見出し画像

日本国憲法の「魂」と「肉体」を占う

やっぱり護憲派としては改憲されるかどうかは非常に気になる。

ここまでのおさらい

高市さん本人のホロスコープを見ると、彼女が改憲をかなり本気で押したがる人であることはかなり強く出ていた。
けれど、改憲というものは一人の政治家の執念だけで決まる話ではない。

因みに自分の出生時間推定鑑定を受けたい方はコチラへどうぞ。

前回は、高市さん本人のホロスコープをかなり細かく見直した続き。
高市さんが単なる保守票集めの人ではなく、国家の骨格そのものに手を入れたがる人に見える、ということだった。

では憲法自体のホロスコープはどうなっているんだろう?
「日本国憲法そのものが、いま本当に書き換え圧にさらされているのか」
ということだと思う。

改憲は、一人の政治家の執念だけで決まる話ではない。
だから今回は、高市さんをいったん脇に置く。

前半では、公布のホロスコープから憲法の「魂」を見る。
この憲法が何を恐れ、何を誓い、何を守ろうとして生まれたのか。
そして、その理念が今どのように削られつつあるのかを読む。

後半では、施行のホロスコープから憲法の「肉体」を見る。
現行憲法体制は、制度としてどれほど揺らいでいるのか。
寿命的に、いまは本当に書き換えの時期なのか。
改憲は「願望」ではなく「現実の工程」として動くところまで来ているのか。

要するに今回は、
前半で“何が裏切られようとしているのか”を見て、
後半で“本当に変えられるのか”を詰める。

高市さんは、その圧力を体現している政治家の一人として、必要なところでだけ触れる。
主役はあくまで、日本国憲法そのものだ。

憲法の魂──公布 chart が示すもの

ここから先は、公布 chart を使って、憲法の理念そのものを読んでいく。

日本国憲法の平和主義や基本的人権は、しばしば「きれいごと」として片づけられやすい。
でも、その魂はそんなに軽いものではない。
あの憲法が生まれた背景には、戦争の傷と、国家が暴走した記憶と、二度と同じことを繰り返さないための誓いがある。

つまり、現行憲法の平和主義は、ただ優しい思想なのではなく、
国家が正義を掲げて人を踏みつぶした歴史を知った後で、それでも国家に枷をはめようとした理性
だと思う。

基本的人権も同じだ。
個人の自由や尊厳を国家より先に置くという発想は、甘さではなく、かなり苦い経験の上に置かれた防波堤だったはずだ。

だから、いま改憲圧が高まっているということは、単に条文が動くかどうかの問題ではない。
この国が、戦後に置いた誓いそのものをどこまで手放そうとしているのか
という問題でもある。

今、魂はどう削られているのか

いまの政治の空気は、かなりはっきりしている。
安全保障不安。
国家権限の強化。
防衛力増強。
緊急事態への備え。
そして「国を守るためには仕方がない」という言葉。

こうした圧力の中では、平和主義や人権思想は、正面から否定されなくても、じわじわと後ろへ押しやられていく。
しかも厄介なのは、それが露骨な破壊の顔ではなく、現実対応の顔をして進むことだ。

平和主義は「古い理想論」と言われる。
人権は「国家が危ない時まで優先するのか」と問い詰められる。
そうやって、理念の側が現実の名で少しずつ干からびていく。

公布 chart を見ると、いま起きているのは、まさにそういう削られ方に近い。
魂への直接の断頭ではなく、
魂を現実の論理で痩せさせる圧力
が強い。

憲法の肉体──施行 chart は何を示すのか

ここから後半では、施行 chart を使って、現行憲法の「肉体」を見ていく。

公布 chart が理念や宣言なら、施行 chart は実際に動いている法体制そのものだ。
つまり、日本国憲法が今この国でどう生きているのか、どれだけ疲弊し、どれだけ耐えているのかを見るための chart になる。

ここで大事なのは、
魂が傷ついていること
肉体が本当に死ぬこと
は別だということだ。

公布 chart では、平和主義や人権思想がかなり強い圧を受けているように見える。
でも施行 chart の方では、現行憲法体制はまだ、簡単には折れないだけの粘りを残している。

つまり、
理念はかなり削られている。
でも制度としては、まだ完全には死んでいない。

だから次の論点は、
この肉体は本当に寿命を迎えているのか。
それとも、揺さぶられながらもまだ持ちこたえるのか。

憲法の性格はどう見えるのか

まず、占断として見えてくる日本国憲法の性格は、世間で思われているよりずっと単純ではない。

平和主義。
基本的人権。
戦争放棄。

こうした言葉だけを見ると、やわらかく、理想主義的で、お人好しのようにも見える。
けれど、公布 chart と施行 chart を重ねていくと、この憲法の性格は、ただの優等生ではない。

