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【連載】東国三社参り参拝レポ 《第六話》 鹿島神宮 考察編 《後編》 〜 エピソード篇 〜

前回の第五話では
布都御魂《フツノミタマ》を軸に
鹿島神宮を深掘りした

韴霊剣(ふつのみたまのつるぎ)は
二代目やったけど

タケミカヅチの精神や
フツノミタマの霊力は

塚原卜伝の「一の太刀」へと
受け継がれていった


今回の
鹿島神宮 考察編《後編》では

旅行記では時間の都合で
サラッとしか触れなかった伝承やロマンを

オムニバス形式で
ひとつひとつ丁寧に語っていくで


今回取り上げるエピソードは
この5つや

・御神木と鏡石
・韴霊剣(2nd)誕生の謎
・要石の深層
・御手洗池と禊
・御船祭

ほな
さっそく行くでぇ


▼この記事を1枚にまとめると






✦ ✦ ✦
第一章:
御神木と鏡石 ー 本殿の裏に眠る神の座

まず一つ
問いかけをさせてほしい

そもそも「神社」って
なんやと思う?


『神さん』の『お社』とは?


現代人は
神社=社殿がある場所

という
イメージを持っとると思う


でも


実はそれ
後から作られたイメージやねん

古代の神道には
建物なんてあらへんかった


古代の日本人にとって

神は
山・海・川・木・岩

自然そのものに宿る存在やった


特定の場所に
神が降りてくる

その場所を
聖域として守る

それが
神道の原点やねん

そして

神が降りる場所には
二つの形があった

神籬(ひもろぎ)
ーーーーーーーーーーーーーー
神を招く為に清められた
木立や空間のこと

特定の杉や榊を立てて
注連縄で囲んで結界を張る

そこを依代(よりしろ)として
神事の際に神が降臨する

◆ 磐座(いわくら)
ーーーーーーーーーーーーーー
神が宿る
あるいは降臨する対象となる
巨石や岩のこと

古来より大きな岩や
特別な形の石が

神の座として崇められてきた


つまり

古代の「神社」とは


特定の木と岩が
注連縄で囲まれた場所


それだけやったんや


ところが


6世紀に
仏教が日本に伝来した


仏教は
壮麗な寺院建築を持っとった

仏像を安置する建物
参拝者が礼拝する空間

その美しさと
体系的な整備に

神道も対抗する必要が出てきた

こうして

神道にも建物が必要やで


という流れが生まれ

各地に社殿が
造られるようになっていった

ただ

拝殿が整備されるんは
本殿の整備よりもっと後のことや

本来
神社の祭祀は


本殿の正面の
露天の祭場で行われとった


建物の中やなく


空の下で


神さまと
向き合っとったわけやねん


そして


建物が整備された後も


御神霊と因縁のある
磐座や神籬では祭りが続けられてきた


本当の聖地は
建物の中やなかったんや



さて

この話を踏まえて


鹿島神宮の本殿の裏について
話をさせてほしい


本殿の背後には
一際大きな杉の木がそびえ立っとる


御神木

高さ43メートル
根元の周り12メートル

樹齢1300年以上


神宮の森の中でも
最も古く最も大きい杉や


これがまさに
神籬(ひもろぎ)やねん


タケミカヅチが依代とする
神聖な木やねん

そして御神木には
こんな伝説が残っとる

嵐の夜には
頂きが光った


タケミカヅチは
剣神でもあり雷神でもある

嵐の夜に
御神木の頂きが光る

タケミカヅチの霊力が
御神木に宿っとる証


として
語り継がれてきたんやろな


さらに


昔の漁師たちは
沖から御神木を見て
自分の位置を確認したという


GPSも
灯台すらもない時代

御神木が航海の道標
やったわけや


そして


御神木のさらに後ろに
鏡石(かがみいし)がある


こっちが
磐座(いわくら)やねんけど


鏡石はタケミカヅチが座る
玉座とされるので


タケミカヅチの御座(みましのざ)


