CBDCとは何か
中央銀行が“デジタル現金”を考える本当の理由
CBDCという言葉を聞くと、多くの人は「中央銀行が作る電子マネー」のようなものを想像するかもしれません。あるいは、SuicaやPayPayのようなキャッシュレス決済を、政府や中央銀行が直接出すものだと思うかもしれません。
しかし、CBDCは単なる電子マネーではありません。
この記事は、CBDCに賛成・反対を決めるための記事ではありません。CBDCを、現金・銀行預金・stablecoin・民間決済・中央銀行マネーの関係から理解するための基礎地図です。
CBDCとは、Central Bank Digital Currency、つまり中央銀行デジタル通貨です。より正確に言えば、国の通貨単位で表示され、中央銀行の直接負債として発行されるデジタルな決済手段です。簡単に言えば、中央銀行が発行するデジタルなお金です。
ここが、銀行預金や電子マネー、stablecoinとの大きな違いです。
銀行預金は、民間銀行の負債です。
電子マネー残高は、民間事業者に対する請求権として設計される場合があります。
stablecoinは、多くの場合、民間発行体によるデジタルな負債です。
一方、CBDCは、中央銀行マネーのデジタル版として構想されます。
もちろん、「中央銀行がデジタルなお金を出す」と言っても、すぐにすべての人が中央銀行に直接口座を持つという意味ではありません。CBDCには多くの設計パターンがあります。中央銀行が発行し、民間銀行や決済事業者が利用者接点を担う形もあります。小売決済に使う一般利用型CBDCもあれば、金融機関間の決済に使うホールセールCBDCもあります。
ここで重要なのは、CBDCを単なる新しい支払いアプリとして見ないことです。
CBDCの本質は、中央銀行マネーをデジタル時代にどう残すかという問題です。
現金の利用が減る。
民間キャッシュレス決済が増える。
巨大テック企業がウォレットを握る。
ドル建てstablecoinが国境を越えて流通する。
トークン化された金融資産が新しい決済資産を必要とする。
AIエージェントが機械的に支払うようになる。
こうした変化の中で、中央銀行は問われています。
デジタル空間に、公共性のあるお金は必要なのか。
中央銀行マネーは、現金だけで十分なのか。
民間決済が便利になれば、それでよいのか。
stablecoinや巨大プラットフォームが決済の主導権を握ったとき、通貨制度はどうなるのか。
本稿では、今後この媒体を読むための入口として、CBDCとは何かを整理します。
難しい金融技術を暗記する必要はありません。まず必要なのは、CBDCを「電子マネーの中央銀行版」としてではなく、中央銀行マネー、現金性、民間決済、通貨主権をめぐる制度設計として見ることです。
1.CBDCとは、中央銀行が発行するデジタルなお金である
まず、定義から整理します。
CBDCとは、国の通貨単位で表示され、中央銀行の直接負債として発行されるデジタルな決済手段です。簡単に言えば、中央銀行が発行するデジタルなお金です。ここで最も重要なのは、「中央銀行が発行する」という点です。
現金、とくに銀行券は、私たちが日常で直接使える公的なお金です。日本では銀行券は日本銀行が発行し、硬貨は政府が発行しますが、いずれも日常決済で使える法定通貨として機能しています。
銀行預金は便利に使えますが、中央銀行の負債ではありません。民間銀行の負債です。私たちが銀行口座に持っているお金は、銀行に対する預金債権です。
CBDCは、この中央銀行マネーをデジタルな形で一般の人や企業、あるいは金融機関が使えるようにする構想です。
ただし、CBDCには大きく二つの種類があります。
第一に、一般利用型CBDCです。
これは、個人や企業が日常的な支払いに使うことを想定したCBDCです。いわば「デジタルな現金」に近い発想です。コンビニで払う、個人間で送る、オンラインで支払う、災害時にも使う。こうした小売決済の世界で使われる可能性があります。
第二に、ホールセールCBDCです。
これは、主に金融機関同士の決済や証券決済、大口資金移動に使うことを想定したCBDCです。金融機関はすでに中央銀行当座預金というデジタルな中央銀行マネーを使っていますが、ホールセールCBDCでは、トークン化証券や分散台帳上の取引とどう接続するかが重要な論点になります。
この二つは、同じCBDCという言葉で呼ばれますが、問題意識はかなり違います。
一般利用型CBDCは、現金、キャッシュレス、金融包摂、プライバシー、民間決済との競合が焦点になります。
ホールセールCBDCは、証券決済、銀行間決済、担保、清算、トークン化金融市場との接続が焦点になります。
