100年前の通知表、成績だけじゃなかった|1920(大正9年)5月3日(月)|
📗 1920年(大正9年)。旧制中学を卒業したての18歳の祖父が書いた日記を、孫である私が106年後の同じ日に公開しています。
師範学校を受けたけど不合格。「来年こそ!」と誓いつつ、親戚の家に居候しながら、非正規の「代用教員」として田舎の小学校の子どもたちに勉強を教えていた、そんな18歳の春の話です。
🧭 この日のあらすじ
子どもたちの通信簿の「体格」らんの評価をつける。
朝は修身の授業。
下宿先の家に帰り、木を束ねる手伝いをした。
夜は読書。
📅 日記本文
通信簿に体格をつける。
朝、修身をした。
家に帰って木を束ねる手伝いをした。
夜、本を見る。
📌 背景メモ
戦前の通知表には、身長・体重の数値だけでなく、「体格」を甲乙丙で評価する欄がありました。
写真は、祖父と誕生日が5日しか違わない同い年、文芸評論家・小林秀雄の小学校時代の通知表。
画質は悪いですが、「体格」の評価は「甲」だったようです。
驚くのが、保護者の職業欄まであること(小林さんちは教員)。
子どもの成績と、体格と、親の職業を並べて記録するとは、時代ですね。
ちなみに私が小学生のころは、身体測定の数字はあっても「評価」はなし。
「健康優良児」の表彰も、いつの間にか消えていました。あれ、いつ終わったんでしょう。

💭 孫のつぶやき
1〜3月の日記を読むと、祖父が体格のことでどれほど苦しんでいたかが伝わってくる。
皮膚病の「ねぶと」に悩まされ、身体が弱く、柔道の稽古で少しでも強くなろうとしていた。
優等賞をとるほど成績優秀だったのに、師範学校は体格検査で不合格。
「強くあらねば」「鍛えなければ」という悲痛な言葉が、日記のあちこちに出てくる。
そんな祖父が、今日は子どもたちの「体格」欄に評価をつけている。
体格のことで、誰より苦労してきた祖父が、今日は採点する側にいる。
なんだかな、祖父よ。
師範学校の体格検査の日の日記はこちら↓

