることは先ほど述べました。つまり、クリックされてもすぐに他の動画に飛ばれてしまうようであれば、YouTubeはその動画の拡散範囲を小さくしてしまうのです。
今回「ゴミ人間、俺」のMVが提供する価値は「過去の恋愛を想起させる形で強い共感を生み出すこと」でしたよね。
例えばですが、「カイジ」のようなヒューマンドラマ/サスペンス動画を見たい人がいるとします。そんな人が「ゴミ人間、俺」のMVに飛んで来ても、きっとすぐに視聴を止めてしまいますよね。こうなってしまうと、アルゴリズム的には「この動画って中身微妙なんだな」と解釈されてしまいます。
よって、視聴維持のスコアを下げないためにも、「万人にクリックしてもらえるサムネイル」よりも、「動画の提供する価値を欲しがっている人にだけクリックしてもらえるサムネイル」が一番優秀なサムネイルになるというわけです。
この観点で、「ゴミ人間、俺」と「シンデレラボーイ」を比較してみましょう。
「シンデレラボーイ」のサムネイルはとてつもなく優秀で、以前の記事にも書いた通り、画角や演出といった非言語情報によって「女の子が泣かされる物語」であることを一瞬で視聴者に理解させられるような設計になっていました。
これはフィルタリングの観点でも非常に優秀で、「女の子が泣かされる物語」を期待する人はクリックするし、そうでない人はクリックしないわけです。そして、実際に「シンデレラボーイ」のMV内で提供されるのは「女の子が泣かされるエモい恋愛話」な訳なので、クリックした人は高確率で視聴し続けるであろうことが想像できます。
一方「ゴミ人間、俺」では、フィルタリングの観点でうまくいかない場合もありそうだと考えています。というのも、ヒアリングの結果、このサムネイルを見て「カイジ的な方向性でのゴミ人間」を想像する人というのも一定数いて、必ずしも「恋愛エモ」を期待させるサムネイルになっていないためです(先ほどカイジを例に出したのはこのため)。
ゴミ捨て場に寝転んでいる様子が単に興味深い、なんでこんな状況になったのか、という純粋な興味でクリックする人もいます。こうした人達の中には、当然「クズ男恋愛エモコンテンツ」に興味のない人もいるハズです。当然、自分の期待したものと違うわけですから、継続視聴はせずに、すぐに他の動画に移動されてしまいます。
「惹き」を強めるサムネイル設計は良かったですが、その裏返しとして、動画の内容に興味のない人のサムネイルクリックをも拾ってしまっており、それ故、視聴維持率のスコアが下がりやすく、その観点で「シンデレラボーイ」よりは弱い拡散になってしまっていたことが予想されます。ここが、YouTube内での拡散力レベルで「シンデレラボーイ」と「ゴミ人間、俺」の差分となっていそうです。
…とはいえ昨今のYouTubeアルゴリズムのレコメンドは恐ろしく精度が高く時に人間以上の動きをする事もあるので、これだけが原因で再生数がsaucyに及ばなかったとは全く思いません。現代においてこの要素が再生数に関与する数値はおまじない程度だと思ってください。
他にもっと本質的な理由がないか、別の要素もみていきましょう。
視聴維持率の分析
ここで論じる視聴維持率は、「クズ男恋愛エモコンテンツ」を期待してサムネイルをクリックした視聴者における視聴維持率です。「カイジ的なヒューマンドラマ」を期待して入ってきた視聴者を無理やり視聴維持させ続けるのは基本的には不可能なため、ここでは視聴維持率の議論の対象外とします。
結論からいうと、この章で言いたいのは「サムネイルクリックした期待をその通りに満たしつつ、欲求に対する答えを提示するようなMVを作ってあげれば、視聴者の離脱を防ぐことができる」ということです。
今回も、MVの構成要素である演出と脚本の両面から視聴維持率に対してポジティブに作用した要素、ネガティブに作用した要素を考えてみたいと思います。
脚本面の分析
まずは一緒にMVの脚本の流れを整理してみましょう。
① サムネイルの再提示(0:00〜0:26)
一般的にYouTubeの視聴離脱は冒頭が最も多く、サムネイルの期待が裏切られず回収される予感を提示する事が重要です。
そんな冒頭ですが、サムネイルが再提示されて、約30秒間同じ画角でAメロが流れ続けます。

