中国が全国展開を決めた長期介護保険制度にはどんな特徴があるのか
今年3月、中国では「長期介護保険制度の構築加速に関する意見」が発表され、2028年末を目標に長期介護保険制度(以下、「介護保険」)を全国展開する方針が明確に示されました。日本の介護保険制度の経験も参考にしながら、中国の実情に合わせて制度設計されたものです。中国では60歳以上の高齢者が約3.2億人、そのうち要介護者は約3,500万人に上るとされており、高齢社会への対応策の柱として、その今後の展開が注目されます。
この介護保険は、要介護者(中国語「失能人員」)を対象としており、高齢者に限らず、一定の要件を満たす人が対象となります(日本の要介護認定とは評価方法が異なります。)。日常生活に必要な介護サービスや、それに密接に関連する医療・看護サービスについて、サービスの提供または費用の保障を行う社会保険制度です。
この新たな制度は、中国におけるシルバーエコノミー市場の拡大を後押しする大きな原動力になると考えられます。その発展に伴い、日本と中国のビジネス協力の舞台もさらに広がることが期待されます。今回は、中国の介護保険制度の概要と特徴について詳しく見ていきたいと思います。
1. 制度の概要
中国の介護保険は、国民から保険料を徴収して財源を確保し、要介護被保険者に生活支援および介護・看護サービスを提供しようというもので、それにかかる費用の一部を保険から給付する仕組みです。まずは都市部の就業者や住民を中心として展開し、2028年末までに全国展開を完了させる計画です。
介護保険は、要介護者への専門的介護サービスの提供で生活の質の大幅向上をはかるとともに、要介護者とその家族の経済的負担と介護負担の双方を軽減するねらいがあります。同時に、介護保険によって民間の資本・事業者を制度運営に取り込むことで、関連産業の発展促進を目指しています。例えば、福祉用具・介護補助機器の研究開発や製造・レンタル事業、要介護度認定・評価サービス、民間事業者による介護サービス運営など、新たなビジネスモデルが誕生することが期待されています。
2. 長期介護保険給付の仕組み

表1にあるように、介護保険の受益者は要介護度の認定評価を受け、給付対象の条件を満たした被保険者です。要介護状態は軽度・中度・重度の3等級に分けられます。当初は重度要介護者が主な対象であり、その次に中度要介護者への対象拡大を検討することとしています。
給付は長期介護サービス費用の支払いに充当されるもので、要介護者本人への現金の直接支給はありません。
サービス面で特に注目されるのは、全国共通の介護保険サービス項目リストが制定されている点です。そこでは、サービスの名称、内容、コードが統一されているほか、サービスの実施方法、従事者の要件、提供時間などの基本的な基準を示しています。また、同リストは、重度要介護者にとって必要性の高い36項目(①食事介助、入浴介助、口腔ケアなど20項目の生活支援サービス、②たんの吸引、導尿など16項目の医療・看護サービス)を定めています。
介護保険の給付金額については、「起付線(中国語。一定額まで全額自己負担する仕組み)」は設けられておらず、介護サービス費用の全額が保険給付の対象となります。
一方、給付率(介護サービス費用のうち、介護保険基金が負担する割合)については、保険料負担の大きい職工(就業者)保険加入者と政府補助を受ける住民加入者との間で実際の保険料負担に大きな差がある地域では、両者の給付率に差を設けることが認められています。具体的な給付率は各地域の制度設計によって決められますが、日本の健康保険における「3割自己負担・7割給付」と同様の考え方と言えます。
また、基金の持続可能性を確保するため、年間の給付上限額が設定されていて、保険を運営する省や市などの各行政単位における前年度の都市・農村住民一人当たり可処分所得の50%を超えないこととされています。例えば、一人当たり可処分所得が4万元の地域であれば、年間給付上限額は原則として2万元以下となります。
介護保険を利用できる場所は3パターンあり、①在宅介護:指定事業者の介護スタッフが自宅を訪問、②コミュニティ介護:指定のデイサービスセンターへの日中の通所、③施設介護:特定介護施設に入所しての24時間介護です。
サービス開始のための手続きは、本人または家族が、医療保険サービス窓口、あるいは各地域のオンライン申請窓口で申請します。提出書類は、本人確認書類、申請書、入院診察記録または診断書です。流れは、①保険運営機関が申請書類を審査し、その結果を申請者に通知します。②評価機関が被保険者の要介護度を認定評価します。③給付対象と認定された場合には、保険運営機関が本人や家族と相談しながら介護サービス計画を作成し、サービス提供が開始されます。
都市・農村住民の保険加入に対しては、中央政府と地方政府が規定に基づいて保険料を補助します。また、生活困窮者や最低生活保障対象者などには追加の保険料補助制度も設けられており、低所得者でも加入しやすい仕組みとなっています。

