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大正リベンジャーズ|1920(大正9)年7月28日(水)|

📗1920年、旧制中学校を卒業した祖父。小学校の先生になろうと師範学校を受けたものの、まさかの不合格。
師範学校リベンジを狙いつつ、仕方なく(?)田舎の親戚の家に下宿しながら、非正規の代用教員として小学校の教壇に立つことに。
そんな代用教員生活、初めての夏休みがやってきました。


🧭 この日のあらすじ

(夏休みのため実家に滞在)
午前中は勉強、午後は図書館で「尾崎紅葉全集」を読む。
夜、また図書館へ行ったら、旧制中学の同級生、多田に出会った。
入試の話などをした。


📅 日記本文

午前、勉強をなし、午後図書館に行き、紅葉全集を読む。
夜、また図書館に行き、多田に会う。
色々入学試験につき話をなす。

📌 背景メモ

多田(多田喜久男)
以前の日記にも登場した、祖父の同級生であり母方の親戚でもある多田さん。
1920年春に旧制斐太中学校を卒業していますが、東京高等商業学校(現・一橋大学)専門部(3年制)への入学は翌1921年、卒業は1924年。
つまりこの日記の時点では、多田さんもまだ次の進学先が決まっていないみたい。

💭 孫のつぶやき

「入試の話などをなす」って、てっきり世間話程度かと思ってたけど、多田さんの経歴を調べたら東京高商入学は翌1921年。つまりこの二人、どっちも「来年また受ける組」の浪人仲間だったってこと。

祖父は師範学校リベンジ、多田さんは東京高商リベンジ。
図書館の夜に交わされていたのは、たぶん「お互い来年こそ!」「絶対受かろうな」みたいな、十代の浪人トークだったんじゃなかろうか。

そして多田さんは翌年合格して、その後就職した会社で、「プロジェクトX」ばりの伝説を作ります。
祖父よ、その隣の浪人仲間、将来がすごいです。