入門段階では、まずこの二つを分けておくことが重要です。
CBDCとは、単に「スマホで使える中央銀行のお金」ではありません。
それは、中央銀行マネーをどの利用者に、どの範囲で、どの台帳上で使わせるかという設計問題なのです。
2.なぜ中央銀行はCBDCに関心を持つのか
では、なぜ中央銀行はCBDCを検討するのでしょうか。
理由は国によって違います。現金利用が急速に減っている国もあれば、金融包摂が課題の国もあります。stablecoinへの警戒が強い国もあれば、決済インフラの効率化を狙う国もあります。CBDCには、単一の理由があるわけではありません。
それでも、大きく見ると、主な動機は五つあります。
第一に、現金利用の低下です。
現金は、一般の人が直接使える公的なお金です。しかし、キャッシュレス化が進むと、日常生活の中で現金を使う機会は減ります。もし将来、決済の大部分が民間のアプリやカード、銀行口座だけで行われるようになれば、一般の人が中央銀行マネーに触れる機会はさらに少なくなります。
そのとき、中央銀行マネーをデジタル空間にも残すべきではないか。これがCBDCの大きな動機の一つです。
第二に、民間決済インフラへの依存です。
カードネットワーク、QR決済、巨大テック企業のウォレット、銀行アプリ。これらは便利です。しかし、すべて民間の仕組みです。民間決済が寡占化し、手数料やルールを少数の事業者が握るようになれば、公共的な決済インフラとしての問題が出てきます。
CBDCは、民間決済を否定するものではありません。むしろ、多くの構想では民間事業者と共存する前提です。ただし、中央銀行マネーという公共的な決済資産をデジタル空間に用意することで、民間決済に対する基準点を残す狙いがあります。
第三に、stablecoinへの対応です。
ドル建てstablecoinが国境を越えて広がると、各国の中央銀行にとっては通貨主権の問題になります。自国通貨よりも便利なデジタルドルが日常的に使われるようになれば、金融政策や国内銀行システムに影響が出るかもしれません。
CBDCは、こうした民間デジタルマネーへの対抗策として議論されることがあります。自国通貨建ての安全なデジタル決済手段を用意し、民間stablecoinに過度に依存しないようにするという発想です。
第四に、金融包摂です。
銀行口座を持ちにくい人、民間決済サービスにアクセスしにくい人、災害時や通信障害時にデジタル決済から排除される人。こうした人々に、公共的で安全なデジタル決済手段を提供できないか。これもCBDCの論点です。
ただし、CBDCを出せば自動的に金融包摂が進むわけではありません。スマートフォン、本人確認、通信環境、利用者教育、オフライン機能、民間事業者との接続が必要です。CBDCは金融包摂の道具になりえますが、それ自体が万能薬ではありません。
第五に、金融市場インフラの更新です。
ホールセールCBDCの文脈では、証券決済や銀行間決済、トークン化資産の決済が焦点になります。金融資産がトークン化されるなら、決済資産も同じようにデジタル台帳上で動く必要が出てくるかもしれません。証券は即時に動くのに、お金の最終決済が従来の仕組みに残ると、効率が落ちます。
このため、中央銀行マネーをデジタル台帳上でどう使うかが議論されています。
つまり、CBDCの動機は一つではありません。
現金、民間決済、stablecoin、金融包摂、金融市場インフラ。
これらが重なる場所に、CBDCがあります。
3.CBDCは、現金の代わりなのか
CBDCは、しばしば「デジタル現金」と呼ばれます。これは直感的には分かりやすい表現です。しかし、少し注意が必要です。
現金には、独特の性質があります。
誰でも使える。
停電や通信障害に比較的強い。
少額の取引なら高い匿名性がある。
受け取った人はその場で支払いを完了できる。
銀行口座やスマホアプリがなくても使える。
手数料を意識せずに使える。
公的なお金としての安全性がある。
これらをすべてデジタルで再現するのは、簡単ではありません。
たとえば、現金に近い匿名性をCBDCに持たせると、マネーロンダリングや犯罪利用のリスクが高まります。一方、すべての取引を中央銀行や政府が見られる設計にすれば、プライバシーへの不安が高まります。現金はオフラインでも使えますが、CBDCでオフライン決済を実現するには、二重支払い防止や端末セキュリティの難題があります。
つまり、CBDCは現金のデジタル版を目指すとしても、現金と同じものにはなりません。
ここで重要なのは、現金性という考え方です。