と言った方が
ええかも知らんな


御座とは
神さんの玉座を指す言葉やねん


細かいことは
これくらいでええとして


つまり
こういうことやねん

鏡石(磐座=タケミカヅチの御座)
    ▼▼▼
御神木(神籬=タケミカヅチの依代)
    ▼▼▼
本殿(仏教伝来後に建てられた社殿)


本殿の背後に
この構造が一直線に並んどる


要するに
社殿が建てられるずっと前から


祭祀は
鏡石と御神木の前で行われとった



建物より先に
神さまの座があったんや




これは
鹿島神宮に限らんことやけど


社殿が建てられたから
そこが聖地になったんやないねん


その逆で


神さんは
ずっとその地にいらっしゃってて

人は神や自然と共に
悠久の時を過ごして来た

しかし

人間側の文化や習慣が変わったから
後になって社殿が建てられた


これが神道の特徴やねん
神道が アミニズム と言われる由縁やね



◆アニミズムとは?
人間以外の動物、植物、さらには山や川、岩、風、天体などの自然物や自然現象すべてに、霊魂や意思、生命が宿っていると捉える世界観や信仰のこと



✦ ✦ ✦
第二章:
二代目 韴霊剣(ふつのみたまのつるぎ)誕生の謎

第一章で語った
御神木の樹齢は


1300年以上


実はこの数字
重要な事実と一致しとるんや


二代目 韴霊剣 の製作年代


奈良時代末期から
平安時代初期

つまり
およそ1300年前

これは
偶然の一致やろか?


この謎を解くために
まずは

タケミカヅチから離れた
布都御魂剣が

どうなったのかを
時系列で整理してみようと思う

◆ 初代 布都御魂剣の旅


神武天皇の東征で
軍勢を救った布都御魂剣は

神武天皇即位後
物部氏の遠祖によって宮中で祀られとった

そして

崇神天皇の時代に
石上神宮へ遷された

ここが重要やねん

石上神宮へ遷った時点で

「石上神宮の御神体として
 永久に祀られる」


という決定が
なされてるってことやねん


つまり


遷した瞬間から
鹿島には戻らへんことは決定しとった


ところが


数百年が経って奈良時代になると
大な転機が訪れる


古事記(712年)
日本書紀(720年)


日本神話を文字として
後世に残し

世界に配信する国家プロジェクトとして
記紀神話が編纂された


そして


同年代に成立した
常陸国風土記(713年)には
こんな記述が残っとる

「鹿島の砂鉄で剣を造った」


韴霊剣(2nd) の誕生や



しかし
ここで疑問が出てくる

一体誰が
二代目を作らせたんやろか?



実は


誰が作らせたかという明確な記録は
残っとらへんねん


国家プロジェクトの一環やと思われるが
作者が記録されてへん


でもこれ
神道的な感覚やと普通かもな

剣そのものに意味があんであって
製作者が誰でも関係ない


誰が作ったかより
何のために作られたかが重要や


では
次の疑問として

何のために作られたんか?


やねんけど
その答えはシンプルや

初代が戻らへんなら
新たにタケミカヅチの御霊を
宿す剣が必要や


そして

神話を文字に残すのと同じ時代に
剣も形として残された

古事記と日本書紀
そして 韴霊剣(2nd)の制作時期が近い


これは偶然やなく


日本という国の在り方を
最高の形で世界や後世に伝えようとした

奈良時代の
国家としての意志やねん


かくして


国家事業として
記紀の編纂が執り行われると同じ時期に


鹿島神宮の御神木は根を張り始め
韴霊剣(2nd)が鍛えられた


そう思うと


1300年前の鹿島には
まだまだもっと深いロマンが眠ってそうや




✦ ✦ ✦
第三章:
要石について話そう

旅行記の第一話で
立ち寄った

要石

水戸黄門が
7日7晩掘らせても

底に辿り着けへんかった
あの石や


(詳しくは旅行記第一話をどうぞ)


