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マイケル・ジャクソンに学ぶ身体操作14:体軸が立つと聞こえてくる『This Is It』の音の世界(後編-2)

後編-1からのつづきです。)

3.体感優先型+没入型世界ではない人とのコミュニケーション

次に、「The Way You Make Me Feel」の前奏から序盤(31:53~)にかけての音作りの場面を見てみましょう。この場面でマイケルは、主にキーボード奏者(兼音響監督)に向けて話をしています。

第1章で見た「同じ認知回路」同士のやり取りとは異なり、ここでは、異なるタイプの認知回路を持つ相手に対して、マイケルがどのように伝えようとしているのかをみていきます。

その違いを読み解く前に、まずは、この音作りに込められたマイケルの意図を確認しておきましょう。

3-1. 認知特性から生じる、音作りへの意図

マイケルは、33:57〜、キーボード奏者兼音響監督に次のように語っています。

"I want it the way I wrote it. I mean.…like the audience hears it."

映画This Is It(2009)

意訳:「自分が作曲した通りの音にしたい。つまり、自分のイメージ通りの響きを、観客にも聴いてもらえる音に。」

この言葉から、後編-1の第2章で述べた、空間全体における「自然な調和」を求める認知特性が読み取れます。マイケルが求めているのは、単に自分が納得する音ではありません。自分の中にある調和のとれた音と、観客に届く音——これが異なると、互いに刻む体軸リズムに差が出ます。すると、自然な調和が乱れるのです。

つまり、同じ空間にいる皆が、同じような体軸リズムを刻めること。そして、そのための音の響き方、音の配置、音響環境が必要だと、ここで語っているのです。

空間全体として自然な調和がとれていないと、マイケル自身の体軸リズムが違和感を即座に感じ取り、パフォーマンスの流れが途切れてしまいます。そのため、この発言は、会場全体の自然な調和を求めてしまう認知回路の視点から見ると、ごく自然な反応だと言えます。

こうした認知特性は、しばしば「完璧主義」や「強いこだわり」と誤解されがちな体感優先型にとっての“あるある”です。しかし、本人にとっては大真面目な要求であり、避けて通れない道――つまり、「自分が自分でいるための土台作り」なのです。

では、これを踏まえたうえで、次に、実際に演奏者へ伝える場面を詳しく見ていきましょう。

3-2. 異なる認知回路の人に伝えることの難しさ①

32:38~の場面で、マイケルはキーボード奏者に対し、身振り手振りを使って音の質感を伝えています。

"mmm…ta, mmm…ta, Look, just a little drag, a little bit more behind the beat. mmm…cha, mmm…cha. Like you're dragging yourself out of bed."

映画This Is It(2009)

意訳:「ん~、タッ♪ ん~、タッ♪ 音を少し引っ張って、ビートより少しだけ後ろ倒しになるように。ん~、チャッ♪ ん~、チャッ♪ ベッドから這い出る時みたいに。」

話題の論点とは

ここで言う drag (引っ張る)は、鍵盤を押すタイミングを遅らせることではありません。シンセで奏でる和音を「彗星」に例えるなら、話題になっているのは、彗星の核(和音)そのものではなく、後ろに引きずられるように広がる「塵の尾(ダストテール)」——つまり、音が鳴ったあとに、どのように響きが残っていくかという部分です。

この場面では、その響きをはっきりとは聴き取れませんが、後編-3の4-2まで読み進めていくと、その効果が体感できるはずです。

場面の言葉と仕草の整理

ではまず、映画が見られない人のために、マイケルの言葉と仕草を簡単に整理します。

①「ん~、タッ♪ ん~、タッ♪」
仕草:膝を軽く曲げて伸ばすと同時に、手のひらを前に押し出し、音の波を身体で表現

②「音を少し引っ張って」
仕草:指で糸をつまむように引っ張る

③「ん~、チャッ♪ ん~、チャッ♪」
 仕草:スナップ音を鳴らしながら、身体全体でリズムを表現

④「ベッドから這い出る時のように」

身体で表現しながら、伝え方を工夫する

では、マイケルが異なる認知回路を持つ人に対し、どんな風に「音の体感」を伝えていたか――ここには、冒頭の特徴1で述べたことが如実に表れています。

①〜③は、一続きで進む場面です。
ここでは、言葉で説明しようとする前に、マイケルの身体が先に動いています。

自分がイメージする音の体感が、自分の中で立ち上がった瞬間から、そのまま膝の動きや手の動き、口真似として外に現れているのです。そして、その身体表現に、後から「言葉」が追いついていきます。

drag(引っ張る)という単語は、理屈として選ばれた言葉ではありません。音が鳴ったあと、リズムや重心の余韻が身体の中にわずかに残り、すぐには前に進まない——その体感に、いちばん近い言葉として自然に出てきたものです。

