そのブレーキ、誰が踏んでるんですか?
――俳優思考・第二十七回
世の中、いろんな人がいます。
ある現場で共演した俳優が、「俺、メソッドアクターだから、こんなのやれねぇよ」と言いました。
メソッドというのは、簡単にざっくりと説明すると、リアルな自分の感情を使ってやる演技法のことで、ロシアのスタニスラフスキーから始まり、進化したものがアメリカのリー・ストラスバーグやステラ・アドラー、サンフォード・マイズナーなどによって広まりました。
言わば、演技の宗派のようなものです。
かの名優、マーロン・ブランド、マリリン・モンロー、ジェームス・ディーン、ロバート・デ・ニーロ、アル・パチーノ、ダスティン・ホフマンなども、メソッド演技のアクターズ・スタジオ出身です。
確かに、素晴らしい演技法だと思います。
でも、偉くない。すごくもない。
それを声を大にして、「俺、メソッドアクターだからさ」って言われてもね…。知らんっちゅうねん!って話です。
「メソッドなんかクソくらえ!」って言ってるゲイリー・オールドマンも、素晴らしい俳優ですし。
だからね、「メソッドアクターだから、こんなのやれねぇよ!」っていうのは、「男だから子供産めねぇよ!」って言ってるのとは、わけが違います。どちらかというと、「俺、ワガママだからさ」って前置きしておけば、ワガママに振る舞っても許されると思っている人に近い。
良くするために、とことん話し合うのはいい。こだわりを持って臨むのもいい。頑固になりすぎるのは問題だけど、多少の頑固さなら持っていたって全然いい。でもね、それは全部、言われたことができてからのことなんです。
どんな演技法でやるかなんて、正直どうでもいい。
右を向けって監督に言われたら、向く。思いっきりやる。心の底から「左だ」と思っていても、やる。別に、自分の思いまで変える必要はないんです。やってみて、「やっぱり違う」と思っても、監督が「それ!」と言うなら、それがその作品における正解なんです。
問題なのは、「私は左だと思うので、右は向きません」という人。
できた上で反論するなら、まだ分かります。でも、やらずにグダグダ言っているのは、できないから逃げているだけなんです。
これって、別に俳優だけの話じゃないんですよね。
人って、いつの間にか自分で自分に「こういう人間だ」というものを作ってしまうんです。
「私は人見知りだから」「俺はコミュ障だから」「自分には無理」
こういうの、ありません?
もちろん、本当に苦手なこともあります。向き不向きだってあるでしょう。だから、「何でもやれ!」と言いたいわけじゃありません。
ただね、それって本当に「できない」んでしょうか。もしかしたら、できないんじゃなくて、「やったことがない」だけかもしれない。あるいは、一回やってみて上手くいかなかったから、「自分には向いていない」と決めてしまっただけかもしれない。
俳優だって同じです。
やったことのない役を渡されて、「私はこういう役はできません」と言う人がいる。でも、やってみたら案外できるかもしれない。
自分でブレーキをかけていると、失敗はしません。傷つくこともありません。恥をかくこともありません。だから、とても安全です。
でも、その代わりに、自分がどこまで行けるのかも分からない。
ここの景色が好きだから動かない!というなら、それでもいいですが、もう少し行ってみたら、もっとすごい景色に出くわすかもしれないんですよ。
自分はこうだ!と決めつけて行動範囲を狭めるのは、非常にもったいない。
「私はこういう人だから」と思っている、その「こういう人」とは、これまでの経験から自分で作りあげたものです。だったら、新しい経験をして、変えてみるのも一考じゃないですか。
何度も言いますが、制限をつけてブレーキをかけているのは、他の何者でもない、自分自身です。
ほんのちょっとでいいんです。いつもと違うことをやってみる。普段なら断ることを、一回だけやってみる。「自分には無理」と思ったことを、とりあえず一回やってみる。
もしかしたら、たいしたことないかもしれない。いや、ものすごく面白いかもしれない。やってみないと分からない。
だって、自分がどこまで行けるのかなんて、自分自身でも、まだ知らないんですから。
前回はこちら→『反省って、悪いところを探すことですか?』
まとめはこちら→【俳優思考】
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