今回は

「なぜ要石は
 地中に埋まっとるのか」


という問いから
考察を始めていきたいと思う


地震と鯰の信仰


日本では古来から
地震を起こす存在が地中に潜んでいる
という信仰があった


その存在が
大鯰(おおなまず)


なぜ鯰やったんやろか ?
地面の中におらん生き物やのに


その答えにも
神道的な考え方が関わってくる


鯰は
水底の泥の中に潜む

普段は静かやけど
何かの拍子に激しく動く

その動きが
大地を揺らすと古代人は信じとった


ここで
神道的な視点が入ってくる

鯰という生物は
水と地の境界に生きる生き物 やねん

水の中でもなく
陸でもない


境界の存在


日本の神道において
境界は特別な力を持つ場所とされとる


川の境界
山の境界
この世とあの世の境界



境界には
人間の理解を超えた何かが宿る


ここで
鯰と地震の話に戻すと


古代の人々は「境界の生き物」である鯰が
地と水の境界で暴れる


という風に
考えとったみたいやねん

考えとったというよりか
信仰しとったと言うた方がええかもな


正に神道の世界観と
見事に一致しとるわけやねん

なぜ石が地中に埋まっとるのか?


もうお気づきやと思うけど
要石は鯰の動きを止める封印やから

地上に露出させとく
意味ないねん

人間には手が届かへん
神の領域に大鯰を封じ込めとる


徳川光圀が掘らせても
底に辿り着けへんかったのは

単に深いというだけやなく

「ここから先は
 人間が立ち入ったらアカン領域」

っちゅう
神さんのメッセージやったやろな

知らんけど😁



ここで
小話を追加しとこか


現代の地震学との一致や


鹿島 や 香取 がある
関東から東海にかけてのエリアは


・フィリピン海プレート
・太平洋プレート
・ユーラシアプレート



三枚のプレートが
ぶつかり合う世界でも稀有な場所や


要するに


地震がものすごく
起こりやすい場所っちゅうわけ


つまりやで


古代の人々が
この地で大鯰を押さえようとした発想は
地質学的に正しいねん


ほんで


要石にまつわる話は
各時代ごとにも色々とあってやな


例えば


安政2年(1855年)に
江戸を大地震が襲った直後には

鹿島の神さまが
大鯰を剣で押さえつける 鯰絵
大量に出回ったという


違うパターンやと


旧暦10月 = 神無月に起きた地震
については

「タケミカヅチが
 出雲に行って不在やったから
 地震が起きた」

※ 神無月に神々が出雲に集まるという伝承に由来

という信仰も
あったらしいねん


要石は


この地に住む人々を神代から守り続ける
文字通り 結界の要 やったわけや



古伝によると
要石の起源 については

タケミカヅチと
フツヌシが大いに関係しとる


大昔


鹿島や香取のこの地域では
地震が頻発しとった

タケミカヅチと
フツヌシの二柱は

天照大神の大命を受けて
この地に至った時

二柱の武神は
地中に深く石棒を差し込み

鯰の頭と尻尾を
同時に押さえて地震を治めた


これが
要石の起源や



ここで
改めて気づくことがある

地上では
国譲りで大国主神を挟み込んだ

地下では
大鯰を要石で挟み込んどる

「挟み込む」という戦略は
 どちらの話でも一貫してるやん


そう思ったら


この二柱は常に
コンビで日本を守り続ける

神代からの
ヒーローなんちゃうんか


なんて
想像してもうた


そして
改めて思う


明治以前に
