「手を抜いてもいい」と決めた。完璧主義をやめたら笑顔で過ごせるようになった妻。
こんにちは。
鼻づまり、けんくらです。
前回は、
市の制度をも動かしてしまった、
妻の泥臭くて、
でも鮮やかな「挑戦」のお話でした。
「おかしいと思ったことに、
適切な場所で声を上げること」
彼女がチャレンジショップに残したものは、
あとに続く誰かのための、
確かな道しるべとなりました。
さて、そんな「攻めの姿勢」の妻。
同じ2021年の年末。
実は、ぼくたちの生活でも、
もう一つの「変革」が始まっていました。
それは、
これまでの「当たり前」をやめ、
自分たちの生き方を
根本から見直すことでした。
「もうやめるから」
妻が、ふつうをやめる決断をした。
妻が「家事をやめる」と言った日
お掃除ロボット。
乾燥機付き洗濯機。
調理ロボットのヘルシオ。
それらはすでに、
我が家には揃っていました。
でも、妻はそれらを使いこなしながらも、
どこかで「もっと頑張らなきゃ」と
自分を縛り付けていたのかもしれません。
そんな彼女が、
どこか憑き物が落ちたような顔で、
ぼくにこう告げました。
「私はもう、家事を頑張るのをやめるね」
正直にお話しします。
ぼくはこれをおかしいとは思いません。
むしろ、やめていいと思ってます。
仕事をしながら、
家事育児を完璧にこなすのは、
並大抵のことではありません。
というか、不可能だと思います。
いや、たとえ出来たとしても、
妻は身も心もボロボロになってしまう。
それは家族が望む、
妻の姿ではない。
だから、妻の「頑張らない」という言葉に、
ぼくはすこしだけ安心しました。
彼女の目はこれまでになく
真っ直ぐで、そして切実でした。
楽をしたいのではない。
自分の「人生の時間」を
何かに明け渡してしまっている現状への、
彼女なりの、自分への許しだったんです。
「ズボラ」に見えた、戦略的余白
家事だけではありませんでした。
彼女は、
大好きだったテレビをプツリと消し、
朝食すら抜くようになりました。
(いまはプロテインですが。)
傍目には、
ストイックすぎる「修行」か、
あるいは極端な「ズボラ」に
見えたかもしれません。
でも、そばで見ていて、
ぼくはようやく気づいたんです。
彼女がやっていたのは、
「新しい自分」を生み出すための、
環境作りだったんだ、と。
何かを始めるためには、
まず、何かを捨てなければならない。
それは、
「手を抜く自分」を許し、
自分のやりたいことをやる。
ぼくはそれでいいと思ってます。
完璧な家事、
完璧な育児、
完璧な妻。
それよりも、
妻が笑顔でいること。
それが家族の幸せだと
確信しているからです。
妻の掲げる理想は常に高い。
それは素晴らしいことでもあるけれど、
時には自分の首を絞めることでもある。
だから、「やめる」と宣言した妻を
喜んで受け入れました。
5年後の答え合わせ(2026年の今、思うこと)
あれから、5年が経ちました。
2021年に彼女が「手放した」ものは、
今のぼくたちの暮らしに、
何をもたらしたのでしょうか。
答えは、
妻の笑顔と
このnoteの連載そのものです。
あの時、
彼女が完璧主義をやめなかったら。
家事の負担を、道具に預けて
「自分を助けること」を許さなかったら。
今の活躍するアーティストとしての彼女も、
こうして過去を振り返って綴るぼくも、
きっと存在していなかった。
「やめる」という決断から生まれた、
ポッカリと空いた「心の余白」。
そこに、
それまで見たこともない、
今の日常が育っていったんです。
寂しさや、
「できなくなること」への恐怖。
成長の過程で削ぎ落とされていく
数々の「当たり前」は、
次のステージへ進むために
必要なことだったのかもしれません。
もし、今のあなたが、
あれもこれもと抱え込んで動けないのなら
勇気を持って、自分を許し、
何かを一つ「やめて」みてください。
そこには、
手放した人にしか見えない、
別の世界があるはずです。
おしまい!!!
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