ホラーの経済学#1 ホラーはなぜ「世界一コスパが良い」エンタメなのか。
製作費、1万5,000ドル。日本円でだいたい200万円。軽自動車が買えるくらいの金額で、1本の映画が撮られました。
その映画が、世界で1億9,300万ドル(約280億円)稼ぎます。
みなさんもご存知でしょう。2009年公開の『パラノーマル・アクティビティ』です。
最初の撮影費はほんとうに1万5,000ドル(約200万円)。あとからDreamWorksが追加撮影と配給を引き受けて、再撮影や配給費を足しても製作コストは数十万ドル(数千万円)どまり。撮影費だけを分母にすれば、リターンは1万倍を超えます。
1万倍。桁を数え間違えていないか、わたしも最初は二度見しました。
まあ、一発の奇跡でしょ
と思いますよね。わたしも思いました。
でもホラーには、この手の「奇跡」が何十年分もの実績が積み上がっているんですよね。
『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』は6万ドル(約870万円)で2億4,900万ドル(約360億円。興行収入はBox Office Mojoの集計、以下同)。
1978年の『ハロウィン』は32万5,000ドル(約4,700万円)で7,000万ドル(約100億円)。2004年の『ソウ』は120万ドル(約1億7,000万円)で1億400万ドル(約150億円)。
さらに1960年代まで遡ると、ホラー映画を監督および製作として数多く手掛けたRoger Corman(ロジャー・コーマンは「低予算映画の王者」「B級映画の帝王」として知られる)という伝説のプロデューサーは、自伝のタイトルにこう付けています。

『How I Made a Hundred Movies in Hollywood and Never Lost a Dime』
(ハリウッドで100本撮って、1セントも損しなかった方法)
なぜホラーだけが、この負けない戦いを60年以上もまわし続けられるのか。
答えを先にシンプルにいうと。
ホラーは「当たれば化ける、外しても痛くない」のです。つまり、予算とROI(投じた費用に対してどれだけの利益を生み出せたかを示す指標)が非対称なんですよね。
この"うまい話"を、いちばん安く買えるジャンルです。小さく賭けて大きく返る、この偏った勝ち方を、ホラーは他のどのジャンルより安く手に入れられる。そして、この安さを支える柱が4本あります。
低い製作費、寛容なファンダム、実況文化がタダで回すマーケティング、そして1本当たればfranchise(フランチャイズ、つまりシリーズ化)が立ち上がる起点になること。この4本が噛み合った瞬間、ほかのジャンルでは絶対に起きない倍率が生まれるんですよね。
本記事では、ホラーの経済構造を連載という形で解剖します。第1回は世界の数字から。それではさっそくいきましょう。
外れ値しかいない山
まず、数字を一度きちんと見せてください。ここを通らないと、あとの話が全部「盛ってる」に聞こえてしまうので。

統計分析メディアStatSignificantの調査によれば、ホラーのROI(投下資本利益率=いくら入れていくら返ってきたか)の中央値は173%。これ、映画のジャンル別で見ると、グラフの左上にぽつんと浮いた外れ値です。


映画史上もっとも利益率の高い50作品を並べると、そのうち16作がホラー。全ジャンル最多。しかもホラーの製作費の中央値は、冒険ものやアニメの約5.6分の1しかない。安く作って、よく回収する。優等生というより、ルールの隙間を突くタイプの優等生です。

そのうえホラーには、ほかのジャンルにない妙なクセがあります。
批評家の点数と、興行の結果が、ほとんど噛み合わないんです。
2023年の『ファイブ・ナイツ・アット・フレディーズ』はRotten Tomatoes(ロッテントマトは世界中の映画批評家やメディアのレビューを集めて、作品ごとにスコアをつけているサービス)で33%で振るわず。批評家からは「ダメ」の烙印をつけられました。ところが観客満足度を測るCinemaScore(シネマスコアは、映画を観た一般観客にアンケートを取り、その評価を A〜F の「成績」で出す市場調査会社)はA-、世界興収は2億9,700万ドル(約430億円)。ファンは評論家の採点表を見てチケットを買っていない。
ただ「怖い体験」がほしくて劇場に来ている。