現金性とは、単に紙でできていることではありません。
一般受容性、即時性、最終性、プライバシー、オフライン性、誰でも使えること。
こうした性質のまとまりです。
CBDCの設計では、この現金性をどこまで残すかが問われます。
便利さを重視すれば、スマホアプリやオンライン決済との連携が重要になります。
不正対策を重視すれば、本人確認や取引データの管理が必要になります。
プライバシーを重視すれば、取引情報の見え方を制限する必要があります。
金融包摂を重視すれば、スマホを持たない人や通信が弱い地域でも使える設計が必要になります。
つまり、CBDCは「現金の代わり」ではなく、現金のどの性質をデジタル空間に残すのかという設計問題です。
ここを見落とすと、CBDCの議論は浅くなります。
CBDCが現金に近いのか。
銀行預金に近いのか。
電子マネーに近いのか。
給付金用のデジタル券に近いのか。
政策制御可能なお金に近いのか。
この違いが、CBDCの本質です。
4.CBDCは、銀行預金と何が違うのか
CBDCを理解するには、銀行預金との違いを見るのが分かりやすいです。
銀行預金は、民間銀行の負債です。私たちは銀行口座の残高をお金として使っていますが、それは中央銀行が直接発行したお金ではありません。銀行に対する請求権です。銀行は預金を受け入れ、その資金を貸出や運用に使い、経済に信用を供給します。
一方、CBDCは中央銀行の負債です。もし一般利用型CBDCが導入され、個人や企業が直接または間接的にCBDCを保有できるようになれば、それは民間銀行ではなく中央銀行への請求権に近いものになります。
この違いは、金融システムにとって大きいです。
もし人々が銀行預金からCBDCへ大量に資金を移せるようになれば、銀行の預金基盤が弱くなる可能性があります。預金が減れば、銀行の貸出や資金調達に影響が出るかもしれません。特に金融不安時には、「民間銀行より中央銀行マネーのほうが安全だ」と考えた人々がCBDCへ資金を移す可能性があります。これは、デジタルな取り付けリスクにつながります。
このため、多くのCBDC構想では、保有上限や付利の有無、銀行・決済事業者との役割分担が重要な論点になります。
たとえば、CBDCに利息をつけるのか。
多額のCBDC保有を認めるのか。
銀行預金からCBDCへの移動をどこまで容易にするのか。
民間銀行が利用者接点を担うのか。
CBDCは銀行預金を置き換えるのか、それとも補完するのか。
中央銀行にとって、CBDCは便利なデジタル通貨であると同時に、銀行システムへの影響を慎重に設計しなければならない道具です。
つまり、CBDCの論点は「使いやすいか」だけではありません。
銀行預金との関係をどう設計するかが極めて重要なのです。
5.CBDCとstablecoinは何が違うのか
CBDCとstablecoinは、どちらもデジタルなお金として語られます。しかし、両者はまったく違います。
stablecoinは、多くの場合、民間発行体によるデジタルな負債です。価値を米ドルなどの法定通貨に連動させるよう設計され、発行体の準備資産や償還ルールによって信用が支えられます。
一方、CBDCは中央銀行の負債です。信用の源泉は、中央銀行とその通貨制度にあります。
この違いは大きいです。
stablecoinは、民間が作るデジタルな支払い単位です。
CBDCは、中央銀行マネーのデジタル化です。
stablecoinは、スピードや開発者エコシステム、グローバルな接続性に強みを持つことがあります。特にUSDCやUSDTのようなドル建てstablecoinは、暗号資産市場、DeFi、越境決済、AIエージェント決済の中で使われています。
一方、CBDCは、中央銀行マネーとしての安全性と公共性を前面に出します。もし設計がうまくいけば、民間発行体の信用リスクに依存しないデジタル決済資産になります。
ただし、CBDCがstablecoinより常に便利とは限りません。中央銀行が直接すべてのイノベーションを担うのは難しいです。民間事業者のUX、ウォレット、API、加盟店網、開発者コミュニティがなければ、CBDCは使われません。
逆に、stablecoinは便利でも、発行体リスク、準備資産リスク、償還リスク、規制リスク、通貨主権リスクを抱えます。
したがって、CBDCとstablecoinは単純な代替関係ではありません。
むしろ、将来の決済インフラでは、CBDC、stablecoin、銀行預金、tokenised deposits、現金が、それぞれ異なる役割を持つ可能性があります。
重要なのは、どれが勝つかだけではありません。
どの用途に、どの種類のお金が使われるかです。
