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湯涌―金沢・共同浴場の青い蛍光灯

四季の雨が降る街でー旅するように暮らした金沢

関西の奥座敷と呼ばれる加賀、山中、片山津、和倉。
石川には、華やかな仕掛けともてなしを競う名だたる大温泉街が目白押しだ。
中には「おもてなし日本一」などの称号を誇るところもあるが、今の私にとって、そうした記号化された賑わいはどこか息苦しい。

ここは金沢の奥座敷と言われる湯涌温泉である。

有名温泉街の喧騒や市内のインバウンドの熱狂からあえて背を向けた、長さ数百メートルで行き止まりになる小さな山あいの街。

そこには、流行りの温浴施設のような趣向を凝らした湯船もなければ、気の利いた休憩所もない。
射的場も、夜を徹して明かりを灯すようなスナックも見当たらない。
あるのは、老舗の落ち着いた温泉宿、ひっそりとした土産物屋やカフェが数件、肩を寄せ合うように佇んでいるだけだ。

外湯と言えば地元客が訪れる、共同浴場が一軒だけ。
しかしこれが私の求める温泉そのものであり、以降、私の温泉めぐりの基準になった。

浴槽は一つしかない。
一角が寝湯になっている。
サウナもなければ露天風呂もない。

流行のサ活に興じる若者もいないから、尚更ここは地元の老人が集う静かな共同浴場になる。
その分大きく取られた窓からは、夏, むせるほどに萌える山緑の青い光が差し込み、冬、窓一面に世界を新しく塗り替えた白銀を眺めながら湯に浸ることができる。

共同浴場を照らすのは、蛍光灯の青白い光。
どこか無機質な光でありながら、なぜか懐かしくあたたかい。
この剥き出しの光の色彩こそが、私にとっての「湯涌のいろ」だ。
その青白さは浴室を、脱衣場を、そして畳敷きの一角を静かに広げ、この空間のすべてを仄暗い山あいに浮かび上がらせている。

冬の夜には、雪の白さをどこまでも冷徹で怪しく、また夏の黄昏時には、深緑を懐かしく美しく際立たせる。

ひぐらしの声がうるさいほどに降り注ぐ夏の夕暮れ時。
番台の横の棚に不揃いに並んだ地元の山菜を眺め、青白い光が満ちる畳敷きの一角で座布団を枕に高校野球のテレビの音に微睡む。

湯上がりの肌に、車の窓を全開にし、通り抜ける冷ややかな山風に身を洗いながら、夕暮れの深い村落の畑を縫うようにして、帰路につく。

次第に夕日に染まる金沢の街へ車を走らせる時間は、深い充足感を得て波長を静かに整えていく深呼吸でもあった。


ある冬の日、金沢では小雪が舞う中、湯涌を訪れた。
雪に埋もれていく長靴の感触を味わいながら牡丹雪に変わった誰もいない通りを歩く。

小一時間ほど湯に浸かる。
じっくりと身体の芯まで温もり、雪見温泉を満喫した。
外に足を踏み出すと、圧倒的な静寂が私を包む。

驚いた。

駐車場に停めた私の車は、わずかな間にこんもりと白い雪が積もり、その姿をすっかり変えているではないか。

先ほどの足跡はもちろん、来る時に刻んだはずの路面の轍は、音もなく降り積もる雪によって、すっかり消し去られていた。

余韻に浸るのをそこそこに、急ぎパーカーのフードを被り車を覆った雪を振り払う。
火照った顔に大きな雪片が幾重にも落ちてきては、肌を優しく刺していく。
湯上がりの体にじんわりと新しい汗が湧いてくる。

これが、私の金沢に来て初めての「雪かき」の洗礼であった。

観光客が知る華やかな金沢とは一味違う。
街中からわずか十数キロしか離れていないというのに、この山あいは驚くほどに雪が深く、峻烈な季節の重みを頑なに守り続けている。
これほど山深くありながら、ここには江戸の昔から冬の記憶を夏まで閉じ込めておく「氷室」の伝統行事が、今も確かな歳時記として息づいているのだ。

年々、金沢の街中からは雪が消え、季節の境界線が曖昧になっていく令和の時代にあっても、この小さな街は、一切の妥協なく根を張る文化の厚みを手放さない。

これこそが金沢という街の、ひいては石川の底力であり、どこか得体の知れない恐ろしさだ。

竹久夢二。

大正の初め、夢二が結核に冒された最愛の恋人・彦乃との逃避行の末に、生涯で最も幸福な時間を過ごしたのもこの地であった。
そのなかで、彼の芸術は深いインスピレーションを得る。
儚げでどこか愁いを帯びた美人画の質感は、金沢の絢爛豪華な街中ではなく、この湯涌の空気のなかに置かれて初めて、本当の居場所を見出したのだった。

私が感じ取ったその「艶」と「気配」の正体は、まさに夢二が、最愛の女性と世間を呪いながら、同時に静かに愛し合った記憶が、今もあの蛍光灯の光の陰に宿っていたからに他ならない。

今では東京にいても、石川の物産館で気軽にその空気を感じることができる。

「金沢湯涌サイダー 柚子乙女」

その味は数ある地サイダーのなかでも、私がかつてこの地で多くのゲストをもてなしていた頃の、記憶の一品である。
ラベルに描かれた乙女の姿は、どこか夢二の美人画を思い起こさせる柔らかさがある。

あの青白い蛍光灯の下に置いてきた深い静寂は、私の奥底で流れ続けている。

湯涌は今日も、あの緑の中でひぐらしの音に包まれているのだろう。


次章:④


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