これ、投資の目で見るとちょっと反則です。作品の出来がブレても客が来るということは、ポートフォリオ全体の床(下限)が高い、ということだから。「全部スカ」になる確率が、構造的に低い。
シリーズ化になると、数字はもう異常の域です。『ソウ』シリーズ10作の総製作費は約1.08億ドル(約157億円)、全世界興収は約11億5,000万ドル(約1,670億円)。約10倍。 『死霊館』ユニバースに至っては9作で累計約27億ドル(約3,900億円)。映画シリーズとしては史上最高のホラーfranchiseです。
ここで勘違いしてほしくないのは、これらが「名作の続編だから当たった」わけじゃない、ということ。『ソウ』の中盤以降の評価は、正直そんなに高くありません。それでも客は来る。恐怖体験を求めるファンがいるかぎり、シリーズの収益はそうそう崩れない。
そして2025年のデータによれば(Fortune)、米国内のホラー興収が史上最速ペースで単年10億ドル(約1,450億円)を突破しました。年間でも過去最高水準。『死霊館 最後の儀式』は製作費5,500万ドル(約80億円)で全世界4億ドル超(約580億円)。
『罪人たち』は9,000万ドル(約130億円)で3億6,700万ドル(約530億円)。しかも『罪人たち』は既存IPに頼らないオリジナルです。
※ちなみに罪人たちは私もめちゃくちゃ好きな映画でおすすめです。
ホラーはいま、黄金期のど真ん中にいるのです。
ブラムハウスという「装置」

コーマンが60年前に見つけた構造を、データで「産業」に作り変えた人がいます。ジェイソン・ブラム。Blumhouse Productions(ブラムハウス)の創業者です。

やり方は、一言で超絶シンプルです。
製作費の上限を、500万ドル(約7億円)でぶった切る。
以上。本当にそれだけが幹で、あとは枝です。
枝の話もしておきます。俳優はSAG(俳優組合)の最低賃金で出てもらい、ヒットしたらバックエンド報酬(後払いの分け前)で報いる。監督にも同じ条件。ロケは基本1カ所、撮影は20〜25日。CGIは使わず、現場の仕掛けで撮る。
クリエイターに「予算の縛り」を渡すかわりに、「中身の自由」を全部渡す。

https://www.imdb.com/name/nm1443502/bio/
ジョーダン・ピールが『ゲット・アウト』で長編デビューできたのも、M・ナイト・シャマランが『ヴィジット』で復活できたのも、この枠があったからです。
こうして年に10本以上を量産し、1本のホームランで何本もの凡打を飲み込む。
これ、わたしにはベンチャーキャピタルのファンド運用にしか見えません。10社に投資して8社が転んでも、1社が化ければ全部おつりが来る——あの構造そのものです。
数字で見ましょう。
まず平均は以下の通りです、ホラーだけぶっ飛んで安いことがわかります。

個別作品を見ていきましょう。
『ゲット・アウト』は450万ドル(約6億5,000万円)で2億5,500万ドル(約370億円)。約57倍。
『スプリット』は900万ドル(約13億円)で2億7,800万ドル(約400億円)。約31倍。
『ファイブ・ナイツ・アット・フレディーズ』は2,000万ドル(約29億円)で2億9,700万ドル(約430億円)、ブラムハウス史上最高興収。ブラムハウス作品の累計では全世界50億ドル(約7,250億円)を超え、米劇場ホラー市場のおよそ半分を握っているとされます。
コーマンはこう言いました。
「最も安全なジャンルはホラーだ。たとえ出来が悪くても、いくつか悲鳴は取れる」。
ブラムは、この職人の勘を「予算上限から逆算するモデル」に翻訳した。中身は同じです。
恐怖という感情は、お金では買えない。
買えないから、安く作れる。
安く作れるなら、数を撃てる。
数を撃てるなら、1発当たればいい。
きれいに連鎖しています。
エンタメ分析メディアThe Story Moatは、こう書いています。ホラーそのものがビジネスだったのではない。予算とROIの「非対称性」こそが本体で、ホラーはそれをいちばん安くできるパッケージにすぎなかった、と。
この言い方、いちばんしっくり来ました。劇場のスクリーンに映っているのはホラー映画ですが、スプレッドシートの上で動いているのは、ベンチャー投資です。
映画の外でも、同じ音が鳴っている
この非対称性は、映画の中だけの話じゃありません。
むしろ映画の外のほうが、構造としては極端だったりします。
Scott Cawthon(スコット・コーソン)という、たった一人で作るインディーズゲーム開発者がいます。