6.CBDCは、民間決済を置き換えるのか
CBDCをめぐっては、「中央銀行が民間決済を置き換えるのではないか」という懸念があります。
これは重要な論点です。もし中央銀行が直接、すべての個人や企業にウォレットを提供し、本人確認を行い、決済アプリを運営し、データを管理するなら、民間銀行や決済事業者の役割は大きく縮小するかもしれません。
しかし、多くの国で検討されているCBDCは、必ずしもそういう設計ではありません。むしろ、中央銀行はCBDCの発行や基盤部分を担い、民間銀行や決済事業者が利用者接点、ウォレット、本人確認、顧客対応、追加サービスを担う「二層構造」が有力な設計として議論されています。
この構造では、中央銀行はお金そのものの発行体としての役割を保ちます。一方、民間事業者は利用者向けサービスを提供します。つまり、CBDCは民間決済を完全に排除するのではなく、民間決済の上に乗る安全な決済資産として機能する可能性があります。
ただし、民間事業者にとっては、なお大きな影響があります。
CBDCが無料または低コストで使えるなら、既存の決済手数料モデルに圧力がかかるかもしれません。
CBDCが標準的な決済資産になれば、ウォレット事業者や銀行は差別化を迫られます。
CBDCのルールを中央銀行や政府が定めるなら、民間ネットワークのルールメイキング力は相対的に弱まるかもしれません。
つまり、CBDCは民間決済を必ずしも置き換えません。
しかし、民間決済の前提条件を変える可能性があります。
CBDCを見るときは、「中央銀行が全部やるのか、民間が全部やるのか」という二分法ではなく、中央銀行と民間事業者の役割分担を見る必要があります。
7.CBDCはプライバシーを守れるのか
CBDCの最大の論点の一つが、プライバシーです。
現金には、一定の匿名性があります。誰かに千円札を渡しても、その取引が自動的に中央のデータベースへ記録されるわけではありません。もちろん、高額取引や犯罪対策には規制がありますが、少額の日常取引では、現金にはかなり強いプライバシーがあります。
CBDCでは、この性質をどう扱うかが問題になります。
もしCBDCの取引がすべて中央銀行や政府に見える設計なら、人々は監視を懸念します。何を買ったか、誰に送ったか、どこで使ったか。こうしたデータは非常にセンシティブです。
一方で、完全に匿名にすれば、マネーロンダリング、脱税、犯罪利用への対応が難しくなります。
したがって、多くのCBDC構想では、プライバシーと規制対応のバランスが検討されています。たとえば、少額取引では高いプライバシーを認める。高額取引では本人確認や取引監視を強める。中央銀行は個人の取引内容を見ないようにし、仲介機関が必要な範囲でコンプライアンスを担う。オフライン決済では現金に近いプライバシーを持たせる。こうした設計が議論されています。
ただし、プライバシーは「約束」だけでは足りません。
誰がデータを見るのか。
中央銀行は見ないのか。
政府機関は見られるのか。
民間仲介機関はどこまで見るのか。
法執行機関はどの条件でアクセスできるのか。
データはどの期間保存されるのか。
利用者はそれを理解できるのか。
ここまで設計されて初めて、CBDCのプライバシーは信頼されます。
CBDCの成否は、便利さだけでは決まりません。
人々が、自分のお金の使い道を過度に見られないと信じられるかが重要です。
8.CBDCは、プログラム可能なお金なのか
CBDCをめぐってよく出てくる言葉に、「プログラム可能なお金」があります。
これは、お金に条件をつけられるという発想です。たとえば、特定の用途にだけ使える。期限内に使わなければ失効する。特定地域でだけ使える。給付金を食品や教育費に限定する。災害支援を特定の店舗で使えるようにする。こうした機能が考えられます。
一見すると、政策効率は高まりそうです。補助金の不正利用を減らせる。給付が目的外に使われるのを防げる。支援が実際に必要な用途へ届く。行政から見ると魅力的です。
しかし、ここには大きな緊張があります。
お金に条件を埋め込めるということは、裏返せば、お金の自由さを削れるということでもあります。
現金の強みは、受け取った人が何に使うかを自分で決められることです。生活支援を受けた人が、食費に使うのか、交通費に使うのか、薬代に使うのか。それは本人の生活状況によって違います。お金の自由さは、受け取る人の判断と尊厳に関わります。
CBDCが「現金のデジタル版」として語られるなら、その自由さをどこまで残すのかが問われます。一方で、CBDCが政策給付インフラとして語られるなら、使途制限や条件設定が前面に出ます。