この場面の歌詞は、以下のようになっています。
あの時はごめんね、振り回してしまって
悪気は少しもなかったの
多分だけど 多分だけど
あの時はごめんね、傷つけた数だけ指を折って
もう足りない もう足りない
両手じゃ収まらないな
歌詞をきちんと聴いている人であれば、この歌詞から「エモ恋愛コンテンツ」であることの確信が持てるため、「期待した通りのものが見られそうだ」という安心感を与えて視聴維持に繋がりそうです。やっていることは本質的には「シンデレラボーイ」と同じですね。
また、本MVのサムネイルは「ゴミ捨て場で寝てるってどういう状況だ?」という興味から入ってくる人も一定数いる訳なので、そういった人達には、「そうそう。こうなっちゃった原因を知りたいんだよ」とサムネイルクリック段階で抱いた感情を再度生じさせる効果もあったと言えるでしょう。
ただ、シンデレラボーイとの比較でいうと、言語情報に頼っている部分はやや弱いと感じました。例えば、「シンデレラボーイ」でのサムネイルクリック時の期待値は「女の子が泣かされるエモコンテンツ」な訳ですが、「シンデレラボーイ」のMVでの冒頭5秒で示されるのは以下の情報です。

何も言ってないのに、「同棲している男女の話」であることが認識できますよね。この非言語で認識させるというのは非常に強くて、いくら脳みそが停止していようが視聴者に狙い通りの感情を高確率で生じさせることができます。歌詞のような、ある程度の長さの言語情報というのは、やはり視聴者に「読もう/聴こう」という積極性がないとなかなか伝わらないものなので、思考停止でコンテンツを垂れ流すYouTubeやTikTokといったSNSにおいては相性が悪いのも事実(だから短文で一瞬で感情を動かせるキャッチフレーズを備えた楽曲は強い)。
その意味で、歌詞を聴き流している人なんかは、視聴離脱をするケースもやや多かったのではないかな、と思うのがこの冒頭30秒間でした。サムネイルと同じ情報が30秒間流れ続けるわけなので、もう少し物語を展開させるなり、世界観を確定するなりして、「惹き」を作る余地があったように思います。
この時点で視聴維持しているペルソナは以下の通りです。
・コアファン
・「エモ恋愛コンテンツ」を期待していて、かつこの段階でこのMVがそれに該当すると理解できた人
・「ゴミ捨て場で寝ている謎状況」に強い興味を持ち続けている人
「エモ恋愛コンテンツ」を期待している人で、まだこのMVが「エモ恋愛コンテンツ」であることの確信が持てていない人を取り逃がしそうなのがややもったいない気がしますね。冒頭でその確信を持たせてあげられれば、そのペルソナの視聴維持は容易なわけなので。
② 世界観の確定 & 視聴者文脈にダイレクトアタックする事例提示(0:26〜0:56)
ここが非常に強く視聴者感情を動かす場面になります。歌詞を聴き流している人にとって、このMVが「エモ恋愛コンテンツ」であることが確定するのは、この局面になります。
本MVが強く刺さった視聴者ペルソナを思い出してみましょう。「恋愛に対して救いや共感などを求める若年層女性」でしたよね。そういったペルソナを持つ女性にとって、このMVでショートドラマ形式で提示される各場面は、視聴者自身の経験、もしくは視聴者の周囲の友人の経験として、視聴者の人生の文脈に確かに存在するものになっています。
・終電で帰るのを引き止められた経験
・家に連れ込まれてしまった経験
・強引にキスされてしまった経験


この視聴者の文脈に合致する場面を提示することが「共感」を引き出し、視聴者感情を強く揺さぶることに寄与しており、ここの視聴維持率はかなり高かったんじゃないかと思っています。
この段階で視聴者は、「あの時は辛かったなぁ」とか、「あいつ本当にクズだったな」とか、感情の方向性は様々ではあると思いますが、過去のクズ男を振り返りながら感傷に浸ることになります。
③ 視聴者感情の解決(0:56〜2:44)

MV内で展開されている物語が大きく動くわけではないですが、印象的な歌詞に乗せて、クズ男目線での本音がひたすら告白されるパートになります。歌詞を以下に一部抜粋します。
騙されたあなたが悪いんだよ
会いたくなった時、返事は返してやる