表2は、対象者(被保険者)区分ごとの保険料負担の考え方を整理したものです。介護保険料は、全国的に算定基礎額×0.3%程度に統一されています。
未就業の都市・農村住民の保険料は、地域の一人当たり可処分所得×保険料率(当初は0.15%。以後、5年程かけて0.3%へ段階的に移行)となります。
フリーランス等の保険料は、地域平均賃金の一定割合(最低60%)を基礎に算出されます。
3. 日本との主な違いと今後の展開
(1)介護保険料率
日本の介護保険では、40~64歳の第2号被保険者(会社員、公務員、自営業など)については、2025年度協会けんぽの保険料率が1.59%(全国一律)となっています。これに対し、中国の長期介護保険料率は約0.3%とかなり低く抑えられています。その一方で、給付対象は現時点では主として重度要介護者に限定されており、保険料負担を抑える代わりに給付範囲を絞る制度設計となっています。
被用者については「給与」、退職者については「年金」、未就業の住民については「地域の平均可処分所得」を基準として保険料を決める仕組みが採られています。
中国が「保険料率は0.3%程度」と示しながらも、地域ごとの所得水準や高齢化率などを踏まえて保険数理計算を行うことを求めているのは、東部沿海部と内陸農村部では所得も高齢化の状況も大きく異なるためです。これは制度の持続可能性を確保するための重要な考え方といえます。
(2)医療保険個人口座の活用
中国では、職工基本医療保険の個人口座を介護保険にも活用できる点が、日本にはない大きな特徴です。職工基本医療保険で積み立てている個人口座の残高は、本人および近親者(配偶者、父母、子女、兄弟姉妹、祖父母、外祖父母、孫、外孫)が長期介護保険に加入する際の本人負担保険料の支払いに使用することができます。
本来は本人の外来診療費や薬代などに使うためのお金ですが、近年の制度改革で用途が大幅に拡大され、配偶者や親族の医療費支払いだけでなく、長期介護保険の保険料納付にも使えます。
ただし、「医療保険の口座から介護保険料を払えば、その分だけ医療費に使える残高は減る」という関係になります。しかし、中国政府としては次のように考えています。
① 個人口座には余剰資金が積み上がっている
中国の職工医療保険では、若年層や医療機関をあまり利用しない人では、個人口座に資金が蓄積しやすく、使い切れない残高が発生していました。そのため、本人が病気になったときだけ使う残高が大量に眠ったままになります。
② 大きな医療費は統籌基金が負担する
中国の医療保険は、個人口座(外来など比較的小額の医療費)と、統籌基金(入院や高額医療費を保障する共通基金)の二本立てです。
③ 長期介護も将来の医療費抑制につながる
中国政府は、介護サービスの充実および重度要介護者の適切なケアによって、不必要な入院や医療費の増加、家族介護による負担を抑えられると考えています。したがって、「医療保険のお金を少し介護保険に回す」ことは、社会保障全体では合理的だという発想です。
日本では介護保険を独立した社会保険として運営していて、介護保険料と健康保険料は原則別々に徴収されます。これに対し、中国では介護保険の全国制度化にあたり、医療保険基金、医療保険個人口座および財政補助、本人負担を組み合わせて財源を確保しようとしており、医療保険制度を基盤として介護保険を発展させようとしている点が大きな特徴です。
(3)まとめ
中国では2028年末までの全国展開を目標として制度整備が本格化しており、今後は各地域において実施案の作成が進み、運用実績が蓄積されていくことになります。その過程では、日本が25年以上にわたり培ってきた介護保険制度の運営ノウハウや介護サービスの提供経験が参考となる場面も少なくないでしょう。
今後は介護人材育成、介護ロボット、認知症ケア、在宅介護サービスなどの分野で、日本の経験と中国の巨大市場を結び付ける日中協力の可能性がさらに広がることを期待しています。
(参考文献、サイト)
・「『長期介護保険』についての9問9答(原題:关于“长护险”,9问9答)」、
2026年3月26日、湖北省民政厅ホームページ、
https://mzt.hubei.gov.cn/fbjd/xxgkml/qtzdgknr/hygq/202603/t20260326_5900013.shtml
(2026年6月22日閲覧)
・「中共中央弁公庁 国務院弁公庁の長期介護保険制度の構築加速に関する意見(原題:中共中央办公厅 国务院办公厅关于加快建立长期护理保险制度的意见)」、2026年3月25日、中国政府網ホームページ、
https://www.gov.cn/yaowen/liebiao/202603/content_7063789.htm (2026年6月22日閲覧)
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