ここで大事なのは、CBDCそのものと、CBDCを使った政策プログラムを分けて考えることです。さらに言えば、CBDCそのものに制約を埋め込む「プログラム可能なお金」と、ウォレットや支払い指図のレイヤーで条件を管理する「プログラム可能な支払い」を分けて考える必要があります。
CBDC自体を強くプログラム可能なお金にするのか。
それとも、給付制度やウォレット、加盟店承認のレイヤーで条件を管理するのか。
利用者に選択肢はあるのか。
異議申立てはできるのか。
現金や銀行振込という逃げ道は残るのか。
プログラム可能性は、CBDCの魅力であると同時に、最も危うい点でもあります。
便利さと統制は、しばしば同じ技術から生まれます。
だからこそ、CBDCでは技術だけでなく、権力の使い方を設計しなければなりません。
9.CBDCを見るための七つの問い
CBDCのニュースを見るときは、次の七つの問いを立てると整理しやすいです。
第一に、誰が使うCBDCなのか。
一般消費者や企業が使う一般利用型CBDCなのか。金融機関が使うホールセールCBDCなのか。ここを分けないと、議論が混乱します。
第二に、何のために導入するのか。
現金利用低下への対応なのか。金融包摂なのか。民間決済への競争圧力なのか。stablecoin対策なのか。金融市場インフラの更新なのか。目的によって設計は変わります。
第三に、誰が利用者接点を担うのか。
中央銀行が直接ウォレットを提供するのか。銀行や決済事業者が仲介するのか。本人確認、顧客対応、アプリ開発、加盟店対応は誰が行うのか。
第四に、銀行預金にどう影響するのか。
保有上限はあるのか。利息はつくのか。銀行預金からCBDCへの資金移動が容易すぎないか。金融不安時にデジタル取り付けを起こさないか。
第五に、プライバシーはどう守られるのか。
中央銀行、政府、仲介機関、加盟店は何を見られるのか。少額決済と高額決済で扱いは違うのか。オフライン決済は可能か。データ保存期間はどうなるのか。
第六に、民間決済とどう共存するのか。
CBDCはカード、QR決済、銀行送金、電子マネーを置き換えるのか。補完するのか。民間事業者はどこで収益を得るのか。加盟店手数料や利用者体験はどう変わるのか。
第七に、programmabilityをどこまで認めるのか。
お金そのものに条件を埋め込むのか。給付制度やウォレット側で条件管理するのか。使途制限、期限、対象店舗、地域限定をどこまで認めるのか。異議申立てはできるのか。
この七つを見れば、CBDCを「新しいデジタル通貨」としてではなく、制度設計として理解できます。
10.なぜCBDCはいま重要なのか
CBDCがいま重要なのは、複数の大きな流れが重なっているからです。
第一に、現金の相対的な低下です。国や地域によって差はありますが、キャッシュレス化が進むほど、現金の役割は変わります。現金が減る社会で、中央銀行マネーをどう残すかは重要な問いになります。
第二に、民間決済の巨大化です。カードネットワーク、スマホ決済、巨大テック企業のウォレットが決済接点を握るほど、公共的な決済インフラのあり方が問われます。
第三に、stablecoinの拡大です。特にドル建てstablecoinが国境を越えて使われると、各国の通貨主権や銀行預金に影響する可能性があります。CBDCは、その対抗軸として議論されることがあります。
第四に、トークン化金融市場の発展です。RWA、トークン化国債、tokenised deposits、オンチェーン証券決済が広がると、中央銀行マネーをデジタル台帳上でどう使うかが問われます。
第五に、災害・障害時のレジリエンスです。現金は、デジタル決済が止まったときの最後の手段になります。CBDCが本当に現金に近い役割を担うなら、オフライン性や災害時利用も重要です。
第六に、AI時代の機械間決済です。AIエージェントがAPIやデータへ支払う世界では、機械が扱える決済資産が必要になります。stablecoinが先行する可能性がありますが、中央銀行マネーがその世界にどう関与するかも、長期的には論点になります。
つまり、CBDCは単なる中央銀行の技術実験ではありません。
それは、現金、銀行預金、民間決済、stablecoin、トークン化金融、AI決済が交わる場所にあるテーマです。
11.日本ではCBDCはどう位置づけられているのか
日本でも、日本銀行はCBDCに関する実証実験を進めています。
日本銀行は、2021年4月から概念実証を開始し、2023年4月からはパイロット実験を進めています。パイロット実験では、実験用システムの構築と検証、そして民間事業者との議論の場であるCBDCフォーラムを柱に、技術面・運用面の検討を進めています。