どうしようもない俺にあなたは多分惚れてる
勘の良いお前ならどうせそんなこと薄々気づいてたくせに 2割を信じたお前が悪いんだよ
本当に どこまでも どこまでも どこまでも 馬鹿だったな
このパートが本楽曲の一番良かった箇所なのではないかと思います。先程のパート「② 世界観の確定 & 視聴者文脈にダイレクトアタックする事例提示(0:26〜0:56)」を経て、視聴者は過去のクズ男に思いを馳せて感傷に浸っている訳ですが、それに解決感を与えるフェーズになります。先程挙げた歌詞はその代表例です。
視聴者コメントを見てみましょう。
「最低だとか言ったってあなたはそれが好きだったんでしょ」
刺さりすぎて頭から離れない「あなたが勝手に好きになっちゃったんでしょ」が共感すぎて刺さった
1番では「思ってもいないのに」好きっていったこと って部分が
2番では「思いが足りないのに」好きっていったこと になってて
好きの気持ち少しはあったんだって思い返してる感じがすきどうしようもない俺に多分あなたは惚れてるって図星ついてきやがるところが好き
どれも相当数の「イイね」がついているコメントです。これまた方向性は人それぞれではありますが、視聴者が思いを馳せたクズ男との恋愛に対して、各々のやり方で「アンサー」を与えるきっかけになっていることがわかります。「結局好きだったからしょうがないんだよな」とか、そういった方向性の昇華の仕方は分かりやすいですよね。
SNSの覇者たちが良質なコンテンツ(=感情を揺さぶるコンテンツ)を作り続ける中で、本楽曲は「視聴者文脈に訴えかけて感情を強く揺さぶるだけではなく、それに解答を与える」という点で独自の地位を築き、唯一無二の楽曲として視聴者のエンゲージメントを高めていたと言えるでしょう。
④ サムネイルの伏線回収と物語の解決(2:45〜End)
ここまでで、クズ男が4人の女性と浮気して「騙される方が悪い」と好き放題言うストーリーが展開されていますが、ここからはそのストーリを畳む展開になります。
浮気されていた4人の女性が鉢合わせ、これまでの浮気がバレて修羅場を迎え、4人にゴミ捨て場に連行されて捨てられるという、非常に分かりやすい勧善懲悪ストーリーです。


ここで、ゴミ捨て場に横たわっている理由が回収されて、「クズ男粛清」という形でこれまで揺さぶってきた感情をもう一度解決させます。基本的には過去のクズ男にマイナス寄りの感情を持っている女性が多いでしょうから(愛憎入り交じっているのでしょうが・・・)、分かりやすくアーティストへのエンゲージメントを高める解決のさせ方と言えます。
また、MVの最後で物語の主人公であるクズ男が、別の女性に対して「今から会えない?」と電話している様子も描写され、これまた「クズはいつまで経ってもクズのまま」という、世の中的にもよく言われる形での納得感を与えることに繋がっています。
「シンデレラボーイ」の分析記事でも述べましたが、揺さぶった感情に対して最後しっかり方向性を与えることは非常に重要です。新規視聴者のファン化は、この視聴後感あってこそで、ただひたすらに感情を揺らすだけのMVになってしまっていたとしたら、「あ〜エモかった」で視聴者は次の動画へと行ってしまうでしょう。アーティスト自身へのエンゲージメントを高めることが最終的には重要になってくるので、その点で本MVは優れた脚本であったと言えそうです。
演出面の分析
① ショートドラマ形式
同じストーリーテリングであっても、実写か漫画か、イラストかetc…
また実写にするにしても、どのような作風にするのか?
…など作品の演出方法で印象は大きく変わりますね。
即ち視聴者の好む演出方法を選べるかも再生数を伸ばす本質の1つであると考えております。
本MVは、恋愛ドラマっぽい演出と見ることもできますが、Bメロでクズ男事例を複数あげつらって視聴者感情を揺さぶるところなどに注目してみると、恋愛ドラマというよりかはショートドラマとかあるあるネタに近い演出になっていると考えています。
【あざとくて何が悪いの?】#あのちゃん とあざと連ドラ鑑賞会!自分がまさかの浮気相手と発覚...😨あのちゃんのリアクションは...?
経験者に聞いたリアルな『クズ男の特徴』が参考になりすぎた!!
