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〜キキキキキック vol.5〜 クリエイティブディレクター 宮崎太郎

こんにちは。

恵比寿のクリエイティブフォースカンパニーkiCk広報の中川です。

kiCkメンバーのワクワクを紐解くインタビュー企画『キキキキキック』第5弾をお届けします!
今回は、WebディレクターとしてkiCkに飛び込み、プランナーを経て現在は クリエイティブディレクター として最前線で大活躍中の宮崎 太郎(みやざき たろう)さん です。
現在はクリエイティブ部門のリーダーとしてマネジメントも担う太郎くん。柔和な佇まいの奥にあるのは、既存の評価軸に縛られず「自分なりの物差し」で本質を捉えようとする自由な意志と、かつて答えられなかった問いに応え続けるという、逃げ場のない覚悟でした。 今回はその原点と、彼が歩んできたクリエイティブの軌跡に迫りました。

評価軸の外へ。

名古屋で生まれ、大阪、福岡、東京へと転勤を繰り返す家庭で育ちました。幼少期は方言の違いもあり、いつも周りに馴染むのに必死で。どうしたら仲良くなれるか、前向きに考え続ける活発な子どもでした。
転機は高校時代です。企業の管理職教育に携わっていた父が厳しく、小学生の頃から「そんなんで社会人としてやっていけるのか」と叱られていた覚えがあります。だから、偏差値や規範といった「社会の評価軸から抜け出す方法」をずっと探して、モヤモヤしていたんです。
そんな時、高校の進学説明会に多摩美術大学の学長がOBとして登壇しました。そこで 「誰も興味を持たないことでも、自分が本当に面白いと思えるなら、とことんやればいい。たとえ身近な人に評価されなくても、それを評価してくれる場所は世界のどこかにはきっとある」 という話を聞いて、すごく心を動かされたんです。
それまでは、今いる環境の中でどう評価されるかばかりを考えていた。でもその時初めて、「評価される場所は選べるし、評価の基準自体も一つじゃない」という感覚を持てた。「これだ」と思いました。今いる場所で評価されることよりも、自分が納得できる基準で物事を見られることの方が、ずっと自由だと思った。
後日、その学長の研究室を訪ねて2時間ほど話してもらい、美術の道へ進むことを決めました。本当に面白い人でした。当時は何かを作りたいというよりも、そういう考え方を持った人たちの中で生きてみたい、という感覚に近かったと思います。この時に「どこで評価されるかではなく、どういう基準で物事を見るか」を選んだんだと、今はそう思っています。
大学では学長が所属していた情報デザイン学科へ。表現したいことに合わせて最適なメディアを選ぶという考え方は、今の仕事にも直結しています。

「どうやったら売れますか?」に答えられなかった。

大学卒業後は、エディトリアル系のデザイン事務所に就職しました。
新卒募集はしていなかったのですが、面接で社長に「すぐ3年分の経験を作る」と豪語して採用してもらったんです。
当時は雑誌からWebへの移行期で仕事の幅が広がり、アウトプットの量とスピードを求められ続ける、過酷な環境でした。アートディレクターとして6年ほど働きましたが、振り返ると「つくること」そのものにしか向き合えていなかったと思います。
広告業界へ進むきっかけは、新聞社の仕事でした。新商品の発売にあたって、クライアントから「これ、どうやったら売れますかね?」と聞かれたんです。これまでかっこいいデザインをつくることしか考えてこなかった自分は、その問いに何も答えられなかった。経済活動や人の心を動かすことについて、ほとんど何も理解していなかったことに気づかされて、すごく悔しかったんです。自分がやってきたことが、どこにも接続していなかった感覚がありました。
それ以来、この問いがずっと残っています。「どうやったら売れるのか」に答えられるようになりたい。その思いが、広告業界を志す理由になりました。今でも、あの時の質問に答えているつもりで仕事をしています。