彼の前作『Chipper & Sons Lumber Co.』は、Steamで「キャラクターが不気味なアニマトロニクス(機械仕掛けの人形)みたいだ」と酷評されました。ふつうなら、ここで心が折れます。
コーソンは、逆をやりました。その「不気味なアニマトロニクス」を、主役に据えたゲームを作ったんです。
2014年、『Five Nights at Freddy's』(ファイブ・ナイツ・アット・フレディーズ、略称:FNaF)。けなされた弱点を、看板に書き換えた。
実況者のMarkiplier(マーキプライアー)がプレイ動画を上げると、その恐怖リアクション自体がコンテンツになりました。
叫び声、椅子から転げ落ちる絵面、「もう無理」と言いながらまた起動する往生際の悪さ。視聴者はゲームを買わなくても笑えるし、見たら自分でもやりたくなる。結果、爆発的にバイラル。コーソンは続編を同じ年に連発し、1年たらずで3本を立て続けにリリースして、「1年で最も多くのゲーム続編を出した」ギネス記録まで取ってしまう。そこからBlumhouse制作で映画化、世界興収2億9,700万ドル(約430億円)。
一人で作ったインディーゲームが、グローバルIPに化けた。しかも起点は、酷評を逆手に取った1本です。
これ、FNaFだけの幸運じゃありません。『Phasmophobia』は少人数チームの協力ホラーで、2025年7月時点の販売2,500万本、推定売上2億ドル超(約290億円)。『Poppy Playtime(ポッピープレイタイム)』は最初の1章がたった2.99〜4.99ドル(現在は無料化済み)というチャプター制で、推定総収益は1億ドル(約145億円)を超えています。
体験型にも、同じ音が鳴っています。全米小売業協会(NRF)によれば、2025年のHalloween商戦は過去最高の131億ドル(約1兆9,000億円)に達すると発表。仮装、装飾、お菓子、イベント入場料。恐怖が消費を生むこの季節は、もう小売業界にとって年間最大級のかき入れ時です。
Universalの「Halloween Horror Nights」は別料金の夜イベントなのに、昼より混む日がある。Merlin Entertainmentsは10月だけで年間利益の約5分の1を稼ぐと言われています。

映画。ゲーム。テーマパーク。
媒体は違うのに、走っている導線は1本です。
「低コスト→ファンダム形成→IP横展開」。
実はこれ、わたしの本業の話でもあります。わたしはエンタメの仕事をしているプロデューサーとディレクターの間のような人間でして、この記事を書いていた夜、スプレッドシートにホラーの媒体別収益を並べていたんですよ。映画、ゲーム、テーマパーク、グッズ……列が10を超えたあたりで、手が止まりました。これ、自分が毎日やっている仕事の構造そのままじゃないか、と。
優秀・有望なクリエイターを見つけ、
彼らに自由に創作してもらう代わりに
予算は規律を持って作品立ち上げ、
初速を掴み、遠くへ広げ、ファンを掴み、
横(別メディア)に展開する。
完全に同じなんですよね。
ただ、ホラーは初期投資のケタが違う。1万5,000ドル(約200万円)からグローバルIPが生まれうる領域なんて、ほかにあるでしょうか。
少なくとも、わたしは思いつきません。
柱は4本ある
では、なぜホラー「だけ」が、この構造を60年も持ち続けられるのか。
ばらすと、理由は4つに行き着きます。
これはホラーを観るとき、作るとき、投資するときの、そのまま物差しになります。
※この記事は「ホラーの経済学」の連載記事です。ぜひ他記事もご覧ください。
1本目。観客の想像力が、製作費を肩代わりする。
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