言海の航海士 in 韓国 第四十三話
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38度線 つづき
今回もKHNの在韓スペシャリストがレポートしてくれました。
私の年代では、フォークグループ「ザ・フォーク・クルセダーズ」が、作者不詳の朝鮮民謡としてこの曲に出会い、松山猛が日本語の歌詞をつけた「イムジン川」という歌が流れていたことが思い出されます。
残念ながら、発売が予定されていた1968年、権利関係や政治的な事情(北朝鮮からのクレームや放送自粛など)が絡み、レコード会社により発売中止の措置がとられ、「幻の名曲」として語り継がれることになったんですよね。
日本も少なからずお隣の国の歴史に影響を及ぼしていたことは、忘れてはならないと思います。
38度線バスツアーの続きです。
蒼玉窟トンネル
蒼玉窟というこのトンネル、長さは50mくらいなのですが、日本統治時代に両側から手で掘ったそうです。
ガイドさんは韓国語で「日帝時代」と言っていました。

625戦争の時に人民軍がトンネルの中にこもったので、アメリカ軍がオイルを上空から撒いて燃え上がらせたそうです。
トンネル内の天井は火の跡が赤茶色く変色していました。
そして、その火から逃れるために下の川に飛び込んだので、川に遺体がたくさん浮いていた、というお話でした。
前回の記事のスパイのエピソードはこのトンネルでのお話でした。
入口から登っていくと、つまりトンネルの手前になりますが、永平川があります。
この川に飛び込んだんですね。かなりの高さがあります。

統治時代のゴールドラッシュ
永平川では今も砂金が取れるそうです。
上の写真にも砂金を取っている人が写っていますが、
日帝時代にはゴールドラッシュが起きたそうです。
韓国から日本には、この川から取った砂金を、
日本から韓国には、ゴム長靴などを、
このトンネル内を通る列車に載せて仁川港経由で運んだそうです。
なので、双方にとってこのトンネルは要所だったのだろうと思います。
今は電車も通ってないし、本当に田舎の風景にしか見えませんが。
日本の優秀産業
ゴム製品は長靴の他、タイヤなど、今も日本の優秀産業ですよね。
それから、食器用ラップやフィルムも日本製品はとても優秀です。
外国のフィルム(小袋などのパッケージ)を開けた経験があればわかると思います。
延谷4里の38度線
最後の38度線は延谷4里でした。

ここの38度線はちょうど川で、境がわかりやすいです。
橋の向こう(北側)にある建物はホテルのようです。窓もなく廃墟ですが。

38度線とDMZ(復習)
朝鮮戦争は6月25日に勃発したため、625戦争といいますが、
最近では「韓国戦争」と習う、と教えてくれたのはガイドさんです。
ガイドさんは韓国戦争が第三次世界大戦だともおっしゃっていました。
最近、DMZ近くのスタバから北を見るという観光が流行っているようです。
ここの38度線から北朝鮮は見えませんが、ここでは南北を自由に行ったり来たりできます。
あ、ちなみに、DMZ近くのスタバは金浦市にあります。
おわりに
38度線の緯度の通りに直線で引かれていた当時、北の開城市は南側だったし、反対に韓国の束草市は北側でした。
束草市は海水浴場で有名です。
わたしも束草には何度か行ったことがあって、雪岳山の山登りや船上釣りをしたのが思い出です。
船上釣り、好きなので、次回の機会にまた。
とても勉強になったバスツアーでした。
世界各国で皆様の海外ビジネスのお手伝い、現地のサポートをさせていただくのが、KHNのトランスコンシェルジュの皆さんです。
今回の韓国からのレポートはいかがでしたでしょうか。
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