「神宮」を名乗れた神社はたった3つ

そのうちの2社が連携して
大鯰を抑え込んどるのは偶然やない

これはきっと
この地域だけでなく日本全土を守る

平和の象徴
っちゅう意味もあったんちゃうかな

知らんけど


✦ ✦ ✦
第四章:
御手洗池と禊 - 水が持つ霊力の本質

旅行記編で
娘が鮎を食べとった場所ね

御手洗池《みたらしいけ》

1日に40万リットル以上の
湧水が湧き出す池

水底が一面
見渡せるほど澄んどる

今回は

この池が持つ
霊力の本質 に迫りたい


その為にまずは
禊(みそぎ)とは何か?から考えたい

何でか禊かっていうと
御手洗池で昔の参拝者がやっとったこと

それが 禊 や

禊とは水で身を清めることで
穢れを祓う 行為やねん

ここで「穢れ」という概念を
改めて整理しとくで


神道における穢れは
道徳的な「悪」やないねんな

穢れとは「気枯れ」


つまり生命エネルギーが
枯れた状態を指す

疲れた時
落ち込んだ時
誰かを傷つけてしまった時
血を流したとき

そういう時に
人の「気」は枯れていく

これが「穢れ」の正体やねん

つまり

禊とは

水で枯れた気を清めて
生命エネルギーを回復させる

行為やったわけや

水が霊力を持つ理由

神道において
水は特別な存在や

流れる水は
穢れを流し去る

という信仰が
古代から根付いとった

なぜ水なのか?

水は
どんな形にも変わる

時には
激しい勢いで強く

時には
優しく包みこむ

流れ続ける水は
あらゆるものを清めていく

要するに


変化しながら
常に清らかさを保つことが出来る


その性質が
神威的な浄化の象徴 たる由縁やろな


ほんで


御手洗池の湧水は
ただの水やない

地中深くから
延々と湧き出してくる清らかな水や

地中という目に見えない世界は
古代人にとって神秘や


神の領域から
地上に届けられた水


そう考えたら
御手洗池で禊をすることは


神の水で
気枯れを洗い流す


という
特別な意味をもったハズや


大寒禊の伝統


今も毎年1月には
御手洗池で 大寒禊 が行われとる

真冬の氷点下近い水の中に
200人もの人が入る

なぜそこまでするのか

それは

極限まで「気」を削った状態で
神の水に入ることで

より深く
より完全に
穢れが祓われる

という信仰があるからやと思う

寒さで削られた「気」を
神の水が補ってくれる

マイナスをゼロに戻すんやなく
マイナスの極限から一気にプラスに転換


そういう
仕組みやったんとちゃうかな



そんな禊の思想は
現代でも身近な所で感じることが出来る


朝一でシャワーを浴びて
気持ちを切り替える

雨に濡れた後に
熱いシャワーでスッキリする

冷水浴や滝行で
頭が冴える


こういう
水で気もちが切り替わる体験

実は
禊の本質と近い感覚やと思う


そう考えたら
禊って身近じゃない?


✦ ✦ ✦
第五章:
御船祭 - 12年に1度の水上支配

鹿島神宮の祭りで
最も規模が大きい祭り


御船祭(みふねまつり)


12年に1度
子年(ねのとし)に執り行われる大祭


実はこの御船祭
鹿島と香取が共同で行う祭りやねん

鹿島神宮と香取神宮の
神さんたちが水上で相まみえる



◆ 御船祭の概要


祭りは
鹿島神宮から始まる

神様を御座船に乗せて
霞ヶ浦 と 北浦 の水上を渡り

香取神宮へと向かう

水上を
神様が移動される

その壮大な光景が
御船祭やねん

◆ なぜ水上なのか?