問いに、答え続ける仕事

広告業界のドアをこじ開けたくて、ほぼ未経験でしたがWebディレクターとしてkiCkに入りました。決め手は、面接で当時の社長を含めた役員陣がものすごく楽しそうに仕事の話をしていたこと。「こんなに楽しそうに働く人たちがいるなら、その感覚を知りたい」と思ったのを覚えています。
入社後は専門用語も分からず、ただ必死に食らいつく日々でした。Webディレクターとして思うように成果を出せていなかった時期、取締役の長井さんが企業コンサル用のワークフレームを使って僕を紐解いてくれました。その結果「太郎君はプランニングがしたいんだよ」という本音に気づかせてくれ、プランナーの道へ進む決心ができました。
その後、数年間くすぶりましたが「このままだと何もできないまま終わるかもしれない」という怖さがあって、仕事への向き合い方を大きく変えました。「人生でこの2年間は仕事のことだけ考えよう」と決め、ひたすら仕事に取り組みました。
その結果、まず体重があっという間に20kg増えました(笑)。試行も体重も増えたこの猛特訓の期間で、自分なりの答えを持つことから逃げないようになりました。それが現在にも繋がっていると感じています。ちなみに、いまも体重は減っていません・・・。
僕にとってクリエイティブディレクターという役割は、課題を投げかけてもらい、それに対して自分なりの解決策を提示していく立場だと思っています。それが、あの時答えられなかった問いの続きにある仕事だと感じています。特に、物事の見方そのものをつくる仕事に面白さを感じています。これまでで印象に残っているのは、adidas Originalsの50周年の仕事です。
東京のストリートカルチャーの歴史を包括するというテーマで、コンセプトメイクから担当しました。「サンプリング、カットアップ、リミックス」という前提となる考え方を作り、「東京の50年ってこういう捉え方もできるよね」と定義して形にできた瞬間の喜びが大きかったです。


せっかくだから少しでも楽しく生きたい

振り返ると、大学を選ぶ時も、仕事の中でも、いつも人に影響を受けています。記憶に強く残るのは、自分の中にある思い込みを壊してくれて、物事の新しい見方を教えてくれる人たちでした。物事の見方がほんの少し変わって、世界がもう少し自由に捉えられるようになる、そのきっかけを作れたら一番嬉しい。仕事が誰かの目に触れた時に、そんな瞬間を生み出せたら最高だと思っています。自分自身も、誰かにとってそういう存在でいられたら嬉しいです。
結局、「せっかくだから少しでも楽しく生きたい」というのが原動力なんだと思います。ただ、自分にとっての「楽しい」は、単純に楽をしたいということではなくて、物事が腑に落ちる瞬間や、見方が更新される瞬間のことです。

肩書きのない「輪っか」のようなチームへ。

個人としては、今年から「脇道を大事にする」ことを意識しています。広告だけを一直線に突き詰めるのではなく、別の領域に触れることで、広告の見え方自体が変わることがある。そういう寄り道を、自分の仕事にも還元していきたい。正解に向かうというよりも、自分なりに意味が見つかる方向に進んでいきたいと思っています。

また、現在はクリエイティブチームのリーダーとしても動いていますが、上司になりたいという思いはありません。それぞれが、自分の意思で立っていないと成立しないチームだと思っているので。
そういう意味でもkiCkには意欲を持った人が集まっているので、その熱量を尊重しながら、それぞれが少しでも早く前に進める環境をつくりたい。自分自身がこれまで機会をもらってきたからこそ、同じように後押しできる存在でありたいと思っています。一緒にやると、自分では思いつかなかった見方に出会う瞬間がある。それがチームで働く一番の価値だと思っています。チームとしても、仕組みや体制、肩書きにとらわれず、「これをやりたい」という思いで繋がっている、そんな流動的な集まりでいられたらと思っています。

物事の見方を自分なりに定義してみたい人には、このチームは合っていると思います。正解が用意されている場所ではなく、それぞれが問いを持ち寄って試し続ける場所です。うまく言葉にできなくてもいいけれど、考えることを放棄したくない人と一緒に働きたいです。

◼️プロフィール

宮崎 太郎 Taro Miyazaki
Creative Director

デザイン事務所にてデザイナー・アートディレクターとして雑誌やカタログ制作を経たのち、kiCk inc.にWebディレクターとして参画。プランナーを経て現在はクリエイティブディレクターを務める。


編集後記)

今回はももちゃんの発案で、会社近くのたこ公園でタコスを食べながら撮影をしました。ちびっこ達が走り回る春の昼下がり、彼らに負けないピュアな笑顔でタコスを頬張る太郎氏。楽しくなってタコ滑り台を寝そべりながら滑ってもらったら想像以上の画力で、みんなでゲラゲラと笑い転げたのがとってもいい思い出です。笑

撮影・デザイン:kiCk inc. Chief Designer 杉野 百香

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次回もお楽しみに!

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