冒頭で述べた視聴者ペルソナは、こういったコンテンツも好んで見ているはずだと考えられるので、良い意味で既視感のある、視聴者の文脈に合致する演出方法になっていたと言えます。
上に挙げた類似コンテンツの楽しみ方も、基本的には「共感をベースに感情を揺さぶる → 女性同士でクズを叩くなどして解決感を得る」という在り方ですよね。今回のMVも、本質的にそれと同様の価値を提供するコンテンツになっていることが、先程までの脚本の分析からも分かっていただけると思います。
② サウンド
本楽曲で表現されていることは「クズ男の本音」です。その表現を支えるサウンド面の特徴をいくつか挙げようと思います。
全編に見られるボーカルのフォール
メロディモチーフの最後で高頻度でかなりのフォールが入ってあえて音を外すような歌い方になっています。
「終電で返さなかったこと⤵ 手を引き家に連れ込んだこと⤵ 無理やり唇奪ったこと⤵」
といった具合です。これは、気だるさ・だらしなさといった印象を強化する役目を担っており、本楽曲のテーマに対しては非常にマッチした演出になっていると言えるでしょう。
例えば、以下に示す動画を見ていただけると比較ができると思います。
【弾き語り】ゴミ人間、俺/ヤングスキニー
この歌い手さんも、基本的には歌い方を本家に寄せているので割とフォールが入っていますが、Bメロの「終電で返さなかったこと 手を引き家に連れ込んだこと 無理やり唇奪ったこと」の部分は比較的フォールがない歌い方をしています。ちょっとシャキッとしたような印象になりますよね。
サビのメロディリズム
ここでのメッセージは「騙されたあなたが悪いんだよ」なので、クズ男が思いっきり女性を見下す場面な訳です。感情付きで歌詞を書くなら「騙されたあなたが悪いんだよwwwww」ってな感じだと解釈しています。
それを踏まえ、本楽曲のサビ冒頭では、子どもが相手を馬鹿にするときに口にするような「だぁーまさーれたぁーーーー」を彷彿とさせるメロディリズムを持ってくることによって、この「バカにしたような感情」をうまく表現していると考えています。
単にこのリズムを持ってくると、子供っぽく聞こえる危険性もあるのですが、ボーカルの歌い方や声質がエモい方向性であったために、うまく相殺して独特の聞こえ方になっています。この点に言及する視聴者コメントも散見されました。

バンドサウンド
やはり本MVで表現されているような強い感情の高ぶりと「ギター主体のバンドサウンド」は非常に相性が良く、よりコンテンツをエモいものにしていると考えます。
シンデレラボーイのときにも述べましたが、もし本楽曲がアコースティックアレンジだったら・・・と想像してみてください(先ほど紹介した弾き語り動画を見ていただくのもいいと思います)。
「クズ男に振り回されていたときのあの感情」をリアルに想起させるというよりかは、どちらかというと、「過去にはそんなこともあったなぁ」と消化し終わった思い出として歌い上げているような印象になります。
楽曲の狙いと方向性が揃っているのはやはり「あの感情をリアルに想起させてくれる」表現だと思いますので、これも再生数向上に対してポジティブに働いていた要素の1つだと思っています。
扱っているテーマの市場規模
ここまで分析してきたように、視聴者ペルソナに対してBメロまで見てもらいさえすれば、強烈に刺さり、最後まで視聴維持させる仕組みを持っているのが「ゴミ人間、俺」のMVでした。
ここで、歌われているテーマの市場規模についても触れておきたいと思います。界隈を狙いすませば済ますほど、そのペルソナを狙った曲は書きやすくなりますが、刺さる対象は少なくなることが予想されます。
例えば、「タランチュラ飼育あるある」のような曲を作るとしましょう。このくらいターゲットが狭くて明確だと、その界隈が思っていることの言語化の難易度は非常に低くなるし、もしこんな曲が本当にあったら私にはぶっ刺さります。しかし、その分市場規模は小さくなって、世の中の大多数の人にとってはどうでも良い楽曲になるわけです。
本楽曲は、「シンデレラボーイ」と似たペルソナがターゲットだったわけなので、例えばこれまでの分析で述べたサムネイルのフィルタの改善や、MV冒頭の視聴維持の仕掛けをもう少し作り込んでいたとしたら、1億回再生行ったのか?紅白歌合戦に出られたのか?というのが考えたいことです。
結論、答えはNoだと思っています。本楽曲のターゲットペルソナは、厳密には「シンデレラボーイ」のターゲットペルソナの部分集合になっており、シンデレラボーイよりもそもそもの市場規模が小さかったと考えています。
「シンデレラボーイ」においては、「恋愛における女性心理」を大きなテーマとして、「彼氏の日々のそっけない態度 / 中身のない『好きだよ』」といった具体例を武器に視聴者の文脈に訴えかけ、共感を誘って感情を揺らしていました。
一方、本楽曲においては、「4股していたクズ男の本音」を大きなテーマとして、「無理やりキスする」などのクズ男あるあるを武器に視聴者の文脈に訴えかけています。
