これは、人生を折り返した今だから書ける話|学校がつくった私の土台
これは、人生を半分以上過ぎた今だから、ようやく書ける話です。
私は、4人兄弟の長男で、上に姉、下に弟が2人います。
左利きで、3月後半生まれ。
家は決して裕福ではなく、というより、家庭の空気はいつもピリピリしていました。
親の喧嘩の記憶しかない、と言ってもいいくらいです。
正直に言うと、私は「常識」を知らずに育ちました。
それは今でも、どこかにトラウマとして残っています。
家は大嫌いでした。
歯を磨く習慣もなく、小学生の頃は虫歯だらけ。
お風呂に1週間入らないことも珍しくなく、服も何日も同じものを着ていました。
給食費のことで、先生に声をかけられることもよくありました。
母は悪い人ではありません。
ただ、驚くほどだらしなかった。
意識して放置していたわけではないと思います。
今の言葉で言えば「ネグレクト」に近い状態だったのだと思います。
父はお酒が大好きで、家ではよく飲んでいました。
今は親と付き合いがなく、どこで何をしているのかも知りません。
唯一の救いは、暴力だけはなかったことです。
そんな家庭環境でしたが、私は多くの人に助けられてきました。
一番の救いは「学校」でした。
友達や先生に、本当に支えられました。
私は、何をするにも人より遅かったと思います。
幼稚園ではお遊戯が覚えられず、途中で園を脱走したこともあります。
小学校低学年の頃、
ひらがな、漢字、ハーモニカを覚えるとハンコがもらえるのですが、
なぜか、いつも私だけもらえませんでした。
口数も少なく、劣等感の塊。
でも、私には一つだけ武器がありました。
「笑顔」です。
正直、何も考えたくなくて、とりあえず笑っていただけ。
でも周りは、そうは受け取らなかったみたいです。
大人になってからも愛想だけは良く、
苦労知らずのお坊ちゃんに見えたそうです(嫁曰く)。
そのおかげか、学校でいじめられることはほとんどありませんでした。
何かあれば、必ず友達が助けてくれました。
もう一つの武器は、記憶力がなかったこと。
というより、嫌なことは忘れるようにしていた、が正しいかもしれません。
ちなみに私は、小学校の宿題をほぼ一切やりませんでした。
やらなきゃいけないことは分かっているし、やりたい気持ちもありました。
でも、親と同じで、ただただだらしなかったのだと思います。
小6のとき、担任の先生に
「なんで宿題をしてこないんだ?」と聞かれました。
とっさに出た答えが、
「家に机がないからです」
すると先生は、
「じゃあ作ろう」と言って、放課後に一緒に机を作ってくれました。
結局、その後も宿題はしませんでしたが、この出来事だけは、今でも心に残っています。
今思えば、寄り添い向き合ってもらえたことが、私にとってすごく嬉しかったのだと思います。
そんな私にとって、学校で特に苦手だったのは作文でした。
いつも白紙です。
頭の中にはいろいろあるのに、文章にできない。
日記では毎回
「今日は楽しかった」
次の日も
「今日も楽しかった」
ふざけていたわけではありません。
本当に、それ以上書けなかった。
すると先生は、
「どう楽しかったの?」
「何をして楽しかったの?」と、
私の1行に、何行もの赤ペンコメントを書いてくれました。
一方で、絵を描くことと算数は得意で、よく褒められました。
今思えば、先生たちは必死に私の“いい所”を探してくれていたのだと思います。
当時は恥ずかしくて、ふざけたフリをしていました。
でも今は、感謝しかありません。
学校で一番ありがたかったのは、
少しずつ「常識」を教えてもらえたことです。
歯を磨くこと。
爪を切ること。
我慢すること。
人と一緒に生きること。
学校は完璧な場所ではありません。
でも私にとって、
家庭だけでなく「学校」という居場所があったことは、間違いなく人生の救いでした。
そして、今の自分へ
今振り返ると、
あの頃の私は「何も持っていない子ども」だったと思います。
家庭環境も、生活習慣も、自信も、言葉さえも。
それでも、不思議と今、ここに立っています。
それはたぶん、
誰かが見捨てなかったからです。
友達が助けてくれたこと。
先生が諦めずに声をかけてくれたこと。
叱るより先に、居場所を残してくれたこと。
机を作ってくれた先生。
たった一行の作文に、何行も返事を書いてくれた先生。
できない私の中から、できることを探してくれた先生。
あのとき教えてもらったのは、
勉強だけじゃありませんでした。
「人は、ちゃんと待ってもらえれば育つ」
「遅くても、ダメじゃない」
そんなことを、言葉ではなく態度で教えてもらった気がします。
今の私は、完璧でも立派でもありません。
相変わらず不器用で、忘れっぽくて、要領も悪い。
でも、昔の自分に一つだけ胸を張れることがあります。
——あの頃の自分を、否定せずにいられるようになったこと。
家が嫌いだったことも。
常識を知らなかったことも。
うまく言葉にできなかったことも。
全部、今の自分につながっています。
もし、あの頃の自分に声をかけられるなら、こう言うと思います。
「大丈夫。ちゃんと助けてくれる人に出会うし、ちゃんと、生きていける」
だから私は、今も思っています。
人は、環境だけで決まらない。
どんな環境で「誰と」出会ったかで、大きく変わる。
遅く始まっても、遠回りでも、誰かの優しさ一つで、人生は続いていく。
これは、昔のはなしであり、今の自分の、土台のはなしです。
