マイケル・ジャクソンに学ぶ身体操作22:体軸リズムで歌う二人~ Linkin Parkのチェスターとのちがい(前編)
今回は、マイケル・ジャクソンと Linkin Park のチェスター・ベニントンのように、体軸リズムの在り方や使い方が根本的に異なる場合、歌声と演奏の関係性、そして歌声そのものが担う役割がどのように変わるのかを比較していきます。
実はマイケルの発声については、第4回記事「体軸リズムが生み出す発声のちがい」で触れています。そこでは、Human Nature と Man in the Mirror を題材に、マイケルの発声がテクニックではなく、体軸リズムの在り方によって自然に立ち上がる“副産物”であること、そして、曲ごとの体軸リズムによって歌声の表情が変わることを見てきました。もしよければ、あわせて読んでみてください。
さて、本題に入る前に、「なぜこの二人を比較するのか」と疑問に思われた方は、以下を読んでください。理由は、ごく個人的なところにあります。
Linkin Park のチェスターと比較する理由
今回チェスターを取り上げた理由は、このシリーズ記事が一貫して「母に伝える」ことを出発点にしているからです。
昔、母と Linkin Park のコンサートに行ったことがあります。開催日直前に偶然頂いたチケットだったため、母は会場に行くまで、バンド名も曲も全く知りませんでした。それでも、帰り道で母はこう言いました。
「すごくいい声だった。すごく楽しかった」
そして今回、マイケル・ジャクソンの曲を聴いて、母はこう言いました。
「こんなにいい声なんだね。知らなかった」
事前情報や事前知識がなくても、人はちゃんと「いい声」を体で感じ取る——それが不思議だと思うと同時に、母に「二人ともいい声だけど、何が違うのか」を説明すると言ってしまったので、今回この二人の歌声を比較することにしました。
では本題に入っていきます。
1.二人の歌声は、なぜこんなにも違って聴こえるのか
マイケルの歌声は、芯がありながらも透明感があり、柔らかな印象を与えます。一方、チェスターの歌声は、独特のハスキーボイスから生まれる力強さを持ちながら、静かな温かみも感じさせます。
どちらも魅力的な声ですが、この響きの違いは、一体どこから生まれているのでしょうか。
今回は、それぞれの代表曲
① Man in the Mirror
② Numb
を比較し、体軸リズムの観点から、歌声の違いを紐解いていきます。
歌声は、常に演奏と一体となって成り立ちます。そのため、まずは曲の土台となる「グルーヴ感を生み出す低音(ビート)」に着目し、曲全体の構造から見ていくことにしましょう。
2.Man in the MirrorとNumbの音作りのちがい
① Man in the Mirror
冒頭はシンセ音の浮遊感ではじまり、次に来るスナップ音の「立ち上がり」が、縦方向の体軸リズム(重力感)を作ります。曲全体では、ドラムのキックやベースラインが一貫して重力感を与え、曲の基盤を支え続けています。
その上に、マイケルの歌声、バックコーラス、シンセ音が重なり、曲全体の骨格が形成されています。
聴く側は、低音と打楽器によって、最初から最後まで安定した縦の体軸リズムを感じられる構成になっています。
② Numb
一方「Numb」では、冒頭でシンセ音と多重低音、ドラム、エレキギターが組み合わさり、電子的なサウンドと低音の重みで、しっかりとした縦の体軸リズム(重力感)が作られます。
しかし、チェスターの歌声が入ると、聴き手の意識が自然と歌声へ向かうように、音のバランスが変化していきます。低音やドラムが消えるわけではないものの、縦の体軸リズムを「どこから感じ取るか」という点で、聴き手の重心が少しずつ変化していきます。
ドラムはハイハットなど比較的高めの音で細かくリズムを刻むようになり、低音やシンセ音も、歌声を前に押し出すための配置へと役割が変わっていきます。結果として、聴き手は次第に、縦の体軸リズムを楽器だけでなく、声の動きそのものからも感じ取るようになります。
3.「縦」の体軸リズムは、誰が“感じさせている”のか
第4回記事で「Man in the Mirror」を取り上げた際、冒頭のスナップ音によって、前方向への体軸リズムが立ち上がることをお伝えしました。
ここで少し整理すると、スナップ音の「立ち上がり」そのものは、縦方向の体軸リズム(重力感)を作るのですが、そこから生まれるスナップ音の「余韻」が、前方向への動きを感じさせるのです。そして、マイケルの歌声もまた、この余韻の流れの中に自然に乗ることで、前方向への体軸リズムを強めていきます。
また、「Numb」においても同様に、聴き手の身体に前方向への体軸リズムが生まれます。
ここで重要なのは、前方向への体軸リズムは、単独では成立しないという点です。前への推進感は、低音(ビート)によって作られる縦方向の重力感があってこそ、安定して立ち上がります。
「Man in the Mirror」では、ドラムとベースが一曲を通して縦の体軸リズムを支え続け、その上に前方向への体軸リズムが重なります。
一方「Numb」では、冒頭では多重低音が縦の体軸リズムを明確に作っていますが、チェスターの歌声が入るにつれて、聴き手が縦軸を感じ取る比重が、次第にボーカル側へと移っていきます。
実際に、サビに向かうにつれてドラムのキック音が少しずつ前面から退いていく様子を、ぜひ注意して聴いてみてください。ドラムのキックは、低音の中でも体に最も直接働きかける音であり、出だしで強く提示したものを、曲全体の推進力を保ったまま自然に退かせていくには、高度なバランス感覚が必要とされます。
「Numb」では、この操作がベースラインとの協業によって極めてスムーズに行われています。ベースはアタックを強く主張するのではなく、音の立ち上がりを抑えた形で低音の流れを支え、キックの役割が後退したあとも縦の体軸リズムが途切れないよう、下から支え続けています。その結果、縦の体軸リズムの担い手が、演奏からチェスターの歌声へと自然に移っていくのです。
「Man in the Mirror」では、歌声と演奏が常に表に見える形で混然一体となって進んでいきますが、「Numb」では、こうした役割の受け渡しが目立たないところで行われています。だからこそ、表面的には異なる要素が並んでいるように見えても、実際には緻密につながった、一体の音作りとして成立しているのです。
このように、「縦の体軸リズムを、主にどこから感じ取るかの違い」こそが、二人の歌声の質の違いを生み出す出発点になります。
(後編へ続く)
後編の目次:
4.二人の歌声を比べてみよう
5.鼻歌でもいい!歌ってみると分かる息の使い方と前方向への体軸リズム
6.おまけ|鼻歌でも十分だと気づいた話
7.最後に|今回の記事のまとめ