ただし、ここで重要なのは、日本銀行が現時点でCBDCの発行を決めているわけではないということです。実証実験は、将来必要になった場合に備え、技術的な実現可能性や制度設計上の論点を検討するためのものです。
これは日本らしい進め方だと思います。
日本は現金利用がまだ比較的根強く、民間キャッシュレス決済も発展しています。だから、CBDCを急いで導入する必然性は、国によっては相対的に弱いかもしれません。一方で、将来、決済環境が大きく変わったときに何も準備していないわけにはいきません。
stablecoin、デジタルユーロ、デジタル人民元、tokenised deposits、トークン化証券決済。こうした世界的な動きの中で、日本の円と決済インフラをどう位置づけるかは重要です。
つまり、日本のCBDC論は、「すぐにデジタル円を出すかどうか」だけではありません。
将来、円の中央銀行マネーをデジタル空間でどう使えるようにしておくかという準備の問題でもあります。
12.この媒体でCBDCを見る視点
この媒体「決済インフラ観測」でCBDCを見るとき、重視したいのは技術の目新しさではありません。
見たいのは、その奥にある制度設計です。
CBDCは現金のどの性質を残すのか
銀行預金とどう共存するのか
民間決済事業者はどこで役割を持つのか
stablecoinへの対抗軸になるのか
給付金や福祉に使う場合、受給者の自由は守られるのか
ホールセールCBDCはトークン化金融市場にどう入るのか
プライバシーと不正対策をどう両立するのか
中央銀行マネーをデジタル時代にどう残すのか
CBDCの本質は、「中央銀行がアプリを作るかどうか」ではありません。
本当の問いは、デジタル時代に、公共的なお金をどこに残すのかです。
この問いを持つと、CBDCはかなり重要なテーマになります。なぜなら、それは単なる新しい決済手段ではなく、現金、銀行預金、民間決済、stablecoin、金融市場インフラをつなぐ交差点だからです。
結び――CBDCは、電子マネーではなく「中央銀行マネーの再設計」として見る
CBDCとは何か。
私の答えは、こうです。
CBDCとは、中央銀行マネーをデジタル空間で使えるようにするための制度設計です。
それは、デジタル現金かもしれません。
しかし、現金と同じではありません。
中央銀行の負債です。
しかし、利用者接点は民間が担うかもしれません。
金融包摂の道具かもしれません。
しかし、設計を誤れば排除も生みます。
政策給付を効率化するかもしれません。
しかし、お金の自由さを削る危険もあります。
stablecoinへの対抗軸かもしれません。
しかし、民間イノベーションなしには使われません。
だから、CBDCを「中央銀行版PayPay」や「国が作る電子マネー」として見るのは浅いと思います。
本当に見るべきなのは、CBDCがどの種類の中央銀行マネーであり、誰が使い、誰が仲介し、どのデータが残り、銀行預金とどう共存し、現金性をどこまで保つのかです。
CBDCが広がるということは、単に新しい決済アプリが増えるということではありません。デジタル空間で、中央銀行マネーをどのように残すのかをめぐる制度設計が進むということです。
現金なのか。
銀行預金なのか。
stablecoinなのか。
tokenised depositsなのか。
CBDCなのか。
あるいは、それぞれが用途ごとに棲み分けるのか。
この問いは、これからの決済インフラを見るうえで避けて通れません。
CBDCとは、単なる電子マネーではありません。
それは、デジタル時代の中央銀行マネーを誰のために、どの形で残すのかという問題なのです。
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参考文献
BIS: Central bank digital currencies: foundational principles and core features
BIS: Central bank digital currencies: foundational principles and core features — Executive paper
World Bank: Central Bank Digital Currency: Background Technical Note
European Data Protection Supervisor: TechDispatch on Central Bank Digital Currency