数字で論じることは難しいのですが、シンデレラボーイで歌われている内容の方が本当の意味で「共感」できる人のパイが大きそうですよね。「4股していたクズ男の本音」は、コンテンツとして楽しめる人は多くいそうですが、本当の意味で共感できる女性はシンデレラボーイの事例と比較すると少ないと思います。世の中にあんな男が溢れかえっていて、女性全員があんな思いを抱えていたら、だいぶおかしな世の中ですよね。
本楽曲は、シンデレラボーイよりもパイを絞ることで、最終的なヒット規模が小さくなることを受け入れつつも、確実にヒットすることを獲りに行った楽曲、と捉えることができそうです。
勘違いのないよう言っておくと、これは「シンデレラボーイの方がすごい」と主張したい訳ではないです。バンドのフェーズに応じてどのくらいの規模のヒットを狙うかは戦略次第であって、その大小に正解はありません。むしろこの再生数1,000万回規模のヒットが最初から目標となっていて、そこを狙いすましてちゃんと目標通りの規模のヒットを生んでいるのだとしたら、マーケとしては満点なわけです。その意味で、本楽曲は狙ったペルソナに対してしっかり必要十分なヒットを生んでいることが見て取れるので、マーケとしては非常に素晴らしく、勉強になる部分も多い事例なのではないかと思います。
時代背景における本楽曲の立ち位置
本MVがYouTubeアルゴリズム的に優遇されていた理由の分析は以上になりますが、取り扱っているものが『音楽』であり1億再生を超えている以上、YouTube内に留まらない外的な要因も再生数に関与している事は言うまでもありません。
その最たる例が「時代を象徴するサウンドを抑えていた点」です。
つまり今ウケるサウンド(或いは題材)だった事がYouTube外の再生数を伸ばした事や、リピート再生に繋がったと考えるのが本質ではないでしょうか。
本楽曲の大きなテーマは「恋愛 / 失恋」に分類され、そのテーマ自体は年代・時代を問わずずっと昔から求められ続けているものになります。なので、このジャンルでは、「切り口」や「歌われ方」に新規性があったり、時代に合致していたりすることが求められています。
「恋愛 / 失恋」系楽曲の大きな時代の流れは以下記事の「時代背景における本楽曲の立ち位置」がほぼそのまま参考になると思います。
簡単にまとめると、これまで抽象的に歌われがちだった恋愛というテーマに対して、2020年代は、より思考停止状態で、よりタイパよく手軽に感情を揺らせる楽曲が求められる時代になってきていました。そこに現れたのがドライフラワーであり、シンデレラボーイだったのでした。
例えば、「シンデレラボーイ / Saucy Dog」は、『タイパを重視した失恋音楽の流行』という大筋のトレンドに則りつつも、「ドロッとしたリアルな感情」というありそうでなかったテーマ性で従来のヒット作との差別化を図った事で勝利しました。
本楽曲も基本的には「シンデレラボーイ」と同様です。具体的な歌詞とMVで提示されるクズ男事例によって、思考停止で眺めているだけでタイパよく感情を揺らせる失恋音楽になっています。そういった現代的な作りをしていて、かつ、「クズ男視点での本音」というありそうでなかった新規性のある切り口で楽曲をまとめていたことで、独自の地位を築くことに成功し、結果として時代に受け入れられた楽曲になります。
バズった結果得られたもの
現時点では、YouTubeの再生回数1,000万回超えの楽曲が一つ増えたのが明確な成果です。主に恋愛系ジャンルの楽曲で再生数が回っているバンドだと思いますので、そのブランディングをより強められたことも、目に見えない成果として計上できそうです。
実際にWikipediaを見てみても、「本当はね、」や「ゴミ人間、俺」を皮切りに数多くの恋愛系タイアップを取ってきている事がわかります。これは、分かりやすくバンドのブランディングの成果だと思います。
タイアップという大きなチャンスもありますので、ここから億超え楽曲を生み出すことが次のステージでしょうか。今後が楽しみですね。
再現性のある要素
サムネイルによるフィルタリングの設計
本楽曲は反例にはなってしまいますが、「誰にクリックして欲しいのか」以外に、「誰にクリックして欲しくないのか」は重要な観点になりそうです。動画で提供する価値に興味がない人まで動画に流入すると視聴維持率のスコアが下がり、アルゴリズムからの評価が下がるためです。
ターゲットペルソナが慣れ親しんだ演出の採用
ターゲットペルソナの文化圏を知ることができれば、ペルソナに対して親和性の高い演出を意図的に選ぶことができそうです。本楽曲では、「ショートドラマ」という切り口でターゲットペルソナと親和性の高い演出をMV内に組み込むことができており、再生数に対してポジティブに寄与しているであろうことが予想されます。
視聴維持をファン化に繋げる視聴後感
本質的に、作品としての深み/完成度がないと、視聴維持はできてもファン化にはつながらない。「ゴミ人間、俺」では、「過去のクズ男との恋愛に対するアンサー」を視聴者が各々導き出す手助けをしていることが、視聴者の解決感に繋がっており、アーティスト自身へのエンゲージメントも高めているものと推測できる。
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