鹿島神宮と香取神宮の立地を
地図で見てみると

霞ヶ浦 と 北浦という
巨大な湖沼地帯を挟んどるんがわかる


古代においてこの水域は
鹿島と香取を結ぶ 主要な交通路 やった

陸路より水路の方が
沢山の荷物を早く運べた時代やね



◆ 古代における水上支配の重要性


鹿島・香取エリアは
東国の水上交通の要衝 やった

太平洋から
霞ヶ浦へ

霞ヶ浦から
利根川へ

利根川から
関東各地へ

この水上ネットワークを
支配することは

東国全体を支配することに
直結することやった

鹿島神宮と香取神宮が
この水域を挟んで向かい合っとるのは

古代の水上支配の
戦略的な配置
やった可能性もある

国譲り交渉で活躍した
最強武神の挟み込み戦術は

この水域でも
東西から挟み込む形で効いとるわけや

◆ 起源はヤマトタケルの時代


御船祭の起源は
ヤマトタケルの時代から伝わるとされ

8世紀に書かれた
常陸国風土記にも記録されとる

少なくとも
1300年以上 この祭りは続いとるわけや


ほんで
12年に1度という意味を考える


その為に
少し視野を広げてみると

日本には
数年〜数十年に一度しか
行われへん大祭がいくつかある

▼伊勢神宮の式年遷宮
開催:20年に1度
概要:全ての社殿を建て直す

▼諏訪大社の御柱祭
開催:7年に1度
概要:樹齢200年の巨木を曳建てる

▼下総三山の七年祭り
開催:6年に1度
概要:周辺9社が集結する

※開催年を「1年目」と数えるので次の開催年は「7年目」となる。日本古来の数え年的な発想やね、、


そして

▼御船祭
開催:12年に1度
概要:鹿島と香取の神様が水上で相まみえる


これらに共通するのは

「長い時間軸で
 神さまと向き合う」


という思想やねんけど
毎年やらへんお祭りやからこそ

「その時代を生きた人間が
 一生に数回しか見られへん祭り」

という重みが生まれる


おじいちゃんが見た御船祭を
孫が見る

その間に
12年という時間が流れとる

祭りを見るたびに

「前回はあの人と来た」
「次回は誰と来るんやろ」

そういう 人の一生と神事の交差点
この祭りにはある

12年に1度しか見られへんのに
脈々と1300年以上も続いてきた神事


神様が水上を渡る
その光景を

12年に1度
この地の人々は見てきた

農業・漁業・交易

全ての生業が
水と結びついとった時代から続く営み



改めて
この章を振り返ると

神さんたちが水の上を渡られる
ことの意味は

現代の僕らが想像する以上に
大きかったんやろね


水を制する者が統べるこの東国を
ずっと平和に守りたい



その祈りが
御船祭やったんとちゃうかな



✦ ✦ ✦
最後に:
鹿島神宮にありがとう

ここまで

鹿島神宮の
エピソードを
オムニバス形式で語ってきた

整理すると

▼御神木と鏡石
建物より先に神さまがいらっしゃった

▼韴霊剣(2nd)誕生の謎
1300年前に鹿島で何かが始まった

▼要石の深層
武神二柱が地下でも日本を守っとる

▼御手洗池と禊
神の水が気枯れを洗い流す

▼御船祭
12年に1度 神様が水上を渡られる

これだけの深みが
鹿島神宮の杉並木の奥に鎮まっとる

第四話・第五話・第六話と
鹿島神宮を掘り下げてきたけど

まだまだ語り切れてへん話が
たくさんあると思う

ほんま
凄い神社やと思うわ



次の話は
息栖神社の考察 に入るで

旅行記では
神話最強武神のナビゲーターとして
紹介したあの神社や

考察編では

もっと深いところまで
掘り下げていくからお楽しみに!


筆者:Khaosan
波乱万丈な人生はこちら


【次回記事】


東国三社参り参拝レポ《第七話》

息栖神社 考察編 〜 先導者の正体 〜



【付録】 まとめ資料



【Khaosanの舞台裏】


大学中退のバンドマンが、遅めの社会デビューから叩き上げて、マニラで散って、再生して、20年を越えるBiz-dev人生の修羅場を通じて《日本精神》に辿り着いた。

その真相と現代ビジネスに効く独自考察を高尾から発信してます!

そんな Khaosan の 波乱万丈な人生 とこれまでの 全考察記事一覧 は、このリンク先で包み隠さず大公開中やで 😁


✦ ✦ ✦


📝 この記事について
この記事は学術的な通説とは異なる点を多く含んでおります。あくまで一つの「妄想」として楽しんでもらえたら嬉しいです。

この記事は、AI戦略アシスタント「コマちゃん」との対話をベースに執筆しました。

Khaosan / 2026年6月


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