「お前はいいよな」と言われたことを、時々思い出す
「お前はいいよな」
昔、友達にそう言われたことがあります。
最近はほとんど会ってないけど、ふとしたときに思い出します。
たぶん、深い意味はなかったと思います。
ちょっと羨ましくて出た言葉だったんじゃないかな。
そのとき僕は、
「そんなことないやろ」
って軽く返しました。
でも、その言葉、ずっと頭の片隅に残ってるんです。
正直、僕は“いい環境”で育ったわけじゃないです。
子どものころ、家の中はゴチャゴチャしてました。
親はよくケンカしてたし、小学校高学年のころにはほぼ別居状態。
「誰を引き取るか」でもめたのを覚えています。
結局、母が兄弟4人を引き取ることになりました。
でも中学生のころ家が火事になり、母はいなくなり、しばらく知り合いの家で生活しました。
そのあと父が現れて、
「一緒に暮らそう」
でも兄弟はみんな拒否。
結局、僕だけ父と暮らすことに。
中学生から新聞配達もやってました。
気づけば7年くらい続けてたかな。
特別偉くもないし、
ただ、そういう環境だったので
「どうするか」を考えながら生きるしかなかったんです。
うまくいかないことがあっても、
「運が悪い」で終わらせるんじゃなくて
「じゃあどうする?」
を考える習慣が、自然とつきました。
そんな経験もあって、最近思うんです。
うまくいくかどうかは、
能力や才能だけで決まるわけじゃないと思っています。
むしろ大事なのは、
毎日の中で少しずつ余白をつくることです。
そういう小さな積み重ねが、生活にちょっとした「余白」を生みます。
余白があると、気持ちも少しラクになります。
僕はこれを、余白をつくる小さな習慣だと考えています。
特別な努力でもないし、
意識高い系でもありません。
無理しないための習慣です。
今は、無理せず続けられる形で毎日を整えるようにしています。
あの友達の言葉を思い出すたびに、思うんです。
もしかしたら、
「お前はいいよな」
って見えてただけかもしれません。
でも僕は、
ちょっとずつ余白を作る習慣を積み重ねてきただけなんだと思います。
だから、このnoteで書いているのは
特別な成功法則じゃなく、
毎日をちょっとだけラクにする小さな習慣のこと。
もし、
「毎日なんとなくしんどいな」
って思うことがあったら、
必要なのは大きな努力じゃなく、
ほんの少しの余白
かもしれません。
もし今日しんどいなら、
何かを頑張るより、ひとつ減らしてみてください。
それだけでも、少しラクになります。