むしろかなりはっきりと、
「国家を無邪気に信用しない性格」
として出ている。

つまりこの憲法は、国を信じて委ねるための器ではなく、
国家権力が暴走しないように縛るための器
なんだと思う。

ここがすごく重要だ。

今の改憲論の多くは、
「国を守るために国家をもっと動きやすくしよう」
という方向で語られる。
でも現行憲法の性格は、その発想とは少し違う。

この憲法が強く持っているのは、
“国家は正義の顔をして危険なことをする”
という前提だ。

だからこそ、平和主義も、人権も、権力分立も置かれている。
これは国家を信じた設計ではなく、
国家を疑った設計
なんだよね。

やさしい顔をしているけれど、中身はかなり疑い深い。
かなり身も蓋もなく言うと、
この憲法は、国家性悪説でできている。

だから、現在の空気とぶつかる。
「国家を強く」「緊急時に素早く」「有事に一体で」と言い出した瞬間に、この憲法の性格はたぶん居心地が悪くなる。

要するに、現行憲法の性格は
おだやかというより、
国家に対して冷静で、しつこく、警戒心が強い
その意味で、かなり骨太だ。

憲法の使命は何か

では、この憲法の使命は何か。

占断として見ていくと、それは単に
「戦争をしないこと」
ではない。

もちろん戦争放棄は中心にある。
けれど、それだけで終わるなら、ここまで執拗に人権や統治の枠組みは組まれていない。

この憲法の使命は、もっと大きい。
それはたぶん、
「国家が『国のため』を理由に個人を押しつぶすことを止め続けること」
だ。

戦後日本が置いた誓いは、
ただ銃を置くことではなかった。
むしろ、
国家が崇高な目的を掲げた時ほど危ない
ということを忘れないための誓いだったはずだ。

だからこの憲法の使命は、
平和を守ることでもあり、
人権を守ることでもあり、
同時に
国家に万能感を与えないこと
でもある。

国家が自分を正しいと思い込んだ時、
政治が緊急事態を掲げた時、
世論が「今は仕方ない」と言い始めた時、
そこで踏ん張ること。
それがこの憲法の使命として出ている。

要するに、
この憲法は国家の背中を押すためにあるのではなく、
国家の肩をつかんで「ちょっと待て」と言うためにある。

今の改憲圧が嫌な理由は、そこだ。
改憲論の多くが、
この憲法に求められている使命そのものを、邪魔なものとして扱っている
ように見えるからだ。

憲法の天命は何か

使命よりもう少し深いところ、
つまりこの憲法の天命まで読むと、見え方は少し変わる。

天命というと、何かキラキラした必然のように聞こえるけれど、今回の占断ではそういう感じではない。
むしろ、かなり地味で、しぶとい。

この憲法の天命は、
日本を永遠に変わらない国にすること
ではない。
そこは誤解しない方がいい。

憲法もまた、人間が作った制度だ。
現実との摩擦も出るし、時代に合わせた手入れが議論されること自体は不自然ではない。

でも、この憲法の天命として出ているのは、
国家と個人の力関係を、最後まで問い続けること
だと思う。

つまり、変わることそのものを拒否するのではない。
ただ、変わる時であっても、
「それは本当に個人の自由や尊厳を削ってまでやるべきことなのか」
と問い続けること。
そこから逃げないこと。

