限りある身の力試さん|1920(大正9)年2月23日(月)|
📓 1920年、17歳だった祖父が書いた日記を、 孫である私が、2026年の同じ日に紹介しています。
仮名遣いは今の表記にしています。
読めない字や謎ワードも時々ありますが、106年前の味ということで、ご理解ください。
🧭 この日のあらすじ
地理の時間、先生がこんな話をされた。
「私は最初、小学校の教員でした。でも、それでは物足りなくて、中学校の教員になりました。
時代は進んでいます。従来の家族制度も、今後は変わっていくでしょう。
自分の人生は自分で決めないと、後で後悔することがあります。
父母の言うことに背けと言うのではありません。ただ、言われるままに従うだけではいけない。
自分のことを一番よく知っているのは、自分自身です。そのことを忘れないようにしなさい。
次回は国際連盟について話します。」
帰宅後は歴史の復習をした。
・命あっての物種
・憂きことの尚この上に積もれかし 限りある身の力試さん
📅 日記本文
地理の時間に先生曰く
「私は、初め小学校員をして来ましたが、のちにそれではつまらないと、現在のごとくになりました。
現代の世は進歩して、家族制度はだんだん亡びようとしている。
我らは、我らの思うようにしなければ、他日苦しむことがあります。
我らは、父母の言にそむけと言うのではありませんが、
あまり従っていてはいけません。
我を知るものは我なる、ことを記憶しなさい。
その次には国際連盟の話をする」と。
家に帰りて、歴史の復習をなす。
・命あっての物種。
・憂きことの尚この上に積もれかし 限りある身の力試さん
📌 背景メモ
憂きことの尚この上に積もれかし 限りある身の力試さん
これは、江戸前期の陽明学者、熊沢蕃山 の歌です。
意味はざっくり言えば、
「逆境よ、いくらでもかかってこい。
一度きりの命、どこまで行けるかやってやろうじゃないか」
(※自己流の意訳です。)
普通は、できれば穏やかに、波風立てずに生きたい(私はこちらです)。
でもこの歌は、真っ向から違います。試練を歓迎しています。勇気あるなぁ。
先生が紹介したのか、たまたま目にしたのかは不明ですが、17歳の祖父は、この一首を日記に書き留めました。
命あっての物種
この日記中、一年を通して祖父は幾度となくこの言葉を書いています。
祖父がいつも心の中に留めていた言葉だったのでしょう。
いわば、「生きてるだけで丸儲け」(明石家さんま)ですね。
💭 孫のつぶやき
1月14日の日記でも、化学の先生が「親に従ってばかりではいけない」と話していました。
実際に、親の意向で退学したり、進路を諦めたりする生徒がいて、先生方も歯がゆい思いをされていたのかもしれませんね。
まだ家制度が強い時代に、ロックな発言だと思いましたが、卒業目前の生徒たちにぜひとも言っておきたい言葉だったのでしょう。
けれど、今日の一番の言葉は、この歌だと思います。
「憂きことの尚この上に積もれかし 限りある身の力試さん」
(逆境よ、いくらでもかかってこい。一度きりの命、どこまで行けるかやってやろうじゃないか)
このとき祖父は17歳。
このあと、本当に“憂きこと”を経験することになるとは、もちろんまだ知りません。

ソビエト時代のバッジ
