気づかずに、継承されている。変わらない部分にこそ、宿るもの。
大学院での学び、半月の経過
4月から京都芸術大学大学院(MFA)での学際デザインの勉強がスタートして、早くも半月が経過しました。
毎週、授業と課題提出に追われる日々で大変さはありますが、新しい知識や視点に触れることは、何物にも代えがたい好奇心の刺激になっています。
そのような中で今、深く向き合っているテーマの一つが「伝統文化」。
伝統とは何か? いつから伝統と呼ばれるようになるのか? 連日、仲間たちとチャットを通じて熱い議論を交わしながら、その本質を探っています。
伝統文化そのものは、伝統文化を作ろうとしてできたものではなく、優れていたからこそ継承されてきたものと、近代化の後に「これこそが私たちの文化だ」と意図的につくられたものがある。今はそのようなことを学んでいます。
オンライン墓地に見た「伝統」の形
この勉強を進める中で、ある面白い事実に気づきました。 私が注目したその象徴的な例が、最近増えている「オンライン墓地」。
お墓が遠くてお参りに行けない、管理が難しいといった現代の悩みに応え、ネット上で故人を偲ぶサービス。故人のアルバムが見られたり、音声が聴けたりと、まさにネットならではの新しい機能が並びます。
しかし、私が注目したのはそこではありません。 画面の中をよく見てみると、そこには従来の「墓石」がデザインされています。そして、ボタン一つでお線香を供え、お花を飾る。宗派ごとの作法もしっかりと組み込まれています。
形態はリアルからオンラインへと劇的に変わりました。新しい機能ばかりに目が行ってしまいますが、実は「これがないとお墓ではない」と感じる当たり前のところで、伝統文化が脈々と継承されている。
この「気がつかずに継承されているもの」こそが伝統であり、私たちのアイデンティティそのものなのだと感じました。
変わらない部分こそが、組織のDNA
この気づきは、私の本業である組織開発や人事コンサルの現場にも通じます。
私たちはつい、新しい事業展開や最新の人事制度といった「変化」にばかり目を向けがちです。 しかし、どれだけ形を変えても、実は変わっていない部分が必ずあるはず。それこそが、その組織のDNAであり、失ってはいけないアイデンティティなのではないでしょうか。
近代化の中で失われるものを守ろうとする動きは、自分たちが何者であるかを見失わないための本能的な防衛です。
私の仕事は、クライアントの「取り組み課題」からスタートすることが多いので、新しく創るもの、変えていくものにフォーカスをしがちです。
しかし、これからは、もっと別の視点も持っていきたい。 「この組織で、形が変わってもずっと受け継がれているものは何か?」 「絶対に変えてはいけない部分はどこなのか?」
変えるべきものを見極めるのと同じくらい、足元で静かに息づく「変わらないもの」に光を当てること。 それが、真に強い組織をつくる一歩になるのだと、今強く感じています。