この憲法の天命は、
平和国家であることを記念碑のように飾ることではなく、
国家が再び万能を名乗りたがった時に、そのたびにブレーキ役として立ち上がること
に近い。

だから、現在のように
安全保障
有事
緊急事態
国家権限強化
といった言葉が並ぶ時代に、この憲法はむしろ本領を問われる。

平時に愛されるための憲法ではなく、
危機の時にこそ嫌われながら立ち続ける憲法
これが、今回の占断で見えた天命だ。

憲法の寿命は来ているのか

ここでようやく、寿命の話に戻る。

占断で見る限り、今の日本国憲法は
自然死の寿命が静かに来ている
という感じではない。

つまり、老衰で穏やかに役目を終える相ではない。
むしろ、
まだ生きている身体に、外からかなり強い改変圧がかかっている
状態だ。

これは結構大きな違いだ。

本当に寿命なら、社会全体の空気も
「もう今の体制では持たないよね」
で自然にまとまっていく。
でも今の日本はそうなっていない。

改憲圧は強い。
危機感も強い。
国家権限を強くしたい流れも見える。
けれど、同時に
平和主義や人権を軽く扱うことへの強い警戒も残っている。

だから、現時点の憲法は
寿命が尽きた存在というより、
激しく揺さぶられている存在
として読むのが自然だ。

つまり、死にかけているのではなく、
死なせたい力と、まだ死なせない力がぶつかっている。

かなり日本的な嫌な構図だと思う。

では、憲法は死んでしまうのか

占断としては、
いまの段階で「死ぬ」とまでは読まない。

少なくとも、全面的にその精神が潰され、別の憲法へ完全に置き換わって終わる、というところまではまだ出ていない。

ただし、ここで安心するのも違う。
なぜなら、憲法は「死ぬ」以外にも、もっと嫌な壊れ方をするからだ。

人間だって、死ぬだけが怖いわけじゃない。
中身を変えられ、顔を変えられ、本人のままのようで別物になる方が怖いこともある。

憲法も同じだ。

現行憲法の危機は、
焼却処分のような死より、
“それっぽい顔を保ったまま中身を変えられること”
の方にあるように見える。

だから、いま問うべきなのは
死ぬかどうかだけでは足りない。

それとも整形させられるのか

占断として、いちばんありそうなのは、正直ここだ。

つまり、
完全な死でも、完全な無傷でもなく、整形される。

平和主義という看板は残る。
人権という言葉も残る。
でも、その内実に
国家権限
緊急事態
安全保障優先
公の秩序
のような文脈が強く入り込み、
結果として
見た目は似ているけれど、別の性格の憲法
になっていく。

これが今回の占断でいちばん嫌な可能性として見えている。

なぜなら、この変化は
「はい、戦後憲法を捨てます」
という分かりやすい宣言では来ないからだ。
むしろ
「現実に合わせて必要な手入れをしただけです」
という顔で来る。

だから反対しにくい。
だから気づきにくい。
だから進みやすい。

見た目は同じ。
名前も同じ。
でも性格が違う。
使命の重心も違う。
天命の向きまで変わってしまう。
その可能性はかなりある。

それでも持ちこたえるのか

ここで希望があるとしたら、そこもちゃんと見える。

施行 chart から読む限り、現行憲法の肉体はまだ、簡単には折れない。
つまり、
持ちこたえる力は残っている。

ただしその「持ちこたえる」は、無傷で勝つという意味ではない。
かなり削られながら、押されながら、理念を現実の名で痩せさせられながら、それでも完全には折れない。
そういう持ちこたえ方だ。

だからこの憲法にいま起きていることは、

死ぬか、生きるか
という二択ではなく、

削られながらも本質を守れるか
顔を変えられてもまだ自分でいられるか

という、もっとしつこい戦いなんだと思う。

そしてこの「持ちこたえる力」は、条文そのものだけで勝手に発動するものではない。
国民の側が、
この憲法の使命は何だったのか
なぜこれほど国家を信用しない設計になっているのか
を忘れないことではじめて生きる。

持ちこたえられるかどうかは、憲法単独の運命ではなく、
それを支える側の記憶と意思
にもかかっている。

結論──憲法は死ぬのか、整形されるのか、それとも持ちこたえるのか

ここまでの占断を、かなり雑味を削ってまとめる。

日本国憲法のは、いまかなり削られている。
平和主義も、人権思想も、正面から破壊されるというより、
現実対応の名でじわじわ痩せさせられている。

日本国憲法の肉体も、かなり強い改変圧にさらされている。
でも、まだ自然死の寿命ではない。
制度としての粘りは残っている。

だから現時点でいちばんありそうなのは、

即死ではない。
無傷でもない。
かなり危ない整形圧を受けながら、それでも持ちこたえようとしている。

という状態だ。

つまり、

死ぬかどうかは、まだ決まっていない。
でも、整形させられようとしているのはかなり本当っぽい。
そして、それにどこまで抗えるかが、これからの本当の争点になる。

かなり身も蓋もなく言えば、
日本国憲法はいま、
棺桶に入れられそうになっているのではなく、美容整形の同意書を無理やり握らされそうになっている。
しかも本人はまだ意識がある。
だからこそ、ここで何が行われようとしているのかを見ないといけない。

そして最後に。

問題は、
高市さんが改憲をしたがっているかどうか、だけではない。
本当に問われているのは、
この国が、戦後に置いた「国家を信用しすぎない」という誓いを、どこまで手放すのか
だと思う。

その問いに答えるのは、政治家だけではない。
たぶん、ここから先は国民の側もかなり試される。

国家マンデーン的に見るなら、いまは「改憲か護憲か」という二択では、やはり護憲寄りだと思う。
ただし、それは何も考えずに現状維持を続けることではない。
守るべきなのは、条文の表面というよりも、憲法の魂だ。

平和主義。
基本的人権。
そして、国家権力を無邪気に信用しすぎないという発想。
この核を守ったうえで、どうしても現実との摩擦があるなら、必要最小限の補修を考える。
占断として見えるのは、そのあたりまでだ。

少なくとも、いまの時代相で大改憲をやると、それは国家の成熟というより、分断と圧力の産物になりやすい。
落ち着いた合意のうえで骨格を整えるというより、不安や緊張を燃料にして、国家の形を強引に変えようとする流れに見える。

今の日本は、憲法を作り替える時代というより、憲法が何のためにあるのかを思い出す時代に見える。

いいなと思ったら応援しよう!

KHAVUARL -ハヴール- 蒼い蝶ノ神託 徳を積む手段の一つにどうぞ! いただいたエネルギーを次へまわします。