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【連載】幕末志士と兵たちの信仰 《第1話》  水戸学 feat. 徳川斉昭 - 尊皇攘夷:矛盾か忠義か - from 大和イズム


いきなりやけど、、、

命を懸けて信じるって
めっちゃ凄いことやと思わへん?

武士に愛された神社と大和魂
を書いてた時は

鹿島神宮からはじまって
靖國神社まで

武士たちの
祈りの系譜を追いかけてきた


その系譜が
だんだん見えてきた頃

ふと思ったんや


「ほな幕末の連中はどうやってん?」


答えは
思うてたよりずっとややこしかった

幕末の
代表的な思想群

尊王:天皇を尊び敬う思想
攘夷:外国人を排除する思想
開国:国を開き交易する思想
討幕:江戸幕府を倒す思想
佐幕:江戸幕府を支える思想


言葉にすれば
スッキリ分類できそうやのに

実際の人間は
そんな綺麗に色分けできへん


(実際は5つの思想+αの掛け算やからね😅)


坂本龍馬なんか
その最たる例やねん

最初はゴリゴリの攘夷派やってんけど
幕臣 勝海舟を師と仰ぎ

開国論者として
倒幕活動を加速させとる


敵か味方かさえ
日替わりで変わる世界観



龍馬は極端な例やったかも知らんけど
幕末はそういう時代やった


せやから

今回から始めるこの幕末シリーズでは
志士 vs 幕府 は主題にせん


大和イズム
幕末章


幕末志士とつわものたちの信仰


倒幕も
佐幕も

攘夷も
開国も

男も女も
尊皇か否かも


それぞれが
自らが信じる日本 の為に命を賭した


そんな英雄たちが拠り所にしとった
信仰は何やったんか?


何かに
手を合わせとったやろか?

神社かもしれん
仏閣かもしれん

一冊の書物
一人の英雄

はたまた
目の前におる人物への信頼か?



信仰の多様性そのものが
幕末という時代の本質やないか ー




僕は
そう思うとる



武士道の核心は
「主君への忠義」やったが

幕末の英雄たちを動かした思想は
「国家への忠義」やった

字面にしたら似とるけど
根本的にまったく異なる思想やな


けど彼らは
武士道という土台の上に

その新しい思想を
積み上げていったという側面もある

途中で書きたい事が増えて
何話になるか自分でも分からんねんけど

どんどん
書き進めて行くで!



最初に
取り上げる人物は



幕末の日本に
決定的な影響を与えた人物

水戸学の政治思想を
自ら実践し

尊王攘夷論の
精神的支柱となった政治家

幕末の群像劇を加速させた
徳川斉昭や


はな
いくで😎



▼この記事を1枚にまとめると




✦ ✦ ✦  
第一章:
水戸学とは何か


尊王:天皇を尊び敬う思想
攘夷:外国人を排除する思想


この二つがくっついて
尊皇攘夷 になる

天皇を尊び
外敵を打ち払う

意味だけ見たら
シンプルな思想やねんけど、、、


この言葉が
幕末の日本を激しく動かした

倒幕の旗印にも
佐幕の建前にも

いろんな立場の人間が
この四文字を掲げて動いとってん


そんな
とんでもない威力を持つ思想


どうして
水戸藩から生まれたんか?


答えは
あの有名なお方の時代に遡る


徳川光圀


そう

水戸黄門でお馴染みの
水戸光圀公や


水戸藩二代藩主にして
副将軍格の大物

彼が始めたんは
まさかの歴史編纂事業


『大日本史』の編纂


日本という国の
正統な歴史を一から編み直す

そんな
とんでもない大プロジェクトを

徳川光圀は
自らの人生を懸けて取り組んだんや


なんでそんなこと始めたんやろ?
🤔


光圀が
向き合ったんは

「この国はそもそも何なんや?」


という
とんでもなく根本的な問いやった


天皇と
将軍の関係

朝廷と
幕府の関係

そういうもんを
歴史的な事実から丁寧に掘り起こす


途方もない
この編纂事業の中で

一つの思想が
育まれた


水戸学


物凄く
ざっくり言うと

天皇こそが
この国の正統な中心である

将軍家の権威とは
天皇から預かったものである


という
考え方というか思想やねん


水戸家は
徳川御三家のひとつや

将軍家の
親族にあたる水戸家の中枢から

「天皇こそが正統」

っちゅう
思想が育まれたんは

矛盾とまでは言えへんけど
複雑な感じやな


実際問題
将来的に水戸学を苦しめる事になる


因みに


大日本史の編纂は
光圀の代では終わらへんかった

代々の水戸藩主に
受け継がれていく事業になってん

思想は
時代を超えて受け継がれていく


継承と練成


これが
水戸学の凄さのひとつや

一人の学者が
唱えて終わる思想やない

藩という組織の中で
世代を超えて磨かれ続けた思想


そんな水戸学


ある一人の人物により
爆発的なエネルギーを解放する事になる


徳川斉昭(とくがわなりあき)


この人物が
今回フォーカスする偉人や😎


✦ ✦ ✦  
第二章:
徳川斉昭


水戸家に
生まれた三男

徳川斉昭(1800年生まれ)


