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片町と長町―金沢・聖と俗の往還

四季の雨が降る街でー旅するように暮らした金沢


仙台に来てまず驚いたのは、人がよく話しかけてくるということだった。
その気さくさは、いつの間にか私たちの身体に染みついていた北陸の湿った距離感を、そっと揺らした。

金沢では同じように声をかけても、店の奥の主人は老眼鏡をずらし、目線だけを返してくる。
その湿り気のある間合いに戸惑ったのも、今では懐かしい思い出だ。

いつしか私たちにも、その独特の間合いが静かに出来上がっていたのだろう。

片町ー

北陸随一の繁華街と呼ばれた片町もまた、特有の情調を湛えた街だ。
都会のそれとは違う。

街の中心にあるスクランブル交差点は、強いて言えば京都の四条河原町の一区画のようでもあるが、あっけなく終わる。
昼間は車の往来こそ多いものの、光は街の影に沈み、建物の古さが一昔前の盛り場の匂いを強く残している。

年を重ねるにつれ、若い頃のように飲み歩くこともなくなり、街へ繰り出す回数は自然と減っていた。

それでも、夜のライトアップされた犀川大橋のレトロなトラスを潜る瞬間だけは、年甲斐もなく片町の高揚感に包まれたものだ。

街の規模にしてははるかに多い飲食店が軒を連ねる片町。

こだわりの味を競う小料理屋、老舗の割烹や鮨、洒落たファサードのワインバー、ビストロ、そして裏通りの町家のバー。

犀川沿いの住宅地にひっそりと灯る小料理屋は、香箱蟹の季節になると必ず暖簾をくぐった愛着の一軒である。

あるとき、私が忘れたマフラーを、女将が自転車で職場まで届けてくれたことがあった。

今でも片町の光を思い出すとき、あの温かい彼女の顔と、寡黙な主人が前屈みで厨房に立つ姿が浮かんでくる。

女将に勧められるままに地酒を飲み、酔い覚ましに犀川沿いを歩いた。

犀星の生家の傍、桜並木の向こうに青緑色に浮かぶ犀川大橋は、片町の喧騒とは別の時間を流していて好きだった。

(この店について色々と書いておきたい事は多々あるが、私の筆力では到底伝え切れるものでは無いので控えておく事にする。)

その喧騒のなかで育った、私がとりわけ手を焼いた部下が居た。



「ケイさん。あれ何?あれはまずいよ。『お待たせしました』の一言もなく割り込んできてグラスを置いて帰る。しかもドンって。」

ホテルのメインバー。
東京から来た役員や支配人、人事部長が並ぶ席でのことだった。
いくら新卒の見習いとはいえ、相手が悪すぎた。

裏へ回り、事情を聞いた私に彼が首を傾げて返したのは、社会人としてはまったく不正解の一言だった。

「身内ですやん。」

七尾出身のI君は、かつてこのスクランブル交差点で客引きをしていたという、やんちゃな経歴を持つ新卒君だった。
背が高く、勝気で、人を値踏みするような目つき。
サッカー部だったというわりに驚くほど色白で、なのに笑うと人懐っこい。

着任早々、日系ハワイ人の部長は部下のスナップショットを前に、外国人特有のオーバーリアクションでこの少年含む3人をペンで丸く囲み、私に懇願した。

「このボーイズたちね、いい子よ、でもバッドね。ケイさん何とかコントロールして。」

正直に言えば、当時の私はただの新参者で、金沢には腰掛け程度にしかいるつもりはなかった。
部下を本気で育てようという気概もなく、あくまで「仕事仲間」と割り切っていた。

「なんで身内に気を遣わないといけないんだ」という、彼なりのごもっともな言い分。
大人の政治の仕方や処世術を知らない、若いだけの心理。
そんな彼らに、聞き分けのいい素真面目な二十歳を求める方が間違っている。

しかし、彼らは教えたわけでもないのに、私を見て「師匠」と呼び、半分冗談混じりの愛嬌と親しみを込めて、いつしか私を「広岡の親父」として慕う様になった。
(もっとも子供も居ない私にとって親父と言われるのはいささか抵抗が無かったわけでもないが。)

