マイケル・ジャクソンの苦悩③:観察から「ビジョンや課題」が生まれる
前回の記事で、自転車に乗れるようになった瞬間が「創造性の発揮」だと書いたので、少し大げさに聞こえたかもしれません。
ここで、改めて「創造性」とは何かを整理してみましょう。
1. 「創造性」とは何か?
私たちは「創造」と聞くと、ゼロからまったく新しいものを生み出す偉業のように思ってしまいがちです。
しかし実際には、創造性とは、
すでにあるモノや知識、自分の経験などを組み合わせ、
目的に沿った形へとそれらを統合し、
自分または他者の役に立つものを生み出すこと
だと言えるでしょう。
「自転車に乗れるようになる」ケースを見てみましょう。
私たちは、五感やバランス感覚といった身体感覚を動員し、補助輪なしで乗れるように感覚を統合していきます。そして、最終的には「一人で自転車を運転する」という行動を可能にする神経回路を、体の中に作り上げていきます。
その過程では、自分の身体感覚を観察し、挑戦し、失敗し、感覚を頼りに動作を微調整し、試行錯誤を重ねていきます。そうした積み重ねの中で、「一人でできる瞬間」が訪れるのです。
マイケル・ジャクソンが生み出してきた楽曲制作も、基本的な構造は同じです。
これまでに感じてきた音の響きや、身の回りにある音やリズムを、素材として自分の内側に取り込み、それらを自分のビジョンに合った形に再構築し、統合し、曲にしていきます。
マイケルはインタビューの中で、常に世界中の音楽をチェックしていると語っています。そうした音楽の「観察」をもとに、自分の内側から湧き出るものを音として出してみる。そして、違和感を修正し、スタジオでは何百回と試しながら調整を重ねていきます。そして最終的に、「曲が出来上がる瞬間」が訪れるのです。
規模は違っていても、そこに働いている基本的なプロセスは共通しています。
2. 「観察」がビジョンや課題を作り上げる
前回、創造のプロセスは
観察 → 課題発見 → ひらめき → 創作
という流れで進んでいくと書きました。
創造の出発点となる「観察」とは?
観察とは、物事をただ眺めることではありません。
その対象が「どう動くのか」「いつもと同じか・違うか」といった変化を見ながら、比較していくことです。そして、その存在が発しているものすべてに向き合いながら、その性質や仕組みを知ろうとすることです。
観察を重ねていくと、自然と…
「何かおかしい」という違和感
「どうしてこうなったのか」という疑問
「これはいい!自分にもできるだろうか」といった快感と願望、そして課題が入り交じったような感覚
こうした感覚が浮上してくることがあります。
しかし、それは多くの場合、感覚的なもので、すぐにうまく言語化できるとは限りません。その「問い」が言葉として形になるまで、私たちはそれを自分の中で抱え続けることになるのです。
パターンを掴んで比較してしまう、認知の仕組み
つまり、人の認知というのは、観察を続けると、自然に次のような流れが生まれます。
観察~課題発見までの「探索ループ」
①観察の積み重ね
↓
②パターン認識
↓
③ズレの発見
↓
④問い
↓
①~④の繰り返し
↓
⑤ビジョン/課題
私たちは物事を見るとき、無意識のうちに「パターン」に照らしながら世界を見ています。
子どもの頃に不安を感じやすいのは、まだ世の中のパターンを十分に知らないからです。
このパターンというのは、意識的に観察を重ねるほど、身体がより多くのパターンを学習していくものです。やがて大人になる頃には、誰しも自分の経験や知識、身体感覚から作られた「パターン」を持つようになります。
そして、その「パターン」が、あなたが「当たり前だ」と感じている基準になります。
その基準は、あなたが世界を見る眼鏡であり、モノサシです。そこから少しでもズレたものを感じ取ると、「なぜだろう」という問いが自然に生まれてくるのです。
では、実際に観察をするとき、私たちはどのようなことを感じ取っているのでしょうか。
3. 曲を観察してみよう
例えば、「Don't Walk Away」を聴いてみましょう。
どうだったでしょうか。
私の観察を書いてみます。
冒頭の音を聴いた瞬間、「これまでに聴いてきたマイケルの曲とは、なんだか少し違う」と感じました。
曲はゆったりとしたテンポで静かに流れていきます。それなのに、タイトルは「行かないで」です。
『焦りや引き留めよう』とする感じがどのくらい出てくるのかな、と思って聴いていたのですが、曲はそのまま、ゆったりと落ち着いたまま終わってしまいました。
プツン——と曲が終わった瞬間、「え?」と、私が「置いてけぼり」になった気がしました。
まるでマイケルに「行かないで」と私が言っているかのように、気づけばもう一度聴き直しているのです。
ここで、ある「違和感」が生まれます。
「行かないで」という曲なのに、なぜこんなに静かなのだろう。
悲しさよりも、どうして心地よさを感じてしまうのだろう。
こういった問いを抱えながら何度も聴いているうちに、
「そういえば、マイケルの曲は、聴き終わった後に残る身体感覚が、そのままタイトルになっていることが多い気がする」——という具合に、過去の経験や記憶が結びつき始めました。
このように、パターンとのズレを無意識に感じ取ることで、自然に問いが生まれます。そして、観察と問いを重ねていくうちに、新たな気づきの連鎖が再び始まっていきます。
この曲は、あの「置いてけぼり」の瞬間なのでは?
突然の驚きでハッとする気持ちを表現しているのかもしれない。
気持ちの複雑さを抱えながら、行動が止まってしまう場面ってあるからな。
もし「戸惑い」の感情をもう少し強く表現したら、この曲はどう変わるだろう。
このように、気づいたころには、いつの間にか感じ取ったものを解釈し、音の分析や操作まで考え始めています。
これが、少しずつ形になり始めた「ビジョン」や「課題」の出発点です。
みなさんは、この曲を聴いて何を感じましたか?
どんなことを感じてもいいと思います。
最初のギターの弦の響きが心地よかったなぁ
小川が流れているようなイメージが浮かんだ
そんな、ぼんやりと浮かんできた感覚も、実は観察の一部です。
私たちは、気づかないうちに、そうした感覚を手がかりに世界を見ています。
4. 会社もまた、観察している
そして、会社という組織もまた、この「観察」という行為を常に行っています。
企業の中では、さまざまな部署が、それぞれの視点から観察を続けています。
市場の動き・売上の変化・顧客の反応・競合企業の戦略——こうした観察の積み重ねの中から、
「何かおかしい」
「この変化は何を意味しているのだろう」
といった問いが生まれ、やがて会社のビジョンや経営課題が形作られていきます。
つまり、企業の意思決定もまた、
観察 → 問い → ビジョン/課題
という創造のプロセスの延長線上にあるのです。
しかし、ここで一つの問題が生まれます。
アーティストとは違い、会社の場合、この創造のプロセスが組織全体に散らばっているという点です。
観察する人、問いを立てる人、情報を整理する人、意思決定をする人――それぞれの役割が分かれているからです。
この分業構造が、会社の意思決定を時に難しくさせます。
あなたの会社では、「観察されたもの」が、どのように統合され、経営課題へと変換されていますか。
そして、いったい誰がビジョンを描いているのでしょうか。
(つづく)