本来なら
藩主になる立場やない

せやけど

兄たちが
次々と早逝し

思いがけず
藩主の座が回ってくる

1829年
第九代水戸藩主に就任

このとき
斉昭30歳

若くして
藩の頂点に立った男は

すぐさま
牙を剥く


藩政大改革


質素倹約を
徹底し

軍備を
増強し

弘道館という
教育機関を作る構想を練る

代々受け継がれてきた
水戸学を

理念やなくて
実践に落とし込もうとした

その激しさから

彼は
こう呼ばれるようになる

烈公(れっこう)


そして


その苛烈な思想は
ねじれを生み出す要因ともなった


水戸家は
徳川御三家

将軍家の
親族なわけや

当然
幕府を支える側の家柄


しかし


斉昭が
掲げたんは 尊皇攘夷

天皇こそが正統な統治者なんや!
外国の敵は打ち払ってまえ!


これ、、、

幕府の存在意義そのものに
疑問符を突きつける思想に見えへん?


将軍家の身内でありながら
将軍家の土台を揺さぶる思想の流布



このねじれを
抱えたまま

斉昭は
突き進んでいく

なんでそんな人生を
選んでしもたんやろうか?


そのヒントは


斉昭が絶対的に信頼しとった
ひとりの人物にある



✦ ✦ ✦  
第三章:
信頼と信仰


斉昭には
一人の腹心がおった


藤田東湖(ふじた とうこ)


水戸学を代表する
学者にして

斉昭にとって
最も信頼する頭脳や


因みに
水戸学って言うんは

◆ 水戸学とは
水戸藩(現在の茨城県あたり)で独自に発達した学問。歴史、儒教、神道を融合させた思想で、前期と幕末の「後期」に分かれる。

▼前期水戸学
歴史を正しく振り返って記録する事で叡智を蓄積する(『大日本史』の編纂)

▼後期水戸学 ※ここが東湖
外国の脅威に立ち向かい天皇を中心とした国づくりを目指す「実践的な政治思想」


という
学問ちゅうか思想に近いもんや


ほんで


理念系の学問って
理想論で終わりがちやと思うやん?


でも
東湖は違う


それを実践思想に
磨き上げる力を持っとったんや


斉昭が
なぜ東湖に惚れ込んだんか?


その思想には
いくつかの特徴があった

▼至誠 を核に据える
理屈より先にまず本気であること

▼楠木正成を理想像とした
水戸学が崇めた「忠義の極致」を
自分の生き方に重ねた

▼理念を実務に翻訳する力
尊皇攘夷を情熱だけで終わらせず
政策に落とし込める論理を持っとった

▼言葉で人を動かす力
後に詠む「正気の歌」に象徴される
思想を情念として伝える詩人でもあった


これらを
東湖は実践してみせた


理論家であり
実践者であり
扇動者でもあった


斉昭が
藩政改革を進める時

東湖は
常にその隣におったという

斉昭という刀が
常に最高の状態で居られる様に

東湖は
その刀を磨く匠やった


政治的な
判断が必要な場面でも

学問的な
裏付けが必要な場面でも

斉昭は
東湖に問うた

そして
東湖はいつも

的確な
答えを返した


この信頼関係は
もはや主従関係を超えとった


斉昭にとって
東湖は精神的な支えでもあったはずや


知識だけでは
片付かへん問題は多い

自分の中に
迷いが生まれた時


東湖という
確かな知識と知性に

その迷いを
預けることができる

そういう
安心感

これもまた

斉昭にとっては
信仰に近いもんやったかも知らん


目の前におる
一人の人間への絶対的な信頼



それは


神仏への祈りとは
まったく異なるアプローチやったが

斉昭の精神を
間違いなく強固に支えとった


この東湖という男


一体
何を信じて

どう
幕末を生き抜いたんか?


気になるやろ?


それは
次回で考察するわ


(今回の主役は斉昭やからね😁)




✦ ✦ ✦  
第四章:
徳川斉昭が成したこと


もし彼が
思想だけの人物なら

歴史に
名前は残らへんかったと思う

斉昭が
凄かったんは

その思想を
カタチにしていったことや



1841年
弘道館(こうどうかん)創設

▼弘道館
当時最高峰の学問・武芸の教育機関であり、現在の大学や研究機関、士官学校が一つになったような場所。藤田東湖が精神的支柱となり、「文武一致」「神儒一致」の教えを説いた。


水戸学が培った理念を
正しく伝播させられる教育機関


いわば


理念を
行動の波に変える仕組み


思想の実装


そう言って差し支えない
アプローチや


弘道館では
文武両道の徹底とともに

次世代の
藩士たちに

尊皇攘夷の
精神を叩き込んでいった


企業経営で言うたら
理念を額縁に飾っておくだけや無く

実践的な研修制度に組み込んで
全社員に叩き込む

そんな
イメージや

理念なんて
語るだけやったら誰でもできる

それを行動に転換する
仕組みが重要

斉昭の本気度が
伝わってくる話やろ?😁



弘道館の創設だけでも
相当やねんけど

斉昭は
それだけやない😎



藩政そのものにも
大鉈おおなたを振るう



◆ 質素倹約の徹底
◆ 軍備の増強




財政と軍事
両輪での立て直しを進める


そんな折


1853年
ペリーが黒船に乗って来航



浦賀に現れた蒸気船は
異世界の兵器に見えたやろうな😅


幕政に
激震が走る中


なんと
斉昭は幕府から


海防参与(かいぼうさんよ)