やんちゃな子供たちが見せたその無垢な笑い声が、腰掛けのつもりだった私の冷めた輪郭を、少しずつ変えていたのかもしれない。

I君は何をやらせてもそれなりに器用にこなした。
カクテルの技術はもちろんの事、創作レシピの考案にまで正にスポンジが水を吸収するように積極的に仕事を楽しんでいた。

だが、若さゆえの早すぎる満足感が、次第に彼の成長を阻み始める。

手先が器用な分、動きが雑になり、他者を蔑むことで自分を成り立たせようとする歪んだ自信が漂い始めていた。

正直、それに付き合うのに疲れ始めていた。

――あいつがもう辞めると言うなら素直に辞めさせた方が良い。変に残してチームの士気を下げるよりは、後腐れなく手放した方が良い。

人員不足は管理職としての死活問題だったが、彼を庇い続けてまでチームを護れる勝算はなかった。
「泣いて馬謖を切る」という美談ではない。
彼が「もう辞める」と口にしたとき、そこまで言うなら外の世界を見てこい、という私なりの投げやりな諦めでもあった。

「ボスのケイさんがそう言うなら、異論はないよ」

部長の乾いた驚きの声に背中を押されるようにして、七尾のやんちゃ坊主は金沢の街を離れていった。

長町ー

片町からせせらぎ通りを歩いていくと、街の調光は徐々に下がっていく。
片町の俗気が、ここでは静かに洗われていくような静寂が包んでいる。

この時間になれば、オレンジの街灯が照らす長町の武家屋敷に人通りはない。
石畳は歩くたびに影を深く伸ばし、光は影の輪郭をそっと撫でるために灯っているようだ。

あれから3年目の秋。

久しぶりに再会した彼は、片町のネオンを背負っていた頃の、あの生意気な目つきをそのまま残していた。

駅までの二キロ半の夜道。
通りは時折通り過ぎるタクシーぐらいで、私たちは歩道を無視して、暗い町家の間を抜けていく。

酔いを覚ますには丁度良い。
まだ酔い足りない若者には、少し物足りない長さかもしれない。

石畳には、二つの歪な影が伸びていた。

少しは酒も強くなったのだろうか。
ずっと隣で話を続ける彼は、私に問いかけるようでいて、実は自分自身に言い聞かせているようでもある。

革ジャンを羽織り、少し前屈みになってポケットに手を入れた大きな背中。
しっかり刈り上げられたショートヘア。
相変わらず色白で、鼻を上げた、人を喰ったような笑い顔。
ポマードの香の奥に先ほどの焼き鳥屋の芳ばしい匂いが残っている。

「俺、金沢住んでたけど、この時間、こんな風に歩いた事なんかなかったっすよ。良いとこやん、金沢。」

何も変わっていない彼を見つめていると、呆れと、安堵と、愛おしさがごっちゃ混ぜになって、なのにどこか遠くに行ってしまった境界線が邪魔をして視界が真っ直ぐに結ばない。

新参者の私はあの後もずっと、この街に残り続けていた。
よそ者暮らしの歳月は、いつの間にか私にこの街の言葉を自然と喋らせるようになっていた。
そして、目の前を行く逞しい背中に、私は自分の「子供」の幻を重ねていた。

「お前、金沢帰って来こんが。」

そんな言葉が口を突き出そうになった時、その響きの重さに思い止まってしまった。

私が彼の人生の責任を取れるわけではないのに。

無責任な一言は重い湿度となって、胸の奥に沈む。

「ケイさん、今日はありがとうございました。この道、良かったっすよ。」

ポケットから急に差し出された大きな手。
柄にもなく一瞬戸惑ってしまったのは私の方だった。

こんな手をしていたか。
彼から交わされた固い握手は、当然、勝手に想像していた子供のそれではなかった。

かつての私も、きっとこんな風に生意気で、不器用な手をしていたはず。

もう、引き戻す理由などどこにもない。
私の方が余程子供じゃないか。


背の高い彼のシルエットが闇に溶けていく。
大野疏水のせせらぎだけが、静かに耳に残る。

振り返れば、ひとつ。
私の影だけが、夜露に濡れた石畳に長く伸びていた。

次章:⑥百万石の桜―冬の悔恨、春の救済



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