マイケルは、この体感を身振りと口真似で共有しながら、相手の反応や音の変化を感じ取り、少しずつズレを調整していきます。伝えながら、同時に確かめている、と言った方が近いかもしれません。

そうしたやり取りの末に、④「ベッドから這い出る時のように」という表現が出てきます。これは、体感とイメージが結びついた、非常に身体寄りの言語です。体感優先型が即座に言語化できるのは、ちょうどこのあたりまでなのです。

ここで押さえておきたいのは、この場面が、キーボード奏者の理解力や姿勢の問題ではない、という点です。彼もまた、マイケルの言葉や身振りを真剣に受け止め、「何を求められているのか」を理解しようとしています。ただ、音をどう捉え、どう言語化するかという「認知の回路」が異なるため、マイケルが身体で感じている体感を、そのまま受け取ることが難しいのです。

異なる認知回路同士では、どちらかが悪いわけでも、間違っているわけでもないのに、その「伝わりにくさ」が、どうしても雰囲気として出てしまいます。この場面には、そうした「互いのもどかしさ」が静かに漂っているため、観ていて「なんだかモヤモヤした」と感じた人も、多かったのではないでしょうか。

後編-1の第1章で見たような、同じ認知回路同士で交わされる、ほんの数十秒のやり取りとは異なり、異なるタイプの人とのやり取りでは、かなり「勝手が違う」――そのことが、細かい内容は分からなくとも、雰囲気だけで伝わってくる場面だったと言えるでしょう。

3-3. 異なる認知回路の人に伝えることの難しさ②

その後、和音のコード変化やサウンドチェックのやり取りを経て、34:08~の会話に移ります。

Musical Director: Then if you wanna hear a little more booty on somethin else, know what I mean? Only you can say that. You know what I'm saying?

MJ: A little more booty. That's funny.

映画This Is It(2009)

意訳:
音響監督:「それなら、どこかで音をもう少し艶っぽくしたいなら……ね、分かるでしょ。マイケルしかどういう音がいいか分からないんだから。」
マイケル:「艶っぽさを少し、ね……(苦笑い)面白い言い方だね。」

このやり取りからは、体感優先型ではない人との間に生じる、より微妙な「認知のズレ」が見えてきます。それは、音そのものではなく、「音をどう捉えているか」のズレです。

音響監督の「艶っぽく(booty)」という表現は、音を感情やイメージのニュアンスとして捉える視点を示しています。ここで語られているのは、音を物理的な流れや体感で捉えているというよりも、音がもたらす雰囲気や印象といった、解釈後の感覚で捉えていると見て取れます。

一方でマイケルは、音の立ち上がりから余韻までを、体軸リズムとの関係として、物理的に捉えています。音の「感じ」ではなく、身体の中でどう流れ、どう残るか。そこにわずかなズレがあると、自然な調和が崩れてしまいます。

このどうにも埋まらない認知の溝が、マイケルの「苦笑い」として表れているように見えます。それは相手を否定しているのではなく、「体感を言語で表現する際の見えない溝」に直面したときの反応なのです。

実際、後で聴く完成形を体感してみると、「艶っぽさ」を前面に押し出した音ではなく、極めてシンプルで、体感の流れを重視したサウンドに仕上がっています。このことからも、マイケルが音を作り、調整するとき、言葉やイメージよりも、身体で感じ取った自然な流れとの整合性を最優先していたことが伺えます。

第3章の最後に:

こうして見てみると、ここで起きているすれ違いは、決して珍しいものではありません。私たちも普段の会話で、同じような感覚のズレを、当たり前のように経験しています。認知回路が違えば、会話が少しズレる。それだけのことなのかもしれません。

ただ、マイケルが自分のパフォーマンスを観客に届けるためには、このズレを「あるある」で済ませるわけにはいかなかった。それもまた、確かな事実だったのです。

次は、マイケルが皆に届けたかった曲の冒頭を聴きながら、その背後に見える音の設計図を紐解いていきます。

後編-3へつづく)

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