という
役職を与えられる


御三家でありながら
幕政へ強烈な批判や干渉を繰り返し

朝廷の権威を背景に
独自の攘夷海防論を突きつけて

幕府からは
相当煙たがられとってんけど、、、


国難にあって
頼られる存在になっとった😎


困ってない時は
あの人ちょっと極端やから、、、😅

って
距離を置かれとったけど

ピンチになった途端
あいつしかおらんて呼び戻される

そんな感じかな😁


尊王を謳う急先鋒である斉昭が
国防の中枢に座る


このねじれもまた
斉昭という男を象徴しとった

ほんで

斉昭は
さらに踏み込んでいく



将軍継嗣問題や😎



時の将軍
徳川家定には後継ぎがおらん

次の将軍は
誰にすんねんっちゅう争いや

この争いに
斉昭は自分の息子を担いで参戦


一橋慶喜
(ひとつばし よしのぶ)



一橋家に
養子として出しとった息子や

斉昭は全力で動いたが
この政治闘争に斉昭は敗れてまう

対立する
南紀派が勝利し

将軍は
徳川家茂に決まる

そして

若干13歳の家茂を
補佐する名目で実権を握ったのが

時の大老
井伊直弼(いいなおすけ)や



そして



かの有名な
安政の大獄が始まる



尊皇攘夷を
掲げた者たちや

一橋派に
与した者たちが

次々と
粛清されていく


その中で


斉昭も
その対象になった


謹慎処分


烈公と呼ばれた斉昭は
表舞台から強制退場させられる



そして



1860年
謹慎中に斉昭は死去



弘道館を作り
藩政を改革し海防を担い

将軍継承にまで
介入しようとした斉昭



志半ばで
表舞台から消えていった




しかし
彼が蒔いた種は

弘道館で学んだ
若き藩士たちの中に芽生えとった


そして


一橋慶喜という
息子の胸にも受け継がれとった


これもまた
別の話にさしてもらうわ😁



✦ ✦ ✦  
最後に


水戸家に生まれ

将軍家の身内でありながら
将軍家を揺さぶる思想を掲げた男

徳川斉昭

弘道館で
理念を制度に変え

黒船来航では
国防の中枢に呼び戻され

将軍継嗣問題では
全力で戦い

そして敗れ


志半ばで
表舞台から消えていった


けど


彼が信じたもんは
彼と共に眠りにつく事はなかった


水戸学を軸とした
イデオロギー

徳川光圀から連なった
継承


そして


藤田東湖という
重鎮がもたらした哲学と思想

神仏だけやない
思想だけやない

今そこにある思想を信じ抜くことも
信仰に近い熱量を持つ


それもまた
幕末を生きた英雄の信仰


そして


水戸の地には
今も斉昭を祀る神社がある


常磐神社(ときわじんじゃ)


そこには
光圀と斉昭が並んで祀られとる


でも
まだ終わらんで😁


その境内には
もう一つ小さな社が建っとる


東湖神社


主君の
すぐそばに

家臣が
静かに祀られとんねん


(エモい😁)


死して尚
主君のそばで支えとんねんな

個人的には
かなり感慨深いもんがある


そうなると


やっぱり
藤田東湖が何を信じ

どう
生きてたんか?

どう
死んだんか?

その物語が
気になってまうと思うねん



いうわけで


次回

幕末志士と兵たちの信仰《第二話》
至誠 feat. 藤田東湖



思想の伝播者が
命を懸けて示した「至誠」という生き方


その辺りも含めて
藤田東湖を取り上げてみたいと思う


次回も
お楽しみに😎



筆者:Khaosan
波乱万丈な人生はこちら


【次回記事】


幕末志士と兵たちの信仰 《第二話》

至誠 feat. 藤田東湖
- 天地の誠と桜花のごとく -


【付録】 まとめ資料



【Khaosanの舞台裏】


大学中退のバンドマンが、遅めの社会デビューから叩き上げて、マニラで散って、再生して、20年を越えるBiz-dev人生の修羅場を通じて《日本精神》に辿り着いた。

その真相と現代ビジネスに効く独自考察を高尾から発信してます!

そんな Khaosan の 波乱万丈な人生 とこれまでの 全考察記事一覧 は、このリンク先で包み隠さず大公開中やで 😁


✦ ✦ ✦


📝 この記事について
この記事は学術的な通説とは異なる点を多く含んでおります。あくまで一つの「妄想」として楽しんでもらえたら嬉しいです。

この記事は、AI戦略アシスタント「コマちゃん」との対話をベースに執筆しました。

Khaosan / 2026年8月


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Khaosan |Biz-dev × 日本精神 |名無志《ナナシ》のひとりごと ありがとうございます! 励みになります😁